第五十一話 ”選択”
身体が怠い、倦怠感がある、魔力がまだ戻りきっていない。
目覚めてから何度も体の奥を探ったが、結論は変わらなかった。八割、いや七割といったところか。一晩眠っても、淵の底に澱のような枯渇が残っている。昨日のあれを撃った代償だ。
当然だ、と思う。あれは、出力が大きいから魔力を食うのではない。撃ち方そのものが、質の悪い代物だった。
球電——雷の玉の正体は、電離した気体だ。前世の言葉で言えばプラズマ。高温で、気体から電子が剥がれた状態。本来こんなものは、生まれた端から拡散し、冷め、一瞬で消える。雷雨のあとごくまれに、球の形を保ったまま宙を漂うものが目撃される——だが、なぜ崩れずに保つのか、その理屈は前世でも解き明かされていなかった。
僕は、こう仮定した。大気そのものがプラズマ化し、その勢いで空気の層に穴が穿たれる。生じた空洞に、プラズマが嵌まり込んで閉じ込められる——だから球は崩れず、形を保つ。確たる答えではない。だが、現出させるには十分な仮説だった。
物理だけでは、この均衡は作れない。理屈のつかない境を、僕は魔法で埋めた。出力を繊細に調整し、本来まぐれでしか起きない現象を、いくつも同時に意図して現出させたのだ。
ただし、不安定さはそのままだ。わずかにでもエネルギーの均衡が崩れれば、球は爆発崩壊する。その刃を懐に何個も抱えたまま、空間に繋ぎ留めて漂わせ続ける。維持しているだけで、魔力は漏れ続けた。
その上で、周囲の魔素を吸い上げ、角で圧縮して撃ち出す。撃ち出した奔流を引き金に、撒いた玉の均衡をまとめて崩す。崩れた球は、連れ立って爆ぜる。一発が、無数の炸裂を呼ぶ。
——正直に言えば。
プラズマをただ凝縮して、発生器官たる角から真っ直ぐ放出する方が、よほど楽だった。それをせず、崩れやすい球を大量に展べ、寸分のずれもなく束ねて連鎖させる。自然がまぐれでしか起こさぬものを、人為で重ねがける。消耗が見合うはずもなかった。
問題なのはこの攻撃を僕自身が対応出来ないと言う事実だ。
もし、あの一撃を敵が撃ってきたら。
僕には、僕自身以外で防ぐ手立てが思いつかない。
◇
軍議の間は、相変わらず質素だった。円卓に椅子、壁の地図、書架。鋼の国らしい飾り気のなさが、今日はやけに目に沁みる。
円卓に着いたのは四人。僕とアイゼン王、ゲパルト宰相、それからエルダ。アインたち三姉妹は扉の内側に控えさせている。
アイゼン王は、いつもの調子ではなかった。
髭を撫でる手が止まりがちで、子供のように丸い目が、時折こちらを窺うように動く。昨日のあれを間近で見たのだから、無理もない。僕に対して恐怖心が生じたのだろう。警戒が残っているのが、その目線から伝わってきていた。
その視線が、少しだけ和らいだのは、エルダが口を開いたからだった。
「旦那、顔色がよろしくないね。昨日の今日や、無理すんな」
僕の傍らに屈んで、エルダが下から覗き込んでくる。エルダは相変わらず人を良く見ている。長くドラグロードに出向していたから慣れもあるだろうが。僕の魔力回復が十分でない事を見抜いているのかもしれない。
「お気遣いどうも。少々魔力の回復が追いつきませんでした」
「あれだけのモン撃ったんや。当たり前やろ。今日は早めに切り上げるで」
すまない、と頭の片隅で思う。だがその気遣いが、今はかえって応えた。
このドワーフ達は、僕と一緒に結果を積み上げてきた。三姉妹を、サイクロプスを、ひとつひとつ。性能を測り、欠点を潰し、数を揃える。兵を強くし、数の差を装備で埋める。倒されても人の命に関わらない鉄の兵を、何十機と。それが僕の戦い方だったはずだ。
なのに昨日それを全部、僕という一機が、彼らの存在意義をまるで無きものにしてしまった。
究極の誂え物。世界に一つきりの、特別な機体。掛けた手間も時間も、何十機のサイクロプスも、あの一撃の前ではかすんでしまう。積み上げてきたものを、自分の存在そのものが嗤っているような気分だった。
質が悪いのは、それが他ならぬ僕自身だということだ。
「マキナ殿」
ゲパルトの声で、思考の海から浮かびあがった。
「昨日の戦、改めて御礼を。あなたが居なんだら、ハルトアイゼンの民は今ごろ……。何と申し上げてよいか」
「礼には及びません。それより」
僕は顔を上げた。
「僕が放った一撃に対して、対策と検証が必要です」
円卓が、静かになった。
「対策、で御座いますか?」
「ええ。連射ができない。撃てば魔力がほぼ尽きる。コストを度外視した、欠陥の塊の様な一撃です。その癖防ぐ手立てが現状思いつかない。」
言いながら、自分でも嫌になる。間の抜けた戦力だ。決して、こんな自分に屈してはならない。
「だから、検証したい。あれをどう無力化するか。どう防ぐか。撃たれた側に立って、一度きちんと詰めておきたいんです」
顔を上げて、気づいた。
三人が、揃ってぽかんと僕を見ていた。明らかに「何を言っとるんだ?こいつは?」と顔が言っている。
アイゼン王の口が、半分開いている。ゲパルトは書きつけを持つ手を止めたまま。エルダに至っては、しゃがんだ姿勢で固まっていた。
「……あー、師匠よ」
アイゼン王が、恐る恐る口を開いた。
「ワシの聞き間違いやなかったら、お前さん今、自分を倒す算段をしよう、言うたんか?」
「ええ」
「あの、昨日のアレを撃つ、お前さんを?」
「そうです」
沈黙が降りた。
ゲパルトが、こめかみを押さえた。
「マキナ殿……宜しいですか。我等は昨日、あなたによって救われたのです。その当人が、自らを討つ手立てを詰めたいと仰る。これは一体、どう受け止めれば」
「……そんなに変ですか?」
「変、で御座います」
即答だった。
エルダがようやく立ち上がり、頭を掻いた。
「いやまあ、旦那の言うことは分かるで。欠陥は潰す、対策は練る。技術屋なら当たり前や。当たり前なんやけど……ほやな、相手が旦那自身やと、なんちゅうか、こう」
「絵面がおかしいわな」とアイゼン王。
「おかしいですやろ」とゲパルト。
三人で頷き合っている。
僕は、内心で小さく息を吐いた。
彼らからは、そう見える。本気で自分を倒す方法を探している。昨日の今日で、それは確かに滑稽なのだろう。
だが、僕の中では、何ひとつおかしくない。
あれは欠陥兵器だ。設計者の一人として、欠陥を放置する道理はない。撃てるのに防げないものを、防げないまま抱えていてはいけない。
◇
あの一撃は、人に畏怖を与える。当然だ。数千の軍勢が断末魔ひとつ上げられず消えるのを見れば、誰だって震える。目の前のアイゼン王が震えたように。
欠陥だらけの、大量殺戮兵器。身も蓋もない、無碍な一撃だ。かと思えば、連射は利かず、撃てば魔力は尽き、隙だらけになる。抵抗する術もない相手を、一方的に、数千まとめて塵に変える。
撃てば撃つほど危険視される力と言わざるを得ないだろう。それでも、撃つべき場面なら撃つ。守るために必要なら、いくらでも振るう。
前世に、マキャベリズムという考え方がある。目的のためには手段を選ばない。守るべきものを守るためなら、情を排し、合理を取る。綺麗事では人は守れない。迷えば、その分だけ多くが死ぬ。だから、時にそれは必要だ。
もう一方に、武士道がある。義を重んじ、卑怯を恥じ、大義のためには己を捨てる。抵抗できぬ相手を一方的に屠るような真似を、潔しとしない。これもまた、人が人であるために要る。
相容れない二つだ。だが、どちらも必要だった。25歳まで自衛隊で学んだあの頃から、僕はこの両方を併せ持っている。撃つと決めれば、迷わない。撃った後の責任、その重さは引き受ける。
ひとりの絶対者が、力だけで世界を統べる。そんなものを、僕は作りたくて鉄を打ってきたわけではない。
だが、昨日の一撃で思い知った。ただ生まれついただけで、こんな構造を持った化け物が、現にこの世界にいる。他でもない、この僕がその証だ。
ならば、いる。僕などより、もっと理不尽なものが。いずれ必ず、現れる。
その時、僕がこの一撃を防げないように、誰にもそれを止められないかもしれない。僕がその場にいたとしても、だ。昨日、敵がこれを撃ってきたらと考えて、答えが出なかった。それと同じことが、いつか牙を剥いて向かってくる。
やがて来る理不尽を、力づくでねじ伏せる。その準備を、今から始めなければならない。
僕を超えるものを作る。僕の持つ全てを以て。僕自身がこの先強くなっていくことすら見越して、その上を行くものを。
突き詰めたその果てが、僕自身を倒せるものになっていたとしても——構わない。守るために必要なら、それでいい。
顔を上げると、三人がまだこちらを見ていた。僕が黙り込んでいたのを、怪訝に思ったらしい。
「すみません、考え事を」
「……旦那、なんや遠いとこ行っとったで」
エルダが、また心配そうな顔をした。
◇
「アイゼン王」
僕は、姿勢を正した。
「ひとつ、お伝えしておきます。昨日の力——撃つつもりはありません」
アイゼン王の眉が、動いた。
「使わん? あれだけのモンを?」
「ええ。あれは、撃つための力ではないんです。撃たないことが前提の力、と言った方がいい」
前世に、撃たないことを前提に持つ兵器があった。撃てば終わる。だから誰も撃たないし撃てない。撃たないために、ただ持つ。そういう種類の力だ。あれは、それに近い。一度この世界に刻んだ以上、もう中身は知られた。次に撃つと知らしめておくことそのものが、抑止になる。だから、普段は撃たずに済む。撃たないのではなく、撃つ必要が消えるのだ。
「使わないものを、なぜ見せたか。そう思われますか」
「……まあ、な」
「誰も中身を知らない力は、抑止になりません。一度だけ、世界に刻む必要があった。昨日が、その一度です」
アイゼン王が、髭をゆっくり撫でた。何かを呑み込もうとしている目だった。
ゲパルトが、静かに口を挟んだ。
「では……あれを、二度と?」
「いいえ」
僕は、首を振った。
「次に使うことがあるとすれば、それは——守るべきものを、守るために必要だったとき。その時は、迷いません」
部屋が、静まった。
「撃つべき時が来たら、僕は躊躇いません。ですが望んで撃つつもりもない、という事です」
言ってしまえば、これは「敵対するなら撃つ」と告げているのと、結局は同じことなのかもしれない。だが、脅しのつもりはなかった。脅しは、従えと相手に要求する。僕は、誰にも従えとは言っていない。ただ、守るものに手を出すな、と線を引いているだけだ。
こう言ったところで疑いは変わりないだろう。結局撃つのも撃たないのも僕次第なのだから。
アイゼン王は、しばらく何も言わなかった。
子供のような丸い目が、僕をじっと見ていた。昨日、城壁の上であの殲滅を見た時の目とは、少し違う色だった。
やがて、太い息が、ひとつ零れた。
「……そうか」
それきり、アイゼン王は椅子の背に体を預けた。張り詰めていたものが、肩から抜けていくのが見えた。
自分の中で整理のついた結論を、たまたま盟友に話しただけだ。アイゼン王の頬から強張りが消えていくのを見て、悪くない気分になった。
「まったく、お前さんは……」
アイゼン王が、苦笑した。
◇
場が緩んだところで、僕は本題に入った。むしろ、こちらが今日の主眼だ。
土魔法で象った置物を、いくつか円卓に並べる。前世の銃の、見た目だけを模したものだ。掌に収まる小型のもの、両手で構える長いもの、遠間を狙う細身のもの。用途ごとに、形が違う。
「最後にもう一つ。これは依頼です」
三人の視線が、並んだ置物に吸い寄せられる。
「これが何か、分かりますか」
ゲパルトが、ひとつを手に取った。ためつすがめつ眺め、筒の内を覗き、握りの形を指でなぞる。やがて、その手が止まった。
「……筒の中から、何かを射出す。火薬で。砲を、片手で扱えるほどに縮めた大筒——いや、それ以上の」
「昨日の戦、空からの攻撃に、この国は苦しめられた。砲は地を薙げても、空には届かない。弓と魔法でしのいでおられたが、あれは長くは保たない」
「……その通りじゃな。上空からの投下攻撃に、有効な手立てが無さ過ぎた」
アイゼン王の顔が、曇った。空への手立て。この人が、生涯足掻いて届かなかったものだ。
「弓では、高みの敵に届かせるには限界がある。矢の初速では、あの距離と高度を抜けない。けれど——あなた方は、火薬を扱う国だ」
ゲパルトの目が、見開かれている。アイゼン王は、置物のひとつを掴んだまま固まっていた。火薬を持つ国が、空に苦しめられて、これを見せられたなら。たどり着く答えは、ひとつしかない。ドワーフは、見れば作る。隠して回り道をさせるより、形だけ置いて、あとは委ねればいい。
「その先の開発は、ハルトアイゼンに一任します」
「……ワシらに、丸ごと?」
アイゼン王が、目を瞬いた。
「ええ。僕は作りません」
これには、口には出さないが理由があった。
もし僕がこの銃を作ってしまえば、その技術は僕の——ドラグロードのものになる。すると、ハルトアイゼンが今まで研究して来た結果としてそれを他国へ売りたいとき、自由が利かなくなる。盟友から、技術の主としての立場を奪うことになる。それは、僕の望む関係ではない。対等を守るには、奪っても、与えすぎてもいけない。
魚を釣ってやるのでもなく、釣り方を教えるのでもなく——「あの川に魚がいる」と、それだけを告げる。
「これは、ハルトアイゼンの技術になります。あなた方が育て、あなた方の名で、自由に商えばいい」
アイゼン王の髭が、震えた。
子供のような丸い目が、みるみる輝いていく。昨日の畏怖も、警戒も、綺麗に吹き飛んでいた。後に残ったのは、純粋な——浪漫に憑かれた職人の顔だった。
「……空を、撃つ」
アイゼン王が、ぽつりと呟いた。掴んだ置物を、陽に翳すように持ち上げる。形から導き出される構えを取る。
「火薬で、空を……これか。これが、答えか」
「親方」
「ゲパルト、見ろ。形が、用途で違う。近う狙うもの、遠う狙うもの、別々に組まれとる。こいつは——一挺で終わる話やない」
「親方、まだ会議中で御座います」
「いや待て、この溝や。マキナ殿がボウ・ライフルで使うとった、旋条。弾が回って真っ直ぐ飛ぶ、あれやろ! ワシ前から——」
「親方」
ゲパルトが、王の襟首を引いた。
だが、その宰相の目も、奥のほうで職人の色が灯っているのを、僕は見逃さなかった。
彼らは、気づきだけを手にして、嬉々として走り出そうとしている。その裏で僕が引いた線——どこまで与え、どこから与えないか——には、誰も気づいていない。
昨日の一撃で、魔国に対しても戦間期ができた。このタイミングで、ハルトアイゼンにも力をつけてもらう。
◇
軍議は、昼過ぎに解けた。
約束どおり、エルダが「旦那はもう休み」と早々に切り上げさせた。アイゼン王は名残惜しそうにしていたが、頭の中はもう銃のことで一杯らしく、ゲパルトを捕まえて何やら捲し立てていた。
僕は窓の外へ目をやった。
鋼の街に、溶鉱炉の煙が立ち上っている。あの煙の下で、遠からず、空を穿つ鉄が打たれ始めるのだろう。
自分という一機を、まだ疎ましく思う。身も蓋もない特機だという認めは、消えていない。
だが——疎ましいなら、並べるものを作ればいい。一機で世界を脅かすのでなく、多くを底上げして、誰も跪かせない形を。
落ち込みは、いつのまにか、向かう先に変わっていた。
やることが、また増えた。
第五十一話・了
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