第六十四話 ”対空と開発と”
レイヴンズの一件が片付いた翌日、僕は要塞の開発室に籠っていた。
盤面に敗因を晒したヴィ、噛みついたジリオン、ミカルの一喝——寄せ集めが少しずつ形になっていく過程は悪くなかった。しかし残念な事に地上の連携がどれだけ良くなっても、頭上の問題は別だ。
対空だ。
空からの攻撃に、僕たちはまだ有効な答えを持っていない。
前世なら話は早かった。CIWSか地対空ミサイルを並べれば済む。だがこの世界にそんな迎撃システムは無い。魔法も弓も、射程はせいぜい数百メートル。高高度から槍や岩を降らせてくる相手に、届く手段がまず少ないのだ。
重力という枷がある以上、地対空で撃つならボウ・ライフルでギリギリと言ったところだろう。射程二千四百メートル、あの兵器なら理屈の上では届く。
ただし、運用上の欠陥がある。ボウ・ライフルは一射一射が点の攻撃だ。面制圧が要る場面で、点でしか撃てない。空を埋め尽くす数の敵に対して、これは有効打とは言い切れない。
ハルトアイゼンが開発している銃が育てば、いずれCIWSに近い迎撃網も組めるだろう。ただ現実問題としてそこまで開発が至るには、まだ時間が要る。今すぐの解答にはなり得ない。
そもそも制空権を奪われた状態が当たり前になっていては話にならない。コアの数にも限りがある以上、一般兵が使える対空装備を量産できればそれに越したことはないが——正直、対空は難しい。
だから、発想を変える。
地対空が難しいなら、空対空だ。今ある地上戦力を、そのまま空へ上げて迎撃する。
上げられる戦力は限られている。三姉妹ゴーレムと、元々空に適応した身体を持つ鴉の獣人、アーレフ。この二つだけだ。
アーレフは偵察が本分で、戦闘向きの動きはしない。だが三姉妹は違う。足場さえあれば、あの高速戦闘とコンビネーションで十分に戦える。空中に足場を作ってやれば、地上と同じ強みをそのまま持ち込めるはずだ。
問題は、人間の体では耐えられないという点だった。速度、寒さ、G、呼吸——高高度での戦闘機動は、生身の限界をあっさり超えてくるが、三姉妹はゴーレムだ。呼吸も要らず、Gにも寒さにも人間ほど脆くない。ここに活路がある。
開発の土台には、以前作ったアーレフ用の偵察ドローン——鴉を据えることにした。あれはローター式で揚力を得ているが、あの機構をそのまま大型化すると魔力消費が跳ね上がる。小回りは効いても、長時間の運用には向かない。
そこで、翼で滑空する機体に、魔導ダクテッドファン式のエンジンを双発で組み合わせることにした。魔導回路を通したワイヤーとハーネスで三姉妹の機体と繋ぐ。
これが今回の主力機、その銘をレギンレイヴと言う。レギンレイヴとは前世の北欧神話に出てくるヴァルキリーの一人。「空を駆けて戦士を選び運ぶ女神」から取った名前だ。
エンジンの原理自体は単純だ。前世のラジコン飛行機に使われていた電動ダクテッドファンと同じ構造で、電力の代わりに大気中の魔素を吸い込み、魔導回路でマナに変換して動力源にする。あとはファンが空気を圧縮して後方へ吐き出し、その反動で推進力を得るだけだ。
ただし、吹かせ続けると変換効率の限界を超えて、蓄えた魔力が尽きてしまう。だから離陸時と緊急回避時以外は、エンジンを止めて滑空する設計にした。高高度を長く飛ぶ場合は風魔法による巡航モードを使うが、通常の滑空にそこまでは要らないだろう。
機動性も巡航能力も、まだ完成形とは言い難い。それでも三姉妹を空に上げる足場としてなら十分な性能が出るはずだ。
このレギンレイヴを土台に、アーレフ用の小型偵察機も並行して起こすことにした。
こちらは偵察用だから、レギンレイヴほどの速度は要らない。代わりにステルス性を上げる。翼を小さくして、エンジンも双発から単発へ落とした。アーレフの体重ならレギンレイヴほどの出力は要らない上に、単発の方が低空での操作性も上がる。
無音での滑空を成立させるため、エンジンカットでの滑空を基本運用に据えた。機体の上部と下部にそれぞれカメラを設置する。下部カメラは索敵用、鴉のスコープ連動をそのまま引き継ぐ形だ。上部カメラは空の景色を写し、それを機体下部に投影する。所謂光学迷彩の原理だ。下から見上げれば、そこに機体があるとは分からず、ただ空が続いているように見える。
搭乗はうつ伏せで機体の上に乗る姿勢を取る。アーレフ一人で持ち運べる程度の小型軽量に抑えた分、航続距離は稼げなかったが、機動力そのものは大きく伸びる結果に満足している。
着陸はウィリー状態のまま機体を抱え込み、翼をレール式に畳んで背負う。そのまま徒歩へ移れる携行性を優先した設計だ。再離陸は二通り用意した。平地なら単発エンジンで自力滑走、高所からなら機体を抱えたまま飛び降り、空中で翼を展開する。
少々勇気が居る方法ではあるが、アーレフなら高さは気にしないので大丈夫だろう。
個人用の短距離滑空機だから、遠くへは飛べない。距離を稼ぎたければ、高い場所から飛び立つしかない。要するに一種のエンジン付きグライダーだ。
鴉が偵察の目を広げ、この滑空機がアーレフ自身の行動範囲を広げる。目と足の両方が伸びれば、彼女の仕事の幅は今までとは比べ物にならなくなるだろう。
——それに。
これは、生まれてからずっと飛べなかったアーレフに、飛ぶための翼を渡すことにもなる。
図面をまとめ終えて、早速エンジンの組み立てに入った。
思えば、人型の体で何かを一から作るのは初めてだ。人間と同じ手があって、指があるというのは、実に作業効率が高い。工具を握る、部品を合わせる、ネジを締める——小さな竜の爪では出来なかった細かい作業が、驚くほどすんなり進んでいく。
ドワーフ達との分担作業だった事もあるが、サクサクと思った通りに手が動くのが楽しくて、通常よりずっと早く組み上げが終わってしまった。
完成したレギンレイヴの横に腰掛け機体を眺めつつ紅茶を飲む。
アーレフ用の機体には何て名前をつけようかな?
コツコツと女性が歩く足音が近づいてくる。
僕はそっと紅茶のカップを戻し、これから開くだろう扉に向かって出迎えの姿勢を取る。
ばあん!!っとノックも無く開かれた扉からメルフィーナが入って来た。
「マキナ様!また夜通し籠っていらしたんですね!!お休みくださいと何度も」
東の空は既に明るくなっていた。
第六十四話・了
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