第六十話 ”|鴉《りゅう》の|巣《ドラグネスト》”
妾は、気に入らぬ。
主様の直属だと、あの烏合の集は名乗っておる。国の指揮からも外され、主様直々にお声を掛けられた者ばかりだという。
ならば問う。なぜ妾は、そこにおらぬのだ。
妾は主様に敗れた。敗れて、女になると誓った身だ。主様のものだと、はっきり言われた。それほどの間柄でありながら、寄せ集めの隊には妾の名がない。あの娘も、あの大女も、皆そろって主様の傘の下にあるというのに。
腑に落ちぬ。だから来た。呼ばれてなどおらぬが、それがどうした。妾が来たいから来た。妾を止める者など一人もおらぬゆえ、問題無かろう。当然の顔をして主の横に寄り添う。反対側に今日も居おるわ、契約者の小娘め。呼ばれてもないのに来るでないわ。
広間には、隊の者が集められていた。主様が、新しく入る者を引き合わせるのだという。妾は壁にもたれ腕を組んで、その様子を眺めることにした。
主様が、ひとりずつ手で示してゆく。
「彼がジリオン。前で敵を仕留める、攻撃の要です」
獅子の獣人だ。図体ばかり大きい。妾は、犬ころと呼んでおる。その犬ころが新入りの方を見て、にやりと牙を見せた。
「フロントアタッカーだ。よろしく頼むぜ、爺さん」
軽い男だ。誰彼かまわず己が手柄の話をしたがるタイプだな。ふん、と妾は鼻を鳴らした。
「こちらがララ。守備の要、フロントディフェンダーだ」
でかい女だ。妾が見上げるほどに背がある。それでいて、子供のように笑うやつだ。
「えへへ、よろしくねー」
「かわい子ぶんな、気色わりぃ」
「黙っとけや、犬っころ!」
大女は、大きな手で犬っころの首根っこを掴んでいる。正に鬼神の様な顔だ。戦場では岩のように動かず仲間を守ると言うのだ、人というのは解せぬものよ。
主様の手が、次へ移る。
「ディ。フロントライン・スミス。前線で何でも直してくれる頼もしいやつだ」
「……ど、どうも」
若い男が、ぎこちなく頭を下げた。妾はこやつを、兄と呼んでおる。隣に立つ娘の、兄だからだ。それ以外に、こやつを覚える手がかりがない。
「ヴィ。この隊の指揮を執る指揮官様だ。皆若いからと舐めないで下さいね?」
気合の入った妹だ。半妖精の耳が、つんと立っている。前に一度、何かを悩んでいたらしいが今は大分自信に溢れた顔をしておる。何かが吹っ切れたのであろうな。
ふん。気合だけは、認めてやらぬでもない。
「アーレフ。我が隊の目になる子です。飛べない鴉の獣人ですが、彼女の翼はあらゆる敵を逃しません」
鳥娘だ。鴉の獣人だという。小さな体で、ぼうっと立っている。妾と目が合っても、瞬きひとつせぬ。関心がないのだ。妾にも、この場にも。妾もまた、この娘に関心がない。お相子というやつだ。
「クロ、遊撃隊員です。ともかく無口なんで、皆仲良くしてあげて下さいね」
主様は、それだけ言って手を止めた。
無口は反応もせずにぼうっと立っている。眠いのか興味がないのか、両方か。何を考えておるか、まるで読めぬ。笑っているようで、その奥が霞んでいる。妾はこういう手合いが好かぬ。読めぬものは、斬れぬ。されど、わざわざ斬るほどの相手でもない。妾は、すぐに目を逸らした。
「ターニャ。後方で通信を担当します。戦場のあらゆる情報を伝えます」
「あ、噂の爺さんっすかー。あーしはターニャっす。よろしくっす」
図々しい女だ。先だっても、妾に不遜な口をきいた。主様の僕なれば許してやったが、本来であれば首のひとつも刎ねておるところよ。あの間延びした声で、恐れというものを知らぬ。
「セラ。彼女が通信の長です。情報は、彼女のところに集まります」
「セラです。よろしくお願いします」
真面目だ。図々しい女の尻ぬぐいをしている、冷ややかな顔の娘。あの二人は、いつもそうして並んでおる。妾には、どうでもよいことだがな。
そうして、主様の手が、最後のひとりへ向いた。
知らん爺だ。
白いものの混じった髪。背筋だけは、やけに伸びている。武人くずれの立ち姿よ。けれど、妾の知らぬ顔だ。どこの誰とも知れぬ爺が、なぜここにおる。
「彼がミカル。今日から、ヴィの参謀に就いてもらいます」
その時だった。
空気が、変わった。
妾は、はじめそれが何か分からなかった。広間の温度が、不意に下がったかのようだった。騒がしかった犬ころが、口を閉じた。
兄が、顔を強ばらせていた。
気合の入った妹の手が、止まっていた。
二人の目が、知らん爺に向いている。妾は、その目つきを知っている。前に妾へ向けられたのと、同じだ。挑もうとする目——いや、違う。あれは挑む目ではない。もっと冷えた、復讐の目に近いものだ。
何だ、これは。
妾には、分からぬ。ただの知らん爺が来ただけであろう。なぜ、急に辛気臭くなる。せっかくの騒がしさが、台なしではないか。
知らん爺は、何も言わなかった。
兄と妹の目を、まっすぐに受けて、ただ立っている。弁明もせぬ。笑いもせぬ。頭を下げるでもない。受けるべきものを受けている、という顔だった。
妾は、首をかしげた。爺と、兄妹。この三人の間に、妾の知らぬ何かがある。それは分かる。分かるが、興味がない。
妾の関心は、はじめから一つだ。
なぜ、妾はここにおらぬのか。
主様は、空気が張りつめたのを、分かっておられるはずだ。それでいて、急ぎもせぬ。騒ぎ立てもせぬ。
「ミカル殿には、参謀としてヴィの指揮を助けてもらいます」
主様は、静かに言った。
「彼女の目は確かだ。けれど、戦場を知る時間が、まだ足りない。そこを埋めてくれる人です」
気合の入った妹が、何か言いかけて、呑み込んだ。言いたいことが、喉まで来て、留まったのが見えた。指揮を執る身ゆえか。主様の前ゆえか。あの娘は、己が気を、己で抑えこんだ。
たわけが、あの娘まだ分かって無いらしい。言いたい事があったら言わぬか! ……妾の殺気を感じて怯えておるわ。
兄の方は、妹を見た。それから、知らん爺を見た。何も言わぬ代わりに、拳を握りこんでいる。妹が堪えたのを見て、己も堪えたのだろう。不器用な男よ。後で兄妹揃って教育が必要な様だ。
広間は、妙に静かなままだった。誰も、その沈黙に触れようとしなかった。図々しい女ですら、口をつぐんでいる。無口は、いつもどおり何を考えておるか読めぬ顔で、ただ場を見ていた。
妾は、壁から背を離した。
こんな辛気臭い場に、いつまでもおれるか。
妾が歩きだすと、主様の目が、こちらを向いた。
「カルミナ。来ていたんですね」
「来ておったとも」
妾は、腕を組み直した。
「主様。妾は、気に入らぬ」
広間の者たちが、いっせいに妾を見た。知らん爺までもが、怪訝そうに眉を寄せておる。良い。せいぜい見るがよい。
「そこな烏合の衆は、皆そろうて主様の直属だと名乗る。犬ころも、大女も、情けない妹も。知らん爺すら、今日から仲間だという」
妾は、主様の方へ、一歩ふみ出した。
「ならば、なぜ妾はそこにおらぬ。妾は主様に敗れた身ぞ。主様のものだと、己が口で言うてくだされたではないか。それほどの妾が、なにゆえ寄せ集めの外に置かれておる」
犬ころが、ぽかんと口を開けた。情けない妹は、呆れたような、信じられぬような顔で妾を見ている。さきほどまでの張りつめた空気が、どこかへ散っていた。
よい気味だ。辛気臭いのは、妾の好むところではない。
主様は、少し目を見ひらいて、それから、笑った。
「カルミナを、あの隊に入れる?」
主様は、ゆっくりと言った。
「そうしたら、どうなると思います?」
「どうなる、とは」
「あなたひとりで、隊の皆より強い」
妾は、口をつぐんだ。
「ジリオンが止める前に、あなたが敵を散らしてしまう。ヴィが策を立てる前に、戦が終わる。あの子たちが力を合わせて、ようやく届くものに、あなたは一人で届いてしまう」
主様の声は、静かだった。妾を諭すでも、持ち上げるでもない。ただ、事実を並べていた。
「あの隊は、一人では届かない者たちが、寄り集まって届くための箱です。あなたを入れたら、箱である意味がなくなる」
「……つまり、妾は邪魔だと申すか」
「いいえ、違います」
主様は、首を振った。
「あなたは、一人で特殊部隊に匹敵します。数を揃えて、ようやく成すことを、一人で成してしまう人だ——レイヴンズという箱は貴方を入れるには小さ過ぎるのです。貴方を折り畳んでしまうのは、もったいないと言う事です」
妾は、しばし黙った。
主様の言うことは、分かるような、分からぬような。妾が強いゆえに、入れぬのだという。それは仲間はずれとは、違うのか。違わぬのか。妾には、難しいことは分からぬ。
ただ。
「もったいない、と申したな」
「ええ」
「主様が、妾を、もったいないと」
「言いました」
妾は、腕を組んだまま、ふいと顔を背けた。
頬が、妙に熱い。主様に見られぬよう、妾は顔を背けたままでいた。
「……ふん。まあ、よい」
「いいんですか?」
「よいと言うておる。妾は寄せ集めではない。それだけのことだ。妾は、妾ぞ」
主様が、小さく笑った。妾は、それを見なかったことにした。
広間の者たちは、毒気を抜かれたような顔をしていた。犬ころなどは、なぜか感心したように頷いておる。何を頷いておるのだ、あの犬は。
妾は、出口へ向かった。もう、ここに用はない。
その途中、知らん爺の横を通りすぎた。
爺は、妾を見ていた。妙な目だった。さきほど兄妹に向けられて、何も言い返さなかった男が、今は、ほんの少しだけ、肩の力を抜いておるように見えた。
妾のせいか。妾が場を引っかき回したゆえに、張りつめておったものが、緩んだのか。
知らぬ。妾は、こやつを助けてやったわけではない。妾は、妾の気に入らぬことを言うただけだ。
それでも爺は、妾に向かって、小さく頭を下げた。
妾は、それには応えず、歩みつづけた。
「カルミナ、少し待って下さい。貴方にもちゃんと居場所があるんですよ?」
その言葉を聞いた瞬間、胸の中で何かが弾けた。いつも腫れ物扱いだった妾に、居場所があると言う。
「貴方が所属するのは僕の隣ですよ。貴方にはメルフィーナと共に、大局を見る目を学んで頂きます」
妾の居場所がマキナ様の隣とな? それに異存は全く無い! 契約者の小娘と一緒なのは癪だが、下で無いだけマシであろう。
妾はこの話に胸を張り、腰に手を当て言ってやったわ。
「おおせのままに、マキナ様」
60話・了
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