第四十五話 ”臆病者と愚か者"
ヴィルフリート・フォン・アイヒホルツは、その日の行軍を終え野営地にて休息をとっていた。
12000の大軍は、一度には動かせない。先遣、中軍、後発——三つに分けて、順に退かせる。先頭を率いるヴィルは、分かれ道の町ヴェークシャイトを発って、すでに丸1日を進んでいた。中軍はその1日後ろ、後発はさらにその後ろ。今頃中軍がヴェークシャイトを離れる頃合いのはずだった。
そこへ、馬を乗り潰さんばかりに駆けてきた若者が、転がり込んできた。
「だ、団長! ご報告が——!」
声の主はトビアスだった。胸当ての留め具が緩んだまま、顔を真っ赤にして、肩で息をしている。
中軍の最後尾を任せていたはずの男が、1日分の距離を強行軍で駆け抜けて来たのだろう。
「どうした。隊を離れて」
「後発の——後発の貴族方が、ヴェークシャイトの駐留軍を引き込んで、引き返すと! ドラゴノートへ、もう一度攻め入ると言って——!」
ヴィルの手が、止まった。
「数は」
「率いる兵、3000と駐留軍2000。合わせて、5000ほどです」
頭の奥が、すっと冷えた。
何と愚かな行いをするのか、永らえた命を捨てる事に何の意味があると言うのか。
「貴族方は、何と言っている」
トビアスが、唇を噛んだ。
「……戦いもせずに帰れるか、と。高貴なる者の責務だと。一矢も報いずに引き下がるは、武門の恥だと——」
責務、とでも言うのか。
ヴィルは、奥歯を噛みしめた。中央の、名のある家の連中だ。辺境の成り上がりが「退け」と命じたのが、よほど気に食わなかったのだろう。誇りで腹は膨れぬし、誇りで矢は防げぬ。だが、高貴な方達にはそれがご理解頂けない様だ。
「お前も、誘われたのか?」
トビアスが、びくりと肩を揺らした。
「……はい。共に来いと。もちろん断りました、勝てるはずがない。”二度は、捕虜になりたくありません”からね」
ヴィルは、ふっと笑いそうになった。どうやらあの言葉が、彼の中でちゃんと根を張っている様だ。
「では根性無しと、罵られたか」
「……はい」
トビアスは、顔を上げた。その目に、罵られた悔しさはなかった。あったのは責任感だった。
「兵が、無駄に死にます」
彼の声が、震えていた。
「貴族方の見栄のために、何も知らされず、ただ命じられて付いていく兵が——あの戦場に行けば、無駄に死にます。止めてください、団長。間に合うなら、今すぐ——」
ヴィルは、彼の顔を見た。
一度は慢心して捕らえられ、姫の名で生かされて帰された男。その若者が今、自分の屈辱ではなく、名も知らぬ兵の命のために、息を切らして走ってきている。
——育ったな、だが
「トビアス」
「はい」
「残念だがもう、間に合わん」
若者の顔が、強張った。
「5000の兵であの守護竜に刃向かったのなら——もう、終わっているだろう。」
「終わって……?」
「距離の話もそうだ。追いつく追いつかないの話もそう。だが何よりあの竜は、二度も見逃す程甘い相手じゃない」
彼の竜が先の戦場で行っていたのは、「来れば死ぬぞ」という報せだった。技術の差を見せつけるだけでは戦は止まらぬと、あの竜は知っている。だから、恐怖を示す必要がある。その意図を読めた臆病者は引き、読めぬ愚か者は——示される事になる。
俺は臆病者だ。訳が分からないまま死ぬのが一番怖い。
後発の連中は、読めなかった愚か者だったのが残念だ。
「それでも——!」
「行くぞ」
ヴィルは、剣を取った。止めるためではない。どうせ間に合わない、それでも見届けるために。
「お前の言う通りだ。兵に罪はない。せめて何が起きたかは、この目で見ておこう」
先遣部隊の撤退指揮を部隊長に委任し移動速度の速い騎士500を伴って今日来た道を折り返し走り出した。
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ドラゴノートは戦後も千客万来だ。
僕は、城の上から、それを眺めていた。
退いたはずの神聖国軍が、引き返してきた。数はおよそ5000。隊列の組み方を見れば、本隊とは別の寄せ集めだと分かる。先の整然とした退き際とは、まるで違う。これは恐らく部隊の一部が暴走した結果だろう。
ティーガーとヴェルディが、迎え撃つ支度を整えていた。
[任せる、打ち倒せ]
僕は黒板にそう書いて、二人に見せた。ティーガーが、固く引き締まった顔で頷く。
この戦は彼らの戦でいい。彼らが間違わない間は、僕が出るまでもない。
黒騎士と白騎士、合わせて100体。騎士団2200をティーガーが指揮を執る。
ヴェルディの弓兵500とアームズパックアーチャー50が、その後ろに控える。
これだけ揃えば烏合の5000程度、軽く捌けるはずだった。
戦いが、始まった。
敵が山道の出口に差し掛かる。敵がボトルネックになった射撃有効ポイントを通過する、絞れば一番効く場所だ。だがティーガーは、射撃密度を明らかに下げ敵の突破をゆるした。今まで通りここで引き締めてしまって退いてしまわぬ程度に。
中々優秀な判断に僕は、素直に感心した。あそこで叩き過ぎれば、敵は「敵わぬ」と悟って引き返す。前回までと異なり、引かせては意味がない。通す。通して、間合いに引き込む。
敵が平野へ吐き出される。奇しくもこの烏合の衆が最もドラゴノートへ接近した部隊となった。
そこへ黒騎士97と白騎士3が壁になって受け止めた。物言わぬ鉄の人形が、隊列を組んで押し返す。敵の足が、止まる。止まったところへ——ヴェルディの弓兵が、滑車仕掛けの弓を引き絞った。
近い。最も矢の威力が乗る間合いだ。
放たれた矢が、敵の前列を貫いた。重い穂先が、鎧ごと射抜いていく。一射、また一射。敵が崩れ始める。前を鉄の壁に塞がれ、上から最大の火力で射抜かれ、隊列が裂けていく。
アームズパックの圧縮空気を開放した炸裂音がする度に騎士が、馬が部位欠損しながら命を落とす。
堪らず、敵が背を向けた。
逃げる。隊が崩れ、われ先にと山道へ戻ろうとする。だが——ヴェルディの弓は、そこで止まらなかった。逃げる背中へ、放物線を描いた矢が、なお降り続ける。あの弓の最大射程は、2400m。逃げる兵は、その間合いを抜けるまで、ずっと撃たれ続けることになる。
敵の数が、見る間に減っていく。3割ほどを地に伏せて、残りが必死になって逃げていった。
ティーガーが、剣を下ろした。ヴェルディの肩から、力が抜けるのが見えた。二人とも、安堵の顔をしている。3割を削り、敵を敗走させた。立派な勝ち戦だ。彼らの知る戦の常識では、これ以上ない戦果だろう。
——あー。
僕は、翼を広げた。
——あー、そうじゃないんだよ。
二人が悪いわけじゃない。彼らは、まっとうな将だ。3割を削って敵を退かせれば、立派な勝ち戦——それが、この世界の常識なのだろう。
だが、今回の戦いはそれじゃダメだ。知将が理解して引くなら構わない、だが愚将が怯えて逃げ帰ったらダメなんだよ。どれだけ兵器で勝っていても、相手が「まだやれる」と思っている限り、戦は続く。終わらせるには、心を折るしかない。だから——恐怖が要る。
引くなら、見逃す。そのために、僕はちゃんと読めるように仕掛けた。
「来たら死んじゃうよ?」と言うメッセージをちゃんと伝えたはずだった。
それでもこうして来る愚か者がいる。
つまらない人間っていうのは、どこにでもいる。賢い将が引いても、その全部が理解して動いてる訳じゃない。——こういう手合いが湧いてくることも、僕は織り込んでいた。
命令に従った兵には申し訳ないが、上官が読めなかったのなら仕方ない。
恨むなら君達を再び僕の前に引き連れて来た、愚か者を恨むがいいさ。
見せしめにする。次に「戦わずに帰れるか」とか言い出す愚か者が、二度と出ぬように。その魂に恐怖を植え付けてやるべきだ、そうすればその恐怖を忘れるまで攻める事は出来ないだろう。
僕は別に、優しいわけじゃない。読めるように仕掛けたのも、慈悲ではない。追い詰めすぎて狂乱されても、面倒なだけだからだ。与えるべき恐怖は、適量でなければならない。多すぎても、少なすぎても、戦は終わらないのだ。
僕は、城壁を蹴って飛んだ。
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逃げる敵の、前へと回り込む。
空間から、四つ足の鉄の獣を取り出した。1、2、3——12体。逃げる兵の、進む先に、ずらりと並べて壁を作る。そしてそのままランスチャージで先頭の足を止めさせる。
そして、後ろ。
退く隊列の殿に、三つの影を置く。
レギオンマジックから解放された彼女達は少し残酷かもしれない。
前を鉄の獣に塞がれ、後ろから影に追われ、敵は袋の鼠になった。逃げ場が、ない。仲間を励まし戦おうとする者、許しを請う者、狂乱する者、味方を盾にする者、諦める者。中には僕と友達になれるくらい面白い奴も居たかもしれない。家族が恋人が待ってる人が居たかもしれない。
後少しで夢を叶えられる人が居たかもしれない。
あとは、すりつぶすだけだった。
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ヴィルフリートが山腹の道を駆け下りた頃には、全てが終わっていた。
平野に出る。トビアスが、隣で息を呑む音がした。
屍だった。一面の。
5000が、原形をとどめぬほどに散らされている。前方には、見たこともない鉄の獣の群れ。後方には、何かが通り過ぎた跡。逃げようとした方向に、ことごとく蓋がされていた。逃げ道を読まれ、塞がれ、押し潰された。一人として、囲みを抜けられなかっただろう。
トビアスが、平野へ走り出そうとした。
「急げば——急げば、まだ半数は、助けられるかも——!」
「やめろ」
ヴィルは、若者の肩を掴んだ。
「もう、誰もいない」
「ですが——!」
「見れば分かるだろう」
トビアスの足が、止まった。見れば、分かる。動くものは、何もない。呻きも、助けを求める声も、ない。あるのは、風の音だけだ。
ヴィルは、屍の海を見渡した。
高貴なる責務を掲げて出ていった者たちが、最も無残に転がっている。誇りで腹は膨れぬと、言ったはずだった。誇りで矢は防げぬと。だが、奴らは聞かなかった。そして、奴らの誇りの代金を、名も知らぬ5000の兵が、命で払った。
——あまりに、整いすぎている。
ヴィルは、屍の散り方を見て、背筋が冷えた。逃げた方向のすべてに、先回りして蓋がされていた。まるで、どこへ逃げるかを、初めから知っていたかのように。守護竜は、後発が攻めてくると分かって退いたのではないか。愚か者が必ず出ると見越して、その者たちを刈り取る場所まで、用意していたのではないか。
考えかけて、ヴィルは口をつぐんだ。確かめようのないことだ。確かめたところで、何も変わらない。
「……ほらな」
ヴィルは、低く呟いた。
「言わんこっちゃない。駄目だっただろう」
誰に言うでもない。死んだ貴族にか、走ってきたトビアスにか、それとも自分にか。間に合わぬと、分かっていた。分かっていて、止められなかった。それが、この戦の——あの守護竜のいる戦場の、新しい戦の理だった。
トビアスは、何も言わず、屍の海を見つめていた。その目から、静かに何かが伝っていた。
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すりつぶし終えた僕は城へ戻った。
ティーガーとヴェルディが、城壁の上で、呆然と立ち尽くしていた。
二人の目が、僕を見ている。さっきまで、3割を削って安堵していた顔が、今は別のものに変わっていた。あの平野で何が起きたか、二人とも、見ていたのだろう。逃げる5000が、前と後ろから閉じ込められ、一人残らず潰されていく様を。
立派に勝ったはずの戦の、その先にあったもの。
僕は、二人の前に降り立った。
小さな、白い体。四枚の翼。立ち上がっても彼らの膝上ほどの背丈しかない、生まれて間もない竜。
ティーガーが、唇を動かしかけて、言葉にならずに止めた。
二人が僕にビシッと敬礼を送って来た。
僕はいつも通り満面の笑みで二人を見上げて、尻尾を振った。
「あぎゃっ」
第四十五話・了
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第一章 了
第一章完結しました。ここまで読んで下さった皆様に感謝です!
是非「高評価!」と登録、いいね!をして下さいね!ポイントが増えるとやる気が増すので、物語も加速しますからねw
さて、第二章は「成竜編」です。成長したマキナの新たな開発と戦いを是非お愉しみに!




