第二十五話 メカヲタ、恐怖を感じる
朝。工房に差し込む光が、まだ薄い。
僕は作業台の前で、アインの仮面を裏返して構えていた。仮面の内側には、髪の毛より細い魔導線が縦横に張り巡らされている。昨日繋ぎ終えた最後の接点を、電位差で1本ずつ測り直していた。
良し。全線、規定値以内。
トリプルコアを起動させるスイッチだ。1本でも繋ぎ損ねれば、起動の瞬間に暴発する。アインの頭が蕩けて飛んでも、文句は言えない。念入りに、何度も確かめる。
ドワーフ達はまだ朝の支度に出ている。エルダも一緒に厨房へ行った。工房は僕一人だ。
測定棒を2本目の接点に当てた、その時。横から、肉が、ぬっと出てきた。
僕は測定棒を当てたまま、視線だけ横に動かした。串に刺さった肉だった。湯気が立っている。
え。いやあの、今、測定棒を当てている所で、これを離すと最初からやり直しに——。
肉の向こうに、メルフィーナがいた。笑っていた。
口角はちゃんと上がっている。だが目が、笑っていない。昨日のブチ切れの時より、たぶん怖い。
僕は測定棒を、そっと台に置いた。
「あぎゃ」
肉に噛みつく。柔らかい。塩と香草の匂いがした。熱い。だが、拒否権が無い。咀嚼しながら、視線だけ上に上げる。メルフィーナの笑みは、まだ動いていない。
完食しろという事だな。僕は2口目に齧り付いた。
「マキナ様、本日は朝食を全部ここで召し上がって頂きます」
笑顔のまま、メルフィーナはそう告げた。それから盆を作業台の隅に置く。盆の上には、肉串が5本、貝のスープ、パン、薄く切った林檎が並んでいる。
5本。多いです。だが、笑顔。動かない笑顔。僕は肉串の2本目に手を伸ばした。
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ぼちぼち戦況が見えてきた、と思った時。工房の扉が大きく開いた。
「マキナ殿!」
ゲパルトだった。後ろにエルダ、続いてアイゼン王。皆、朝の支度から戻って来た所のようで、髭から朝露がまだ落ちている。
「マキナ殿、ハルトアイゼンより、技師団が到着しました。城門で待たせております」
来たか。僕は肉串を握ったまま、黒板に手を伸ばした。
[分かった、出る]
「お食事中でしたかな?」
「ゲパルト。マキナ殿は朝飯の最中や。マキナ殿、姫様、ご一緒に行きましょかの」
メルフィーナが盆を持ち直した。「私もご挨拶を、と思っておりました」
お肉、まだ3本残ってるけど。メルフィーナの笑顔は、まだ動いていない。持って行くんだな。僕は残りの料理を空間収納に収納した。後で食う。後で全部食う、絶対に。
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城門前の広場。朝の光が斜めに差し込んで、敷石を黄金色に染めていた。そこに馬車が3台、並んで止まっている。
馬車の前には、体躯のいいドワーフ達が10人ほどと、人族の若者が2人。一人は背の高い男、一人は肩までの栗色の髪をした女。目につくのは人族の2人と、見た目が若いドワーフが一人。他の職人達より髭が短く、目つきだけは妙に尖っている。
ゲパルトが進み出た。
「皆、ご足労であった。ハルトアイゼン本国より、技師団派遣の件、心より感謝する。ここからは、エルダが師団長として皆を率いる」
エルダが前に出た。
「皆、長旅お疲れさんやったね。これからは私がエルダ親方や、ええな?」
ドワーフ達が「エルダ親方ぁ!」と一斉に声を上げた。エルダが満足げに頷く。
僕は宙に浮かんだまま、その光景を眺めていた。尻尾が、自然にゆっくり動く。いい絵だ。エルダには職人達を率いる素地がある。あの「親方」呼びが、エルダに移った瞬間だった。
ゲパルトが続けた。
「ドラグロード王国側からも、技師を2名、選抜して頂いた」
人族の若者2人が前に出る。
「クラウス・フレーゲンです。機構設計を主としております」
背の高い男だ。声は低い。手には早くも、筒に丸めた図面と分厚いノートを抱えている。僕に向かって深く頭を下げ、それから静かに顔を上げて、しばらく僕の姿を眺めた。
目が、細く光った。設計者の目だ。形を見て、意図を読もうとする目。
「イーリス・ファン・ヴェルテンです。素材と冶金を担当しております。よろしくお願いいたします」
栗色の髪の女が、凛とした声で言った。背筋がよく伸びている。視線も逃げない。しっかり者だな。
それからゲパルトが、最後の若いドワーフを指した。
「ハルトアイゼン側からの若手代表、魔導回路の担当、ブルーノ・カルステンだ」
ブルーノと呼ばれたドワーフが、前に出てきた。髭は短い。肩が張っている。職人の目だが、目の奥に別の何かが燻っていた。
「ブルーノ・カルステン。よろしくお願いします」
声は抑えている。頭も下げる。だが頭を上げた時、視線が僕を捕えた。
お? 目つきが、ちょっと尖っているな。挨拶の範囲だが、普通の新参の目ではない。何かを計ろうとしている目だ。
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工房——いや、皆が既に呼び始めているマキナ工房に戻った。新参の十数人が並んで奥を見る。
工房の奥には、完成したサイクロプスが7体、並んでいた。5米。ケンタウロス型。タワーシールドとドリルランスを装備。馬体の両側に大剣を鞘ごと装着した、完全装備の姿だ。
新参のドワーフ達が「ほぉ……」と声を漏らした。クラウスは筒から早くも図面を取り出して照合し始め、イーリスは装甲の継ぎ目に近寄って材質を見ている。
ブルーノが、一歩、二歩、前に出た。目が大きく見開かれている。
「……これが、守護竜殿の傑作……」
え?
「噂には聞いていた。守護竜殿が建造された守護神——身の丈、5米の騎兵型。これが、名高きタイタン……」
僕は尻尾を止めた。エルダが横で目を細める。アイゼン王が髭を撫で、ゲパルトが軽く咳払いをした。誰もまだ、何も言わない。楽しんでいる顔だ。
ブルーノは気付かない。圧倒されている。
「流石は守護竜殿、これほどの物を……だが」
ブルーノの声が、微かに変わった。
「……だが、これでもたかが5米。ハルトアイゼン本国の技術力を集結すれば、更に上を目指せる筈。衰退したドラグロード王国の守護竜程度の工夫に、我等ドワーフが学ぶ程の物は——」
空気が、止まった。
エルダが笑顔のまま凍る。アイゼン王の髭が微かに震えた。ゲパルトが目を閉じて天を仰ぎ、「……この、馬鹿者が」と呟いた。
僕は尻尾を、完全に止めた。そして横を見た。
メルフィーナが、いた。笑顔だった。今朝、肉を差し出して来た時と同じ笑顔。だが目が、笑っていない。肉串を突き出して来た時よりも、温度が低い。
あっ。
メルフィーナが、一歩前に出た。
「聞き捨てなりませんね」
声は柔らかかった。怖いほどに柔らかかった。
ブルーノが振り返る。身長は彼の方が低い。自ずと、メルフィーナに見下される形になった。
「カルステン殿、と仰いましたか。何か誤解を為さっているようなので、私から少し説明致します」
「……は、はい」
何かを察したブルーノが、やや怯えている。笑顔のまま、メルフィーナが続けた。
「過日、この国に守護神を降臨させましたるマキナ様ですが。名付けの際には始祖竜自らがお声をかけ、その魔力をマキナ様に分け与えました。更に遡りますと、彼の城塞都市を、白の騎士と呼ばれるゴーレムと黒の騎士と呼ばれる配下を連れ、味方の血を流す事無く神聖国より奪還致しましたのも、マキナ様です。お分かりでしょうか」
「は、はい」
「お分かりなら、結構です」
メルフィーナが笑顔のまま、半歩下がった。だが、笑顔は、まだ終わらない。
「それから、もう一つ。あなた方は、誤解為さっておられます。あなたが今ご覧になっている此方ら」
彼女がサイクロプスの列を指した。
「量産機です。傑作では御座いません。量産機です」
「……りょう、さんき」
ブルーノが、サイクロプスを見直した。
姫、怖い。僕は内心、色々漏らしそうだった。だが漏らしたら何かが終わる気がしたので、我慢した。
メルフィーナが、更に半歩前に戻った。
「マキナ様」
「あ、あぎゃ?」
「タイタンを、此処に」
彼女の目が、此方を向いた。笑顔。目が笑っていない笑顔。肉串を突き出された時より、冷気を感じる。
出すしか、ない。拒否権は、無い。
僕は空中で、軽く姿勢を変えた。工房の中央に十分な空間がある事を確認する。皆、端に寄ってもらう必要があるが、既に寄っていた。これから何が起きるかを察していたのだ。
アイゼン王ら3人だけが、目を細めて親指を立てて見せた。アイゼン王が髭の奥で笑いを噛み殺し、ゲパルトはもう諦めた顔で目を閉じている。エルダだけがニヤニヤと嬉しそうだった。
空間収納、解放。
工房の空中、およそ5米の高さの所に、空間の歪みが生じた。歪みから、黒銀の足が現れる。ゆっくりと、その全身が顕になっていく。
15米の騎士が、空中から降って来た。
地響きを立てて床に着地。工房の床が軋んだ。背後のサイクロプス7体が、並んで見上げる形になる。こうして見比べると、サイクロプスは5米でタイタンは15米。3倍のサイズ差はインパクトが違う。
タイタンが、大型メイスを逆手に下し、頭を垂れた。主への待機の姿勢。
新参の十数人が、揃って口を開けて固まっていた。ブルーノの目が、限界まで見開かれている。血の気は、もう完全に消えていた。
「此方が、マキナ様の傑作、タイタンで御座います」
メルフィーナが、笑顔のまま告げた。
「聞き及びでいらした守護神、と申し上げてよろしいでしょう。もう一度、お尋ねします。マキナ様の工夫から、我等ドワーフが学ぶ程の物は——何、と仰いましたか」
ブルーノの膝が、地面に崩れ落ちた。額を床に擦り付ける。
「申し訳ございませんでした!」
笑顔のまま、メルフィーナが頷いた。
「お分かり頂けたなら、宜しゅう御座います」
笑顔は、終わらなかった。
メルフィーナ、本当に怖い。怒らせないでおこう。
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帰国の馬車。城門の脇に、別の馬車が2台、帰国用に準備されていた。アイゼン王とゲパルトの帰国便だ。
引き渡しは済んでいる。工房の運営は、これからエルダが親方として仕切る。新参の十数人は、工房で早速サイクロプスの装甲構造を確認し始めていた。
ブルーノは静かだった。目から尖った感じが消えている。消えたと言うより、何かに吹き消されていた。若い内の挫折はいい経験になる。トラウマにならないといいが。
僕は空中で、帰国する二人を見送りに出ていた。
アイゼン王が馬車の前で、髭を撫でた。
「マキナ。いや、師匠。わしは、本国へ戻る」
「あぎゃ」
「楽しかったで。また来るで。今度は本国の奴らも連れて、更に騒がしくしてやるからな」
勘弁してくれ。内心そう思ったが、尻尾は自然に振れていた。
「お前さん、尻尾が正直やな」
「あぎゃ」
「ハハハ!」
横でゲパルトが頭を下げた。
「マキナ殿。此度は本当に、有り難う御座いました。新たな知識を得るばかりか、親方を此処で思う存分、遊ばせて頂きました。本国に戻れば、親方は国王業に戻ります。溜め込んだ執務の山が待っております故」
「ぐぬぬ……あと1日だけや、ゲパルト」
「なりません」
「半日や」
「なりません」
アイゼン王が、髭の奥で短く息を吐いた。それから、もう一度、僕を見る。
「師匠、またな」
「あぎゃ」
馬車の扉が閉まる。車輪が動き出し、蹄の音が遠ざかっていく。尻尾の動きが、止まっていた。
静かになるな。意外に、寂しかった。
メルフィーナが、横に来ていた。
「マキナ様。またお会いできますわ。アイゼン陛下は、きっとすぐにまた押し掛けて来られます」
それな。僕は尻尾を軽く振った。
メルフィーナが笑った。今度は目も笑っていた。
ああ、戻った。安心した。
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工房に戻ると、エルダが皆を集めて仕切り始めていた。
「ええか! 此処は今日から正式に、マキナ工房や! 今日から私が親方や。マキナ殿の下で、このサイクロプスの量産と、そこで待機してるメイド型の姉妹機を作る。クラウス、イーリス、よろしく頼むで」
二人が頷いた。
「ブルーノ」
エルダがブルーノを見た。ブルーノが背筋を伸ばす。
「は、はい」
「お前、今日学んだか?」
「……はい」
「ええんやで。くだらん失敗は今日限りや。明日から手動かせ、頭を使え」
「……はい」
エルダが目を細めた。
「お前、筋はええとアイゼン陛下から聞いてる。私も期待しとる」
ブルーノの肩が、微かに動いた。今、耳まで赤くなっている。頭を思い切り下げて誤魔化しているが、下げきった耳が赤い。分かりやすい奴だ。
僕は尻尾を大きく一度、振った。
新しい空気が、工房に入って来ていた。静かになった、と思ったのは間違いだ。十数人の職人達が加わって、工房はこれから更に騒がしくなる。アイゼン王の騒がしさとは、別の騒がしさ。職人達の騒がしさ。悪くない。寧ろ、楽しみだ。
まずは量産、そしてツヴァイとドライだな。
尻尾が、ぱたん、と床を叩いた。
第二十五話・了
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(っ ॑꒳ ॑c)ワクワク




