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メカヲタ転生して守護竜になる ~兵器の性能差が勝敗を分かつ絶対条件だと教えてやる!~新装版!  作者: ななよん
成竜編

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第七十五話 ”格の違い”

城壁が見えた時、俺は笑った。


ドラゴノート。竜の国の、最前線の街。勇者の敵である竜が守る街。ここで死ぬのか、と思った。


悪くない。むしろ、これ以上の場所はない。


俺は馬の上で、背筋を伸ばした。後ろには500騎。神官騎士団の、白い外套の列だ。蹄の音が地面を叩いて、朝の空気がびりびり震えている。


こいつらは、俺を止めなかった。


聖都を出る時、俺が竜と一騎打ちをすると言ったら、神官騎士団団長は何も言わずに頷いた。護衛をつけましょう、と。500騎だ。500騎が、俺のために動いた。


先生は止めた。ヴィルさんも止めた。あの人たちは最後まで俺を子供扱いした。だけど神官騎士団だけは違った。あいつらだけが、俺を勇者として扱ってくれる。


だから、これでいいんだ。


地球に居た頃、俺は教室の隅にいた。誰も俺を見なかった。それがこの世界に来て、勇者になった。


それでも誰も俺を見なかった。歴代最弱だと笑われた。天使は先生に降りた。教皇様は、俺を叱りもしなかった。


叱ってくれれば、まだよかったのに。


でも、もう終わりだ。


竜と戦って散った勇者。それでいい。それだけあれば、いい。俺の物語は、ここで終わる。誰かが語ってくれる。あいつは弱かったけど、最後は勇敢に竜に挑んだって。


胸が、熱くなった。


やっと、俺の話になる。


──


城門の前で、馬を止めた。


見上げると、城壁の上に人がいた。二人。


一人は落ち着いた顔の男で、もう一人は若い。若い方が、俺たちの数を数えるみたいに視線を動かしていた。


「勇者殿とやら」


落ち着いた方が、声を張った。よく通る声だった。


「話があると聞いた。伺おう」


俺は、剣を抜いた。トゥルーセイバー。教皇様から頂いた、聖なる剣だ。朝日を弾いて、白く光った。


「俺は勇者、滝川勇人!」


腹から声を出した。500騎の前だ。ここで格好悪いことはできない。


「守護竜との、一騎打ちを所望する!」


しん、とした。


城壁の上の二人が、顔を見合わせた。


それから、若い方が何か言った。落ち着いた方が、片手で額を押さえた。


笑われる、と思った。


「本気か」


落ち着いた方が、言った。


「本気だ! 竜が出てこないなら、この500騎で門を叩く!」


嘘だった。500騎は俺の指揮下にない。あいつらは護衛だ。だけど言わなきゃ、竜は出てこない。


「……ヴェルディ」


「はい」


「守護竜様は王都だ。仮にここに居られたとしてもだな、この話をお伝えしたら何と仰ると思う」


「『時間の無駄です』かと」


「だろうな」


聞こえてるぞ。


顔が熱くなった。500騎の前で、あいつらは俺を無視して雑談してる。俺の一騎打ちの申し込みが、雑談の材料になってる。


「聞け! 俺は——」


「勇者殿」


落ち着いた方が、俺を遮った。


「悪いことは言わん。帰れ」


「なっ——」


「貴殿がここで死んでも、何も起きん。誰も語らん。守護竜様は貴殿を知らんし、知ったところで会いには来られん。帰って、生きろ」


生きろ、と言われた。


その瞬間、頭の中が真っ白になった。


先生と同じだ。生きて帰ることを覚えて下さい、って、あの人はいつもそう言った。俺が何を望んでも、その言葉で全部潰した。


こいつらも同じだ。敵まで同じことを言う。


誰も、俺に死なせてくれない。誰も、俺を戦わせてくれない。俺が何かをしようとするたびに、大人が出てきて、それを取り上げて、帰れと言う。


「ふざけるなァッ!」


叫んでいた。


「俺は勇者だ! 竜を出せ! 出せよ!」


城壁の上で、若い方が首を振った。落ち着いた方は、もう俺を見ていなかった。


その時だった。


──


門が、開いた。


音がした。重い、木と鉄の軋む音。


俺は、剣を握り直した。来た。竜が出てくる。


500騎の後ろで、誰かが息を呑むのが分かった。


開いた門の向こうから、誰かが歩いてくる。


──女だった。


裾の長い、暗い色のドレスだった。歩くたびに、朝の光の中で影みたいに揺れる。戦うための服じゃない。どう見ても、パーティーか、葬式にでも着ていく服だ。


黒い髪に、一筋だけ白銀が流れている。頭には棘みたいな飾りの冠。細い体。


そして、右手に剣を一本。ただ、下げているだけだった。鞘に入ったままの剣を、杖みたいに。


鎧も、盾も、無い。従者もいない。


たった一人で、その女は門から出てきた。


俺は、息を止めていた。


綺麗だ、と思った。


そうか。竜だ。人の姿になった竜が、俺のために出てきたんだ。あんな格好で。武装もせずに、俺の前に。


胸が、震えた。


これだ。俺が欲しかったのは、これだ。


物語の最後に現れる、美しい竜。それに挑んで散る勇者。完璧じゃないか。誰が見たって、これは俺の物語だ。教室の隅にいた俺が、最後にこんな絵の中に立ってる。


城壁の上で、誰かが何か叫んでいた。聞こえなかった。


女は歩いて、俺の前十歩ほどで止まった。


俺を見た。


見ていなかった、というべきかもしれない。


俺の顔を見て、俺の剣を見て、俺の後ろの500騎を見て、それから、また俺の顔に戻ってきた。


その目に、何も無かった。


怒りも、警戒も、興味も。俺が知ってるどんな目とも違った。強いて言うなら——道端の石を、跨ぐか避けるかを決める時の目だった。


「お前が竜、マキナか!」


俺は、叫んだ。


声が裏返っていた。


女の眉が、動いた。


次の瞬間、女が消えた。


首の後ろに、こつん、と何かが当たった。


「様をつけよ」


耳のすぐ後ろで、声がした。


「マキナ様を呼び捨てる事、妾が許さんぞ」


心臓が、止まった。


振り返れなかった。首の後ろに、硬いものが触れている。鞘だ。剣は、抜かれていない。抜かれてすらいない。


俺は、目で追う事も出来なかった相手に、背後を取られている。


「勇者様に何をするか!」


後ろで、誰かが叫んだ。


蹄の音。神官騎士団が動いた。俺を助けに——


音が、途切れた。


振り返ると、白い外套が地面に転がっていた。3人。いや、5人。馬が棹立ちになって、鞍が空になっている。


女は、俺の後ろから、いつの間にか横に移動していた。


見えなかった。


俺は、その動きを、一度も見ていない。


「弱い」


女が言った。


呆れてすらいなかった。ただの、事実の確認みたいだった。


──


「お前も俺を笑うのか!」


気づいたら、叫んでいた。


「みんなそうだ! みんな俺を笑う! 俺は精一杯やった! 毎日剣を振った! 一日も休まなかった! 誰よりも真面目にやったんだ!」


声が、みっともなく震えていた。


「それなのに世界が俺を裏切った! 何も貰えなかった! 天使も、力も、何も! 俺には、もう生きる意味も無い!」


言い切った。


言い切って、俺は待った。


何かが返ってくるのを。怒りでも、憐れみでも、何でもいい。この女が、俺の言葉に何か反応するのを。


女は、少し首を傾げた。


「なんじゃ、ただの子供か」


返って来たのは、その一言だった。


「子供が無礼なのは仕方ないの。良い、妾の視界から消えよ」


そう言って、女は俺に背を向けた。


背を、向けた。


歩き出した。門の方へ。もう、俺を見てもいない。


俺の言葉が、届いていなかった。


怒りも、憐れみも、無かった。あの女は、俺の話を聞いて、そして何も感じなかった。ただ、子供が騒いでいると思った。それだけだ。


「うああああああッ!」


俺は、走った。


剣を振り上げて、彼女の背中に。


女は振り向きもしなかった。


左手が、動いた気がした。


俺の剣は、どこにも当たらなかった。手首が、軽く押された。それだけで、体ごと横に流れた。


首の後ろに、また、こつんと鞘が当たる。


「子供の躾は妾のやることではない」


女は、俺を見ていなかった。城壁の上を見ていた。


「騎士ども、早く連れて帰れ。邪魔じゃ」


「ふざ、けるな——ッ!」


俺は、また剣を振った。


何度も。何度も。


一度も、当たらなかった。当たる気がしなかった。俺が振るたびに、女は半歩だけ動いた。裾が揺れた。それだけだった。


土埃が、上がった。


女が、初めて眉を寄せた。


「埃をたてるな」


不快そうだった。


俺に対してじゃない。土埃に対して、不快そうだった。


「ドレスが汚れるであろうが」


足が、払われた。


視界が回り地面が跳ね上がってくる。背中から落ちて、息が詰まった。


見上げると、女がいた。


俺を見下ろしている。


「少し撫でてやろう」


右足が、上がった。


──


顔が、割れる音を聞いた。


俺の顔じゃない。石だ。石畳が割れる音だ。俺の顔が、その割れた石畳の間にあった。


顔が熱い。何かが、口の中に流れ込んでくる。鉄の味。


動けない。頭の上に、とんでもない重さがある。あの女の足だ。あんなに細い足で、俺の頭は石畳みに埋まっている。


痛みは、そんなに感じない。世界がぼやけ現実なのか夢なのか分からなくなっている。


ただ、押さえつけられている。それだけだった。虫を、指で押さえるみたいに。


「お前も挫折した俺を笑うのか!?何も出来なかった俺を馬鹿にするのか!」


女は深くため息をついて、その足に力を込めた。


俺の頭がミシミシと嫌な音を立てる。


「妾の足元にも届かぬ者が、挫折などという言葉を口にするな。」

挿絵(By みてみん)

俺の身体から力が抜けたのを感じた彼女は、踏みつけていた足の力を抜いた。


「神聖国の騎士ども」


頭の上から、声が降ってきた。


「次は無いぞ。連れて帰れ」


足が、離れた。


誰かが、俺を抱え起こした。白い外套。神官騎士団の誰かだ。


女は、もう歩き出していた。


門の方へ。裾を軽く払いながら。


一度も、こちらを振り返る事はなかった。


俺は、抱えられたまま、その背中を見ていた。


──


馬の上に乗せられて、俺たちは街道を引き返した。


誰も何も言わなかった。神官騎士団は、静かだった。倒された5人も、生きていた。全員、生きて帰る。


俺も、生きている。


顔が痛かった。口の中が切れていた。前歯が、何本か無い気がした。


でも、生きている。


竜と華々しく散った勇者。そんなものは、どこにも居なかった。


俺は、守護竜どころかただの女とすら戦っていない。あの女は、剣を一度も抜かなかった。俺は、負けてすらいない。負けるというのは、戦った者にしか訪れない。


俺は、掃き捨てられただけだ。


道の真ん中にあったものを、脇へ寄せるみたいに。


朝日が、まだ低い。まだ、朝なんだ。あんなに長い時間が経った気がしたのに、太陽はほとんど動いていない。


あの女が俺に使った時間は、そのくらいだった。


俺は、馬の上で揺られながら、思っていた。


死ぬことすら、俺には許されないのか。


第七十五話・了

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