第五十九話 ”おおせのままに”
「まずはお久しぶりです、姫様。そしてマキナ殿」
久しぶりに会う姫様は、ずいぶんといい顔をされるようになった。これもマキナ殿の薫陶だろうか。敵国の倒すべき敵に頭を垂れる立場になろうとは、少し前まで思いもしなかった。
マキナ殿とは、少なからぬ因縁がある。3年前のドラゴノートで駐留軍として現地にいた私の兵を、半分逃がしてもらった。あの礼くらいはせねばなるまい。
あの夜、空に浮かんでいたのは、黒い毛玉のような、つかみどころのない影だった。あれが守護竜だと聞かされても、すぐには信じられなかった。次に会う時はどれほどの化け物になっているのかと、空恐ろしく思ったものだ。それがどうだ。これほど立派な青年に育っているとは、さすがに読めなかった。
「お久しぶり、ミカル殿」
マキナ殿が書類から目を上げた。お久しぶりと言うくらいだ、私を敵将として覚えているのだろう。
「先のドラゴノートでは、退き際が見事でした。あの混乱の中で、よく兵をまとめて退かれた」
その混乱を作った張本人が良く言う。そして買いかぶりだ。
「あの撤退を、私の判断でしたとは言いかねるのですよ。ある若い士官が、私に進言したのです」
姫様の目線が、一瞬落ちたのが目に映る。
私は目を閉じ、軽く頭を振った。
マキナ殿は、それ以上を問わなかった。
「ミカル殿」
マキナ殿が、流れを変えるように口を開いた。
「一つ、提案したいことがあります。私の直属に、特殊強襲愚連隊ドラグナー・レイヴンズという混成部隊があります。国の指揮系統からは外してあり、他国から来た者が中心になる特殊部隊です。」
特殊強襲愚連隊、と来たか。物々しい名だ。だが、口ぶりからして、看板ほど堅苦しい部隊でもないらしい。
「指揮官は、まだ若い」
マキナ殿の声に、淡い熱がこもった。
「その子は若いけれど、素晴らしい目を持っています。戦術だけなら僕より優秀でしょう。ただ若さ故に、戦場の経験がない。あなたには、その彼女のデータベースとして――参謀を、お願いしたいのです」
命令ではなく、提案だった。亡命してきた敵国の将に、わざわざそういう形を取る。色々と噂は聞いていたが、この守護竜を杓子定規で測っては痛い目を見る事になるだろう。
「ありがたいお話です。ですがその前に」
私は居住まいを正した。
「ドラグロード王と、話してまいりました」
「伺っています」
マキナ殿が静かに頷いた。この国は通信というシステムに大きな力を入れているらしい。
伝書鳩等も使う様だが、魔導通信なる仕組みを完成させている。
「神聖国の様子は、いかがでしたか」
問われて、私は言葉を選んだ。亡命したとは言え王室派や残して来たロロルに被害を与えたくはない。
「よくありません。教皇派が、力を強めすぎた。あの国は、私が長く仕えてきた国とは、もう別の何かになりつつあります」
「それでも、神聖国を売るおつもりはない」
咎める響きではなかった。ただ事実を確かめる声だった。
「ええ」
否定はしなかった。亡命はした。姫様をお連れして、あの国を出た。だが教皇派が許せぬことと、あの国に生きる民まで敵に回すことは、私の中では別の話だ。
「身を置いても、神聖国の不利になることはいたしません。それだけは、申し上げておきます」
「承知しています」
マキナ殿は、あっさりと言った。
「使える方を、使えるところで。それだけのことです」
その軽さが、かえって読めなかった。
「一つ、伺ってもよろしいですか」
マキナ殿が、ふと姫様の方へ目を向けた。
「リーディア殿は、やがて神聖国で召喚された勇者の妻になられる。そういうお立場だと伺っています。ということは、いずれ神聖国へ戻られる。勇者の妻として。そう考えてよろしいのでしょうか」
穏やかな問いだった。庇護する姫の、将来の身の振り方を確かめる。それだけの、当たり前の問いだった。
姫様は、すぐには答えなかった。
長い、迷いがあった後。
「……今いらっしゃる勇者と結婚するか。そういうご質問であれば」
姫様の声は、静かだった。
「否と、お答えさせていただきます」
私は、息を吐いた。
「姫様のおおせのままに」
そう言って、頭を下げた。
「なるほど、事情が御有りなのでしょう。まあ尤も、神聖国へ戻る時には私を討つ為と言う事になるのでしょうが。」
ハハハと笑ってみせるマキナ殿に、何と答えていいか心底困る。これは冗談と受け取っていいのか?
「マキナ様、意地悪をおっしゃらないで下さい。マキナ様は私どものお味方なのでございましょう?」
リーディア姫の発言に肝を冷やした。
「そうですね、今はその通りです。ですが、あなたの勇者が現れた時、女神が私を許して下さるか難しいところですね。」
リーディア姫は少し困った様な顔をしていたが、マキナ殿は笑っていた。
実際話した感じでは、この守護竜は我らを敵視しているとは思えない。
表面上が全てではないとしても、敵視しているならこんな回りくどい事はしないだろう。
そしてもう一つ私は不思議に思う事があった。
女神だ。女神はなぜ今この時勇者を遣わそうとしないのか?恐らくは歴史上最も強大な守護竜を得たこの国は過去で最大の敵に違いない・・・・・はずだ。
しかし女神は沈黙を守り、いざ会ってみれば守護竜は到底敵とは呼べない。何なら教皇派よりも理解力のある対応が返ってくる。
もしかしたら、今この時が世界の何かが変わっていく瞬間なのかもしれない。
「先程おっしゃられていた、レイヴンズへの参加。謹んでお受けいたします」頭を下げた。
この国に骨を埋める気はない。だが、姫様がここにおられる限り、私の居場所もここだ。
ならば、ただ飯を食らうわけにもいくまい。
「ありがとうございます」
マキナ殿は、ほっとしたように笑った。化け物じみた力を持つ守護竜が、こういう顔もする。
「では、追って隊の者を引き合わせます。――手強いのが揃っていますよ。覚悟しておいてください」
手強いの、と来た。正規の軍に収まらなかった者ばかり、とも言っていた。どんな連中か、見当もつかない。特殊部隊と名の付く部隊には大概普通じゃない者が配属される。精鋭部隊との大きな差だ。
だが、不思議と気は重くなかった。長く、私は教皇派に頭を押さえられてきた。将としての器を、役職という蓋で抑え込まれて生きてきた。その蓋が今は無い。
若い指揮官の、データベース。データベースという言葉に聞き覚えはないが要は経験を補えと言う事だろう。引退させられた王室派の将軍として教皇派と戦うというのも面白いと思う気持ちもある。
「ミカル」
不意に、姫様が口を開かれた。
「……よろしく、頼みます」色々と思うところが御有りなのだろう。
私は胸を張り答えた。
「おおせのままに」
59話・了
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