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境界の修理屋-外れスキル《魔法道具作成》で宿屋を直していたら、世界の対立まで直すことになりました-  作者: 山賀 秀明
第1章:第1部

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第4話:首枷は守るための首飾りに

 森の奥から、複数の足音が戻ってくる。


 枝を踏み折る音。革靴が湿った土を蹴る音。短い怒鳴り声。さっき囮に釣られて離れていた見張りたちだ。


 ぼくの手元に残っている魔石片は、もう爪の先ほどの欠片が一つだけだった。


 銅線も短い。補修札も残り一枚。刻印針とヤスリはあるが、材料がなければできることは限られる。


 それでも、檻は開いた。


 セラさんとヴェルは、もう檻の中でただ震えているだけじゃない。ロイたちも、まだ足元はおぼつかないが、自分の力で立とうとしている。


 壊れかけた歯車が、少しずつ噛み合い始めている。


 ここで止めたくなかった。


「白い髪の女は、神殿筋が高値で買う。黒髪の魔物は、魔王軍の残党が血眼で探している」


 ダリオが静かに言った。


 その声には、怒りよりも値踏みの響きが強い。


「そして、封印具をその場で組み替える魔法道具師。今夜は、実によい仕入れ日です」


 セラさんの肩が小さく震えた。


「神殿……?」


 自分のことを言われているのに、遠い記憶の中の言葉を聞いたような顔をしている。


 ヴェルは唇を噛んだ。


「魔王軍の残党って、何よ。あたしは……」


 言いかけて、止まる。


 本人にも、何かが引っかかっているのだろう。けれど、封印具のせいか、記憶そのものが霧の向こうにあるようだった。


 ダリオは懐から、黒い札を一枚取り出した。


 札の端には、セラさんの首枷と同じ模様が刻まれている。


「商品が勝手に動くのは困ります」


 ダリオが札を指で弾く。


 その瞬間、セラさんの首枷が、ぎちりと嫌な音を立てた。


「っ……!」


 セラさんが喉を押さえて膝をつく。


 さっきまで彼女の手からこぼれていた淡い光が、急にしぼんだ。ロイたちの表情がこわばる。ヴェルが目を見開いた。


「セラ!」


 ヴェルが鎖を動かそうとする。


 だが、鎖は重い音を立てただけで、思うように伸びない。ヴェルの膝がまた沈む。


「くそっ、動けってば……!」


「無理に動かさないで」


 ぼくはセラさんのそばにしゃがみ込んだ。


 怖い。


 見張りたちは戻ってくる。グレッグは武器を失っても、素手でこちらを殴り潰せる距離にいる。ダリオはまだ何を隠しているかわからない。


 でも、首枷の回路は見える。


 外から命令を受けて、締めるための線が光っている。さっきぼくが少しだけ作った魔力の通り道を、黒い札が上から潰そうとしている。


 人を縛るために、こんな丁寧な仕組みを作るな。


 怒鳴る代わりに、ぼくは刻印針を握り直した。


「セラさん、少し苦しいけど、首元に触る」


「は、い……」


「息は止めないで。細くていいから吸って」


 セラさんが震えながらうなずく。


 ぼくは首枷の継ぎ目を見た。


 外せない。


 無理に外せば、首枷の内側に刻まれた封印が暴れて、セラさんの喉を傷つける。なら、外すのではなく、命令を受ける線を切る。


 だが材料が足りない。


「ロイ」


 ぼくは振り返らずに呼んだ。


「おまえの剣の柄飾り。銀線が巻いてあるだろ。外して」


「え、あ、ああ」


 ロイは一瞬戸惑ったが、すぐに動いた。震える指で剣の柄から銀線を剥がす。


「ボルド、盾の壊れた留め具。まだ持ってる?」


「こ、これか」


「それ。投げて」


 金具が足元に転がる。


 ミナも、何か言いたそうに自分の杖を見た。


「杖の先の飾り石、欠けてる。使える?」


「……使えるなら、使いなさいよ」


 声は震えていたが、昼間の刺々しさはなかった。


 ぼくはうなずき、銀線と金具と飾り石を拾う。


 きちんとした材料じゃない。


 でも、職人仕事は、理想の材料がある時だけやるものじゃない。目の前にあるもので、今必要な働きを作る。


 首枷の外側に銀線を巻き、盾の留め具を薄く削って小さな受け金具にする。飾り石を砕き、魔力を集める芯にする。


 奴隷印は消せない。


 今のぼくには、そこまでの腕も時間もない。


 だから、その上から守りの回路を刻む。命令を受けて締める線を、外の魔力を集めて巡らせる線へ逃がす。


 縛るための輪を、守るための輪に変える。


「これは、もう君を縛るためのものじゃない」


 ぼくは刻印針を走らせながら言った。


「首飾りと呼ぶには、まだ荒いけど」


 セラさんが、苦しそうにしながらも、ぼくを見る。


「首、飾り……」


「周りの魔力を集める首飾り。名前をつけるなら、集魔のチョーカーかな」


 言ってから、少し恥ずかしくなる。


 名前をつけるには、まだ出来が悪すぎる。工房に持ち帰って、きちんと磨いて、回路も刻み直したい。


 それでも、セラさんは両手で首元に触れた。


 まるで、初めて自分のものをもらった子どもみたいに。


 首枷だった輪が、淡く光る。


 鉄の表面に刻まれていた奴隷印は、消えたわけではない。けれど、その上を銀線と守りの回路が包み、冷たい命令の模様を、温かな光の模様へ塗り替えていく。


「わたしの……首飾り」


 セラさんが、確かめるように呟いた。


 黒い札から流れていた命令の線が途切れた。


 セラさんが大きく息を吸う。


「……息が、できます」


 その手から、温かな光が広がった。


 ロイの頬の切り傷が塞がる。ボルドの腫れた手首が少しだけ動くようになる。ミナの魔力封じの縄に残っていた痺れが薄れる。リリィの青ざめた顔にも、少し血の気が戻った。


 ヴェルの鎖にも、淡い光が流れた。


「なに、これ……軽い」


 ヴェルが自分の腕輪を見る。


 鎖はまだ黒い。重い。けれど、さっきより魔力の流れが整っている。セラさんの光が、ヴェルの魔力を無理に押すのではなく、乱れたところを支えている。


「わたし、何者なのかはわかりません」


 セラさんが小さく言った。


「でも、痛い人を放っておくのは嫌です」


 その声は弱い。


 けれど、まっすぐだった。


「余計なことしないでよ」


 ヴェルがぼそっと言う。


 セラさんは困ったように眉を下げた。


「ごめんなさい。でも、苦しそうでしたから」


「……謝るなってば」


 ヴェルは顔をそむけた。


 耳まで赤い。


 その鎖が、再び地面を走った。


 戻ってきた見張りの一人が踏み込もうとした足首に、鎖が絡む。ただ締め上げるのではない。セラさんの光が薄く乗った鎖は、相手を傷つけすぎないように、転ばせるだけの強さで足を止める。


「なっ、なんだこの鎖!」


「知らない。でも、今は動く」


 ヴェルが歯を見せて笑った。


「おじさん、次!」


「荷馬車の左側。車輪止めの楔が緩い」


「地味!」


「地味でいい」


 ぼくは最後の補修札を、荷馬車の車輪の前に投げた。


 補修札は壊れたものを繕おうとする。だが、使い方を少し間違えれば、地面の小石や木片を一瞬だけ固めることもできる。


 車輪の下で、土と木片が固まる。


 見張りが荷馬車を盾にしようと押した瞬間、車輪が引っかかった。


 荷馬車が斜めに傾く。


 積んであった空の檻がずれ、見張りたちの進路を塞いだ。


「今だ。ロイ、捕まってる人たちを馬車の陰へ。ボルドは檻を押さえて。ミナは火を出さなくていい、煙だけ出せる?」


 ロイがこちらを見る。


「シュウ、俺……」


「今は反省より手を動かして」


 ロイの顔が歪む。


 けれど、彼はうなずいた。


「わかった」


 昼間なら、きっと言い返していた。


 今は言い返さない。


 それだけで、十分だった。


 ミナが震える手で杖を握り、弱い煙を出す。ボルドが檻の扉を押さえ、リリィが逃げ遅れた捕虜の肩を支える。


 動き出している。


 少しずつだが、確かに。


「厄介ですね」


 ダリオの声が、煙の向こうから聞こえた。


「商品同士が勝手に助け合う。実に厄介だ」


「わたしは、商品ではありません」


 セラさんが言った。


 声は大きくない。まだ震えている。けれど、首元の集魔のチョーカーに手を添えたまま、彼女はまっすぐ煙の向こうを見ていた。


「この方たちも、商品ではありません」


「商品じゃないって言った」


 ぼくは低く返した。


 ダリオは答えず、手袋をはめ直す。


 その視線が一瞬、荷馬車の床板へ向いた。


 ほんの一瞬だ。


 けれど、職人はそういう目の動きを見逃さない。


 大事な道具を置いた場所を、人は無意識に見る。隠したつもりでも、目だけは確かめにいく。


 ぼくは荷馬車の床板を見る。


 一本だけ、釘の色が違う。


 周りの板は古いのに、その釘だけ新しい。しかも、釘頭の溝が潰れていない。最近、何度も開け閉めしている。


「そこか」


 ぼくは煙の中を低く走った。


「おい、どこへ」


 ヴェルの声を背中で聞きながら、荷馬車の床へ手を伸ばす。


 釘を外す時間はない。


 なら、板の方をずらす。


 ヤスリを差し込み、板の隙間に沿わせる。木は乾いている。端の噛み合わせが甘い。力任せに引けば割れるが、角度を合わせれば浮く。


 ぎ、と小さな音がして、床板が少し持ち上がった。


 その下に、小さな鉄箱が隠されていた。


 鍵穴の周りには、セラさんの首枷や奴隷契約に使われるものと同じ、嫌な魔力の染みがある。


「それに触れるな」


 初めて、ダリオの声から余裕が消えた。


 ぼくは鉄箱を見下ろし、工具箱から細いヤスリを抜いた。


 壊す場所は、見つかった。



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