第六十二話 "合わない歯車"
盤面が、見える。
スクリーンに映るのは、村の外に開けた平地だ。けれど私の目には、それが盤の上に並んだ駒に見えていた。
ゴブリンとコボルトの群れ。その数、およそ150。狡猾な連中だ。まともにぶつかれば、散って、村の四方から忍び込む。だから、散らせない。一点に、釣る。
「……アーレフさん。右の斜面、追い立てて下さい。」
私の声に、通信の向こうでアーレフが小さく応える。鴉が舞い、伏兵の頭上を旋回する。それだけで、ゴブリンは焦れて飛び出した。盤面通りだ。
ジリオンの小隊が前に出る。ララの小隊が、両翼をゆっくり閉じていく。私が引いた線の通りに、群れが窪地へ吸い込まれていった。
包囲。殲滅。
簡単だった。あっけないほどに。私の見た通り、駒は動き、敵は窪地で崩れていく。逃げ場を失ったゴブリンが数匹、わざと開けた西へ走る。あれを追えば、巣に着く。アーレフの鴉が、静かにその背を追っていった。
「すごいっす、ヴィっち。完璧っすよ」
隣で、ターニャが声を弾ませた。セラが頷く。
うまくいっている。私の盤面が、そのまま戦場になっている。こんなことは、訓練でもなかなかなかった。
──そう、思っていた。
「……あれ。ジリオンさんの小隊、止まってる」
スクリーンの中で、ジリオンたちが手を持て余している。敵が、もういない。彼らにとって、ゴブリン如きは作業ですらなかったのだろう。退屈が、画面越しにも伝わってくる。
嫌な予感がした。
その時、森の方から地鳴りがした。
オーガ。大きいのが、5体。血の匂いに誘われて出てきたのだ。
盤面が、一気に書き換わる。私の頭の中で5つの新しい駒が置かれ、最適な手が、すぐに見えた。ララの小隊を下げて、アーレフに位置を取らせて、ジリオンは──
「ジリオンさん、動かないで。まず──」
『うおおおおっ! やっとかよ!』
私の声を、歓声が塗りつぶした。
ジリオンが、駆け出していた。小隊ごと、まっすぐオーガへ。止める間もなかった。いや、止める声を、私は出せなかった。
「ま、待って、ください……それ、囮を追ってる隊と……っ」
声が、届いていない。地味な仕事をやらせたからだろうか? 全く言う事を聞かない。
ジリオンの小隊が、オーガを追って西へ折れる。よりによって、西。逃がしたゴブリンを追っている、その線の上だ。
スクリーンの中で、ジリオンの戦斧が、逃げるゴブリンを巻き込んで薙いだ。巣への、ただ一本の糸が、断ち切られた。
「あ……」
作戦の中核が消えた……。
オーガを追って、ジリオンたちが森へ飛び込んでいく。止めなきゃ。森は、まずい。
「だ、駄目です、ジリオンさんたちを下がらせて。」
予感は、最悪の形で当たった。
森の中から、新しい駒が次々に湧き出してくる。トロール。ビッグベア。血と、剣戟の音に誘われて、棲んでいたものが起き出したのだ。盤面が、駒で埋まっていく。私の引いた線も、陣形も、何もかもが、塗り潰されていく。
もう、作戦じゃない。
ジリオンが吠え、ララが我に返って追いかけ、レイヴンズが次々と森へ吸い込まれていく。みんな、強い。トロールも、ビッグベアも、一対一なら問題なく倒せる。倒せてしまう。だから、止まらない。目の前の敵を、各々が、各々の技で片づけていくだけ。
連携なんて、どこにもなかった。
「ひ、引いてください……一度、引いて、態勢を……」
私の声は、誰の耳にも届かない。盤面は、全部見えている。どこに何がいて、どう動けば一番いいか、手に取るように分かる。分かるのに──私には、それを通す声が、ない。
見えるのに、動かせない。
背中で、呑気な声がした。
「やれやれ。これなら、カルミナ個人にお願いして、僕と二人で解決した方が確実でしたね」
マキナ様だった。スクリーンを見ながら、困ったように笑っている。私は、振り返れない。
「主様、言うたではないか。烏合の衆だと」
カルミナ様の、得意げな声。
「まあ、まだ始まったばかりで、噛み合わないのでしょうけど。スペシャリストを集めた、つもりだったんですがね」
つもり、という言葉が、背中に刺さった。
その通りだ。私が、悪い。盤面は見えていたのに。最適な手は、ずっと見えていたのに。私が、それを声にできなかったから。
すぐ後ろで、カルミナ様の興が乗ったのが分かった。腰を、浮かせている。
「……ふん。見ているだけというのも、退屈だな。妾も、ひとつ──」
その時だった。
ターニャの通信用ヘッドセットを奪いとる。
『──貴様ら上官反逆でぶっ殺されてぇのか! 子供のお使いじゃねぇんだぞ!』
通信が、割れた。
ミカルの声だった。怒鳴り声が、要塞の外にまで響く。腹の底から出た、地を這うような声。スクリーンの向こうで、暴走していたレイヴンズが、びくりと足を止めた。あの、熱に浮かされた連中が、一瞬で。
私の細い声では決して届かなかったところに、その一声は届いた。
「ぴっ」
すぐ後ろで、カルミナ様が小さく身を縮めた。腰を浮かせかけたまま、肩が跳ねている。怒鳴られたのは、自分ではないのに。
「……っ、な、なんじゃ。妾は、別に」
ごまかすように咳払いをして、そっと壁に背を戻していた。
横で楽しそうに笑うマキナ様が見える。
ミカルが、こちらを振り返る。怒声とは裏腹に、落ち着いた目だった。
「指揮官殿。如何いたしますか」
──私に、聞いている。
止めてくれたのは、ミカルだ。マキナ様には分かってたんだ、だから彼がここに居る。
「……あ」
間抜けな声が出た。唖然としていたのだと思う。盤面を見る前に、私はずっと自分の不甲斐なさを見ていた。
でも。
息を大きく、吸う。スクリーンを見る。盤面が、また見えてくる。湧き続けるモンスター。森の地形。出口。サイクロプスの位置。
振り向いてカルミナ様を見る。言いたい事があったら、言えばいい。
「あ……一旦、作戦を練り直します。森の出口まで戦線を下げ各隊で迎撃。敵の数が減った所で、一時村まで撤退。森林の出口付近に、状況把握用にサイクロプスを1体配置。なお直情して突っ込んだ小隊の隊長は──」
一拍、置いた。
「私の所へ出頭してください」
肩をポンっとミカルに叩かれた。悔しいけど、彼が居なかったら戦線は立て直せなかっただろう。
私は無言のままミカルに頭を下げた。
62話・了
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