第五十二話 "受け継がれるモノ"
ドラグネストへ帰る朝。
3台の工作機械を据え終えた。旋盤、研削盤、中ぐり盤。これで、この街でやる事は終わりだ。
ハルトアイゼンの大工房の一角。土魔法で基礎を打ち、空間収納から下ろした鋳鉄の塊を、数日がかりで組み上げた。仕上げは粗い。だが、実用には十分だ。
旋盤は材料の方を回す。回る素材に刃物を当て、軸や筒みたいな丸い物を削り出す。砲身もこれで挽く。研削盤は砥石で表面を撫で、寸法と滑らかさを髪一本の細さまで詰める。中ぐり盤は穴の内側を真っ直ぐ刳り抜く機械だ。銃身の命は、その内径にある。
この世界はまだ鑢と槌の段階だ。精度は職人の指先と勘から出る。同じ物を10挽けば、10とも僅かに違う。前世で言えば、人の手から動力へ移る境目の代物だ。その何百年かを、一足に飛ばす。
マザーマシン。機械を作る為の機械だ。
精密な部品は、人の手だけでは挽き出せない。真円も、真っ平らも、同じ寸法の繰り返しも、人の指は嫌う。だから先に、削る機械を据える。一度据えてしまえば、その機械が次の機械の部品を削り出す。精度にブレが少なく、安定した量産が可能になるだろう。
銃を作れと王に勧めた。だが勧めただけでは銃は挽けない。撃つ筒も、その筒を削る刃も、こいつらが無ければ始まらない。この3台が、その足場だ。
動力は魔石だ。前世のように電は引けない。コアの回転をそのまま主軸に噛ませてある。低い唸りを上げて、砥石が回り出した。
◇
アイゼン王が唸りに引き寄せられるように歩み出てきた。
「……師匠よ。こいつはなんだ?」
僕は回り続ける砥石に、鋼の棒を当てた。火花が散り、棒の先が見る間に削れて、つるりとした円筒になる。
「機械を、作る機械です」
王の動きが止まった。
ゲパルトが横から覗き込み、主軸に固定された棒が削れていく様を食い入るように見ている。やがて、その喉がごくりと動いた。
「親方……これは」
「ああ」
王の声が掠れていた。
「これさえ据えりゃ、ワシらの手で、いくらでも同じ物が挽ける。寸法も、滑らかさも、機械が出してくれる。量産に必須の機械ちゅうことやな」
「なるほど、回転させることで...見てしまえば理屈は簡単なのですがね」
ゲパルトが静かに頷いた。
ドワーフは見れば作る民だ。だからこそ、彼らはこの機械の意味を、僕が一言添えただけで底まで読み取る。これがあれば、もう僕は要らない。自分達だけで、自分達の銃を、自分達の名で作れる。
それこそが、僕が求める結果だ。
王が機械の一台に掌を置いた。震える掌だった。
この機械達も、彼らの手で改良され、量産されていくだろう。
◇
「旦那。これドラグネストにあった、マザーマシンやろ」
エルダが機械の脇に立っていた。腕を組んで、据えた3台を端から端まで眺めている。
「ワシが前に、欲しいと零した代物や」
「覚えていましたか」
「忘れるかいな。惚けて笑ってたくせに」
「あの時は、聞き流したふりをしました」
「ふり、か」
エルダがふっと笑った。
「作っとったんやな、裏で」
僕はニッコリと笑ってみせる
エルダがドラグロードに出向してから、3年が経つ。魔導回路の量産化も、アームズパックも、ボウ・ライフルも、全部この人と詰めた。魔晶石を矢じりに込めて飛ばすという発想も。あれは、僕の頭からは出てこなかった。工学と、ドワーフの技術。片方だけでは届かなかった所へ、二人だからこそ届いた。
これくらいの礼は、させて欲しい。
エルダは嬉しそうに目を細めて、機械を撫でた。
◇
戦が退いて、ハルトアイゼンには戦間期が来た。空を脅かした魔国は、手痛い反撃を被ったのだ。当面は動けまい。
その間に、この国は銃を育てる。
「適任やろ。火薬を一番触ってきたのはワシらや。お前さんが据えてくれたこの足場もあるしの」
エルダの口調はいつも通りだった。湿っぽさは欠片もない。それが、この人らしかった。
「旦那、あまり姫達に心配かけたら、あかんで?」
「……善処致しますよ」うん、善処はするよ?
「言葉だけ達者やな、ほんま」
3年前にも、同じ事を言われた。あの頃の僕は、まだ言葉を喋れなかった。黒板に拙い字を書いて、返していた。今は声で返せる。だというのに、返す中身は、何ひとつ進歩していない。
エルダが僕の肩を、ぽんと一つ叩いた。
「ほな、またな。その内ごっつい結果持って見せに行くわ」
そう言ってエルダは、また笑った。僕も、つられて少し笑った。
◇
「ディ」
エルダが工房の隅に控えていた少年を呼んだ。
ディが慌てて顔を上げる。作業着の袖を捲った細い腕。ハーフエルフの血のせいか、15という歳より、ずっと幼く見える。レイヴンズに加わってまだ日が浅く、年嵩の化け物だらけの隊の中で、いつも所在なさげにしている。
「エルダ親方。何でしょう」
「これを、お前にやるわっ」
エルダが、隣に据えてあった機体の覆いを引いた。
現れたのは、一体のアーマードパックだった。ララのシールダーを基にした、ずんぐりとした装甲機。背からは、2本の補助腕が垂れている。だが、纏う気配が、ララの物とは違っていた。最低限の戦闘は可能だろうけど用途が明らかに違って見えた。
「銘をフィックスと言う」
エルダが言った。
「修理の『直す』と、固定の『固める』。両方の意味を、引っ掛けた名や」
ディがおずおずと機体に歩み寄る。指先で、背の補助腕の継ぎ目をそっとなぞった。
「これは……僕に戦えと言うことですか?」
「いんや」
エルダが首を振った。
「コアは二つ積んどる。けどな、その出力は、撃つ為やない。引きずってでも運ぶ為や」
エルダが背の2本腕を指さす。
「直す時は、こいつが三本目、四本目の手になる。自前の両手で機体を弄りながら、この二本で部品を掴んで支える。牽引する時は、この二本で、壊れた機体を掴む。動けなくなった味方を、戦場のど真ん中から、安全な所まで引きずり出す。二つのコアの力は、その為や。前に出て、敵をどつく為やない」
ディの指が止まった。
「救難……回収、ですか」
「そうや」
エルダが機体の装甲を掌で叩いた。
「レイヴンズのやつらは飛んで、墜ちて、殴って、殴られて、毎回壊れて帰って来やがる。戦場でも特に狂った奴らなら尚更や」
「でもこいつは、その逆。壊さん。直す。割れた物を拾うて、繋いで、また立たせる」
ディはまだ機体を見ていた。何か言いたげに口を開いて、それから、閉じた。
僕はその横顔を見ていた。
この少年が、いつも何を抱えているかは、知っている。自分は完璧に直せない、と。整備の手は、いつだって、どこか足りない。そう思い込んで、肩を縮めている。
エルダがディの前に立った。
背の低いドワーフが、見上げる格好になる。それでも、その声は、上から包むようだった。
「ディ。自分の修理は、まだ拙いと思うとるやろ」
ディの肩がびくりと動いた。
「現場修理ってのはな、完璧かどうかやない。直った機体が、もう一遍、戦場で動くか。それだけや。お前の手は、もう、そこに届いとる」
「……でも、僕は」
「こいつは何も壊さん。直す機体や」
エルダが、フィックスの装甲をもう一度叩いた。
「お前の力を、存分に発揮してこい」
ディが目を見開いた。
何か言おうとして、声にならない。代わりに、深く、頭を下げた。捲った袖の下の、細い腕が震えていた。
エルダはそれ以上、何も言わなかった。弟子の頭の上に、ただ一度、ごつい掌を乗せた。
◇
僕達はハルトアイゼンを発った。
アイゼン王達が城門まで見送りに出ていた。荷を積んだ車が門をくぐり、街道へと出る。振り返ると、エルダはまだそこに立っていた。手を振るような事を、する人ではない。それでも片手だけを、ひょいと上げる。それから背を向けて、街の方へ戻っていった。
城門が、街道の向こうへ小さくなっていく。
僕の隣で、ディがまだ門の方を見ていた。両手で、フィックスの起動鍵を握り締めている。
「マキナ様」
「うん」
「僕は、あの機体に、見合うでしょうか」
幼い声だった。問いというより、自分に確かめている声だ。
僕は少し考えてから答えた。
「見合うかどうかは、これから決まる。今は、まだ何も決まっていないだけだよ」
ディが僕を見上げた。
「君はここ数年、間違いなく世界で3本の指に入る環境で修行して来ました。そして世界最高峰の親方達に認められたのです。」
ディはしばらく黙っていた。
それから、握っていた鍵を、胸の前でもう一度握り直した。
「……はい」
今度の返事は、さっきより少しだけしっかりしていた。
背に受ける風に、溶鉱炉の煙の匂いが混じっていた。
据えた3台は、今ごろ工房でドワーフ達の手で動き始めている頃だろう。あの足場から、いずれこの国の銃が作られていくだろう。
1機で世界を脅かす化け物では守れないモノがある。
量産型という背骨が出来てこそ。いつか僕の居ない戦場で、誰かを守ることが出来るだろう。
昨日まで自分という特機を、まだ少し疎ましく思っていた。
その気持ちは、脈々と受け継がれる彼らによって僅かに薄れつつあった。
第五十二話・了
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