第二十三話 メカヲタ、暴走を開始する
私は廊下を急いでいた。
父上の側を離れ、エルダ殿の後を追って修練場へ向かっている。アイゼン王に小脇に抱えられたマキナ様の姿が、頭から離れない。腕の中で、ぽたんと尻尾を振っていた、あの困惑顔。
陛下を止めなくては。そう思ったが、廊下の先からは既に豪快な笑い声が転がってきていた。
「これは! これは何だ! お前さん、これを4日で組んだのか!? いやちょっと待て、この継ぎ目はどうやって……ええい、近う寄れ!」
修練場の入口に辿り着いて、私は立ち止まった。
そこには、もう修練場は無かった。
正確には、修練場であった筈の場所と言うべきか。中央の試合場の砂は捲れ上がり、土魔法で抉り返された地面が円形の窪地を作っている。窪地の縁に沿って、見慣れない煉瓦の炉が3基。うち1基は既に薄赤い熱を帯びて、空気を歪ませていた。
その炉の前で、エルダ殿が腕まくりをして、両手から土の流れを地面に叩き付けている。土が立ち上がり、形を持つ。作業台、鉄敷、水盤が、次々と地面から生えてくる。
その横で、マキナ様が同じ動作をしていた。小さな前足を地面に向けて広げ、土を呼んでいる。彼の魔力で、もう1基の炉が立ち上がっていく。煉瓦が一枚一枚、自分から積み重なっていく様な、嘘みたいな速度で。
ここは、騎士たちが訓練する場所なのですが——。そう言おうとして、声が出る前に、もう一段、土が立ち上がった。今度は工具棚だった。壁が無いから、棚が宙に浮いている様に見える。その棚に、ゲパルト宰相が革袋から次々と工具を並べ始めていた。
「親方ぁ! こっちの金床、もう一寸高くしますよぉ!」
「あいよぉ!」
エルダ殿が土の作業台に膝を当てると、台がぐにゃりと一回り高くなった。土がまるで生き物の様に伸び、最後に表面が鉄か何かでコーティングされ、艶やかに光った。
何が、起きているのですか。
私は廊下を振り返った。父上が、息を切らせて追い付いて来た所だった。私と同じ姿勢で、入口に立ち止まる。
「……メルフィーナ、これは」
「私にも、分かりません」
言葉に詰まった父上が、私の隣に並んだ。二人で、同じ景色を見た。
炉の前で、アイゼン王がマキナ様を地面に降ろしていた。マキナ様は尻尾でぽいと砂を払い、それから黒板を出した。
[タイタン、分解する][全部、見せる]
アイゼン王が、その文字を見て、髭が震える程に笑った。
「ええんか!? ホンマにええんか!?」
「あぎゃ」
「お前さん! ワシは間違いなくハルトアイゼンの——」
「あぎゃ」
マキナ様が王の言葉を遮り、黒板を書き換えた。
[誰であろうと構わない][同志なら分かち合うべき!]
アイゼン王の口が、ポカンと半開きになった。それから、もう一度豪快に笑う。肩を震わせ、髭を震わせて、ただ笑った。
「……お前さん、ええやつやな!」
私の隣で、父上がふっと息を吐いた。それは笑いだったかもしれないし、諦めだったかもしれない。区別がつかなかった。
こうして当たり前の様に、タイタンの分解が始まった。
マキナ様が上空に浮かび、タイタンの胸部装甲に手を当てる。装甲が軽い音と共に外れ、宙に浮いた。浮いたまま、ふわふわと修練場の隅の作業台へ運ばれていく。
露わになった胸部内部に、ドワーフ達が群がった。ゲパルトがエルダ殿の差し出した工具を握り、留め具を回している。アイゼン王はその横で覗き込みながら、しきりに何かを呟いていた。
「マルエージング鋼というのはこれか? 時効処理は……ニッケル含有量が……炭化タングステンを粉のまま固めた、だと? どうやって……この魔導回路の刻み、一本一本が応力線に沿って……」
私の耳に届くのは、半分以上、意味の分からない言葉だった。言葉だけは聞こえる。しかしそれが何を意味するのかは、私の中で像を結ばない。
父上は、お分かりですか。隣を見ると、父上は口を一文字に結んで、ただ見ていた。分かっている顔ではなかった。しかし、止めようとする顔でもなかった。
タイタンの内部に、3つのコアが見えていた。頭部、胸部、丹田。それぞれが薄く光っている。それとは別に、メイスと盾の中にも、コアが見えていた。
アイゼン王が、その武装内コアを指差した。
「お前さん、これな。本体から魔力供給で良くないか? 武装にコアを内蔵させる必要、あるか?」
マキナ様が黒板を出した。
[武装に、機構を組み込む][握力で、回転数を上げる][応答速度が、足りない]
アイゼン王が髭を捻り、しばらく黙った。それから、ぼそりと言う。
「……それは、武装内蔵が要るな。腕部供給だと、信号が一段遅れる。ほう、瞬間的な出力調整か。なら武装内蔵で正解や」
エルダ殿が横から覗き込んだ。
「親方、これさ、メイスの方は、回せば回す程ダメージ上がるって寸法か? 盾も回転やろ?」
マキナ様が黒板を消して書き直した。
[盾は、防御][衝撃分散、偏向、姿勢安定][中央に、ソードブレイカー歯][相手の武器を、捕捉して、折る]
ゲパルトがぴたりと手を止め、エルダ殿と顔を見合わせた。
「親方……これ、ウチのご先祖様が作った盾に似てませんか? あの、歯付き盾……それの加速調整を、握り具合で調整するんか……」
アイゼン王が、ひゅう、と息を吹いた。
「……お前さん、何処でそんな事、思い付くんや」
マキナ様が尻尾をぱたんと振り、ふふんっと笑ってみせる。
父上がふっと息を吐いた。私を見ず、修練場の中央を見たまま、小さな声で言う。
「メルフィーナ。あの会話に、どれだけの機密と発見が入っていると思う」
「……想像も、出来ません」
「儂もだ。儂にも、半分も分からん」
私は頷いた。それしか出来なかった。
父上が、もう一度息を吐いた。
「……任せるしか、あるまい」
その言葉を聞いて、私の中で何かが抜けた。力ではない。気負いの様な物だった。技術大国と呼ばれたドワーフ達が唸る様な話に、私達が着いていけるはずもない。
修練場の中央で、マキナ様が尻尾を振りながら、黒板に何かを書き足していた。ドワーフ達が覗き込んで、唸って、頷いている。アイゼン王が髭を撫でながら何度も「うむ」と言っていた。
マキナ様は、楽しそうだった。
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組み立てが始まった。
分解と同じ手順で、しかし逆順に、タイタンが再び形を取り戻していく。装甲が宙を舞って戻り、留め具が締まり、武装の握り部分に新しい機構が組み込まれていく。
「アクセルは、皮巻きにせえ。滑り止めや。内側に、羊皮、入れてみるか」
ドワーフ達の声が、ますます弾んでいた。
やがて、タイタンが再び立った。
黒銀の巨体。頭頂の冠飾。胸の前で交差する両腕。握られた、新しいメイスと、新しい盾。
ドワーフ達が一斉に下がる。アイゼン王も後ろに下がった。マキナ様が最後に空中から降りてきて、地面に立つ。
[出力測定、する][メイス、空に向けて一振り]
タイタンの両腕がぐっと動いた。握り直し、構え直し、メイスを地面と平行に持つ。そして、握った。
キィン、と音がした。その音が止まる前に、メイスのヘッドがぶれた。
ぶれたのではなかった。回っていた。
物凄い速度でフランジが回り、空気を切る音が高音から低音まで一瞬の内に駆け抜ける。
タイタンが、メイスを振った。たったそれだけで、足元の地面がメイスの起こした風で一直線に抉れた。
ドンッ、と激しい揺れと爆音が響く。元々が修練場だった場所だ。壁は丈夫に作ってあるし、魔法障壁も埋め込んである。それでも抉れた地面の延長線上、壁の一部が音を立てて崩壊していった。メイスは届いていなかったのに、まるで見えない衝撃だけが飛んで行った様だった。
一瞬、静寂があった。
それから、ドワーフ達は唖然とした表情でマキナ様を見上げていた。とんでもない物をハイペースで作り上げていく彼らに、自重という言葉は見当たらない。
アイゼン王がガッツポーズをしていた。両腕を天に突き上げ、口を大きく開けて、声にならない声を出している。マキナ様は尻尾を振り回し、ぱたぱたと跳ねていた。
「あぎゃぎゃぎゃぎゃ!!」
入口の方から、別の声がした。
「な——な、何が……起きて……」
振り返ると、ヴェルディが入口の脇で口を半開きにして立っていた。マキナ様の手伝いに来たのだろう。顎が外れそうな程に下がり、両目が瞬きを忘れている。
私は彼に微笑みかけようとした。しかし、微笑む前に、自分の口元も引きつっている事に気付いた。
父上が、私の隣で長い息を吐いた。
「……これは、家臣に説明できぬな」
「……はい、父上」
父上が額に手を当てる。
「……かつて居た守護竜達は、こうまで桁外れな事はなかった。どんな文献にも、マキナ殿の様な守護竜は載っていなかったな……」
私は、初めて笑った。それが笑えている事に、自分でも驚いた。
走ってきた足音が、入口に届いた。近衛の若い兵だった。
「へ、陛下! 街より、報告でございます! 先程の揺れと音に、『空より神の怒声が降りた』と……民が怯え、神殿に走っております!」
父上の顔から、笑いが消えた。私の顔からも、消えた。
修練場の中央では、マキナ様がまだ跳ねていた。ドワーフ達はメイスの刻印を覗き込んで感心し、アイゼン王は両腕を組んで満面の笑みだった。
父上がもう一度、息を吐いた。それは先程よりも長く、深かった。
「……民への説明は、後で考えよう。今は彼らに、任せよう」
父上が私の肩に、軽く手を置く。
「メルフィーナ。お前は、夕餉の準備を頼む。彼らに、温かい物を」
「……はい、父上」
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夕暮れが近付いていた。
修練場の中央では、まだ作業が続いていた。誰も出てくる気配は無く、誰も休む気配も無い。
私は厨房から、温かいスープと、消化のいいパンを盆に乗せた。それを持って、修練場の入口まで来る。
入っても、誰も気付かないだろう。気付いた所で、彼らは作業を止めないだろう。
私は入口の脇の台に、盆を置いた。
盆の上の、湯気を見つめる。
返事くらいは、して下さいね。
そう思った。修練場の中から、笑い声が聞こえ続けている。それが、何処までも楽しそうだった。
それが私には、嬉しくて、悲しくて、とても不安だった。
第二十三話・了
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