第六十一話 ”行こうか”(挿絵追加しました)
北へ続く街道を、車列が進んでいた。
先頭で土を蹴るのは、サイクロプス2機。全高5メートルの馬体が、後ろに連なる鋼の巨体を牽いている。展開式移動要塞──20を超える車輪を備えた、走る本部だ。
その後ろに、装甲輸送車両が8両。こちらは軍馬を模したゴーレムが、4頭立てで土埃を上げている。
僕は要塞の天蓋に立って、その車列を眺めていた。
装備には、まだ仮の物が多い。ジリオン、ララ、ディの試作型アーマードパックからフィードバックした正式量産型のアーマードパックは、設計こそ済んだが一着も上がっていない。
輸送車の座席は、いずれ装甲をまとった兵が座る前提で組んである。今はその分だけ、車内が広く空いて見える。
それでも、人数は揃った。現状は一般的な騎士団とそう変わりない装備ではあるが……。
総勢141。一個中隊。これだけの数が揃った状態で動くのは、今日が初めてだ。これまでは、編成の途中だった。誰かが欠けたまま、出られる者だけで出ていた。今は違う。ドラグネストで育成された250名からの生徒たちから選ばれた訓練生達だ。選ばれなかった100余名は今でもドラグネストで訓練を続けている。補充兵としてやがて配属される事になるだろう。
正直、わくわくが止まらなかった。求めて作り出したのが3年前、少しずつ形を成して来たが遂に中隊として十分に活動できるに至った訳だ、感慨深い。
街道が緩く折れて、窪地に小さな村が見えてきた。北側国境付近の、名もない村のひとつだ。畑の畔に人影がまばらに立って、こちらを見上げている。竜の噂は届いていても、こんな車列が来るとは思っていなかったのだろう。
「ヴィ。展開を」
要塞内の管制へ、僕は声を落とした。
『はい』
幼い、けれど淀みのない声が返る。
それから先は、見ていて気持ちのいいものだった。
サイクロプス2機が連結を切り、要塞から離れる。要塞は窪地の縁で停まり、脚を張って大地に根を下ろし周囲に展開を開始する。
側面の装甲が割れて、内側から塔が迫り上がる。通信塔だ。先端の結晶が帯のような光をまとい、魔導通信の網を村の空へ広げていく。
連結を解かれたサイクロプスは、もう牽くものがない。代わりに頭部のカメラアイが起動し、球体の目が滑らかに左右を舐めた。今日からこの2機は、戦場の目になる。
装甲輸送車両の扉が順に開き、兵が降りていく。工兵が真っ先に資材を担ぎ出した。村の外周へ走り、杭を打ち、柵の位置を縄で区切りはじめる。崩れた納屋の梁を見上げて寸法を測る者。誰も、指示を待っていない。
衛生班が天幕を張る。炊事の煙が、もう細く立ちはじめていた。
僕は天蓋から降りて、要塞の奥へ向かった。
通信室の手前、一室の扉をくぐる。窓はない。要塞は装甲で固めた本部だ。外を映すのは結晶スクリーン、室内を照らすのは蓄光クリスタルの淡い光。3人は、その光の中にいた。
メルフィーナが結晶スクリーンの前に立っている。その隣で、カルミナが腕を組んで壁に背を預けていた。長椅子には、リーディア姫が静かに腰を掛けている。
「お待たせしました」
僕が入ると、メルフィーナが振り返った。
「マキナ様。外、すごい騒ぎになっておりますね」
「うちの連中は、働き者ですから」
スクリーンには、サイクロプスの目が拾った村の様子が映っている。柵が見る間に伸びていく。武具を運ぶ者、穴を掘る者、鍋を据える者。それぞれが、それぞれの仕事を淀みなく進めていた。
「これが、レイヴンズです」
僕は、少しだけ胸を張った。自分でも、声が弾んでいるのが分かる。
「総勢141人。前で戦う者、守る者、武具や機体を直す者。傷を診る衛生兵、腹を満たす兵站、陣を築く工兵。偵察兵も、予備兵もいます。この部隊一個中隊で展開から片づけまで、外の手を借りずに回せる」
「外の手を、借りずに」
リーディアが、静かに繰り返した。
「ええ。補給部隊の到着を待たなくていい。現地に着いたその場で展開して、脅威を片づけ、治療をし、壊れたものを直す。そこまで全部、この部隊だけで完結できるんです。後続を待つあいだに村が二度襲われる──そういうことが、起きない」
カルミナが、鼻を鳴らした。
「ふん。烏合の衆にしては、手が回るではないか」
相かわらず、素直には認めない。だが、その目はスクリーンを、端から端まで追っていた。退屈しているふりをして、ひとつも見逃していない。
僕は、笑いそうになるのを堪えた。
「3人にひとつ、聞いてみたいことがあります」
3人の目が同時に僕に向く。
「この部隊の本質は、何だと思いますか」
問いを投げてみたかった。答えを教えるより考えてもらう方が、よほど身につく。カルミナには、大局を見る目を養ってもらう約束だ。
先に口を開いたのは、メルフィーナだった。
「皆さんが、それぞれの分野で、抜きん出ていること。集めるべき者を、的確に集めた──そういうことではありませんか」
悪くない。きちんと勉強しているメルフィーナらしい答えだ。
「ええ。それも、間違いではありません」
「それも、と来たか」
カルミナが、壁から背を離した。先を越されたのが、面白くなかったらしい。
「妾に言わせれば、違うな。強い者を並べただけでは、こうはならぬ。ひとりでは届かぬ所に、数と役目を噛み合わせて届く。そういう仕組みであろう」
「仕組み、と」
「妾とて、分からぬわけではないわ」
どやっ、という顔だった。認めない割りに、ちゃんと考えている。一歩、深いところへ来た。
「それくらい、私も分かっておりましたわ」
メルフィーナが、頬を膨らませた。
「いいや、妾の方が──」
二人が言い合いはじめる。早い者勝ちのように、理解を競っている。微笑ましいので、僕は止めなかった。
その横で、リーディアが静かに口を開いた。
「──こうではないでしょうか」
二人の声が、止まった。
リーディアの声は、柔らかい。しかし今日の彼女は一味違う様だ。
「これはマキナ様がいらっしゃらなくても成り立つように、作られているのですね」
スクリーンを見たまま、リーディアは続けた。
「マキナ様おひとりなら、こんな村の十や二十、一息でお守りになれましょう。現に、お力だけを見れば、一国を相手にしても引けは取られない。なのに、あなた様はここにおられて、手を出されない。代わりに、これだけの者を育て、送り出しておられる」
「……」
「ご自分がいなくても、救えるように。そういう形に、なさったのでしょう」
部屋が、静かになった。
当たっていた。それも、核のところで、寸分違わず。
不意に、遠い景色が胸をよぎった。前の生で、何度も見た現場だ。崩れた町に入っていく隊列。炊き出しの湯気、担架、重機の音。あの時、僕を含めた誰ひとり、英雄ではなかった。ひとりの力では、何も変えられない現場だった。それでも町に希望が戻ったのは、仕組みが途切れずに回り続けたからだ。
強さで救うのではない。継続される仕組みで救う。
それを、他国から来た姫が、一目で射抜いた。
「……さすがです、リーディア殿」
気づけば、声が大きくなっていた。
「その通りです。まさに、それが本質だ。僕がいなくても回る。今日救って、半年後に枯れてしまっては意味がない。だから、ドラグネストには今も100人を超える者が訓練中です。欠けたら、補う。絶やさず、続けていく。レイヴンズが来れば、その地は救われる──そう言い切れる部隊に、したかった」
嬉しさが、抑えきれなかった。惚れ込んで作ったものを、的確に言い当ててもらえる。これに勝る心地よさは、そうない。
「僕はこの部隊を分類するに特殊部隊としましたが、初期対応部隊という側面が非常に強いのです。」
リーディアが、少し目を伏せて微笑んだ。
その横で、メルフィーナが黙り込んでいた。唇を軽く結んで、スクリーンの方を見ている。自分が先に答えたのに、褒められたのは他国の姫。面白くない、と顔に書いてあった。
それに、目ざとく気づいた者がいた。
「なんじゃ、小娘。妬いておるのか?」
カルミナが、にやりと牙を見せた。
「妾は、この程度では微動だにせんがな」
胸を張って、腰に手を当てる。──誰より先を越されて、誰より悔しがっていた当人が、言う台詞ではない。
「カルミナさんこそ、顔に出ていましたよ」
「な……っ、出ておらぬわ!」
メルフィーナが、今度はそちらに食ってかかる。二人の矛先が、入れ替わった。
僕は、笑いをかみ殺しながら、スクリーンへ目を戻した。柵は、もう村の半分を囲っている。通信塔の光が、穏やかに脈打っていた。
3年かかった。レイヴンズ、そしてドラグネストは遂に動き出したと言える。
「さあ、行こうか」
61話・了
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