第三十三話 メカヲタ、量産開始(改訂版)
長過ぎた文章を短く編集しました。
ドラグロード山脈の南麓。
王都の郊外、街道から外れた緩斜面に急造の射点が設けられていた。射点の周囲は石積みで囲い、地面は踏み固められている。射点から南西の方角、谷を挟んだ向こうの山肌に、白く塗られた木製の標的が設置されていた。距離は2000mを超える。
僕は射点の脇に浮かんでいた。
立ち会いは開発チーム——エルダ、クラウス、イーリス、ブルーノ。アインは僕の傍に無言で立っていた。
そして射点から少し離れた位置に、メルフィーナが立っていた。
旅装の上から薄い外套を羽織り、髪は後ろで一つに束ねている。王女としての華やかな姿ではなく、契約者として山麓まで足を運んだ、静かな立ち姿だった。視線は射点のヴェルディに向いている。
僕は彼女の方を一度見た。メルフィーナが僕の視線に気付いて小さく微笑む。声は掛けない。試射の場の静けさを乱さない、という配慮だった。
そして射点の中央。
ヴェルディが、装具を装着していた。
背面板が背骨に沿って固定され、両肩のジョイントから腕のフレームが下りている。肘の駆動部、手首の補助具、腰のベルト、太腿の支持板。金属の骨格が体の上に組み上がっていく。
イーリスがヴェルディの脇に立ち、フレームの締結を一箇所ずつ確認していた。
「ここ、もう少し締めますね」
「お願い致します」
ブルーノが背面板の中央に手を伸ばし、雷属性魔石の装填筒に小さな結晶を差し込んだ。カチ、と低い金属音が鳴る。
「魔石、装填完了。装着者の魔力との接続を確認します。ヴェルディ様、息を整えて下さい」
「畏まりました」
ヴェルディが深く息を吸い、ゆっくり吐いた。背面板の魔石が、淡い青の光を漏らす。装具のフレーム全体に魔力が流れていく。
……接続良し
雷属性魔石が装着者の魔力を受け入れ、装具のフレーム内部の駆動回路に電流が流れる。肘・肩・腰の駆動部が、装着者の動きに追従する状態に入った。
ヴェルディが両腕をゆっくり広げた。フレームが追従する。動かす度に、軽いキュインという音がした。
「装着者の動作と、駆動部の応答に遅延無し」
ブルーノが頷いた。
クラウスが図面を畳んで脇に挟む。
「ヴェルディ様、ボウ・ライフルを」
ヴェルディが頷き、射点の脇の台に置かれていたボウ・ライフルを両手で持ち上げた。
弓本体1.4m、発射筒75cm、エクステンドアーム30cm。総重量は装具なしでは人間の弓兵には扱えない。だがアームズパック・アーチャー装着のヴェルディは、ボウ・ライフルを片手で支えて構えに入った。
試作機の試射ではアインが撃った。今、ヴェルディが構えている。人間の弓兵がボウ・ライフルを扱える状態に立った。装具と武器が噛み合った瞬間だった。
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射点の脇に、もう一人が立っていた。
王都の魔道士組合から派遣された一人。深い緑のローブを羽織り、頭に同色の頭巾を被っている。年齢は四十代半ばだろうか、髭を短く整え、落ち着いた所作で立っていた。
エルダが彼の前に立つ。
「魔晶石、こっちで用意したで」
エルダが小さな結晶を差し出した。親指の先ほどの大きさ、淡い透明感。
魔道士が結晶を受け取り、両手の中で軽く包み込んだ。
「火属性。ファイアボール級で宜しいか」
[頼む]
僕は黒板を彼の方に向けた。
魔道士が頷き、結晶を手のひらに乗せた。
短い詠唱が始まった。低く、抑えた声。聞き取れない単語が三つ四つ続き、最後に音節が一つ強く発音される。結晶の中に橙色の光点が灯り、それが渦を巻きながら結晶の内部で凝集していった。
光点が安定すると、魔道士が呼吸を一つ整えてから、結晶を僕に差し出した。
「ファイアボール一発分。込めました」
[ありがとう]
魔道士が頭を下げた。
「お役に立てれば」
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エルダが結晶を受け取り、矢の先端の規格穴にねじ込んだ。カチ、と固定音。
矢じりは鉄で、魔晶石をはめ込む穴がある。シャフトは中空鉄。総質量およそ170g、空力的整流に振った長距離飛翔型の矢だった。
「ヴェルディ」
エルダが矢を持ったまま、ヴェルディに歩み寄った。ヴェルディが背筋を伸ばす。
「これや。落とすなや。落とすとここで爆ぜんぞ」
ゲラゲラと豪快に笑うエルダ。笑えない。
「はい」
ヴェルディが神妙な面持ちで矢を受け取った。
エルダがヴェルディの肩を一度叩く。
「お前さんの晴れ舞台や、気張れよ」
「全力で取り組みます」
エルダが頷き、射点を空けた。
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ヴェルディがボウ・ライフルをゆっくり構えた。
装填動作。スライドを前へ。カチャ。
発射筒の解放口に、矢を上方から差し込む。エルダから受け取った魔晶石ファイアボール矢が、ゆっくり筒の中へ収まっていく。
スライドを後ろへ。カチャ。筒が密閉された。
ヴェルディが構えに入る。装具のフレームが彼の体重と姿勢を支え、両足が射点の石畳をしっかり捉えた。半身に構え、左手で弓本体を持ち上げ、右手でエクステンドアームのグリップを握る。
仰角を取る。標的は2400m先の山肌、水平射では届かない。ヴェルディは弓本体の傾斜を上向きに調整し、放物線軌道の射撃姿勢に入った。
弦を引く。
カチ。カチ。カチ。カチ。
歯車が段階的に噛み合う音が、射点に響く。シリンダー内で空気が圧縮されていく。フル充填まで到達する設定運用。装具のフレームがヴェルディの腕力を増幅し、人間単体では引けない弦を、機械的補助で引いていく。
カチッ。最終ロック。
シリンダー圧50気圧が4本、総ストア約8000J、伝達率80%で矢のエネルギー約6400J。
ヴェルディが呼吸を整えた。装具に支えられた半身の姿勢が、石に刻まれた像のように動かない。
メルフィーナが、祈る様に両手をギュッと握り締めているのが見えた。
ヴェルディの指が、トリガーを引く。
空気圧の解放音が激しく響き、弓のしなり戻り音、矢が筒を抜ける音が、一瞬で重なった。
キュィっと音を立てて、矢が空へ向かって放たれた。
矢の軌跡が、午後の空に細く伸びていく。
射点の全員が、矢の弾道を目で追った。エルダが腕を組んだまま顔を上げる。クラウスの口が、僅かに開いた。イーリスとブルーノが視線を空に固定する。メルフィーナが矢の軌跡を目で追っていた。
矢が頂点に達し、下降に転じる。
放物線の終点、約2400m先の山肌。
着弾。
橙色の閃光が、山肌で広がった。
直径4〜5mほどの火球が、一瞬で噴き上がり、山肌の岩を焦がしながら消えていった。標的の白い木板が、火球の中で炭化していくのが見える。閃光の後に、低い破裂音が遅れて届いた。
射点が、静まり返った。皆の口が、開いたまま閉じられない。
ブルーノが、エルダを振り返った。エルダは腕を組んだまま、山肌の煙を見つめていた。
魔道士が、深く息を吐いた。
「届きましたな」
メルフィーナが、ゆっくり僕の方を向いた。震える手を胸の前で握ったまま、僕を見て笑った。
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帰路の馬車の中で、僕はメルフィーナの膝上に座っていた。
車窓の外に麦畑が広がっていた。午後の風に揺れる穂の間に、農夫の姿が見える。馬車が通り過ぎても、彼らは作業を止めない。
「あの矢、農地の方角ではなく山に向けて撃ちましたね」
[当然だ。人が居ては危ないからね]
メルフィーナが小さく微笑んだ。
「お父様への奏上、私が致します。契約者として、守護竜様の御業を王に通達する。これが私の務めで御座います」
[頼む]
僕は尻尾を一度ゆっくり振った。
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王城、謁見の間。
マルキウス王が玉座に座していた。メルフィーナが玉座の前に進み出てカーテシーを取り、僕はその傍に浮かんでいた。
「お父様。守護竜マキナ様の新装具、アームズパック・アーチャーの実証試射を、本日山麓にて執り行いました。装着者は王国騎士団従士ヴェルディ・カーリス。ボウ・ライフルにファイアボールを込めた魔晶石矢を装填し、射程2400m、山肌の標的への着弾と炸裂を確認致しました」
王の眉が、僅かに上がった。
「2400mだと!?」
「はい」
「人間の弓兵が、2400m先に魔法を届けたのか」
「左様に御座います」
王が腕を組み、玉座の背に体を預けた。しばらく沈黙してから、僕を見た。
「マキナ殿。これは、戦の形を変える」
[ボウ・ライフルは、戦で戦う力です。民の家を狙う為の物ではありません]
「ああ、そうだな。分かっておる」
王の口元が、僅かに緩んだ。
「メルフィーナよ、量産は任せたぞ。人員と費用は王命で動かす」
「畏まりました。お父様」
[もう一つ、御報告が御座います]
僕は黒板に書いた。
[コンパウンドボウ。装具を必要とせず、引き重量を機械的に軽減する滑車式の弓です。既存の弓兵の射程と精度を、底上げ出来ます]
これは元々あった知識を図面に起こしただけだから、特に苦労はしていない。
王が黒板を読んでから頷いた。
「アームズパック・アーチャーは選抜された兵に、コンパウンドボウは全弓兵に、という事だな」
[戦力の底上げと、決定打の双方を整えます]
「これも実証試験の後、量産に含めよ。新工場の立ち上げ、人員の募集、全て王命を以って迅速に進めよ」
[拝命致します]
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工房に戻ってから、僕は開発チームを集めた。
工房はマキナ工房、王城の一角に設けられた開発拠点。試作と設計、初期生産まではここで賄えるが、千人規模の量産はここでは収まらない。
[工場を立ち上げる]
僕は黒板にそう書いた。
[街中の既存の大型鍛冶工房を改装し、量産拠点とする]
[千人規模の人員を配置する]
[各部門の責任者は、この開発チームから派遣する]
クラウスが頷いた。
「機構設計の標準化が要りますね。図面の規格化、部品の互換性、これらを最初に整えましょう」
イーリスが続いた。
「素材の調達ラインも組み直します。マルエージング鋼の在庫管理、ミスリルの配分、雷属性魔石の生産速度。全部、量産前提で組み替えます」
ブルーノが頷いた。
「魔導回路の量産化、これは私の領域ですね。手作業を機械化する手段を、エルダ親方と詰めます」
エルダが腕を組んだまま頷いた。
「ワシらの工程も標準化や。ハルトアイゼンの職人魂を生産に乗せるんやから、一工程一手順、誰が作っても同じ品質になるよう詰める」
[頼む]
[人員は、お触れで集める。王都ドラグロード、第二都市ドラグナート、第三都市ドラゴノート]
クラウスが図面の余白にメモを取った。
「専門毎に必要人数を出します。鍛冶工、鋳物工、組み立て工、研磨工、検査工。各工程の必要数を算出して、お触れに反映させましょう」
[頼む]
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翌日、マルキウス王の名で三都市にお触れが出された。
新工場立ち上げに伴う技術者・職人の募集。鍛冶経験者を優先、未経験者も適性を見て採用。給与は王国基準の二倍、住居は工場近隣に整備する。
応募は、最初の数日で王都だけで百人を超えた。ドラグナート、ドラゴノートからも、馬車で応募者が運ばれて来る。選抜は開発チームが担当した。クラウスとイーリスが机を並べ、経験、技能、人柄の三点を見て、配属先を決めていく。
僕は工房から、選抜の進行を黒板で受けていた。
[千人以上、集まる見込み]
クラウスが報告に来た時、僕は喜びで尻尾をぶんぶんと振った。
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工場の場所は、王都の街中にあった。
元々は鍛冶工房が集まっていた一画で、戦時の武具生産に使われた事もある建物だった。建屋は石造り、屋根は梁の組み合わせ。中央に大広間、その周囲に小工房が放射状に配置されている。建物自体は古いが、骨格は頑丈だった。
僕は工場の入口に立っていた。隣にエルダとクラウス、後ろにイーリスとブルーノ、そしてアイン。
[始める]
僕は両前足を地面に着けた。
土属性魔法を発動する。
工場の地面が、僅かに震えた。
石畳の床が、一度溶けるように動き、再び固まる。床の高さが変わり、各工房の出入口を結ぶように、低い溝が地面に走った。溝の中に、新たな石材が下から押し上げられ、二本のレールが床に埋め込まれていった。運搬ゴーレム用の連結軌道。
中央大広間の天井近く、梁と梁の間に、新たな石の支柱が立ち上がった。支柱と支柱を繋ぐように、薄い石板の橋が架けられていく。上段の作業床と、下段の運搬路を分ける構造。
僕の頭の中で、前世の自動車工場の絵が浮かぶ。一つの製品が工程を進む毎に、別の作業者が別の作業を加えていく。一人で全てを作る職人方式ではなく、一工程一人の分業方式。
これを、この世界に持ち込む。
工場の壁、各工房との境界が、少しずつ動いていった。土魔法で壁を動かし、開口部の位置を変え、工程の順序に合わせて部屋の配置を組み替えていく。鍛冶工程、組み立て工程、研磨工程、検査工程。順番に並ぶよう、空間を作り直していった。
エルダが、工場の中を見回していた。
「マキナ殿——」
[何だ]
「これ、一つの製品が部屋から部屋へ流れる様に作っとるんやな」
[そうだ]
「工程分業の作業場、ってとこか」
[呼び方は任せる]
エルダが頷いた。
「ドワーフの工房とは違う発想やな。ワシらは一人が全部やる方が誇りや、と思うてきた。だが千人規模やと、それやと間に合わん」
[頼る所は頼る。これは量産用の、生産性重視のシステムだ]
「ワシらの職人技は、最後の仕上げと検査に使うとしよう」
[ああ]
エルダが腕を組んで、新たに組み上がっていく工場を見渡した。
「おう。やったろやないか」
---
工場の改装は、一日では終わらない。だが土魔法で骨格は数時間で組み上がった。残りはドワーフ達と若手職人達が、内装と設備を詰めていく。
僕は工場の中央広間で、天井を見上げていた。石造りの梁が、午後の光を受けて重く座っている。この建物が、これから大量の弓兵装備を生み出す場所になる。
千人の手が、ここで動く事になる。
僕は尻尾をゆっくり振った。
第三十三話・了
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