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境界の修理屋-外れスキル《魔法道具作成》で宿屋を直していたら、世界の対立まで直すことになりました-  作者: 山賀 秀明
第1章:第1部

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第3話:救出開始、魔鎖の腕輪

 閃光玉は、グレッグの足元で砕けた。


 光が弾ける。


 ただ明るいだけの光ではない。ヴェルに言われた通り、魔力の流れを細かく散らした、嫌な揺らぎを混ぜてある。


「ぐあっ!?」


 グレッグが片手で目を押さえ、もう片方の手で大剣を振り回した。


 刃が檻の鉄格子をかすめ、火花が散る。まともに当たっていたら、ぼくの体なんて工具箱ごと真っ二つだっただろう。


 怖い。


 膝が笑いそうになる。


 けれど、手は止めない。


「ヴェル、鍵束」


「わかってるし!」


 ヴェルが腕を振った。


 黒い鎖が、じゃらりと鳴る。


 それはもう、ただの拘束具の動きではなかった。細い腕から伸びた鎖が、影の蛇みたいに檻の外へ走り、吊るされていた鍵束に巻きつく。


「っ、重い……!」


 ヴェルの顔が歪む。


 まだ封印はほとんど残っている。さっきの細工は応急処置でしかない。鎖を動かせるようにしただけで、彼女の体には負担がかかっているはずだ。


「無理しなくていい。少し引ければ」


「うるさい。おじさんに言われなくても、これくらいできるっての」


 強がりながら、ヴェルは鎖を引いた。


 鍵束が大きく揺れ、鉄の輪から外れる。


 落ちる。


 その直前、ぼくは檻の隙間から腕を伸ばした。指先に冷たい金属が当たる。届かない。あと少し。


「シュウ様」


 柔らかい声がした。


 セラが両手を胸の前で組んでいる。首元の枷に、さっきよりも淡い光が集まっていた。


「どうか、届きますように」


 祈りのような声だった。


 首枷から流れ込んだ魔力が、彼女の指先に集まり、檻の中に小さな風を起こす。


 鍵束が、ほんの少しだけこちらへ流された。


 ぼくの指が、鉄の輪をつかむ。


「取れた」


「やったじゃん、セラ!」


「わ、わたし、今、何かできましたか?」


「できた。助かった」


 セラは泣きそうな顔で、ほっと笑った。


 その笑い方だけで、少し胸が痛くなる。たぶんこの人は、ずっと誰かの役に立てないと思わされてきたのだろう。


 そんな道具みたいな扱いをされた人が、自分の力で誰かを助けた。


 なら、この首枷はもうただの枷じゃない。


「あとでちゃんと直す」


「え?」


「その首枷。今は無理だけど、ちゃんと君のものに作り替える。縛るためじゃなくて、守るための道具に」


 セラが目を見開いた。


 その横で、ヴェルがふんと鼻を鳴らす。


「じゃあ、あたしの鎖もね」


「もちろん」


「即答するんだ」


「悪い道具じゃないから。使い方が間違ってるだけだ」


 ヴェルは一瞬、何かを言い返そうとして、やめた。


 代わりに、赤い目を少しだけ伏せる。


「……変なおじさん」


 声は小さかった。


 けれど、さっきまでより棘が柔らかい。


「いたぞ! 檻の裏だ!」


 見張りの一人が叫んだ。


 閃光玉の効き目が切れかけている。グレッグがまだ目を押さえながらも、怒りで顔を真っ赤にしていた。


「この、こそこそしやがって……!」


 グレッグが大剣を振り上げる。


 ぼくは鍵を差し込もうとして、手を止めた。


 鍵穴が歪んでいる。


 古い錠前だからではない。さっきグレッグの剣が檻をかすめた時、衝撃で中の歯がずれたのだ。


「最悪だ」


「開かないの!?」


 ヴェルの声が跳ねる。


「普通にはね」


 ぼくは工具箱から細いヤスリを抜いた。


 鍵をそのまま差し込めば折れる。折れたら終わりだ。だから、先に鍵の方を少し削る。歪んだ錠前に合わせる。


『シュウ、急いでください。あの大男、怒りでますます単純になっています』


「それは助かる」


『えっ』


「単純なら、動きが読める」


 グレッグが大剣を横なぎに振る。


 ぼくは檻に背をつけ、身を低くした。刃が頭上を通り過ぎ、髪を数本持っていく。


「ひっ」


 情けない声が出た。


 出たが、手は止めない。


 ヤスリで鍵の先端をほんの少し削る。削りすぎれば合わない。足りなければ回らない。


 こういう時、焦った方が負ける。


 相手が剣を振っていても、錠前は急いでくれない。


「おじさん、普通そこまで冷静でいられる!?」


「冷静じゃない。かなり怖い」


「じゃあなんで手が動くのよ!」


「手まで怖がったら、誰も助からないから」


 ヴェルが黙った。


 ぼくは削った鍵を差し込む。


 少し引っかかる。


 だめだ。もう一削り。


「セラさん、ヴェルの腕を支えて。鎖を動かし続けると負担が大きい」


「はい」


 セラがすぐにヴェルの手首に触れた。


「ちょ、触らないでよ。大丈夫だし」


「大丈夫な人は、そんなに手が冷たくなりません」


 セラの手から淡い光がこぼれる。


 ヴェルの顔色が、ほんの少し戻った。


「……余計なことしなくていいのに」


「ごめんなさい」


「謝るなって言ってんの」


 二人のやり取りを聞きながら、ぼくは鍵をもう一度差し込んだ。


 今度は奥まで入る。


 回す。


 ぎち、と嫌な音がした。


 止まりかけたところで、ぼくは鍵の背を指で軽く叩いた。力任せではなく、歯車の噛み合わせを戻すように。


 かちり。


 錠前が開いた。


「開いた」


 檻の扉が、重い音を立てて少しだけ開く。


 セラとヴェルが息をのんだ。


 ロイたちの檻からも、くぐもった声が上がる。


「先に二人を出す」


「ロイたちは?」


 セラが檻の向こうを見る。


 優しい子だ。


 自分がまだ逃げられてもいないのに、もう他人を気にしている。


「助ける。全員助ける。でも順番を間違えると、全員捕まる」


「……はい」


「ヴェル、立てる?」


「誰に言ってんの。立てるに決まってるでしょ」


 ヴェルは立ち上がろうとして、少しよろけた。


 ぼくは思わず手を伸ばす。


「触らないでってば」


「ごめん」


「……支えるだけなら、許す」


 小さな声だった。


 ぼくはヴェルの肩を支え、檻の外へ出した。続いてセラが出る。彼女は出た瞬間、深く息を吸った。


「外の空気……」


 その声は、ただ空気を吸えたことに驚いているようだった。


 胸が詰まる。


 どれだけ長く、狭い檻の中にいたのだろう。


「ネズミが、商品を逃がしているぞ!」


 ダリオの声が鋭く飛ぶ。


「グレッグ、殺しても構いません。男だけなら」


「言われなくても!」


 グレッグが突進してくる。


 今度は避ける場所が少ない。後ろにはセラとヴェルがいる。檻の中にはロイたちがいる。


 ぼく一人なら、転がって逃げればいい。


 でも、今はそれではだめだ。


「ヴェル。鎖、まだ動かせる?」


「動かす」


「無理なら」


「動かすって言ってるでしょ!」


 ヴェルが鎖を握った。


 その細い腕が震えている。けれど、目は逃げていない。


「どこ狙えばいい?」


 聞いてくれた。


 それだけで、十分だった。


「足首。倒さなくていい。止めるだけでいい」


「止めるだけ、ね」


 ヴェルが笑った。


 怖がっているのに、生意気で、強がりで、それでも前を向いている笑みだった。


「おじさんの注文、地味」


「職人だからね」


「じゃあ、地味に決めてあげる」


 黒い鎖が地面を走った。


 グレッグは大剣を振り上げたまま、踏み込む。


 その足首に、鎖が絡みついた。


「なっ」


 巨体がぐらつく。


 完全には倒れない。力が強すぎる。ヴェルの鎖もまだ細い。けれど、ほんの一拍、足が止まった。


 その一拍で十分だった。


 ぼくは補修札を取り出し、グレッグの足元に投げた。


 床ではない。土だ。だから、補修札は地面のひびや石を勝手に繕おうとする。その途中で、土と小石が一瞬だけ固まる。


 即席の足止め。


 長くは持たない。


 でも、今はそれでいい。


「セラさん、ロイたちの猿ぐつわを」


「はい」


 セラが走った。


 走り方はぎこちない。けれど、彼女は迷わなかった。ロイたちの檻へ向かい、震える手で猿ぐつわを外していく。


「シュウ……」


 最初に声を出したのはロイだった。


 喉が潰れたような声。


「なんで」


「話は後」


 ぼくはロイの縄を見た。


 魔力封じの縄ではない。普通の麻縄に、簡単な締め具をつけただけだ。切るより緩めた方が早い。


「動けるなら、リリィとミナを守って」


「でも、俺は」


「今は反省より手を動かして」


 ロイが唇を噛む。


 それから、うなずいた。


 昼間の彼なら、きっと何か言い返していた。


 でも今は、言い返さなかった。


 それだけでいい。


「くそがああっ!」


 グレッグが吠えた。


 足元の補修札が破れる。ヴェルの鎖も弾かれた。


「っ……!」


 ヴェルが膝をつく。


「ヴェル!」


 セラが叫ぶ。


 ぼくは工具箱に手を突っ込み、最後の魔石片を握った。


 次の手を考える。


 考えろ。


 ここは工房じゃない。材料もない。時間もない。けれど、壊れている場所は見える。


 グレッグの大剣。


 あれだけ力任せに振り回しているせいで、柄の留め具が緩んでいる。月明かりに、一瞬だけ隙間が見えた。


 あそこをずらせば、刃は落ちる。


 倒す必要はない。


 武器だけ壊せばいい。


「ヴェル、もう一回だけ鎖を」


「言われなくても」


「セラさん、ヴェルを支えて」


「はい」


 セラがヴェルの背に手を添える。淡い光が流れ、ヴェルの鎖にほんの少しだけ力が戻る。


 ぼくは魔石片に銅線を巻きつけた。


 今度は閃光ではない。


 留め具を震わせるための、小さな衝撃。


 ちゃんとした道具なら、もっと綺麗に作れる。今のこれは、ただの出来損ないだ。狙いも細い。外せば終わり。


 けれど、ぼくの目には留め具の歪みが見えている。


「いくよ」


 ヴェルの鎖が、グレッグの大剣の柄に絡みつく。


 ぼくは魔石片を投げた。


 小さな衝撃が、柄の留め具を打つ。


 きん、と高い音。


 次の瞬間、グレッグの大剣の刃が、柄からずれ落ちた。


「は?」


 グレッグが間の抜けた声を出す。


 重い刃が地面に落ち、土をえぐった。


 周囲が一瞬、静かになる。


 ヴェルが、ぽかんと口を開けた。


「……武器を、壊した?」


「正確には、留め具を外した」


「同じでしょ」


「違う。直せる壊し方だ」


 そう言ってから、自分でも少し変なことを言ったと思った。


 ヴェルが吹き出す。


 怖がっていた顔のまま、それでも初めて、少しだけ楽しそうに笑った。


「やっぱ変なおじさん」


 グレッグの顔が怒りで赤黒く染まる。


 武器は落ちた。けれど、まだ終わっていない。素手でも、あの体格なら十分に危険だ。


 それに、ダリオがいる。


 奴隷商人は、笑っていなかった。


 細い目で、ぼくとセラとヴェルを見ている。


「なるほど。魔法道具師ですか。しかも、即席で封印具に手を入れる腕がある」


 ダリオがゆっくりと手袋を直した。


「あなたも、商品価値がありそうですね」


「白い髪の女は、神殿筋が高値で買う。黒髪の魔物は、魔王軍の残党が血眼で探している。そこへ、封印具をその場で組み替える魔法道具師まで現れた」


 ダリオの声は、少しも荒れていなかった。


「今夜は、実によい仕入れ日です」


 背筋に冷たいものが走る。


 ロイたちはまだ完全には動けない。ヴェルは膝をついている。セラの力も不安定だ。ぼくの魔石片は、もうほとんど残っていない。


 それでも。


 檻の扉は開いた。


 セラとヴェルは、もうただ檻の中で震えているだけではない。


 ロイたちも、ようやく自分の足で立とうとしている。


 壊れていたものが、少しずつ動き出している。


「商品じゃない」


 ぼくは工具箱を握り直した。


「この子たちは、人だ」


 ダリオの笑みが、薄く深くなる。


「では、まとめて壊してから運ぶとしましょう」


 森の奥から、さらに複数の足音が近づいてきた。


 見張りに出ていた男たちが戻ってくる。


 ぼくは息を吸った。


 直すところが多すぎる。


 それでも、まだ手は動く。


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