第四十七話 "人の手"(挿絵追加しました)
3年前の戦いが終わった後、僕は即座に複数のプランを実行に移した。戦間期がどの程度の長さになるか、予想がつかなかったからだ。
3年前、ドラグロードの戦力は圧倒的に足りなかった。
それ故、僕が開発したゴーレムやアームズパックでそれまでの戦のルールを書き換え、戦力差そのものを無効化する手を打った。
結果は知っての通りだ。神聖国は現在の戦力と戦術ではドラグロード攻略は困難と判断した。戦線は膠着へ──こちらの狙い通りに運んだ。
もっとも、膠着と言うからにはドラグロードもまた攻め手に欠けるのが実情だった。都市や砦に籠ってレギオンマジックを使われれば、現行戦力での突破は難しいと言わざるを得ない。
かくして双方、互いの戦術への対抗策の開発が急務となった訳だ。
そこで僕はこの戦間期を使い、大きく3つの事を重視して開発と検証を進めてきた。
一つ目は、アームズパックを代表とする兵士の強化と募集。アームズパックを量産して面制圧力を上げる事、そしてその使い手の育成だ。
各種育成機関の設立をし、国内外を問わず人員を募集した。
二つ目は、通信システムの開発と設置。電波等を使った地球式ではなく、コアを利用した魔導通信システムを採用した。
もともとは、一つの素朴な疑問が出発点だった。僕や契約者がゴーレムに命令を下す時、ゴーレムはどうやってその命令を認識しているのか──感覚では当たり前に使えていた。だが、その原理を僕はまだ分かっていなかった。
検証を繰り返した結果、コアに対して魔力を乗せたイメージを送る事で、ゴーレムが命令を理解している事が判明した。魔力波がコアに振動を伝え、込められたイメージを情報として届ける。そういう仕組みだったのだ。道理で三姉妹ゴーレムイメージ通りの戦闘をするはずだ。
これはテレビ電話よりも優秀な通信手段になり得る。魔力波の最高到達距離は約5km。増幅と中継地点を設ければ、距離は飛躍的に伸ばせた。街道に沿って指向性を持たせたコアを設置することで主要施設間の通信を可能にした訳だ。
これが意味する所は大きい。前線と後方が、伝令の馬を待たずに繋がる。各部隊の状況がほぼ時間差なく集まり、僕や指揮官はそれを見て手を打てる。戦とは突き詰めれば情報のやり取りだ。誰がどこで何を握っているか、それを相手より速く正確に回せた側が勝つ。剣や魔法の前に、まずそこで差がつく。情報の速度で上回れば常に優位な立場で戦いを始める事が出来るだろう。
そして三つ目。これが戦間期で最も頭を悩ませた。レギオンマジックへの対抗策だ。
あの戦いで、僕たちは一つの確信を得ていた。レギオンマジックはコアを持つ者の機能を一時的に停める。だがコアが一つなら停まり、二つあれば効きは鈍り、三つあれば半減で済む。数を重ねるほど抗えるのだ。
ならば答えは単純だった。重ねればいい。
これまで一基に一つのコアで組んでいた機体へ、複数のコアを抱かせる。停められても、残ったコアで動き続ける体を作る。
言うのは容易い。
実際、検証はすぐに答えを出した。
ただしそれは、限界の発見だった。
コアの同調は3つが上限。4つ以上を同調させようとすると、漏れなく共振破壊を起こして壊れてしまう。
そして僕がゴーレムを多用した事で、国内のコア需要は爆発的に高まった。元来コアの需要はさほど高くない。今は南東連邦から買い上げて賄えているが、いずれ問題になり得る。複数コアの機体を量産するとなれば、コスト的にも難しい。
だが、手は止められない。資源の不安を抱えながらでも、作れる物は作っておく。戦間期がいつ終わるか分からない以上、間に合わせるしかないのだ。
そうして組み上げてきたものが、いくつかある。
まずは拠点。ドラグロード、ドラグナート、ドラゴノート──三つの都市から等しい距離になる中間地点に、新たな拠点を据えた。ドラグネストと名付けたそこは、研究開発と人材育成を兼ねる場所だ。
常はその地に腰を据えて動かさない。ただし建屋はブロック毎に区切ってボックス化してある。いざとなれば畳んでインベントリに収め、別の地で組み直せる。動かない拠点でありながら、必要とあらば丸ごと運べる。空間魔法を持つ僕にしか作れない造りだった。
次に、展開式移動要塞。
多層構造の車体に20を超える車輪を備え、路面に応じて車輪と無限軌道を履き替える。
戦車式の操向で自走し、最も速い時で時速50kmほど。これを遊撃隊の母体に据えるつもりだ。
そして、輸送用装甲車両。これには下敷きがある。以前、メルフィーナの長旅の為に組んだ牽引式装甲車両だ。あれを量産向けに作り直した。仮眠の場と簡素な水回りこそ残したが、目的は速さと積載──兵を前線へ素早く送り、アームズパックや武具をまとめて運ぶ事に絞った。
最も大きく変えたのは、牽引だ。元の車両はサイクロプス1機に引かせていた。量産する車両のいちいちに、貴重な戦力を割いてはいられない。そこで牽引専用に、軍馬を模したゴーレムを別に用意した。4頭立てで牽引することで高い移動性能を持つ。
戦力を節約する為の措置だったが、思わぬ余得もあった。コアの数で言えば、4頭はサイクロプス1機の倍にあたる。牽引力も、速さも、元の車両を上回った。もっとも積載量もそれだけ増やしたから、体感の差は然程でもない。出力が伸びた分を、そっくり荷で食い潰した形だ。それでも、貴重な一機を解放した上で性能が落ちないのなら、コアの消費が増えたとしても文句のつけようがない。
物は、揃いつつある。
問題は、それを動かす人の方だった。
通信網を敷いても、流れ込む戦場の報せを捌く者がいなければ意味がない。僕が前へ出る時、部隊を割く時、一般の兵と合流する時──僕に代わって采配を執る者も要る。直属として懐に置ける手練れも、まるで足りていない。
物はいくらでも作れる。図面を引き、素材を集め、組み上げればいい。だが人は、そうはいかなかった。
◇
そんな事を考えていられたのも、惨状の片付けが一段落したからだ。
成竜化の寝起きにぶち抜いた開発室は、だいぶ片付けられていた。崩れた壁を支えに、無事だった素材を選り分ける。
「マキナ様」
声をかけてきたメルフィーナが、僕を見て少し目を見開いた。
「いかがしました?」
「いえ……昨日とは、ずいぶん印象が違うものですから」
ああ、服装か。昨日は裸を咎められて、慌ててその場で間に合わせを纏っただけだった。今朝は落ち着いて、きちんと仕立てをイメージしてある。歯車を織り込んだ黒の上下に、片眼鏡。我ながら悪くない。
「人の姿にも、少しは慣れてきましたよ」
「お似合いです。なんだか、その……立派な方に見えます」
メルフィーナが言葉を選びながら、こちらをまじまじと見ている。彼女の方が小さい事に、まだ慣れない。
少し離れた所では、リーディアが手持ち無沙汰に佇んだまま、ちらちらとこちらを伺っていた。目が合うと、さっと逸らされる。昨日のあれが、よほど応えたらしい。少し悪い事をした。
謝るべきか、触れない方がいいか──そんな事を考えていると、傍らに置いていた通信機がか細く震えた。
『ドラグネスト管制より、テスト通信。聞こえてますかー?』
セラの声だ。魔導通信網の試験運用が始まって、ひと月ほど。彼女は今日も、僕の作った機構を律儀に試している。
「ああ、よく聞こえていますよ。感度は良好です」
そう返した途端、通信機の向こうで息を呑む気配がした。
『……うわ、本当に話せてる』
「ええ。便利なものでしょう」
『いやいや、感度の話じゃなくてですね! マキナ様、ほんとに喋れるようになったんですね!? 通信越しに守護竜様と世間話する日が来るとは思いませんでしたよ』
元気のいい子だ。普段は砕けて、こうして遠慮なく踏み込んでくる。前の暮らしを捨ててきた者にしては、よく笑ういい子だと思う。南東連邦国から募集で集まった一人だが、彼女を受け入れるに際して南東連邦と少しいざこざがあった。今はもう金で解決済だが、存外いい買い物だったと思っている。
『ちなみにこっち、噂で持ちきりなんですけど』
「噂、とは」
『マキナ様が人になった話ですよ。それでですね、聞いていいです? ……2国の王女様の前で、すっぽんぽんになったって、本当ですか?』
僕は思わず手を止めた。
近くで作業を見守っていたメルフィーナの肩が、びくりと跳ねる。リーディアに至っては、思わずといった様子で胸元を押さえ、頬を染めて顔を背けた。
筒抜けである。通信機の音量は、存外に大きい。
「……ノーコメントとさせて頂きますよ」
『えー! その答え方、絶対本当じゃないですか!』
楽しげな声が、壊れた開発室に響いた。
ひとしきり笑った後で、セラの声の調子が、少しだけ落ち着いた。
『……あ、そうだ。テストついでに一つ、よろしいですか』
仕事の声だった。さっきまでの砕けた響きが、すっと引いている。
『この一月、通信網は問題なく回ってます。報せもちゃんと届いてる。ただ、こっちで捌く手が、正直足りてません。今は私一人で全部受けてますけど、本番で前線が増えたら、とても追いつきません』
なるほど。良い仕事をする者ほど、自分の限界をきちんと測れる。彼女は不平を言っているのではない。事実を報告しているだけだ。
通信網は敷いた。だが、それを扱う手はまだ一人。物が揃っても、人がいなければ動かない。先刻から繰り返している、同じ壁だ。
育成機関で伸びて来た人たちもいる。
見繕ってみるか。
「分かりました。心当たりがあるので、対応してみますね」
『え、ほんとですか? 助かります!』
声が、また弾けた。現金なものだ。
通信を切って、僕は崩れた壁の向こうを見た。ドラグネストの空が、よく晴れている。
やる事が、また一つ増えた。
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