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メカヲタ転生して守護竜になる ~兵器の性能差が勝敗を分かつ絶対条件だと教えてやる!~新装版!  作者: ななよん
幼生体編

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第三十九話 火床《ほど》

山道は、もう3日続いていた。


聖都を出てから、リーディア・フォン・ゼーレンハイムは数えるのをやめていた。日が昇り、日が落ち、また昇る。その繰り返しが彼女を聖都から少しずつ遠ざけていく。それだけが確かだった。


(ほろ)のかかった荷馬車は、商人のものを装っていた。御者台には神聖国軍副将ミカル・フォン・ヘルムシュタットが、商人の外套を羽織って座っている。武門の重鎮が剣を荷の下に隠し、手綱を握っていた。


リーディアは荷の隙間から、流れていく景色を見ていた。


ヴェークシャイトを抜けたのは2日前のことだった。聖都とドラゴノートを結ぶ街道は、よく踏み固められていた。神聖国が長く、この地へ兵を通してきた道。その幹線から逸れ、ハルトアイゼンへ向かう細い道に入ってから、登りが続いている。神聖国の柔らかな丘陵が消え、岩肌の目立つ山道になった。


ハルトアイゼン。ドワーフの国。


女神の教えの外にある国だった。山に潜り、鉄を打ち、神よりも己の技を信じる種族。聖都では、そういう国だと教えられてきた。


リーディアは、聖都に残してきた者のことを考えないようにしていた。


考えれば足が止まる。今は進むしかなかった。御者台のミカルの背中だけが彼女の前にあった。その背中は何も言わなかった。聖都を出てから、二人とも必要な言葉しか交わしていない。沈黙が二人の間にある最も誠実なものだった。


馬車が大きく揺れた。


「……着いたか」


ミカルの低い声が前から届いた。


リーディアは荷の隙間から顔を上げた。


山の(ふところ)に、灰色の城壁が広がっていた。岩を削り、岩を積み上げた無骨な城塞都市。尖塔(せんとう)の代わりに、太い煙突がいくつも空へ伸びている。その煙突から黒い煙が立ち上っていた。


だが、様子がおかしかった。


城門に人が群れていた。鎧を着けた者、荷を運ぶ者、伝令らしき騎馬が門を出入りしている。怒号がここまで届いてきた。平時の城ではない。何かが起きている城だった。


「……戦か」


ミカルが呟いた。


御者台の背が僅かに張り詰めたのが、リーディアにも分かった。武人の背だった。


馬車は人の流れに逆らうようにして、城門へ近づいていった。


門番のドワーフが槍を突き出して馬車を止めた。背は低いが、肩は岩のように厚い。


ミカルが御者台から、ゆっくりと外套の前を開いた。隠していた神聖国軍の徽章(きしょう)(のぞ)いた。


「神聖国より参った。アイゼン王にお目通りを願いたい」


門番の目が険しくなった。神聖国。今この時に、敵であったかもしれぬ国の名が門前で名乗られた。槍の穂先がミカルの喉元へ向いた。


リーディアは荷の影から進み出た。


幌の下から、聖都を出てから一度も外していない神官の衣の襟が覗いた。彼女は門番を見下ろさなかった。同じ高さで目を合わせた。


「無礼を承知で参りました。ですが、どうかお目通りをお願い致します」


凛とした彼女の声には高貴な者が纏うカリスマ性があった。


門番はしばらく二人を見ていた。それから傍らの兵に何かを早口で命じた。兵が城の奥へ駆けていった。


待つ間も、城門の喧騒は止まなかった。


---


通された控えの間は、石造りの飾り気のない部屋だった。


壁に武具が掛けてある。だが装飾品ではなかった。(つか)は手垢で黒ずみ、刃には使い込まれた跡があった。実用のものをそのまま壁に掛けてある。聖都の、女神の意匠で埋め尽くされた広間とは何もかもが違った。


リーディアは椅子の縁に浅く腰を下ろした。


ミカルは座らなかった。扉の傍に立ち、外の気配を測っている。護衛の顔、敵地で姫を守る立ち方だった。


半刻待たずに廊下を踏む重い足音が近づいてきた。


一人ではない、何やらヤイヤイと賑やかに言い合っているのが聞こえる。やがて扉が押し開けられた。


入ってきたのは、がっしりとした体躯(たいく)の、(ひげ)を蓄えたドワーフだった。低い背に分厚い肩。立派な髭が胸まで届いている。(すす)と油の匂いをまとっていた。冠も玉も身に着けていない。今しがたまで何か作業をしていた、職人のような身なりだった。


その後ろにもう一人。やや()せた理知的な顔つきのドワーフが続いた。こちらは身なりが整っている。手に何枚かの書きつけを抱えていた。


リーディアは立ち上がり、神官の礼をとった。


「アイゼン王と、お見受けいたします」


「おう」


――ギアム・ゼ・アイゼンは太い声で頷いた。


「ワシがアイゼンじゃ。後ろのこのしかめ面が宰相のゲパルト」


痩せたドワーフが軽く頭を下げた。値踏(ねぶ)みするような、しかし無礼ではない目だった。


「神聖国の姫君が副将を一人連れて、他国の門を叩く。ただ事ではないわな」


アイゼンはリーディアの前にどかりと腰を下ろした。腹芸の欠片もない、まっすぐな目だった。


「悪いが、ゆっくり茶を出してやる暇がないんじゃ。ちと取り込んでての」


「……魔国、でございますか」


リーディアが言うと、アイゼンの眉が動いた。


「門を見れば分かるか。賢い姫さんじゃ」


「山向こうの一部族が、まーたちょっかいを出しおってな。理由なぞ後付けじゃろ。エルフやドワーフは人類の裏切り者、とな。古い言い分じゃよ」


アイゼンは髭をひと撫でした。


「で。神聖国の姫さんが、何の用じゃ」


リーディアは息を整えた。


ここから先は、聖都を出るときから幾度も頭の中で並べてきた言葉だった。だが、いざ口にしようとすると喉の奥が重かった。


「神聖国がドラグロードに兵を向けたことは、ご存知かと思います」


「聞いとる。守護竜の国に聖戦とやらを仕掛けたとな」


「あれは……」


リーディアは一度言葉を切った。


「あれは、聖戦ではございません」


部屋の空気が少し動いた。ゲパルトが書きつけから目を上げた。


「邪竜が地を奪い、女神が勇者を遣わした。神聖国はそう触れて回っております。ですが、その大義は作られたものです。教皇派が戦のために描いた絵にすぎません」


「ほう」


「そして、女神の勇者を名乗る者は――」


リーディアの声がわずかに掠れた。


「偽りでございます。女神の選定を経ておりません。女神は此度の戦に、何の意志も介しておられない」


言い終えてリーディアは膝の上で手を組んだ。


神官として口にしてはならぬことを口にした、という自覚があった。だが、それ以上に重いものが胸の底にあった。女神の名を掲げて、女神の意志のない戦をする。聖名を汚している。今の教皇派は――


「今の教皇派は、女神の聖名を……」


そこで言葉が止まった。


教皇派は、と言いかけてその先が続かなかった。教皇派だけの罪だと、もう言い切れなかった。聖戦の旗の下に、神聖国の全てが連なってしまっている。彼女の生まれた国そのものが、女神の名を汚すものになっていた。


「……いえ。神聖国が、女神の聖名を汚しております」


言い直した声は低かった。


ミカルが扉の傍で目を伏せた。


アイゼンは何も言わずにリーディアを見ていた。子供のように丸い目が、しかしその時だけは深い色をしていた。


「それで」


ゲパルトが口を開いた。落ち着いた、如才のない声だった。


「姫君は、その偽りの聖戦から身を退かれた。亡命なされた、ということですな」


「……はい」


「行き先は、お決まりか」


リーディアは答えられなかった。


決まっていなかった。聖都を出ることだけが決まっていて、その先は誰も描いていなかった。ハルトアイゼンに辿り着くこと。それが、父とロロルが引いた道の終点だった。


その沈黙を、ゲパルトは見抜いたようだった。


彼は書きつけを脇に挟むと、アイゼンの方をちらりと見た。それから何気ない調子で言った。


「ならば――いっそ、ドラグロードへ亡命なさってはいかがか」


リーディアは顔を上げた。


「ドラグロード王国は、貴国の聖戦を退けた国。姫君が偽りの聖戦から退かれたのなら、その偽りを退けた国こそ身を寄せるにふさわしいのでは」


「おお、それじゃ」


アイゼンが膝を打った。


「それがいい。マルキウス王には、ワシから書状を書いてやる。それに師匠にも話を通してやろう。」


「お待ちください」


リーディアの声が思わず尖った。


「ドラグロードは……竜信仰の国でございます。女神の教えを、私どもが奉じてきた信仰を否定してきた国。私は女神方の神官です。その私が、よりにもよって竜の国へ逃げるなど……」


そこまで言ってリーディアは口を閉じた。


矛盾していた。今しがた自分の口で言ったばかりだった。神聖国が女神の聖名を汚している、と。その国を捨ててきた。なのに、女神の神官であることを盾に、竜の国を拒もうとしている。


理屈では、もう拒む足場がなかった。


それでも感情が追いつかなかった。生まれてからずっと、竜は討つべきものだと教えられてきた。邪竜。地を奪う獣。女神が勇者を遣わすほどの脅威。その像が、まだ彼女の中にあった。


アイゼンがそれを見て、ふっと笑った。


「竜が怖いか」


「……」


「分かるわ。竜と聞けば、誰でもそういう顔をする」


アイゼンはよっこらせと立ち上がった。


「姫さん。一つ見せたいものがある。ついて来い。話はそれからじゃ」


---


工房は城の地下にあった。


階段を降りるにつれ、熱気と金属を打つ音が増していった。火床(ほど)の赤い光が壁を照らしている。天井は高く、滑車(かっしゃ)や鎖が無数に渡されていた。


だが、そこにいるべきものがいなかった。


広い作業場の中央が、がらんと空いていた。何かがずらりと並んでいた跡だけが床に残っている。台座の()えられた跡。整備の道具が放り出されたまま。今し方まで何かがそこにあって、慌てて運び出された後だった。


「戦じゃからの、色々出払っとるよ。」


アイゼンがその空いた場所を顎で示した。


「魔国の連中を押し返しとる。本当なら、ここに並んでおるはずのもんじゃがな」


主力が出払った工房。その手薄さが、城門の喧騒の理由を改めて語っていた。


アイゼンは作業場の奥へと進んだ。


そこに一体だけ、何かが立っていた。


人の形をした鉄の塊だった。背丈5m弱の巨人と言った風貌だ。背中部分が開いていて、人が一人座れるだけの空間があった。


「乗り込んで、動かすもんなんやけどなぁ」


アイゼンがその鉄の人形を見上げた。


「コアに任せて自分で動くんじゃない。中に人が入って、人の手で動かすんじゃ」


リーディアには、その意味がすぐには分からなかった。


「……それは、難しいことなのでは?」


「難しいなんてもんじゃないわ」


アイゼンがにやりと笑った。


「見とれ」


彼が傍らの職人に合図した。


職人が鉄の人形の背に乗り込んだ。中で何かを操作する。やがて鉄の人形の各所から低い(うな)りが上がった。火床の光を受けて、装甲が鈍く光る。


鉄の人形が片足を持ち上げた。


ゆっくりと、前へ。


そして地に着けようとした、その瞬間。


鉄の人形は大きく(かし)いだ。立て直そうと、もう一方の足が動く。動きすぎる。今度は反対へ(かし)ぐ。腕が宙を()いた。


鉄の人形は轟音(ごうおん)を立てて横倒しに倒れた。


工房の床が震えた。火花が散り、滑車が揺れた。


リーディアは思わず一歩後ずさった。


だが――誰も笑わなかった。


職人たちがわらわらと駆け寄ってくる。倒れた鉄の人形を滑車で引き起こす。中の操縦士を助け出し、無事を確かめる。そしてすぐに次の調整に取りかかる。誰一人、それを失敗として(あざけ)る者がいなかった。皆、当たり前のことのように、また立たせようとしている。


そして、その中心で。


アイゼンが誰よりも目を輝かせていた。


「な。転びよるじゃろ」


倒れた鉄の巨人を見上げて、老ドワーフは少年のように笑っていた。


「四つ足にすれば転びはせんのは師匠が実証済なんじゃ。分かっとる。分かっとるんじゃ。じゃがの」


アイゼンは自分の二本の脚をぽんと叩いた。


「人は二本の足で立っとるじゃろう。だから、これも二本で立たせたい。それだけじゃ」


理屈ではなかった。合理でもなかった。


ただ人の形をした鉄の巨人を、人のように立たせたい。それだけの夢のために、この王は転んでは起こし、転んでは起こしを繰り返している。


リーディアはその光景を、言葉もなく見ていた。


聖都の荘厳とは何もかもが違った。女神の意匠も、神官の唱える聖句も、ここには何一つない。あるのは火と、鉄と、転ぶ巨人と、それを囲む者たちの理解の外の熱だった。


聖都を出てからずっと張り詰めていた何かが、ほんの少しだけ緩んだ。


「……この着想はな」


アイゼンがぽつりと言った。鉄の巨人を見上げたまま。


「ドラグロードの、新しい守護竜じゃ。マキナ殿という」


リーディアの肩がわずかに動いた。


マキナ。初めて聞く名だった。


「ワシの師匠でな」


「師匠……」


「ああ。ゴーレムのことも新しい鉱石のことも、あの御方に教わった。あの竜は我らと楽し気に話をし、寝る間も惜しんでそれは楽しそうにモノを作りおる。」


アイゼンは倒れた巨人の方へゆっくりと歩いた。


「姫さん。さっき、竜が怖いかと聞いたな」


「……はい」


「言うとくが、あの御方は怖いような姿はしておらん」


アイゼンが振り返った。


「まだ幼生体での。白くて、ふわふわで、猫より少し大きいだけじゃ。話すこともできん。『あぎゃ』と鳴くだけよ。黒板に字を書いてこっちと話す。見た目だけなら、ただの子犬じゃ」


リーディアはその姿を思い描こうとした。


描けなかった。


邪竜。地を奪う獣。女神が勇者を遣わすほどの脅威。彼女の中にあったその像と、アイゼンの語る「白くてふわふわの子犬」が、どうしても一つに結ばなかった。


「古代竜じゃから怖い、というのとは違うんじゃ」


アイゼンの声が低くなった。


「あの御方が恐ろしいのは、身体の力ではない。発想と知識じゃ。ワシら職人が束になっても思いつかんことを、あの小さい身体で次々と考えつきよる。鉱石を、形を、思うがままにな」


「もし――あの御方と敵対したら」


アイゼンはリーディアの目をまっすぐに見た。


「あの御方は、最も効率のいいやり方でこちらを潰しにくる。ワシらが思いもよらん手でな。優しいし、可愛いらしい御方じゃ。じゃが、敵に回すとこれほど恐ろしいものはない」


リーディアは動けなかった。


可愛い、と、恐ろしい。相容れぬはずの二つが、一人の存在の上で同時に語られていた。彼女はその像を結べなかった。結べないまま、ただ「マキナ」という名だけが、胸の奥に刻まれた。


「敵か味方か、で言うならな」


アイゼンが声の調子を戻した。


「あの御方だけは、味方にしておいたほうがいい。これは姫さんの為に言うんじゃないぞ。ワシの本心からの値踏みじゃ」


そして、にやりと笑った。


「それに――今の神聖国の、教皇派とやらを潰すには。あの御方は、ちょうどいいかもしれんな」


リーディアはその言葉に、すぐには応えられなかった。


アイゼンの言い分は戦略であり、実利だった。彼女が抱いてきた信仰と正義の話とは、立っている場所が違う。それでも結論は、同じ方を向いていた。今の神聖国は誤っている。女神の聖名を汚している。それを正すために何が要るのか。


立脚点の違う二つの判断が、一つの結論で静かに交わった。


ゲパルトが傍らで何かを書きつけていた。


その横顔は穏やかだった。如才のない宰相の顔だった。何を考えているのか、その表情からは読めなかった。リーディアは、それに気づかなかった。


扉の傍でミカルが低く言った。


「……姫様。お決めになるのは姫様です。ですが」


それきりミカルは口を閉じた。


危険だ、とは言わなかった。神聖国の副将として、敵国へ姫を送るなど考えられない。罠かもしれぬ。人質に取られるかもしれぬ。言いたいことはいくらでもあった。


だが、言わなかった。


退路がなかった。聖都へは戻れない。偽りの勇者の妻となる定めが待っている。ハルトアイゼンに居たとしても、具体的な打開策には結びつかないだろう。

ドラグロード行きだけが、危ういがその先に僅かな光が見えていた。


危険だと判じながら、それでも頷くしかない。武人の沈黙は、その妥協の重さをそのまま抱えていた。


リーディアは、倒れたまま、また引き起こされていく鉄の巨人を見ていた。


何度倒れても起こされる。立たせようとする者たちがいる。


アイゼンがその巨人を、()しむように見上げた。


「あぁ、惜しいわ」


ぽつりとこぼした。


「これがな。完成しとればな。魔国が攻めて来たときも、こいつを出してやれたんじゃ。人が乗って、人が守る、鉄の巨人をな」


転びまくる、未完成の夢。


その夢を、アイゼン王は戦の道具としても本気で待ち望んでいた。少年のような夢と、民を守る王の重さが、その一言の中で地続きになっていた。


リーディアは、火床の赤い光に照らされたその横顔を見ていた。


聖都には、なかったものだった。


第三十九話・了

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(っ ॑꒳ ॑c)ワクワク

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