第二十一話 ドワーフ王国からの珍客
谷に響き続けるドワーフ達の興奮した声を、僕はメルフィーナの腕の中で聞いていた。
どうしたものか。正規の外交ルートで来た訳ではない。護衛らしき気配も無い。チャリオット1台と、3人。刺客にしては騒がしすぎるし、密偵にしては堂々としすぎる。単に、好奇心で勝手に来た、というのが一番近そうだな。
僕はメルフィーナの腕の中から、ぽとりと地面に降りた。彼女は止めようとしたが、僕の尻尾の動きを見て、一拍置いて手を引いた。
タイタンに張り付いた3人の内、一番大柄な男が、ようやくこちらに気付いた。赤茶けた髭を胸まで蓄え、革鎧の上から無造作に毛皮を引っ掛けている。目だけが、年齢に似合わず爛々と輝いていた。
「お! お前さんっ、お前さんが噂の古代竜だな? コイツ作ったのか!?」
声がデカい。距離を考えてない大声で、彼は僕の所まで歩いてきた。メルフィーナが、僕を背後にやろうと間に入り込む。しかし男は、メルフィーナの存在も騎士達の存在もまるで目に入っていない様子で、僕の前にしゃがみ込んだ。
「お前さん、どこで設計を学んだ? この素材は何だ? メイスの軸の中の構造はどうなってる? 中空か? 中実か? 減衰機構はあるか? あの盾の縁の処理はミスリル箔か? それともプラチナか?」
質問が止まらない。僕は黒板を出した。
[一つずつ]
男は黒板を見て口を一度噤み、それから笑った。豪快な、髭が震えるような笑い方だった。
「おお、すまんすまん! ワシ、興味あるもん見るとついな! それもこんなとんでもない物を見ればな」
うん、この感じ。これ、ドワーフのメカヲタだ。僕の中で、警戒の優先度がするりと下がる。代わりに、別の何かが、ふつふつと湧き上がってきた。
騎士の一人が、剣の柄に手を掛けたまま、メルフィーナに小声で確認した。
「姫様、これは……」
「……父様に、早馬を」
メルフィーナの声は低く、しかし冷静だった。彼女は既に額に当てていた手を下ろし、状況を整理する顔になっていた。
一方、髭の男は僕の前にどっかり胡座をかいた。
「で、お前さん、名前は?」
僕は黒板を消して、書き直した。
[マキナ]
「マキナ! いい名前だ! ワシはアイゼン!」
アイゼン、か。まあ、王城に正式に通すまでは、誰でも構わない。
後ろで、もう一人のドワーフ——アイゼンが「ゲパルト」と呼んだ中年の男——が、額に手を当てているのが視界の端に映った。そのまた一人、エルダと呼ばれている小柄なドワーフ女性は、既にタイタンの足元に戻って、関節の隙間を覗き込んでいる。
僕はふと、谷の入口に止めてあるチャリオットに目を留めた。2輪の戦車だ。2頭の山羊に似た獣に引かれて来た、軽い箱型の乗り物。
「あ、ワシのチャリオットか! ふふん、見ていけ見ていけ!」
アイゼンは僕の視線を即座に拾い、立ち上がって両手を腰に当て、胸を張った。その後ろから、ゲパルトが慌てた様子で追ってくる。
「お、親方、その前に名乗りを——」
「いいんじゃよゲパルト、職人同士に名乗りなんぞ要らん」
「親方」呼び。なるほど、工房の頭領なんだろうな。僕はチャリオットの前まで、アイゼンと一緒に歩いた。メルフィーナが慌てて付いてくる。騎士の一人は、王城へ早馬を出しに既に走っていた。
「見て分かるか? これな、車軸と車体の間、こうなっとるんじゃ!」
彼は荷台の下に潜り込み、木製の支柱を指差した。ピン留めされた、細長い、複数の鋼の板。
「車軸からの衝撃を、この鋼板の撓みで吸収するんじゃ! これがあるとな、悪路を走ってもケツが浮かん! 荷も傷まん! どうじゃ、これは凄かろう? ハルトアイゼンの最新鋭の——」
僕は尻尾を一振りして、ふんっと息を吐いた。
「ハルトアイゼン最新技術をバカにするとは、いい度胸じゃあぁ!」
僕は黒板に書いた。
[巻きばねか、ねじり棒の方が、軽くて長持ち]
[板バネは量産向き。用途次第で正解。戦車なら巻きばねの方が向く]
アイゼンの口が、ぱく、と閉じた。ゲパルトが後ろで、ぐっ、と喉を鳴らす。エルダが、タイタンの足元からゆっくり立ち上がった。
「……親方」
小柄なドワーフ女性が、ぼそりと呟いた。
「この方、私達よりも遥かに高い水準の知識と技術を持ってる。なのに、魔法技術は未熟」
アイゼンは自分の髭を一度撫で、もう一度撫で、最後にがっくりと肩を落とした。
「……これじゃ、自慢にもならんわい……」
チャリオットの荷台に、もう一つ気になる物が見えた。革で覆われた、長い包み。その横に、銅と真鍮で組まれた、小さな圧力容器のような何か。形状が、僕の知っている物にとてもよく似ていた。
僕は包みを、尻尾で指した。
アイゼンの顔が、また変わった。今度は、子供のように輝いた。
「お! 気付いたか! これはな! これはな!」
「親方、それは国家機密級の代物ですよ?」
止めるゲパルトを他所に、アイゼンは説明を続ける。彼は荷台に飛び乗り、革包みを開けた。中から出てきたのは、長い銃身を持つ、しかし火皿の無い、奇妙な形の銃だった。銃身の根元に銅製の小型容器が取り付けてあり、その容器に細い管が繋がっている。
蒸気圧銃。
「これじゃ! まだ試作品でな、実戦には出してないが、ワシらの工房の自信作よ! 火薬は要らん! 火縄も要らん! 蒸気の圧力で弾を撃つ! 動作音も小さい! 湿気にも強い! 画期的じゃろう!? ちょっと、撃ってみせよう!」
アイゼンは容器に取り付けられた手動ポンプを何度か力強く押した。容器の中で、圧力が上がっていく音。それから、彼は谷の岩壁を狙い、引き金を引いた。
パスッ、と軽い破裂音。弾が飛んでいき、岩壁に当たって跳ね返る。ほぼ同時に、銃身の根元から白い蒸気がぷしゅう、と立ち上った。
「どうじゃ!」
僕は尻尾をゆっくり振った。想定内すぎて草生えるなぁ。
「ハルトアイゼンの新技術をバカにしおるか貴様ぁぁ!」
僕は黒板を出した。
[弾、球]
[先尖らせ、後ろ平ら]
[銃身、真っ直ぐすぎる]
[銃口内、螺旋切れ。弾が回る]
[真っ直ぐ飛ぶ。距離も伸びる。命中率も上がる]
谷が、静まり返った。エルダが横で、ぼそりと言った。
「……今の私らの工房に10年居ても、出ない発想ですね……」
ゲパルトも、深く頷いた。僕は更に書いた。
[あと、これ、夜戦に向かない]
アイゼンが、ぴたりとこちらを見た。
「……は?」
[加圧の音、大きい]
[撃った後の蒸気、白く立つ]
[位置が割れる]
[昼の決戦向き。隠密戦に出すな]
アイゼンが、地面にどっかりと腰を落とした。
「……お前さん、化け物か」
この魔法が発達した世界で、蒸気機関で弾丸を飛ばす発想も、なかなかだと思う。
エルダが自分の額を、ぺしっと叩いた。
「親方……これ、絶対、私らより、ずっと深い所に居る人ですよ」
「ワシも今、それを実感しとる。まるで相手にならん」
ゲパルトは、もう何度目かの「親方を止める」を諦めた顔で、空を見上げていた。長い沈黙の後、アイゼンが自分の髭をゆっくりと撫でた。髭の奥の目が、ドワーフ王の目に戻っていた。
「お前さん。古代竜じゃと、聞いとる。過去から来た知識、というなら、ワシも納得しようと思っとった。じゃがな」
アイゼンは、僕の黒板を指差した。
「この知識は、過去から来たもんじゃない。明らかに、今の技術体系の、ずっと未来に位置する発想じゃ」
谷が、また静まり返った。
「あんた、普通じゃないな」
僕の尻尾が、止まった。
古代竜の知識で押し通すつもりだったんだけど。これは参った。誤魔化しきれない。
「……あの」
低く抑えた声が、横から降ってきた。メルフィーナが、額に当てていた手をようやく下ろし、深く溜め息を吐いた。
「お二人とも」
彼女の声は、丁寧で、穏やかで、ただし明らかに限界に達していた。あー、これは怒ってるなぁ。
「お互いに国家機密を……ペラペラと、交換しないで、下さい……」
谷が、静かになった。アイゼンの動きが止まる。ゲパルトの顔が青ざめ、エルダが口元に手を当てた。僕も、固まった。
国家、機密。言われてみればそうだ。
メルフィーナは僕に向き直り、深く、深く息を吐いてから口を開いた。
「マキナ様、こちらの方は」
そっと丁寧に、彼女は紹介を始めた。アイゼンを、手のひらで丁寧に指す。
「ドワーフ国ハルトアイゼンの、国王、アイゼン陛下とゲパルト宰相。そして魔石・魔導回路の第一人者であらせられる、エルダ様で、ございます……」
谷の岩壁が、また静かになった。夕方の最初の影が、薄く差し始めている。
えっ。国の重鎮が、何をやってるんだ。普通に国際問題だろう。さすがに尻尾も、無反応である。
アイゼンが、髭の奥でガッハッハ、と笑った。さすがに、笑えねぇよ。
「あ、そういや名乗っとらんかったな! ガッハッハ! まあ職人同士、身分は関係ないじゃろ!」
ゲパルトが、ようやく口を開いた。長年諦め切った人間の、穏やかな声だった。
「……陛下、何度も、申し上げますが。……ちゃんと関係あります」
遠くから、ドラグロード騎士団騎馬隊の近づく音が聞こえていた。
第二十一話・了
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(っ ॑꒳ ॑c)ワクワク




