第八十二話 ”鳴動”
ハルトアイゼンに来るのは7ヶ月ぶりだった。
溶鉱炉の煙が、前に来た時より2本増えている。城壁の外に新しい建屋が3棟。荷馬車の列が街道を途切れずに動いている。街の輪郭が、はっきりと太っていた。
城門でゲパルトが待っていた。
「マキナ殿。よくぞお越しくださいました」
「お久しぶりです。新しい設備が増えた様ですね」
「銃の量産を本格的にしましたからな!」
ゲパルトの目の下に、隈があった。宰相と開発の両方を回している人だ。7ヶ月分の疲れが、そのまま顔に出ている。
「親方が、朝からずっと落ち着きが御座いません。マキナ殿が来ると伝えてからは、もう仕事になりませんで」
「それは、申し訳ありません」
「いえ。あれはああいう生き物ですので」
ゲパルトが真顔で言った。この国は本当に格式等を気にしない。
◇
試射場は、城塞の北側にあった。
前に来た時には無かった場所だ。土を高く盛った土塁が奥に長く伸びていて、その手前に射座が並んでいる。射座の脇には鉄の棚。棚には筒が何十本も立てかけてあった。
アイゼン王が、その真ん中に立っていた。
「師匠ぉぉぉぉぉ!」
7ヶ月前と同じ元気な声だった。
「お久しぶりです、陛下」
「陛下やない、ええから来い、見てくれ、これを見てくれ」
アイゼン王が僕の腕を掴んで引っ張った。エルダが後ろから「旦那が転ぶで」と声を上げたが、聞いてはいない。
棚の前で止まる。
「これや」
アイゼン王が1本を取って、僕に差し出した。
受け取る。木の銃床に、鋼の銃身。長さは僕の背丈の半分より少し長い。撃鉄が起きている。銃身の下に槊杖は無い。後ろから込める作りだ。
遊底を開いた。薬室に、真鍮の薬莢が1発入っている。
抜いて、雷管の底を見た。撃針の当たる位置が、中心から半分ずれた所にある。
「よく辿り着きましたね」
「そうやろ!そうやろ!」
アイゼン王の髭が震えていた。
銃身の中を覗く。溝が刻まれている。旋条だ。7ヶ月前に僕が置いていったのは、土魔法で象った見た目だけの置物だった。そこから、火薬を筒で撃つ形にして、薬莢を作って、後ろから込める仕組みにして、溝まで刻んだ。
「7ヶ月ですか」
「7ヶ月や」
「だいぶ早いペースで開発できましたね」
「早いやろ!」
「ええ」
「せやけどな、師匠。ワシらは元から蒸気銃をやっとった。筒も、引き金も、撃つ仕掛けも、もう出来とったんや。詰まっとったんは釜と燃料や。そこが火薬に変わっただけで、全部が繋がってしもうた」
積み上げてきた物が、繋がっただけ。それは謙遜ではなく、事実の説明だった。この人はそういう言い方をする。
「弾は」
「見せたる」
◇
試射が始まった。
まず、普通の弾。100メートル先の板に当たる。次に200メートル。当たる。300メートルでも当たった。
「いや、素晴らしいです。既にこの精度で完成しているとは」
僕は素直にそう言った。
「せやろ!」
アイゼン王が胸を張った。だがその胸が、次の一言でしぼんだ。
「……ここまでは、ええんや」
ゲパルトが横から棚の下段を示した。そこには、少し太い薬莢が並んでいる。
「マキナ殿。此処からが、我等の行き詰まっておる所で御座います」
「この弾は……。別なタイプの様ですね」
「左様で」
アイゼン王が新しい1発を手に取った。薬莢の口を上に向けて見せる。
「弾を1個飛ばすんやのうて、粒をようけ詰めた。空を飛ぶ相手に、1個当てるんは困難や。せやったら数で当てたらええやろ、と」
「散弾ですね」
「そうそう、それや。師匠、名前まで持っとるんかい」
「僕の世界にもありました」
「ほな話が早い」
アイゼン王が射座に立った。銃を空へ向ける。土塁の向こうに、凧のような的が竿で上げられている。高さは50メートルほど。
撃った。
轟音。的は動かない。
「もう1発や」
撃つ。当たらない。
「近付けるで」
竿を下ろして、高さを半分にした。撃つ。今度は的が揺れた。ばらばらと音を立てて何かが当たった。
アイゼン王が銃を下ろした。
「……これや」
「届かないんですね」
「近ければ十分に効くんやけどな。ちょっと離れたらもう駄目や。勢いが死んでしまう」
エルダが横から言った。
「火薬も増やしたで。銃身も伸ばした。粒の大きさも、大きいの小さいの、10通りは試した。どれも同じや。ある所から先へ、どうしても飛ばんのや」
「2ヶ月、ここで止まっております」
ゲパルトが言った。
僕は薬莢を1個手に取って、中の粒を掌に出した。鉛の球が転がる。1個の重さは知れている。
行き詰まる理由は、握った時点で分かっていた。
◇
「粒が小さいからです」
僕がそう言うと、3人が同時にこちらを見た。
「物が空気の中を飛ぶ時、空気の抵抗を受けます。抵抗は物の表面積に応じて掛かって、速度を保つ力は物の重さから来る。粒を小さくすると、重さは3乗で減るのに、表面積は2乗でしか減らない」
「……重さの減り方の方が、速い」
ゲパルトが言った。
「そうです。だから小さい粒ほど、空気に速度を食われるのが早い。初速をいくら上げても、少し飛んでいる間に削られて終わる。しかも散らした分、1粒あたりの力も落ちている」
「ほな、粒を大きゅうしたら」
「もちろん数が減ります。数で当てるという最初の狙いが消えてしまいますね」
アイゼン王が黙った。
「たくさん当てることと、遠くまで届かせることが、喧嘩しているんです。火薬を増やしても、銃身を伸ばしても、残念ですがこの喧嘩は終わりません」
エルダが溜息をついた。
「……ほな、対空に散弾はあかんかったって事か」
「いいえ。狙いは正しいです」
3人が顔を上げた。
「要は散らすのが、早すぎると言う事です」
◇
「銃口で散らすから、そこから先ずっと空気に削られる。だったら、目標の手前まで1個の弾として飛ばして、そこで割ればいい」
「……割る」
アイゼン王の目が、丸くなった。
「粒を殻に詰めて、1発の弾として撃つ。その弾は重いので、遠くまで速度を保ちます。目標の近くまで来た所で殻を爆ぜさせて、中の粒を撒く。削られる距離が、そこから先の短い区間だけになる」
「……爆ぜさせるって、どうやってや」
「導火線です」
ゲパルトの手が、止まった。
「撃つ前に、導火線に火が点く仕掛けにする。長さで、爆ぜるまでの時を決める。3秒で割りたければ、3秒で燃え尽きる長さに切っておく」
「……距離を、時間に、置き換える」
ゲパルトが呟いた。
「そうです。狙う高さが分かっていれば、そこまで飛ぶ時間は計算できます。あとは、その時間で切った導火線を使うだけです」
試射場が、静かになった。
エルダが最初に動いた。棚から薬莢を1個掴んで、口を上に向けて覗き込んでいる。
「殻や。殻を作らなあかん。飛んどる間は壊れんで、中で火薬が弾けたら割れる殻」
「厚みの試験だけで、20通りは要りますな」
ゲパルトが懐から書きつけを出した。
「導火線の燃える速さも測り直しや。湿気で変わるさかい、封をどうするか」
「筒に詰める時の向きも決めねばなりませぬ。粒の入れ方で、散り方が変わりましょう」
2人が、僕を置いて喋り始めた。
アイゼン王だけが、まだ動いていなかった。凧の的を見上げたまま、髭を撫でている。
「……空で、割る」
ぽつりと言った。
「ワシは、届かんのやと思うとった。空は遠いさかい、届かんのやと。せやけど、そうやないんやな。届かせ方が違うただけや」
それから、僕を見た。
「師匠。これは、作れるか」
「作れます。内容としては単純な機構です」
アイゼン王の眉が動いた。
「7ヶ月前と、同じです。これはハルトアイゼンの技術です。設計も試作も、あなた方の手で頑張って下さいね」
「……相変わらずやのぉ」
アイゼン王が笑った。
◇
「それで、ひとつお願いがあります」
僕がそう言うと、3人の手が止まった。
「今渡したヒントの代わりに、僕の計画に協力願えませんか」
沈黙が落ちた。
エルダが、目を眇めた。
「……旦那。今、なんて言うた」
「協力してほしい、と」
「その前や。渡す代わりに、言うたな」
「言いました」
「7ヶ月前、旦那はワシらに銃を丸ごとくれた。何も取らんかった。技術も、名前も、売る自由も、全部こっちにくれたんや」
「そうです」
「その旦那が、今、取引を持ち掛けとる」
エルダが腕を組んだ。
「よっぽどやな、こりゃ覚悟せんと」
ゲパルトが書きつけを閉じた。アイゼン王が髭から手を離した。
「言うてみい、師匠」
◇
「4つのコアの共鳴を、達成したい」
ゲパルトの書きつけが、床に落ちた。
「……マキナ殿」
「はい」
「コアの同調は、3つが限界で御座います」
「知っています」
「4つ目を足せば、共振破壊を起こします。これは我等の常識ではなく、この世界の常識で」
「知っています」
「では」
「常識の方が、間違っていますからね」
エルダが吹き出した。笑いではなく、息の出し方を失敗した音だった。
「旦那、それ本気で言うとるんか」
「本気です」
「3つが上限やというのは、何百年も前から誰も破れてへんのやで。ドワーフも、人族も、エルフも」
「破ろうとした人が、いなかっただけですよ。またはアプローチが間違っていただけです」
僕は棚の上に置いてあった薬莢を3個、指で並べた。
「3つまでは、ちゃんと組めば勝手に合います。だから誰も、合わせるという作業をしたことがない。4つ目は、勝手には合いません。人の手で合わせなければ、合わないのです」
薬莢を4個目、少し離して置いた。
「3が上限なのではありません。3までは、アジャストが自動でされていただけなんです」
3人が、並んだ薬莢を見ていた。
「合わせる、とは」
ゲパルトが訊いた。
「言ってみれば、調律と言うのが正しいでしょう」
「……ちょうりつ」
「弦の楽器を思い浮かべてください。弦を張っただけでは、音は合いません。1本ずつ締め方を変えて、音を揃える。あれを、コアでやります」
誰も、言葉を返さなかった。
この世界の誰も、コアを合わせるという発想を持っていない。組んだら鳴るものだと思っている。だから3が限界に見えていた。楽器を組み上げる者はいても、調律という言葉を持った者がいなかった。それだけの話だ。と言ってもその方法が難しいのだが。
「……どうやって、合わせるんで御座いますか」
ゲパルトが訊いた。
「それは、これから詰めます」
僕は答えを渡さなかった。
◇
「旦那」
エルダが一歩前に出た。
「4コア共鳴なんて異次元の力を、何に必要としてるんや」
僕は答えた。
「僕を殺せる安全弁を創ろうと思いまして」
◇
試射場が、音を失った。
土塁の向こうで凧が風に軋む音だけが、遠くで鳴っていた。
アイゼン王は、動かなかった。
7ヶ月前、この人は城壁の上で僕の理不尽な一撃を見ている。空が焼け、地面が抉れ、空に居た敵が跡形も無く消え去った一撃。理不尽な力に心折られた人の視点を、この人だけが持っている。
その目が、今、開いたまま止まっていた。
先に口を開いたのは、ゲパルトだった。
「……マキナ殿。それは、我等が作ってよいものですかな?あなたを殺す兵器を」
宰相の声だった。畏怖でも倫理でもなく、引き受けられるかどうかを量る声。
「作ってほしいから、来ました」
「守護竜を討てる物を、盟友に作らせると」
「はい」
「理由を、伺っても」
「7ヶ月前に言いました。撃てるのに防げないものを、防げないまま抱えていてはいけない。あれから、防ぐ手立てを探し続けました。見つかりませんでした」
僕は続けた。
「防げないなら、止められる物を用意しておく。それだけです」
◇
「もうひとつ、理由があります。この4コアを作ること自体も、安全弁にしたい」
ゲパルトの目が、細くなった。
「3つのコアで足りる物なら、僕1人で作れてしまいます。それでは意味がない。僕が1人で作れて、1人で持てる物は、安全弁になりません」
薬莢を4個、指で示した。
「4つにすれば、僕1人では作れなくなります。この規模の共鳴を支える骨組みは、鋳る技術がなければ形になりません。それはあなた方の領分です」
「……我等が降りれば、二度と作れぬと」
「作れません。ドラグロードとハルトアイゼン、両方が揃わなければ成立しない。片方だけでは、二度と再現できない。あるいはそれ以上の条件を。そういう物にしたい」
ゲパルトが、長く息を吐いた。
「……我等を、抜き差しならん所に置かれますな」
「はい」
僕は否定しなかった。
「僕が狂っても、あなた方が首を縦に振らなければ、それは作れません。あなた方が裏切っても、僕が居なければ形になりません。技術という名の安全弁です」
◇
「……はぁ」
エルダが、頭を掻いた。
「旦那はほんまに、そういう所やな。人を信じますとは、絶対に言わへん」
「信じています。ただ、信じていることを前提に組むと、裏切られた時に止まりませんからね」
「そこや。そこがおかしいねん」
エルダが笑った。呆れた笑い方だった。
◇
アイゼン王が、ようやく口を開いた。
「師匠」
「はい」
「4つ目のコアっちゅうのは、どんなもんや」
僕は、少し考えてから答えた。
「他の3つと、その全部から来る振動を、受け止めて壊れないものです」
「……受け止める」
「はい」
「3つ分の力を、1個で全部か」
「3つ分ではありません。もっと多い」
ゲパルトが顔を上げた。
「……どの程度で」
「今は何とも言えません。ただ、この世界で知られている石で、それに耐える物は無いはずです」
エルダが唸った。
「無いもんは、無いで。旦那。魔石は数を扱ってきたけど、そんな石は聞いた事も無い」
「無いなら、作ります」
◇
誰も、笑わなかった。
7ヶ月前、僕が自分を倒す算段をしたいと言った時、この人達は絵面がおかしいと言って笑った。今日は、笑わなかった。こいつならやりかねん、とでも思ったのかもしれない。
アイゼン王が髭を撫でた。
「……ワシは、意味が半分も分かっとらん」
正直な人だ。
「せやけど、師匠が『作ります』言うた時は、大抵作りよる」
それから、僕の顔を見た。
「1個だけ聞かせてくれ。それは、ワシらの為になるんか」
「なります」
僕は答えた。
「ただし、ならない日も来るかもしれません。それも含めて、引き受けてほしい」
アイゼン王が、しばらく黙った。
それから、太い息を吐いた。
「……ゲパルト」
「は」
「炉を、空けとけ」
「親方。まだ何を作るかも聞いておりませぬ」
「せやから空けとけ言うとるんや。何が来ても受けられる様にしとけ」
ゲパルトが眉間を押さえた。それから、書きつけを開き直した。
「……畏まりました」
エルダが肩を竦めた。
「ほな、私は魔石の当てを探すわ。無い物を作るんやったら、まず今ある物を全部試しとかなあかん」
◇
試射場を出る時、アイゼン王が横に並んだ。
「師匠」
「はい」
「その物には、名前はあるんか」
僕は首を振った。
「輪郭だけで、まだ正式には」
「そうか」
アイゼン王は、それ以上訊かなかった。
土塁の向こうで、凧が風に揺れていた。今日の試射で1度だけ揺れた的が、まだそこに上がっている。あれに届く弾は、あと数ヶ月で出来るだろう。この人達なら、それくらいで作る。
僕は、僕自身を止められる存在を作る。いつか僕が狂ってしまった日に終わりを告げてくれる存在を。
世界の敵にならない為に、理不尽に従わなくて良い様に、大事な人達を守れるように。
やることが、また増えた。
第八十二話・了
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