第四十六話 "お疲れ様"
3年経ったある日、珍しく激しい眠気に襲われた僕は、研究室に置かれたソファーで眠りについた。
朝日が昇ったのか周囲が騒がしい。
「いつの間に侵入を許したんだ! マキナ様はご無事かっ!」
だいぶ焦った声が聞こえる。何かあった様だな。
どれ、僕は大丈夫だと黒板に書いてっと手探りで黒板を探すと、ガラガラっと何かが崩れる音がする。
びっくりして身体を起こすと、更に何かを崩してしまった。
周囲の逃げ惑う様な声が、やけに低いところから聞こえる。
ようやく目が覚めて来……何だぁ!!!!??
周囲に小さな人間っぽい生き物が、武器を構えて僕に向けている。
おいおい、僕は何もしてないぞ? 多分??
参ったな、黒板は何処だ? と周囲を見渡そうとして振り向くと、背後にやたら長く黒くてメカニカルな何かがウネウネとしている。
そして視界に、昨晩作成していた新型武装のパーツが凄く小さく見えた。
何か身体すげぇでかくなってないか???
マジマジと自分の手や身体を見ていく。所々に生命体とは思えないギアっぽいものが見える身体。これどうなってるんだろう?
機械仕掛けの守護竜とは名付けられたが、マジで機械の身体じゃん。
これ分解したり出来るんだろうか?
自分の身体に対する疑問とは到底思えないことを考えながら、とりあえず現状をどうするか考える。どう見ても身体がでかくなり過ぎて、開発室をぶち抜いて突っかかった状態なんだ。
ここには貴重品もある、無駄にはしたくない。
やれやれ困ったな、と独り言を言うと、何と周囲が反応した。
「黒竜殿、そちらはドラグロード王国の守護竜マキナ様のお部屋です。マキナ様のお知り合いでしょうか?」
ヴェルディがなかなか勇敢にも声をかけてきた。
「ヴェルディ、僕だよ。マキナだ」
おお? こいつ喋るぞっ!? いや、あぎゃぁにならないじゃないか!
「ま、マキナ様ですか? どうされたんですか、そのお体は!!??」
動揺したヴェルディがわたわたしている。
いや、僕もよく分かって無いのよ。とりあえず小さくなるなりしないと、研究所が再起不能になってしまう。
「マキナ様?」
聞き覚えのある声、メルフィーナだ。
「やあ、メルフィーナ、いい朝だね?」
ウィットに富んだジョークが声を出すだけで言えるのは、何と楽なことか。
代わりに身動き取れないんだけどさ。
「マキナ様、進化おめでとうございます! 成竜になられたのですね。よろしければ人化の術にて、人のお姿になって頂けますか?」
ああ、そういえばこの世界の竜は、他種族とも交わる為に姿を変えるんだったな。やった事は無いが試してみよう。
僕は前世の見た目を「少しだけ」カッコよくした姿をイメージし、土魔法の形状変化の要領でやってみる。
身体全体に魔力が伝わっていく感覚、そしてゆっくりと小さく人のサイズになっていく。
僕に支えられていた壁の一部がガラガラと崩れたが仕方ない。
そして僕は、人の姿へと変身を完成させた。
白銀短髪、身体は細マッチョをややガッチリさせた感じで、大人びた顔つきに長い手足。うむ、中々カッコイイ気がする!
次の瞬間、メルフィーナと近くにいたリーディアが悲鳴を上げる!
「何で裸なんですか! ちゃんと服もイメージして下さい!」
えー……こちらに転生して4年ちょっとの間、ずっと裸だったんだもん。て言うか、服ってイメージで作るんかい。
慌てて僕は服をイメージし、全身に纏う。
ある意味、服を買わなくていいから便利だな。
服を纏った僕を見て、メルフィーナがほっと息をついた。リーディアはまだ少し顔を赤くして目を逸らしている。
「ともあれ、ご無事で何よりです」
メルフィーナがそう言って、改めて僕を見上げた。いや、見上げる、というほどの高さじゃない。人の姿になった今、僕と彼女の目線はそう変わらない。
そうか。今までは違った。
幼生体の僕は、彼女の腕に抱えられる程度の大きさだった。膝に乗せられ、頭を撫でられ、料理を持ってきてもらっていた。彼女が僕を見る時、その視線はいつも下を向いていた。
それが、今は横にある。
不思議な感じだ。
「マキナ様?」
「ああ、いや。なんでもない」
口に出すと、本当に何でもないことのように流れていく。便利なものだ。黒板に書いていた頃は、こういう一言を伝えるだけでも一苦労だった。
ヴェルディがまだ呆然と僕を見ている。無理もない。3年仕えてきた守護竜が、ある朝いきなり黒い巨竜になって研究室をぶち抜き、次の瞬間には見知らぬ人間の青年になって喋り出したのだ。混乱しない方がおかしい。
「……守護竜様。本当に、マキナ様で?」
「僕だよ。お前が初めてドリルを回した日のことも覚えている」
ヴェルディの顔が、ぐにゃりと歪んだ。泣くのか笑うのか分からない、そういう顔だった。
「……はい。はい、覚えて、おられるので」
「忘れるものか」
それ以上は言わなかった。言葉が増えたからといって、何でも喋ればいいというものでもない。
さて。
感動の再会はこのくらいにして、現実を見なければならない。僕は振り返って、自分がやらかした惨状を眺めた。
ひどいものだった。
開発室の壁が一面、崩れている。屋根の半分が斜めに傾いて、朝の光が遠慮なく差し込んでいた。昨晩まで組んでいた新型武装のパーツが、瓦礫の下からいくつか覗いている。あれは作り直しだな。
「……派手にやったな」
寝ているうちに巨大化して、寝返りひとつで建物を壊した。竜というのは難儀な生き物だ。いや、今の僕は竜なのか人なのか、それとも機械なのか、よく分からないのだが。
とにかく、片付けだ。
人の手は、思っていたよりずっと動く。指が10本あるというのは、こんなにも自由なものだったか。幼生体の前足では、瓦礫ひとつ摘むのにも苦労した。今は違う。崩れた木材を寄せ、無事なパーツを拾い上げ、貴重な素材を選り分けていく。
ヴェルディとメルフィーナ、それにいつの間にか集まってきた者たちも手伝ってくれた。リーディアまで、慣れない手つきで瓦礫を運んでいる。
しばらく作業を続けた、その時だった。
足元で、小さな音がした。
見ると、瓦礫の隙間に、黒い板の欠片が落ちていた。拾い上げる。
黒板だった。
僕が今朝、寝ぼけて手探りで探していた、あの黒板だ。巨大化した体の下敷きになったのだろう。木枠は砕け、面には大きなひびが走っていた。もう使い物にならない。
ずっと、これで話して来たんだな。
「あぎゃ」としか鳴けない口の代わりに、この黒い面に文字を書いて、僕は皆と言葉を交わしてきた。設計図を描き、指示を出し、礼を伝え、時には冗談を書いた。メルフィーナと初めて言葉らしい言葉を交わしたのも、この上だった。
今はもう、話せる。
ひびの入った黒板を、しばらく手の中で眺めた。
「……お疲れ様」
誰にともなく、そう言った。
割れた木枠をそっと外し、ひびの入った面だけを布で包む。捨てるわけにはいかなかった。役目を終えたからといって、忘れていいものではない。これは、取っておく。
「マキナ様」
メルフィーナが、僕の手元を見ていた。何か言いたげで、けれど何も言わずに、ただ少しだけ微笑んだ。
きっと、彼女も覚えているのだろう。あの黒板に書かれた、たくさんの文字を。
「さあ」
僕は立ち上がった。
「やることが山ほどある。まずはこの惨状をどうにかしないとな」
朝の光が、崩れた壁の向こうから差し込んでいた。
3年が経った。僕は、少しだけ大きくなったらしい。
第四十六話・了
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