第四十九話 ”兆し”
キュンっ‼‼ 短く空気を切り裂く音と共にプラズマ収束したエネルギー体が目標を抉り取って貫いた。計測は不可能だったが、亜光速に近い速度は出ていただろう。
性能は把握した。問題は無い。
僕は意識を切り替え、体の輪郭を手繰り寄せる。漆黒の巨躯が軋みながら縮み、鱗が溶けるように肌へ変わっていく。形が、人のそれに畳まれていく。最後に、頭の中で思い描いた装いを体に纏わせた。これも形態変化の応用だ。布を織る必要すらない。
人の姿に戻り、僕は息を吐いた。
「なんだ、すっぽんぽんじゃないじゃないですか!」
開口一番がそれか。セラが、拍子抜けしたような顔で言った。
「楽しみにしてたのにぃ~」
「学習したんですよ」
僕がそう返すと、後ろにいた二人が真っ赤になった。
「セ、セラさんっ!!」
メルフィーナとリーディアが、声を揃えてセラを叱る。当のセラはどこ吹く風で、けらけらと笑っていた。
その傍らで、エルダが腕を組んだまま、巨躯の消えた跡を見上げていた。
「とんでもねぇな、旦那。あんなのは初めて見たぜ」
興奮したエルダが弾んだ声で話しかけてきた。畏れというより、構造そのものへの興味が滲んでいる。
僕は軽く右腕を掲げ、そこだけを変化させてみせた。指先から肘にかけて機械的な質感が這い、爪が伸び、関節の隙間に歯車状の機構が覗く。腕一本だけの、部分竜化だった。
「この力は危険だな」
呟いて、僕は自分の腕を見つめた。
竜化した腕の内側で、いくつもの機構が噛み合って力を伝えている。その連動の組み方に、覚えがあった。前世ですらこの構造は架空の代物だった。理屈は分かっている。だからこそ、これがどれほどの出力を秘めているか、嫌でも分かってしまう。知らずに振るうより、知って振るう方が、よほど恐ろしい。
腕を、人の形に戻した。
「全20項目の検証試験終了しました。」セラがチェックシートをまとめ終わった様だ。
「以上でマキナ様の成竜体検証を終了します。お疲れ様でした」
見学に来ていたメンバー達から感じるのは、動揺に近い騒めきだった。
実際、この世界の他のドラゴンを見た事は無いが、全てのドラゴンがこんな性能だったら人類はとっくに全滅していてもおかしくないだろうと思う。
「先代の守護竜もこんな感じだったんでしょうか?」
素朴な疑問としてメルフィーナに聞く僕に答えたのはエルダだった。
「先代守護竜は火竜だったが、ここまでぶっ飛んだ話は無かったぞ?」
「そうですね、私は戦っている先代を見た事がありませんが、記述にもこの様な話はありません。」
普通のドラゴンと古代竜の差と言う事だろうか?
自分の身体ながら、この戦闘力は今の僕では開発不可能だろう。
どこか悔しさに似た感情が込みあがり、手のひらを見詰める。
◇
通信の水晶が淡く光り振動する。
「あ、あーしっす! なんか、ドワーフの国の王様から通信入ったッス!」
ターニャの声だった。相変わらず要領を得ない前置きだが、要点は伝わる。ドワーフの国の王、つまりアイゼン王から、直々の通信だ。
「繋いでください」
水晶の向こうに、見慣れた髭面が浮かんだ。
「いよう!師匠、久しぶりに見たらえらく様変わりしたもんだな」
「ええ。お陰様で無事、成竜に存在進化しましたよ、アイゼン王。それで、どうしました?」
「ははは、それは良かった。話せる様になって嬉しいぜ。で、要件なんだけどよ」
画面の中のアイゼン王が、頭をぼりぼりと掻いた。
「ちょっと魔国が面倒な動きを見せていてな。至急、エルダをこっちに戻してもらいてぇんだ」
「構いませんが、どうされたんです?」
「あー、通信じゃ詳しく伝えるのは難しいんだが。戦になるのは間違いねぇな」
戦、か。
少し考えた。エルダを送り返すだけなら、護衛を付けて発たせれば済む。だが、ハルトアイゼンが戦を構えるなら、話は別だ。あの国とは長い付き合いになる。それに、こちらにも渡したい物がある。
「では、ハルトアイゼンに届けたい設備もありますし、長らくエルダさんにはお世話になりましたので、お送りしましょう」
画面の向こうで、アイゼン王が一瞬黙った。
「まったく、お前さんはよう……。すまねぇな。ハルトアイゼンで待ってるぜ」
通信が、切れた。
僕は傍らのエルダを見た。
「エルダさん、お聞きになりましたね? 至急、帰国の準備を。設備関連は私が収納して持って行きますから、ご安心を。他のドワーフの皆さんはどうしますか?」
エルダは少し考えてから、頭を下げた。
「すまねぇな、旦那。他のやつらはこのままここで修行させてやってくれ。ここは間違いなく世界の最先端だしな」
「承知しました」
職人を職人たらしめる場所を、エルダは誰より分かっている。惜しむより、残す方を選んだ。
◇
発つと決めれば、動きは早い。
僕は皆を集め、通信も利用して指示を出した。
「展開式移動要塞の最終チェックを急いでください。魔導通信システムを移動要塞に積み替え、今後、通信は移動要塞がベースになります。セラ、ターニャ、準備を」
「はい!」
「え?あーしも行っていいんすか!」元気がいいですね。
「ディ、ヴィは実戦を見るいい機会です」
呼ばれた兄妹が、揃って背筋をピンっと伸ばした。妹は緊張の面持ちで、兄は静かに頷いた。
「メルフィーナとリーディアについては、通信でマルキウス王に相談を入れてください。許可が出れば、連れて行った方が安心でしょう」
戦地へ連れ出すのは本意ではない。だが、後に残すのも手放しでは安心できない事情があった。王家の判断を仰ぐのが筋だ。
二人は顔を見合わせ、小さく頷いた。
「他のメンバーは、このベースで各自業務を遂行してください。ドラグネスト指令代理として、ヴェルディの指示に従う様に」
名を呼ばれたヴェルディが、一礼する。拠点を預ける相手として、不安は無い。
「万一の際には、施設を放棄して構いません。人命優先で逃げる様に」
場が少し静まった。施設は惜しいが、物は作り直せる。大事なのは人だ。
「レイヴンズは、派遣先から直接向かった方が近いですね。その様に通信を入れてください」
◇
通信が繋がると、野太い声が返ってきた。
「よう守護竜様。随分と立派になっちゃってまあ」
ジリオン。レイヴンズの古株で、ライオンの獣人だ。幼生体の頃、初めて会った時は食われそうで怖かった記憶がある。今は、こうして軽口を叩ける仲になった。
「ジリオン、どうです? 新兵器は」
「ああ、あのアックスだろ? 目立ってしょうがねぇよ。巨大なキャタピラー系のモンスターを一撃で両断って、やべぇだろ」
「そうそう」と、ジリオンが続ける。
「ララがもう少し機動性が欲しいってボヤいてたぜ」
通信の向こう、遠くから別の声が飛んできた。
「ボヤいてないわ! 評価試験機だって言うから言ってんの!」
ララだ。相変わらず仕事には律儀らしい。
「機動性を5%上げると、装甲が8%下がっちゃいますよ?」
僕がそう返すと、向こうで二人が揃って黙った。相反する要求の前では、誰もが口を噤む。
「詳しい要望は、戻ってから報告書に上げてください。──で、本題です」
僕は声の調子を少し改めた。
「今の任務が片付き次第、ハルトアイゼンへ直行してください。詳しい状況は現地で」
一拍置いて、ジリオンが吹き出した。
「人使いが荒い守護竜様だなっ!」
文句のようでいて、声は笑っている。この程度の無茶で動じる連中ではない。
「すみませんね。頼りにしています」
通信を切り、僕は窓の外へ目をやった。
工房では、移動要塞が最後の仕上げを待っている。20を超える車輪を備えた鋼の巨体。あれが動き出せば、僕たちはハルトアイゼンへ発つ。
皆それぞれに思いを込めて準備に取り掛かった。
第四十九話・了
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