第二十話 メカヲタ、量産化計画を練る
命名式から数日が過ぎていた。王城の喧騒も、ようやく落ち着きを取り戻している。
民は新しい守護竜の銘を口にし、商人達は祝いの酒樽を売り捌き、騎士団は持ち場へと戻っていった。
僕は王城近郊、山の陰になった谷を見下ろしていた。両側を低い尾根に挟まれた、南北に細長い谷だ。王都から馬で半刻、徒歩でも一刻足らずの距離にありながら、外からの目線は完全に遮られる。
幸いなことに採掘ルートからは離れているので、迷惑をかけることも無いだろう。地面は固い岩盤と短い草、広さは一辺300歩強。タイタンが歩き回るには、まあまあの広さと言えた。
僕はこの土地に簡易な実証実験場を作ろうと、ここ数日、土魔法で色々と準備をしていた。観測に使う仮設計測場は、安全性重視で高い位置に配置する。標的には、複合素材で作った木偶に、アンチマジックシェルやシールド系結界魔法を重ね掛けしたものを設置。地面や斜面には、適当な攻撃魔法を撃って荒地を作った。
「マキナ様、準備整いましてございます」
メルフィーナが、隣でぼそぼそと言った。明らかに声を落としている。機密保持に対する彼女なりの礼節なのだろう、まるで内緒話をするようだ。
「あ、あぎゃ」
僕は黒板を出した。
[人数]
「お父様の御指名で、騎士団から指定3名。手伝いとしてヴェルディ殿。私とマキナ様。合計6名でございます」
タイタンの実働データは、ドラグロード王国の生命線だ。漏れれば、神聖国はもちろん、ハルトアイゼンにすら手の内を晒すことになる。
神聖国が今は動ける状態じゃないのは予想通りだが、その分、諜報活動には力を入れてくるだろう。前線に配置しているアイアンゴーレム等は、当然もう情報が洩れているはずだ。もっとも、タイタンのスペックは正直、漏れた所で大した問題にはなりえない。むしろ広報して抑止力にする手もあるくらいだ。とは言え、量産型ができるまでは自粛するべきか。
谷に降りていくと、ヴェルディが既に整列していた。その後ろに3名の騎士。全員、王と僕とで吟味した、口の堅い人選だ。
「お、お、おはようございます、守護竜様!」
緊張で声が裏返っているのは、いつものことだった。僕は彼の前に降り立ち、黒板を出した。
[今日から、本格的なデータ取り。タイタンの全てを、数字にする]
ヴェルディが深く頷く。メルフィーナが、横で僕の説明を補った。
「機体の出力、関節の挙動、コアの消費量。一つひとつ、計測し、記録する。これにより、量産機への落とし込みが可能となります」
騎士3名が、わずかに気を引き締めた。騎士と言ったが、厳密には内2名は魔術師だ。人数が減って騎士団と魔術師団が合併してしまったため、この国では全員が騎士団員という扱いになっている。
ヴェルディが、息を呑んだ。ちゃんと意味を理解しているな。
僕は満足して、谷の中央に進み、空間魔法でタイタンを呼び出した。あえて、あえてちょっとした高さから着地させる。重量級の機体が着地と共に行う姿勢制御は、メカヲタの好物の一つだからな。その動きを見て、僕はニヤニヤした。
ずずんっ。一瞬の歪み。それから、空気を押し退けて、黒銀の巨体が現れた。胸の魔石が静かに脈を打ち、4脚で岩盤を踏みしめる。頭部の細い光が、谷の岩壁にうっすらと反射した。
がっちりした体躯と、重厚な武器、防具。炭化タングステンをベースにした複合装甲が美しい。
何度見ても、いい。うちの子は世界一かっこいい。親バカである。尻尾が、勝手にぶんぶんと揺れていた。
「では、最初の項目」
僕が黒板に書いた内容を、サポート役のメルフィーナが指示にしていく。
「歩行、通常、直進」
騎士の一人が走路の終端に走り、合図の旗を上げる。ヴェルディが観測小屋の前で水時計を見つめ、メルフィーナが目を細めた。
行け。
タイタンの4脚が、一歩を踏み出した。二歩目、三歩目、そして加速。岩盤が、どんっ、と音を立てて爆ぜる。通常歩行は、馬の駆け足を超えていた。体重数十トン、それが地を蹴る音は、雷の遠鳴りに似ている。
走路の半ばで、騎士の旗が振り下ろされた。タイタンは滑らかに減速した。直前で停止しなかった所がいい。完全停止ではなく、減速した上で4脚で身体を支え直す。重い物が止まる時の、正しい挙動だった。
「水時計、計測完了! 距離100歩、所要12秒!」
ヴェルディが叫んだ。僕は黒板に書き留める。数字に直すと、馬の2倍をやや下回る速度だ。しかしこれは「通常歩行」で、走った訳ではない。そして「走らせる」のは、今日はやらない。タイタンを走らせると、走路がもたなくて他の実証試験に影響を及ぼすからだ。
「次、回頭」
タイタンが、その場で旋回した。4脚の機体の旋回は、2脚機よりも遥かに難しい。多少もたつく感じはあるが、許容範囲といったところか。前脚と後脚の動きを別個に制御し、互いに干渉しないように軸を取る必要がある。ケンタウロス型の宿命とも言える課題だった。
タイタンの動きは滑らかではあるが、その自重により、地面からの影響を大きく受ける。前脚が先に踏み変わり、続けて後脚が回り込む。馬で言えば、ピアッフェからのターンに近い。ただしそれを、15メートル級の質量でやっている。そう考えれば、十分にスムーズと言えるだろう。
「……お、お見事です」
ヴェルディが、思わず呟いた。これが普通の反応のようだ。彼のような人が居ると、僕の感覚とのズレが検証できて助かる。どうだ、優秀だろう。僕は心の中だけで、フフンとドヤった。
「次、大型回転式メイス」
タイタンが、右手のメイスを構えた。ヴェルディが標的の岩を指差す。僕が準備した、多層構造の的だ。タイタンは軽く一歩を踏み込み、すんなりと持ち上げた巨大なメイスを振り下ろした。
ぐわらごぉん。谷に、派手な衝撃音が走る。多重装甲と魔法による強化のおかげで的はどうにか無事だったが、その一撃で体積の6割が地中に潜っていた。騎士の一人が、口を開けたまま黙った。
「……はい、メイス試験、完了」
メルフィーナが、努めて冷静に言った。しかし、彼女の指先は僅かに震えていた。うん、これ位やってくれないとな。回転式メイスをフルスロットルで回転させればもっと火力が上がるだろうけど、そうすると的が地中に埋まってしまいそうだ。
僕は次の項目に進んだ。
「コア出力、計測」
これが、今日の本命だ。タイタンは、3基のコアを持つ。頭部、心臓、丹田。それぞれが独立して、しかし連動して稼働する。各コアの魔力消費を、動作毎に切り分けて計測する。それが出来れば、量産機にどのコアを残し、どのコアを省略するかが見えてくる。
タイタンは決戦兵器。量産機サイクロプスは、主戦力。役割が違えば、必要な物も違う。タイタンの構造そのままでは、量産機にならない。軽く、安く、整備しやすく、それでいて充分強い。そういう機体を、設計し直す必要がある。量産機があってこそ、カスタム機が作れるってもんだしね。
僕は谷の岩壁を見上げた。前世の地球で言う、量産化の思想だ。戦場で培われた経験から、必要な所だけ簡略化して作り直す。最高性能をそのまま量産すれば、コスパが非常に悪い。戦場が常に1か所で、守る対象が一人ならいいが、そうはいかない。スーパーロボット思想とリアルロボット思想くらいの差があるわけだ。何を残し、何を捨てるか。その判断が、設計者の本当の仕事だった。
今、それを、僕がやる。
僕はメルフィーナを呼んだ。
[魔力残量、確認できる?]
「ええ、私の感応で、おおよそは」
契約者は、契約竜の魔力を感じる。その能力を応用すれば、タイタンのコアの残量もある程度は読める。完全に正確とは言えないが、傾向は掴める訳だ。魔石製の計測器は存在するらしいが、この国には無いようだ。今後のことを考えると、生産国であるハルトアイゼンから取り寄せるのがいいだろうな。
[歩行で、どのコアが、どれだけ食ったか]
メルフィーナは目を閉じた。数瞬。そして、ゆっくりと答えた。
「心臓のコアが、最も。次が丹田。頭部は、ほぼ動いておりません」
だろうね。予想通りの分布だった。歩行は、駆動の話だ。頭部のコアは感覚と判断を担うが、それは僕の魔力で直接補助している部分が大きく、コア自体はほとんど消費しない。逆説的ではあるが、命令を出す物が魔力を消費して指示を出せば、頭部コアは無くてもいい。
[メイスは?]
「メイス自体の回転機構を使用していないため、メイスのコアは不動。体内の3つのコアの制御に、魔力の高まりがありました」
あの一振りで、これか。僕は唸った。メイスを連続で振るうのは、コア負荷が想像以上に高いようだ。決戦兵器として、瞬間出力に振った設計。その代償とも言えるだろう。量産機は、そこを変える。連続使用時間を延ばし、持続性の設計に置き換えるつもりだ。
実際、タイタン程の出力は、対歩兵相手では過剰でしかない。大型のドラゴンや、それこそ巨人等と戦うための戦力だ。量産機は武装はもちろん、本体サイズも小さくし、コアの作動効率を上げる。質量に依存しない攻撃力を、機構で稼ぐイメージだ。
うん、見えてきた。僕は黒板に、設計指針を書き留めていった。ヴェルディが横で覗き込み、騎士達が遠巻きにそれを見ている。メルフィーナは僕の隣で、ゆっくり呼吸を整えていた。
お疲れ様、メルフィーナ。計測で疲労するのは、彼女の方だった。タイタンを動かす僕ではなく、それを感じ取る彼女の魔力が削られている。彼女は魔力量が多いからそれ程問題ではないが、それなりに疲れるのだろう。
午前中で、計測項目の半分が終わった。残りは午後に回す。
[休憩、する]
僕は黒板にそう書いた。メルフィーナが、少しだけ、ほっとした顔をする。観測小屋の前で、騎士の一人が竈に火を入れた。携行食の固いパンを温め、湯を沸かす。谷に、薄く煙が立ち上った。
山陰の隔絶地に、湯気と、白い息と、タイタンの巨体。誰の目にも触れない場所で、僕達はドラグロード王国の未来を組み立てている。
量産性を高めるためには、素材を安価な物に置き換える必要も出てくる。その分、強度が下がる。そのバランスをどう取るかが重要だ。データは順調に取れている。量産機の輪郭が、確実に見えてきていた。今夜、王に中間報告を上げ、明日も明後日もここに通う。こうやって、少しずつドラグロード王国は強くなる。
——その時だった。
谷の北側の尾根の向こうから、地響きのような、ガラガラとした音が近付いてくるのを感じた。馬の蹄でもない。人の足音でもない。何か、もっと重くて、騒がしくて、無遠慮なもの。
騎士達が、即座に立ち上がった。ヴェルディが息を呑み、メルフィーナが僕を抱き寄せようとする。
ん?
僕は谷の入口を、目を凝らして見つめた。尾根の切れ目から最初に飛び出して来たのは、三人の小柄な影が乗ったチャリオットだった。がっしりとした体格に、立派な髭。一人は女性だろうか。革と鉄の混じった、職人めいた装備。
ドワーフ?
チャリオットは、こちらまでまっ直ぐ走ってくる。警戒した騎士たちが戦闘体制を取り、僕もいつでもタイタンで蹴散らせるように意識を集中した。チャリオットから飛び降りた3人は、タイタンに向かって走り寄っていく。そして両手を頭の上で組んで、声を限りに叫んだ。
「なんじゃこのでかいのわ——!!」
谷に、声が反響した。岩壁が震えた気がする程の大声だ。おい、機密なんだが。
二人目が、その横で、目を見開いたまま呟いた。
「……あんな巨大な武器と盾で、バランスをどうやって……そうか、このマントは、飾りじゃないのか?」
お? 中々分かってるじゃないか。お目が高いな。
三人目は、タイタンの胸の魔石を見上げ、口元に手を当て、唸るように言った。
「なんてめちゃくちゃな魔導回路と、コアの使い方だ……まさか、同期させているのか!? 出力調整は——」
外装を見ただけで、そこまで構造を理解するか。やるなこいつ。
僕はメルフィーナの腕の中で、固まったまま3人に見入っていた。えっ。機密保持は……?
騎士達も、固まっていた。ヴェルディは口をぽかんと開けたまま、三人と僕を交互に見ている。メルフィーナは、ゆっくり、本当にゆっくりと、額に手を当てた。
谷に、ドワーフ達の興奮した声だけが、響き続けていた。
第二十話・了
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