第三十話 メカヲタ、プラットフォームを開発する
ハルトアイゼンから戻って数日。
僕の工房に、技師団が集まっていた。エルダ親方が先頭、その後ろにドワーフ技師達が並ぶ。人族の2人——クラウスとイーリス——も並んでいる。若手代表のブルーノは端に立っていた。
工房の中央に、僕は黒板を2枚並べた。1枚は構造図用、もう1枚は説明用。
「あぎゃ」
エルダが腕を組んだ。
「マキナ殿、今日は何や」
[次の開発の説明をする。アームズパック・アーチャー、本格的な開発に入る]
ドワーフ達がざわついた。エルダが目を細める。
「あの部分強化外骨格やな。設計図は前に見せて貰った」
[今日は設計思想から共有する]
僕は説明用の黒板に書き始めた。
[パワーアシストという技術がある。人間の身体能力を機械で増幅する装具だ。これには二つの難点があった]
[1、エネルギー問題。長時間動かす為の動力源が確保できない]
[2、自重問題。装具が重いと、補助力の半分以上が自重を持ち上げる為に使われる]
ブルーノが小さく息を吐いた。
「魔導回路で同じ問題があります。回路を複雑にすると、駆動電力が幾何級数で増える」
[こちらの世界では、一つ目は解決済み。魔石がある]
エルダが頷いた。
「あー、なるほどな」
[二つ目は、設計で解決する。全身を強化しない。必要な部位だけ強化する]
僕は構造図用の黒板に切り替えた。人体の輪郭を描き、強化部位に印を付ける。
[両腕、背面、膝下。腕で弓を引く力をアシストし、背面で反動を吸収、膝下で射撃姿勢を支える]
クラウスが筒の図面を机に置き、僕の図を覗き込んだ。低い声が聞こえる。
「マキナ殿。配置の最小化、ですか。必要な機能の数だけ機構を置く、余計な箇所には装甲も骨格も付けない、と」
[そうだ]
クラウスが頷いた。
「設計者として、この発想は理解出来ます」
イーリスが進み出た。栗色の髪が揺れる。
「マキナ様。装具の重量目標は、いかほどに」
[極力軽く。フレームはマルエージング鋼+ミスリル。背板は炭化タングステン薄板+衝撃吸収層]
「ミスリルを使うのですか」
[酸化しない。魔力結合鍛冶で内部の継ぎ目を消せる。長期運用に向く]
イーリスが小さく息を吐いた。
「ミスリルの量産は、ハルトアイゼンと交渉が要りますね」
[ゲパルトと親方に頼む]
エルダが頷いた。
「親方とゲパルトには、ワシから話通すで」
---
[追加で、もう一つ]
僕は構造図に書き足した。背面から伸びる第3の腕。
[背面にゴーレム式のアームを生やす。アームがシールドを持つ]
ブルーノの目が動いた。
「ゴーレム式アーム、と。動力は」
[雷属性魔石。装着者の魔力は使わない]
「制御は、独立式ですか」
[独立。装着者の指示は最小限で、自律的に動く]
ブルーノが少し前に出た。
「マキナ殿。自律制御の魔導回路は、誰が設計しますか」
[アイン達の関節駆動機構を流用する。既に実用化済みの機構を応用する]
ブルーノの顔が、少し変わった。
「メイドゴーレム三姉妹の機構を、人体寸法の装具に組み込む、と。……私にやらせて下さい!」
[頼む]
エルダが腕組みを解いた。
「ブルーノ、お前の食い付き方、いつものお前やないな」
「親方、これは三姉妹の駆動を、ヒト型の装具に乗せ替える話です。やり甲斐があります」
エルダが小さく笑った。
「ええ顔しとるで」
---
クラウスが図面を更に覗き込んだ。
「マキナ殿、アジャスト機構の方も伺いたい」
[両腕、背面、膝下、それぞれ寸法可変。体格差を物理的に吸収する。極端な大柄・小柄でなければ装着可能だ]
「個別採寸せずに、量産する為ですか」
[量産が前提。僕一人で作れる物では意味が無い]
クラウスが頷いた。
「賢明な判断で御座います。装着者が交代しても使える、戦死者の装具を後継に渡せる、補給工程が単純化する——」
イーリスが続けた。
「素材の規格化も意味があります。1種類の素材で大量に作れるなら、量産工程が安定します」
エルダが頷いた。
「ええ感じやな」
---
「マキナ殿。弓の方は、どう作るんや」
ここからが本題だった。
[弓も、新しい設計で行く。コンポジットボウだと、引き重量に上限がある。装具の出力に、弓側が追いつかない]
「せやな」
[機械的に補助する弓を作る。弓のしなりだけに頼らない。ギアを使う]
僕は弓の側面図を描き始めた。
[弓本体、両端にギア機構、弦がギアを通る。引いた時、ギアが噛み合って引いた状態を機械的にロックする。装着者は引いた状態で重さを感じない。狙いを定める時間が取れる。解放の時はギアのロックを外す。弓のしなり+ギアの倍力で矢を加速する]
クラウスが息を呑んだ。
「待ってください。ギアの噛合で引いた状態を保持する……それは、引き手の重さを変換して機械的なロックに変えるという事ですか」
[そう。装着者は、引き終われば重さから解放される]
クラウスの目が、細く光った。
「マキナ殿、これは、設計者にとっては革命です」
イーリスも頷いた。
「弓兵が震えずに狙える、という事ですね」
[そう]
まあ、コンパウンドボウも似たようなものだけど。
エルダが続きを促した。図面を食い入る様に見ていた彼が、興奮気味に聞いてくる。
「マキナ殿、もう一つ、これ。空気圧縮シリンダーか?」
[そうだ。圧縮シリンダーを、弓の機構に組み込む。弓を引く動作と連動して、シリンダーが空気を圧縮する。引ききった所で、空気は高密度で蓄えられる。ギアでロックを外した瞬間、空気も同時に解放される]
エルダが小さく口を開けた。
「弓のしなり+ギアの倍力+空気圧の解放、っちゅう事か」
[3段で矢を加速する]
「マキナ殿、これ、蒸気銃のシリンダー技術が活きるんやないか」
[活きる。燃料が要らない。装着者の引く力で圧縮するから]
エルダの目が、職人の色になった。
「ゲパルトが聞いたら泣くで」
ブルーノが小さく頷いた。
「蒸気銃で行き詰まっていた技術が、こうやって生き返るなんて」
---
僕は更に書き足した。
[矢のつがえ方も変える。従来の弓は、弦に矢を掛けて弓に沿わせる。この弓は、筒状の発射口に矢を差し込む。弦は矢の後端を押す]
クラウスが顔を上げた。
「筒、というのは……銃身ですか」
[似た構造だ]
「では、矢じりも違うのですか」
[尖った鉄の棒。矢羽根は要らない]
イーリスが眉を寄せた。
「矢羽根無しで、姿勢はどう保つのですか」
[筒の内側にライフリングを刻む]
工房に動揺がはしる。エルダがゆっくり目を見開いた。
「……ライフリングというのは、この螺旋状の溝のことか」
[筒を通る時、矢に回転が掛かる。ジャイロ効果で姿勢が安定する。矢羽根の代わりだ]
クラウスが筒の図面に手を伸ばして、それを止めた。手が止まっている。
「マキナ殿。これは弓ではありません」
[弓と銃の融合。名前は——]
僕は黒板の隅に書いた。
[ボウ・ライフル]
エルダが、口を半分開けたまま、黒板を見ていた。
「ボウ……ライフル……」
ブルーノが小さく呟いた。
「……その響きいいですね」
ドワーフ技師の一人も頷いた。
「守護竜様の知識で弓を組み直すと、こうなるんか」
クラウスが姿勢を正した。
「マキナ殿、これは、設計図を引かせて頂きたい」
[頼む]
イーリスが続いた。
「筒の素材は、シリンダーと共通でも構いませんか。圧力に耐えるなら、ミスリル含有合金が必要ですが」
[共通で良い。素材の規格化が量産工程を安定させる]
イーリスが頷いた。
「畏まりました」
エルダが片手で目を覆った。
「マキナ殿。お前さん、また、とんでもないモン出して来たな」
[まだ続きがある]
「……まだ、あるんかい」
---
[矢じりは、ねじ込み式にする。矢柄は共通、矢じりだけ用途別に交換する。標準、徹甲、その他、用途別に]
「規格化のねじ寸法は、僕の方で決めさせて頂けますか」
[頼む]
イーリスが続けた。
「矢柄も矢じりも、規格を統一すれば、量産工程が一本化出来ます」
[そう。矢柄も矢じりも、規格化する]
エルダがゆっくり腕を組み直した。
「マキナ殿、ワシ、頭がついていけてないで」
[整理する]
僕は説明用の黒板を全部消した。
[1、アームズパック・アーチャー。弓兵用の部分強化装具。両腕、背面、膝下を強化。背面アームでシールドを自動制御]
[2、ボウ・ライフル。ギア+圧縮空気+ライフリングの複合機械弓。矢は尖頭の鉄棒、ねじ込み式矢じり]
[両方が組み合わさって、完成系の弓兵になる]
クラウスが頷いた。
「片方では足りない、装具と弓が組になって初めて運用出来る、と」
[そうだ]
「……これは、素体としての設計で御座いますか」
クラウスの言葉に、僕は手を止めた。
[よく分かったな]
「マキナ殿の設計思想を読みました。両腕背面膝下という配置の最小化、規格化のアジャスト機構、用途別矢じり——いずれも、後の発展形を視野に入れた基盤設計です」
[そう。アームズパックは素体、アーチャーは仕様。後で別の仕様にも展開する]
クラウスの目が、また細く光った。
「光栄で御座います、マキナ殿。この開発に関われる事は」
エルダが小さく笑った。
「クラウス、お前さんもええ顔しとるな」
「親方、設計者として、この機会は得難い」
「分かるで」
---
「で、マキナ殿。ワシらをどう使うんや」
[2班に分ける]
僕は新しい黒板に書いた。
[アームズパック開発班と、ボウ・ライフル開発班。同時並行で進める。僕とエルダで両方を監督する]
「両方、か」
[僕は空間収納で素材を回せる。両班を行き来する]
エルダが頷いた。
「ほな、ワシも両方見るで」
エルダが技師達を見回した。
「クラウス、お前は機構設計や。両班を行き来して、設計図の整合を取って欲しい」
「承知した」
「イーリス、素材と冶金はアームズパックの方を主に頼む。素材の規格決定、量産工程の組み立て、頼むで」
イーリスが背筋を伸ばしたまま頷いた。
「畏まりました」
「ブルーノ、お前は魔導回路や。アームズパックの背面アーム制御と、ボウ・ライフルの動力系。両方の動力系を見て欲しい」
「は」
ブルーノが短く礼をした。
「ドワーフ衆は、半々に分けるで。アームズパック組、ボウ・ライフル組、両方の工程に手が要るからな」
ドワーフ達が頷いた。
「マキナ殿、これで体制は決まった」
[十分だ。皆、ありがとう]
技師達が一礼した。
「ほな、解散や。お前ら今日の話、もう一回各自頭の中で整理してから明日来るんやで。図面の引き始めはクラウスに合わせる。素材リストはイーリスがまとめる。魔導回路の構成案はブルーノが引く。明日から動くで」
技師達が頷き、工房を出ていく。クラウスが入口で振り返り、軽く頭を下げてから去った。イーリスとブルーノも続いた。
エルダだけが残った。
第三十話・了
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