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メカヲタ転生して守護竜になる ~兵器の性能差が勝敗を分かつ絶対条件だと教えてやる!~新装版!  作者: ななよん
成竜編

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第五十三話 ”遠雷”

報せは、一枚の紙で届いた。


 聖騎士団長の執務室は、夕刻になると西日が長く差す。ヴィルはその光の中で、運ばれてきた報告書に目を落としていた。封は北の街道筋を抜けてきた早馬のもので、紙は何人もの手を渡って端が擦り切れている。出所は一つではない。商人、旅人、戦から逃げた者。同じ筋の話が、別々の口から、形を変えて流れ込んでいた。


 またハルトアイゼンか、と思った。北西の城塞国家。魔国とじかに境を接する、大陸の盾。あの国が攻められるのはいつもの事だ。珍しくもない。


 だが、紙の中ほどで、指が止まった。


 黒い、巨大な竜。


 城の上空に現れ、魔国の空軍を一度に焼き払った――そう書かれていた。


 ヴィルは紙を持つ手を、わずかに下げた。文面を疑ったのではない。話が大きすぎる時ほど、人は尾ひれを付ける。空を覆う化け物、雷を吐く竜、一瞬で消えた軍勢。こういう語りは、伝わるたびに膨らむ。話半分に聞くのが筋だ。


 しかし、と思い直す。


 膨らんだ噂には、膨らみ方の癖がある。語り手が誇張したがる所と、何も知らずに口を滑らせる所は、文の手触りが違う。この報告には、語り手自身も意味を分からぬまま書き写したらしい一節があった。


 ――翼を持つ者どもが、空から、消えた。


 ハーピィか、翼竜の群れか。魔国が空をどう使うかは、ヴィル自身が幾度も苦しめられて知っている。その空の軍勢が、一度に消えた。墜とされたのではない。墜ちる骸が、無い。射貫けば落ちる、薙げば崩れる――そういう死に方を、していない。空にいたものが、痕も残さず、無くなっていた。


 範囲殲滅か、とヴィルは見た。


 点で討ったのではない。面で薙いだ。空という面を、丸ごと。


 ヴィルは紙の上の文字を、何度も往復した。一語ずつ、確からしさを量る。膨らんだ部分を削り、揺れの少ない芯だけを取り出す。残ったのは、こうだ。ハルトアイゼンに黒い巨大な竜が現れた。竜は魔国の空の軍勢を、一挙に消し去った。城は、落ちなかった。


 芯だけにしても、まだ大きすぎる話だった。だが、ヴィルの手は、その芯を捨てられなかった。


 ハルトアイゼンの背後には、ドラグロードがいる。両国は近年、急速に結びつきを強めている。であれば、あの城の空に現れた竜が、ドラグロードの守護竜であっても、何の不思議もない。


 そして、もし同じ竜なら――。


 ヴィルの内で、離れていた点が、いくつも線で繋がり始めた。第一次の陣の背後に湧いた、四つ足の鉄の獣。誰もそれが何処から来たのか見ていない。第二次で、ドラゴノートへ引き返した5000を囲んで潰した、黒と白の騎士。前から届いた、人の弓では届かぬ遠矢。あの戦のことごとくで自分を苦しめたものが、もし、すべて一匹の竜の差し金だったとしたら。


 断ずるには、証がない。だが、そう見れば、すべての辻褄が合ってしまう。盤の上にばらまかれていた駒が、一つの手によって動かされていたと考えれば、勝てなかった理由が、きれいに説明がつく。


 その竜が、今度は自ら姿を現し空を面ごと薙いだ。


 報告書を机に置き、ヴィルは椅子の背に身を預けた。組んだ腕の下で、思考が一つの記憶へ繋がっていく。数年前、まだ第一次の頃。ドラグロードの空に、新しい守護竜が現れたと聞いた。姿を見た者は少なく、幼生体だという話だった。だがその竜が空を取った瞬間から、神聖国の戦は壊れ始めた。


 前から届かぬ遠矢。後ろから湧く鉄の獣。そして頭上には、手の届かぬ竜。


 ヴィルはあの時、結論を一つ出している。


 彼の竜は今成竜化し、「物を生み出す竜」だけでなく、竜そのモノが化け物に成ったのだ。


 数年かけて出した、苦い結論だった。届かぬものに兵を投げ込むのは、ただの浪費だ。諦めるという判断そのものを、ヴィルは正しいと思っていた。


 その諦めた相手が、今。


 届かぬと諦めた高さの、さらに一段上へ上がったと言う事だろう。


 ヴィルは天井を見上げ、口の中で言葉を転がした。声にするつもりはなかった。だが、漏れた。


 「……元々化け物だった守護竜が、本当の化け物になりやがった」


 呟きは、西日の中に溶けて消えた。返す者はいない。執務室には、擦り切れた紙の束と、ヴィル一人きりだった。


  ◇


 評定は、その3日後に開かれた。


 円卓ではない。神聖国の評定は、上座に教皇派の高位聖職者が並び、その下に騎士と貴族が連なる。座の高さがそのまま、口の重さになる。ヴィルは聖騎士団長として末席に近い一角を与えられているが、近頃その席は、置かれた花瓶ほどの扱いだった。


 議題は、黒衣の機械竜と呼ばれる彼の竜。報せはすでに上まで届いている。


 口火を切ったのは、教皇派の枢機卿(すうきけい)だった。竜の力が一段上がった以上、もはや小手先の戦術では届かぬ、と彼は言った。論は速やかに、一つの結論へ向かった。


 「かくなる上は、勇者を当てるよりほかにない」


 ヴィルは、わずかに目を細めた。


 勇者。女神の選びし者。一人で軍団魔法を放ち、術師団の綱渡りを要らぬものにする力。確かに、それが在れば話は早い。ヴィル自身、幾度その不在を呪ったか分からない。


 だが、神聖国に勇者はいない。在るのは、選びを経ぬ抜け殻だけだ。


 その抜け殻――滝川という青年を、評定に出せと騒ぐ声が、貴族の側から上がっていた。勇者の名を掲げれば兵の士気が上がる、というのだ。中身が伴わぬ事を、彼らは知らぬか知らぬふりをしている。


 その声を抑えたのは、ロロル・ヴェントだった。


 「あれを表に出すのは、まだ早い」


 静かな声だった。ロロルは滝川を鍛える立場にある。あの青年が誰より師と仰ぐ相手でもある。ロロルが抑えに回れば、滝川を担ぎたい者たちも、ひとまず口をつぐむ。座の力学を、ロロルは正確に使っていた。


 ヴィルとロロルは、古い知り合いというわけではない。だが、盤面を読む者は、同じ盤面を読む者を一目で見分ける。この男は、見えている。ヴィルはそう感じていた。そう言えばトビアスと既知だったか?


 枢機卿は、しかし退かなかった。勇者の名がまだ使えぬなら、と前置いて、別の手を持ち出した。


 「天使召喚を、解く時が来たのではないか」


 座が、わずかにざわめいた。


 ヴィルはその術を、よくは知らない。教皇派が秘して扱う、古い神聖魔術だとしか聞いていない。体の内に天使を降ろし、人の枠を超えた力を得る――聞こえだけは、勇者の代わりになりそうな話だ。


 現に、力は上がっている。それはヴィルも認めるところだった。この数月、神聖騎士団の一部が、明らかに人の域を出た働きを見せ始めていた。背に翼を生やして飛ぶ者すらいると聞く。空を諦めた神聖国が、ようやく空に手を掛けつつある。本来は聖騎士だけのものだった神聖魔術を、並の騎士が回復に使えるようにもなっていた。戦線の保ちが、目に見えて良い。


 だが、とヴィルは思う。よりにもよって、その空に手が届いた、まさにこの時だ。


 あの竜は一度に薙いだ。翼を得て喜ぶ間もなく、翼ごと焼かれる相手が現れた。得たばかりの手札の値が、切る前から目減りしている。教皇派は、それでも天使召喚に(すが)ろうとしている。縋るしか、ないからだ。手の中の札が薄いと知っているからこそ、より深く禁に踏み込もうとする。


 文句のつけようがない。それが、ヴィルには引っかかる。


 うまくいきすぎる話には、たいてい裏がある。代償を聞けば、適性の低い者――魔力の薄い者は体調を崩す、という程度の答えしか返ってこない。本当にそれだけか?ヴィルの勘は、胡散臭いと告げていた。だが勘では、上がっている戦力を否定できない。数字は、嘘をつかない。そして今のヴィルには、その数字に逆らうだけの言葉がなかった。


 それでも、ヴィルは口を開いた。


 「お待ちを」


 座の視線が、末席へ流れた。冷たい視線だった。


 「竜の力が上がったのは事実。ですが、勇者一人に、あるいは天使召喚で得た一握りの力に、戦のすべてを背負わせるのは――同じ過ちです。要を一点に置けば、そこを潰された時に、すべてが崩れる」


 ヴィルは続けた。


 「あの竜は、面で薙ぐ。一点に固めた力を、最も得意とするやり方で消し去る。今の備えで正面から当たれば、全滅させられる公算が高い。そうで無くとも彼の竜が生み出した傀儡が十分脅威なのだ。」


 言い終える前から、座の空気は冷えていた。


 では、策がないのか。ヴィルの内では、問いに答えが返っている。ある。現状の戦力でも、あの竜に肉薄する手は組めた。隊を大きく構えるから面で消される。ならば逆を行く。兵を小さな隊に細かく割り、空と地の両面から、速さだけを頼みに突き込む。一塊を潰される前に、散った針の幾本かが届く。理屈は通っていた。第一次で大軍が隘路(あいろ)に詰まり、5000が一塊で囲まれて潰えた――あの負け方を、まるごと裏返した策だ。


 だが、ヴィルはその策を、口にしなかった。


 最初に突き込む隊は、まず生きて帰れない。針の幾本かを届かせるために、先頭を捨て石にする策だ。それでも戦場に届かせる事ができるだけだ。必要なら兵に死を強要する事もあるだろう、だが今はその時とは到底思えなかったからだ。


 もっとも、と冷えた所で思う。命じられれば、使う。自分は最高指揮官である前に、一人の兵だ。上が使えと言えば、自分の手で、自分の策で、多くの兵を死地へ送るだろう。止めていられるのは、命令が下りてこない間だけだ。


 枢機卿の隣に座る者が、薄く笑った。声には出さない。だが、その目が語っていた。――6000を死なせた男が、何をと。


 ヴィルは、言い返さなかった。


 3年前、聖戦の名のもとに動いた軍は、6000を失った。うち5000は、後発の貴族方が駐留軍を巻き込んで暴走し、ドラゴノートへ引き返した末に、囲まれて潰えた数だ。ヴィルは止めようとした。間に合わなかった。トビアスが血相を変えて食ってかかったあの場で、ヴィルは何もできなかった。


 真実は、そうだ。だが評定の記録に残ったのは、別の話だった。指揮官ヴィルの差配の誤りで、貴族方は見殺しにされた――そう書かれている。汚名は、ヴィルのものになった。


 弁明する材料は、ヴィルの手の中にある。貴族の暴走を、誰がいつ始めたか。ヴィルは正確に知っている。だが、使わなかった。


 止められなかったのは、自分だ。最高指揮官でありながら、味方の暴走一つ抑えられなかった。それは紛れもなく、ヴィルの落ち度だった。誰のせいにもできない。擦り付けられた汚名の半分は、たしかに自分のものだと、ヴィルは思っている。だから黙って受けた。


 その黙りが、汚名を確定させた。今のヴィルの正論は、結果も出せず「6000殺した無能の言」として聞かれる。正しさは、レッテルの下では役に立たない。


 「団長の言には、理がある」


 声を上げたのは、ロロルだった。


 「要を一点に置くな、というのは、戦の常道です。竜が面で来るなら、なおさら。お考え直しを」


 ロロルが立てば、座の重みは少し変わる。だが、変わるだけだ。


 貴族の側は、口をつぐんでいた。5000を無駄に死なせた当の責は、本来は彼らにある。それを知る者が評定の外にいる以上、彼らは下手に動けない。教皇派に逆らえば、いつ責を蒸し返されるか分からない。だから保身に徹し、教皇派の言うままに頷く。正しさより、自分の首だ。


 結論は、出なかった。


 天使召喚を解くと決まったわけではない。枢機卿は「検討に値する」とだけ言い、評定を閉じた。だが、傾きは隠せなかった。3年戦って成果がなく、6000を失い、教皇への信は細る一方だ。教皇派は、何でもいいから結果を欲しがっている。手段は、もう選んでいない。


 禁を解くまでの距離は、評定が一つ進むごとに、確実に縮んでいる。


  ◇


 評定の散会後、ヴィルは回廊で、二つの足音に追いつかれた。


 ロロルと、トビアスだった。


 トビアスは評定の席にはいない。若い貴族の身では、まだあの場に連なれない。だが、廊で待っていた。3年前、ヴィルに食ってかかったあの男は、その後もヴィルの下に従いてきた。誰が正しく、誰が見栄で兵を死なせたか――あの戦場を見た者の目は、評定の記録では塗り替えられない。


 ロロルとトビアスは、もとから面識があったらしい。二人は短く目を交わし、それからヴィルを見た。


 「団長」とトビアスが言った。それきり、言葉が続かない。憤りと、行き場のなさが、若い顔に滲んでいた。


 ヴィルは、何も慰めなかった。慰める言葉を、持っていない。


 ただ、三人はしばらく、同じ回廊に立っていた。教皇派の決定に逆らう力は、ここにはない。ロロルが王の側に話を通したところで、王室派にはもう、教皇派に抗うだけの勢いがない。正しいと知る者は何人もいる。なのに、誰も止められない。


 それでも、立っていた。


 ヴィルは、この二人の顔を覚えておこうと思った。理由は、自分でもうまく言えなかった。ただ、いつか何かを動かすとすれば、その始まりは、こういう所にしかない気がした。


 回廊の窓の外で、騎士たちが訓練に戻っていく。その中の一人――名も知らぬ若い騎士が、ヴィルに気づいて、足を止めた。そして、深く頭を下げた。評定の中では無能とそしられる団長に、ただの一兵が示す、静かな礼だった。


 ヴィルは、軽く頷いて返した。


 その兵が、いずれどこへ送られるのか。ヴィルは、知らない。


 彼の様な兵を無為に殺させない為にも......そう思っても具体的な策が見当たらない。


 彼の竜はハルトアイゼンとは盟友と称される程仲が良い。可能であれば自分だって仲良くして貰いたいくらいだ。

軽く息を吐いたヴィルは二人を食事に誘う。神聖国に残された芽とも言うべき彼らの行く末はまだ誰にも分からなかった。


第五十三話・了


 

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