第三十一話 動き出す開発計画(挿絵追加しました)
エルダだけが残った工房で、僕は黒板を見つめていた。
二つの開発が並行で動き出す。僕一人で作る物ではない、開発チーム一丸となっての初作業だ。
エルダが机に腰を預けた。
「マキナ殿。お前さん、これ、ようここまで考えたな」
[考えるのは早い。作るのが難しい]
「ほな、二班体制で工程をどう組むか、明日からや。素材は何が足りてへん」
[ペントランダイトの硫黄抜きが要る。これはハルトアイゼンの方が早い。こちらから素材を送ってある]
「あー、ニッケル取り出すんやな。あれは親方とゲパルトに頼んだら早いで。ニッケル、コバルト、モリブデン、チタン——マルエージング鋼の構成元素は、もうこっちに在庫がある。装具のフレームに使えるで」
[タイタンなどに比べれば総量は少なくなるが]
エルダが軽く頷く。
「ボウ・ライフルの方は、シリンダー筒の素材が問題になるな。圧縮空気の圧力で破裂したら洒落にならん」
[ミスリル含有の合金で行く。酸化しないし、魔力結合鍛冶で内部の継ぎ目を消せる]
「ほな、ハルトアイゼンの親方衆に相談やな。ミスリル鍛冶の本職や」
[頼む]
エルダが頷く。
「マキナ殿、気ぃつけや」
僕は何の事か分からず首を傾げる。
「お前さん、こういう時、寝ずに突っ走る癖がある。姫さんも心配するやろ、お前さんも体は壊さんとな」
ぐっ。
[気を付ける]
「言葉だけ達者やな」
エルダが小さく笑う。
「ほな、明日からや。ワシも一旦戻って、技師達と打ち合わせするわ」
エルダが工房を出ていった。
---
工房に、一人になる。
設計図を広げた。両腕のフレーム形状、関節部の駆動機構、背面板の衝撃吸収層、ゴーレム式アームの基部構造、ボウ・ライフルの筒断面、ライフリングのねじれ角、矢じりの規格——書き出す事が山ほどある。
今のところは、拠点防衛用。機動力の低さは弱点ではなく、用途特化の結果だ。山岳地帯の天然要塞を持つドラグロード王国に、適した兵器形態。攻勢に転じる段階はいずれ来る。その時には別の発展形が要るだろう。だが今は、目の前の物を作る。
筆を取った。
---
「マキナ様」
入口で、軽い足音がした。メルフィーナが、湯気を立てる盆を持って立っていた。椀と、温かいパン。
「あぎゃ」
「今日は早めの夕食です」
[まだ夕方になっていない]
「今からお食事をなさってください」
メルフィーナがにっこり微笑んだ。
「またお食事をねじ込ませないでくださいね」
読まれていた。僕は黒板に書きかけて、止めた。メルフィーナの微笑みは優雅だが、有無を言わせない種類の微笑みだった。
[頂きます]
「はい、どうぞ」
メルフィーナが盆を作業台の上に置いた。設計図の上に直接置きそうな所、彼女は丁寧に脇によけてから配置した。
「お仕事は、お食事の後で続けて頂けます」
[ありがとう]
「いいえ」
メルフィーナが微笑んだまま、僕の前に屈み込む。
「マキナ様。ご無理だけは、なさらないで下さい」
僕は肉を一切れ咥えながら顔を上げた。
[気を付ける]
「いつもそう言って、ご無理ばかりじゃないですか」
エルダと同じ事を言われた。僕は耳をぺたりと寝かせた。
メルフィーナが小さく笑う。
「お早めにどうぞ。冷めない内に。楽しみにしております。マキナ様の次の発明を」
そう言って、彼女は去った。
---
椀から、湯気が立ち上っている。
僕は尻尾を一度床に打ち付けてから、設計図をチラッと見て、椀に向かった。
静かに口を運ぶ。刻んだ肉と根菜のスープに、香草が浮いていた。温かい。塩加減も丁度いい。美味い。メルフィーナが厨房に伝えてくれた味なのだろう。僕の好みを覚えてくれている。
椀を空にしてから、パンを千切って口に運ぶ。これも温かい。湯気が立ち上がる。
明日から、始まる。二班並行の開発体制。アームズパック・アーチャーとボウ・ライフル。エルダ達ドワーフ技師との共同作業。長距離行軍の制約を抱えた、拠点防衛用兵器の完成へ。
そして実証実験——これには協力者が要る。あの男に、頼もう。
---
翌朝。
工房に技師達が集まる前に、僕は使いを出した。王都騎士団詰所宛て、宛名は——ヴェルディ・カーリス。
書状の中身は短い。守護竜の工房まで一名出頭されたし、用件は協力依頼、と。判はマルキウス王のものを借りた。執務を通して貰い、王の決裁を得てある。
使いが出ていってから、僕は工房で素材の整理を始めた。インベントリから取り出すマルエージング鋼の鋼塊、ハルトアイゼンから送られて来たミスリル原石、雷属性魔石の試験用ロット。これらを作業台に並べていく。
午前の半ばに、技師団が到着した。エルダが先頭、その後ろにクラウス、イーリス、ブルーノ、そしてドワーフ技師達。各人が手に図面と工具を持っている。
「マキナ殿、来たで」
エルダが工房を見回した。
[もう一人来る]
「もう一人?」
[実証実験の協力者だ]
クラウスが顔を上げた。
「装着者、ですか」
[そう。今、呼んでいる]
イーリスが頷いた。
「装着試験には、体格の標準的な方が要りますね」
そのタイミングで、工房の入口に足音が止まった。
---
「失礼致します。守護竜様」
声に振り返る。
入口に立っていたのは、革鎧の上に騎士団の外套を羽織った青年だった。短く刈った金髪。日に焼けた肌。背は前より伸びている。胸板が厚くなり、肩幅も広がっていた。
僕は記憶を辿る。一年余り前、砂鉄を運んでくれた従士。試作ドリルの開発を手伝ってくれた男だ。あの時はまだ少年と青年の境目だったが、今は青年の体になっている。
[久しぶり]
ヴェルディが深く頭を下げる。
「ご無沙汰しております、守護竜様。お呼び立て頂き光栄に存じます」
声も低くなっている。落ち着いた口調だ。あの「は、はいっ」と裏返っていた声の名残は無い。
エルダが横で僕を見ていた。
「マキナ殿、知り合いか?」
[騎士団従士のヴェルディ・カーリス。一年前、砂鉄精錬と試作ドリルの実験を手伝って貰った]
クラウスが頷く。
「あの試作ドリルの装着試験を担当した方ですか」
ヴェルディが姿勢を整えた。
「はい。守護竜様の試作ドリルに魔力を流し、岩を穿つ試験を担当致しました。あの時の経験は、私の財産で御座います」
敬語が綺麗になっている。
クラウス、イーリス、ブルーノが順に名乗り、ヴェルディがそれぞれに礼を返した。最後にエルダが腕を組んで頷く。
「エルダ親方や。師団長兼魔石加工担当やで。ええな?」
「親方、宜しくお願い致します」
ヴェルディが各人に深く頭を下げた。動きが落ち着いている。礼の角度も適切。騎士団員としての所作が身に付いている。一年で、随分変わった。
---
技師達の顔合わせが終わってから、僕はヴェルディに向き直った。
[新しい装具を作る。アームズパック・アーチャー、弓兵用の部分強化外骨格だ]
ヴェルディの目が、軽く動いた。
[装着者を立てて、実証実験を進める。体格の標準的な人物が要る。弓兵の動作を試験する。ヴェルディ、頼みたい]
ヴェルディの呼吸が、止まったように見えた。僕は続けて書く。
[実験体になってくれ]
工房に、静かな緊張が落ちる。
[試作機の装着、動作試験、不具合の報告、改良後の再試験——一連の工程に、装着者として協力して欲しい。危険を伴う事もある。人体に直接装具を着ける、装具が暴走すれば怪我をする。途中で離脱を選択していい]
ヴェルディは、暫く黒板を見つめていた。それから、姿勢を正す。
「守護竜様」
「あぎゃ」
「光栄で御座います」
ヴェルディの声は静かだったが、揺らいでいなかった。
「あの時、岩を穿つ試作ドリルを持たせて頂いて以来、私はずっと考えておりました。守護竜様のお傍で、もう一度お役に立つ機会があれば、と。今、その機会を頂いた。私で良ければ、お任せ下さい。装着試験、動作試験、不具合の報告——騎士団員として、人として、全力で取り組みます」
ヴェルディが、深く頭を下げた。
エルダが小さく笑う。
「マキナ殿、ええ男選んだな」
[そう思う]
クラウスがヴェルディの体格を一度眺めた。
「身長、肩幅、腕の長さ——標準的な範囲内ですね。アジャスト機構の試験にも丁度良い」
イーリスが続いた。
「採寸させて頂きます、ヴェルディ様。装具の各部位の寸法を取らせて頂きたく」
「はい、お願いします!」
ブルーノが頷いた。
「装着試験の前に、魔力反応の確認もさせて下さい。雷属性魔石を体に近付けて、装着者の体質との相性を見ます」
「畏まりました」
ヴェルディの返答に、迷いが無かった。
---
採寸が始まった。
イーリスが革製のメジャーを取り出し、ヴェルディの肩幅、腕の長さ、肘から手首、胸囲、腰、太腿、脛、足首——順に測っていく。数値をその場で図面に書き写す。
ブルーノが雷属性魔石を小さな筒に入れて、ヴェルディの手のひらに近付けた。
「何か感じますか」
「ほんのり、温かい様な気が」
「人によっては痺れや拒否反応が出る場合もありますが、ヴェルディ様の体質なら問題なさそうですね」
クラウスが図面を引き出して、ヴェルディの体格に合わせた装具の試作寸法を書き込んでいく。「肩関節の駆動部はここ、肘の伸縮機構はここ、背板の取り付けはここ」と独り言の様に呟きながら、確実に手を進める。
エルダが横でブルーノに指示を出している。
「ブルーノ、魔導回路の試験ロットも一つ作っとけ。装着前に魔石の出力特性を確認しとくで」
「は、進めます」
僕は宙に浮かんだまま、その光景を眺めていた。
動き始めた。技師団が動いている。僕一人では成立しない物が、こうして組み上がっていく。エルダ達ドワーフ技師の現場感、クラウスの設計の精度、イーリスの素材選定、ブルーノの魔導回路——そしてヴェルディという装着者。
動き出した開発計画に、ウズウズとしたワクワク感が体を走り抜ける。
僕は尻尾を一度、静かに振った。
工房の窓の外で、王都の街が日常を続けている。煙突から白い煙が、午後の空に細く立ち上っていく。
読んで頂きありがとうございました!
「星評価」、「ブックマーク」、「いいね! 」
よろしくお願いします!!
特に星評価と登録は「ポイント」に直結しやる気に反映されますので、是非お願い致します!
感想やご意見有れば是非お聞かせくださいね!
(っ ॑꒳ ॑c)ワクワク




