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メカヲタ転生して守護竜になる ~兵器の性能差が勝敗を分かつ絶対条件だと教えてやる!~新装版!  作者: ななよん


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第四話 焼かれた肉

挿絵(By みてみん)

メルフィーナは黒板を見るなり、何も言わずに僕を抱き上げて部屋を出た。

廊下の冷たい空気が顔に当たる。抱きかかえられたまま、僕は半分目を閉じていた。脳がガス欠を起こしている自覚がある。考えるのを止めると、視界が滲む。

しばらく歩いて、空気が変わった。

油の匂い。香辛料の匂い。何かが煮えている音。

そして——

(焼いた肉の匂い)

鼻が反応した。

脳より先に、本能が起き上がった。

(来た。これは絶対に美味いやつだ)

しっぽが、ぴくっと持ち上がった。

厨房は戦場だった。人が走り回っている。だが第一王女と守護竜候補の登場で、空気が一瞬止まった。スーシェフらしき男が前に出て、メルフィーナに頭を下げる。

「古代竜様にお食事を、と思いまして」

メルフィーナが穏やかに告げると、スーシェフの表情が引き締まった。

「お任せください」

そう言って彼は厨房の奥に消えた。

僕は調理台の上に降ろされた。視界が低い。鍋が並んでいる。包丁の音が響いている。焼けた肉の匂いが、どこかから漂ってくる。

(早く。早く)

しっぽが、揺れ始めていた。

ほどなくして、スーシェフが両手に皿を持って戻ってきた。誇らしげに僕の前に置く。

「古代竜様、どうぞ。お口に合いますかどうか」

僕は皿を見た。

——細かく刻まれた生肉。

——細かく刻まれた野菜。

——両者を丁寧に混ぜたもの。

…………。

(……)

(ペットフードじゃん)

しっぽの動きが、止まった。


僕は皿を見つめたまま、動けなかった。

ペットフードを目の前に置かれた古代竜が、無言で固まっている。

スーシェフは岩のような男だった。背は高く、肩幅が広く、太い腕には古い火傷の跡がいくつも走っている。表情筋が仕事をしていない。出会ってからまだ一言「お任せください」しか喋っていない。

その岩が、揺れていた。

「…………」

無言で、皿と僕を交互に見ている。

「…………」

額に、汗が浮かんできた。

「…………先代様には、これで」

低い声が、絞り出された。

「…………お喜びいただいたのです、が」

岩が、少しずつ崩れていく。

メルフィーナが慌てて僕とスーシェフを交互に見る。

側にいた料理人の一人が、おずおずと声を上げた。

「あの、スーシェフ……古代竜様は今朝お生まれになったばかりとか」

「…………」

スーシェフが、ゆっくりと、料理人の方を向いた。

「生後ゼロ日に、固形物は……早すぎたのでは……?」

「!」

岩が割れた。

「…………ミルク」

ぽつりと、スーシェフが呟いた。

「ミルクが、先だったか……」

「お、お乳係を呼びますか?」

「人間の乳を、竜に……?」

「で、では山羊の」

「山羊……」

スーシェフは岩のような顔のまま、なぜか天井を見上げていた。職人としての三十年が音を立てて崩れていく音が、聞こえてくるようだった。

メルフィーナが困ったように僕を見下ろす。

僕は、まだ動けなかった。

(違う)

(そうじゃない)

(ミルクじゃない)

(あんたは悪くない)

頭の奥で、視界がゆっくりと回り始めていた。糖が足りない。考える力が、ゆっくりと薄れていく。

このままだと、本気でまずい。

僕は最後の力を振り絞って、短い手で黒板を引き寄せた。

チョークが滑る。指が震える。

それでも、書いた。

——「お肉 焼いて」

メルフィーナが目を見開いて、それをスーシェフに見せた。

スーシェフの動きが、止まった。

岩が、息を吹き返した。

職人の目に、火が戻った。

「…………かしこまりました」

深々と頭を下げて、彼は調理台へ向かう。途中で振り返って、もう一つだけ尋ねた。

「調味料は、お使いになりますか」

声が、さっきまでとは別人のように落ち着いていた。

僕はもう、声を出す力もなかった。

ただ——

しっぽが、力なく、ゆっくりと持ち上がった。

それで、頷いたつもりだった。

スーシェフは深く頷き返して、火に向かった。

その背中が、もう揺れていなかった。


ほどなくして、香ばしい匂いが立ち上ってきた。

香草と、肉の脂と、軽く焦げた表面の香り。

脳が、本能が、全身が、一斉に立ち上がった。

(来た)

(来たぞ)

しっぽが、はっきりと持ち上がった。

スーシェフが、誇らしげに皿を運んでくる。

調理台に、そっと置かれた。

——分厚いステーキだった。

しっかりと厚みのある肉の塊が、皿の中央に堂々と鎮座している。表面はこんがりと焼き目がつき、香草が散らされ、脂が皿の上で小さく音を立てていた。

職人の仕事だった。

火の入り方、焼き目の位置、脂の落とし方、全てに迷いがない。先代達に三十年仕えてきた男の、自信の一皿。

僕は、皿を見つめたまま、動けなかった。

「…………」

ナイフが無い。

フォークも無い。

スーシェフが、再び固まり始めた。

「…………」

額に、再び汗が浮かんできた。

岩が、再び揺れ始めた。

「……お、お口に……合いませんでしょうか……」

低い声が、震えていた。

(違う)

(違うんだ)

(あんたの肉は完璧だ)

(ただ、これは、道具がいる)

メルフィーナが、はっと気づいた様子で口元を押さえた。

「あ……っ、ご、ごめんなさい!ナイフとフォークを!」

「!」

スーシェフの目が見開かれた。

「……かしこまりましたッ!」

復活が、早くなっていた。

学習している。

岩が、さっきよりも素早く立ち直った職人の顔になって、調理台へ駆けていく。

僕はその背中を見送りながら、ぼんやり思った。

(この人、いい人すぎる)

しっぽが、ゆるく揺れた。


スーシェフが小走りで戻ってきた。

「お待たせいたしました」

差し出されたのは、磨き上げられた銀のナイフとフォーク。

丁寧に布の上に並べられている。

僕は短い手で、それぞれを掴んだ。

(…………)

(これは、なかなか)

両手にナイフとフォークを構えた僕の姿は、どう見ても二刀流の剣士だった。柄に対して握り手が小さすぎる。フォークは槍、ナイフは刀。両手に得物を抱えた幼生体ドラゴンが、皿の前で構えている。

メルフィーナが、口元を押さえた。

「ふふっ……」

スーシェフは何も言わなかった。が、岩のような顔の口角が、わずかに上がっていた気がした。

(…………)

(笑うな)

(僕は、テーブルマナーを知っている)

前世、社会人として会食をこなしてきた。それなりの店も知っている。ナイフとフォークの使い方、肉の切り方、ナプキンの位置、フォークの背に乗せる派と乗せない派の不毛な議論、全部頭に入っている。

たかが手のサイズで、負けてたまるか。

僕はナイフとフォークを構え直し、ステーキに向き合った。

フォークを刺す。

——重い。

体重が軽すぎて、押し込む力が出ない。

ナイフを引く。

——切れない。

切れないというより、腕が短くて引ききれない。

(…………)

(おかしい)

(僕はマナーを、知っているはずなのに)

知識が、体に追いついてこない。

切れないステーキを前に、二刀流の幼生体ドラゴンが、必死にもがいていた。

その絵面を、僕自身が一番よく把握していた。

メルフィーナが見かねて、椅子を寄せてきた。

「……お、お切りいたしますね」

柔らかい声だった。

僕の手から、彼女がそっとナイフとフォークを受け取る。

慣れた手つきで、ステーキが一口大に切り分けられていく。

そしてフォークに肉を刺し、僕の口元に運んできた。

「……どうぞ?」

(…………)

幼生体ドラゴンが、第一王女に「アーン」されている。

矜恃が、音もなく崩れた。

しかし腹は限界だった。

僕は素直に口を開けた。

肉が、口に入った瞬間。

——脳が、白く光った。

香草の香り。脂の甘み。火の通し方、塩の入り方、全てが完璧だった。スーシェフ三十年の仕事が、舌の上で踊っていた。

(うまい)

(うますぎる)

(あの男、本物だ)

胃に落ちていく感覚と一緒に、頭にも血が戻ってくる。視界がはっきりしてくる。

メルフィーナは、また肉を切って、フォークで運んでくる。

「……どうぞ?」

僕はまた、口を開ける。

挿絵(By みてみん)

(……)

(覚えてろよ、メルフィーナ)

(いつか僕は、完璧なテーブルマナーを披露してみせる)

(お前と向かい合って食事をする日が、必ず来る)

そう胸の中で誓いながら、僕はもう一口、開けた口に肉を運んでもらった。

しっぽが、ぴしっと一回だけ振れた。


300グラムほどの肉と少量のサラダだったが、十分にお腹が膨れた。

部屋に戻る際に、厨房の片隅に見慣れたシルエットを見かける。

——バナナだ!

この世界にもバナナがあるんだ!

興奮した僕はしっぽをビッタンビッタンしながらバナナを指さした。

スーシェフはその辺にあったフルーツ類をまとめて持って来てくれた。

バナナをテシテシと叩きながらアギャアギャと騒ぐ古代竜に、スーシェフは急ぎバナナを剥いて手渡してくれた。

一口食べると——バナナだ!

甘さは前世程じゃないけど、種は小さい。

これは、品種改良が行われたバナナだ。

(……ん?)

僕は咀嚼しながら、ふと考えた。

種が小さい。これは品種改良の結果だ。

いや——品種改良という大袈裟な概念を持ち出さなくてもいい。「いい実から種を取って植える」を繰り返すだけで、何百年もかければ自然に種は小さくなる。それは前世の地球でも、文字すら持たない時代の人々がやってきた事だ。

だから、この世界にバナナの品種改良があっても、別におかしくはない。

——おかしくはない、はずだ。

ただ、僕が今食べているこのバナナの完成度は、少し気になる。前世のバナナとほぼ同じ味、同じ食感、同じ種の小ささ。長い長い時間をかけて辿り着いた地球のバナナと、こんなに似た結果に、独自に辿り着けるものだろうか。

あるいは——僕より前に、この世界に来た誰かがいて。

その誰かが、品種改良の知識を持ち込んだのかもしれない。

転生か、転移か、召喚か。

興味深い話だ。

僕は二口目をかじった。

甘い。

しっぽは、まだビッタンビッタン揺れていた。

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(っ ॑꒳ ॑c)ワクワク

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