第五話 メカヲタ、決心する
翌朝、メルフィーナに頼んで騎士団の演習を見せてもらう事にした。
まずこの国の戦力を自分の目で確かめておきたかった。
広い訓練場に整列した騎士たちは、メルフィーナ王女に抱かれた僕の姿を見て一瞬ざわついたが、すぐに隊列を整えた。規律は悪くない。
僕は黒板に書いた。
「隊ごとに分かれて武を示してほしい」
メルフィーナが声に出して伝えた。
号令一つで動きが変わった。
剣士隊が一斉に剣を抜いた。型を刻む動きが揃っている。一人一人の精度が高く、隊としての統率も取れていた。
弓兵隊が的に向かって一斉に構えた。放たれた矢が、ほぼ同じ場所に集まる。100人規模の弓兵が、揃った練度で射撃を繰り返した。
(これは……かなり高い)
射程と精度、両方ある。
隅では若い騎士たちが地図を広げ、議論を始めた。彼らは1000人の中でも優秀な者たちなのだろう。各自が戦術論を持ち、城塞都市奪還作戦と銘打って戦術を練っている。
もっとも、この戦力差では彼らの考える戦術など机上の空論でしかないが、その気持ちは分かる。
(拡張の準備か)
ドラグロード王は諦めていなかった。
ただ手段がなかっただけだ。
演習が終わった後、格納庫に案内してもらった。
扉を開けた瞬間、思わず動きが止まった。
予備の鎧、剣、盾。山のように積み上げられている。1000人分どころじゃない。いつでも数を増やせるように、ずっと用意し続けていたのだ。
(……本気だったんだな)
数を抑えてきたのは諦めていたからじゃない。機会を待ち続けていたからだ。
(数だ。数が足りない)
装備を磨いても意味がない。1000人は1000人だ。この数で万単位の軍勢を相手にする方法が、僕にはまだ見えなかった。
尻尾が静かに垂れた。
その後、メルフィーナの部屋で僕は山積みの書物を読み込んだ。軍備の記録、財政の帳簿、各国との交易記録。魔法に関する書物も手当たり次第に開いた。
読めば読むほど、この国の綱渡りの精度が分かってくる。宝石を細く売り、鉱石を守り、神聖国に口実を与えず、連邦との関係を切らさず。ドラグロード王は13年間、これだけの精度で国を保ってきた。
(大したものだ)
そして同時に分かる。
(もう限界だ)
帳簿の数字は正直だ。じわじわと国力が削られてきた痕跡が数字に残っている。あと何年続けられるか、計算するまでもない。
僕が顔を上げると、すぐ傍らにメルフィーナが座っていた。
いつからそこにいたのか。黙って僕を見つめている。その目には不安と期待が入り混じっていた。
僕は再び書物に目を落とした。
守護竜契約について読んだ。システムの仕組み、抑止力の範囲、条件。
読み終えて、一つの結論が出た。
(僕が何もしなければ、このまま終わる)
神聖国の立場から考えれば、今が攻め時だ。先代守護竜が契約を解除したタイミング、新しい守護竜がまだ力を把握していない今、動かない理由がない。
僕なら南東連邦との物流ルートを封鎖し、ドラグナートに揺さぶりをかけ、王都を封じてドラグナートを落とす。それで終わりだ。
そしてドラグロード王はその手を13年間打たせずにここまで来た。
書物を閉じた。
(この王、只者じゃない。どうにか彼の頑張りに報いてやりたい)
次の書物に手を伸ばした。
ふと手が止まった。
ゴーレムの記述だった。
太古より存在したとされる魔術の産物。岩や砂、時には金属を素材として魔力で動かす。ダンジョンが自律的に生み出す場合もあると記されていた。人の手で作られたものは不格好な塊が多く、精度も低い。しかし動く。魔力さえあれば、確かに動く。
(……)
僕はその頁から目が離せなかった。
魔術だ。でも、これは。
初めてこの世界の魔術の中に、メカを感じた。
(作れるかもしれない)
まだ答えとは言えない。でも頭の中で何かが動き始めた。
メルフィーナの目がまだそこにあった。
僕は黒板を引き寄せた。
翌朝、王への面会を申し出た。
謁見の間に通されると、ドラグロード王は静かに待っていた。大臣も宮廷魔術師も居並んでいる。
王は口を開いた。
「どうであった。愚王の愚王たる理由が分かったのではないか」
僕は首を振った。
王はそれでも続けた。
「13年だ。私が守れなかった城塞都市が落ち、先代守護竜の情けでどうにか続いてきた。だが、期待した新しき守護竜は古代竜のトリプルだ。亡き妻の願いをこめたメルフィーナであっても契約できない程のそなたが来てくれた。いや、来てしまったのかな」
その一言が落ちた瞬間、大臣が顔を伏せた。宮廷魔術師の肩が小刻みに震えた。騎士たちの間にも動揺が走った。
そして皆が頭を下げ始めた。
「この愚王の頭に何の価値も無いだろうが、それでも伏して願う。頼む古代竜よ。この国を救う力を貸してくれ」
全員が頭を下げた。
ただ一人、メルフィーナだけが顔を上げて僕を見ていた。涙を溜めたまま、まっすぐに。
僕はメルフィーナの目を見た。
そしてドラグロード王の言葉を反芻した。
(13年か)
気づいたら尻尾が動いていた。
スパーン。
乾いた音が謁見の間に響いた。
全員が頭を上げた。
僕は黒板を高く掲げた。
「分かった」
短くそれだけ書いて、ふふんっと笑って見せた。
「いい国だ。亡ぼすには惜しい」
その瞬間、メルフィーナが走り出した。
誰より早く、まっすぐに。
気づいたら僕はその胸の中にいた。
涙が、温かかった。
声を殺して泣いている。それでも腕の力は緩まない。痛い程強く、まるで離したら消えてしまうとでも言うように、小さな僕を抱きしめていた。
震えている。
喜びなのか、それとも長い間ずっと抱えてきた恐怖からようやく解き放たれたのか。おそらく両方だろう。この少女がどれだけ思い詰めていたのか、その震えが全部語っていた。
誰も何も言わなかった。
ドラグロード王が小さく息を吐いた。
しっぽがゆっくりと、一度だけ揺れた。
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(っ ॑꒳ ॑c)ワクワク




