第十九話 機械仕掛けの守護竜《ドラゴ・エクス・マキナ》
王城の中庭の、片隅。冬の終わりの空気は、まだ冷たい。だが空には、早春の星がいつもより澄んで瞬いていた。
もっとも僕は転生してきたばかりで、星座の種類はおろか、星座という概念があるのかも知らない訳だが。
中庭の石畳に、低い木の長椅子が一つ。マルキウス王が、その椅子に腰掛けていた。普段の謁見の場で身に纏う重い装束ではなく、夜着に厚手の上着を一枚羽織っただけの姿だ。
手には酒の入った木の杯、傍らにはもう一つの杯。そして僕のために用意された小さな浅い皿に、同じ酒が僅かに注がれていた。
僕は王の隣の石畳に降りて、4枚の翼を畳んだ。
「来てくれて、嬉しい」
王は酒を一口含んで、低く言った。玉座の声ではなかった。
僕は黒板を出した。
[明日、儀式]
「うむ」
[その前に、話したいことがあった]
「うむ」
王はもう一口、酒を含み、それから僕の方を見た。
「私で良ければ、聞こう」
僕は皿の酒を、舌の先で少し舐めた。強い。だが、悪い味ではなかった。そして、黒板に書いた。
[あなたはいい王だ、マルキウス王]
王の手が止まった。杯を口に運びかけたまま、暫く動かない。それから、ゆっくりと低く笑った。
「守護竜殿。それは買いかぶりだ」
僕は尻尾を一度、軽く振った。
[あなたは自分を愚王と呼ぶ。富国強兵を成せなかったことを、ずっと悔いている。それは知っている。だがそれを、隠さず、誤魔化さず、13年抱え続けた]
「……」
[忘れない、ということは最も難しいことの一つだ。権力を持つ者ほど忘れる。あなたはそれをしなかった。そんな人なら、僕は友達になりたい]
王は杯を、ゆっくりと膝の上に下ろした。夜風が、彼の白髪混じりの髪をふっと撫でる。
「……お前は、不思議な存在だな。私が隠した情けない私を、見抜いてくれる」
王は空を見上げた。星が王の目に映って、僅かに揺れていた。
「守護竜殿。私はお前を、契約で縛ろうなどと思っていない。臣下とも、護衛とも、道具として使おうとも思っていない。不思議だな。私はそなたを、友として迎えたい」
王は僕の方に体を傾け、僕の頭の上にゆっくりと大きな手を置いた。重い手だったが、温かい。
「玉座の前ではなく、この夜の中庭で、それを言っておきたかった」
僕はその手の温もりを暫く受けて、それから黒板に書いた。
[明日、僕は守護竜として立つ。それは契約であり、誓いでもあり、僕が選んで立つ。あなたの友として、立つだろう]
王は何も言わなかった。ただ、僕の頭に置いた手を、もう一度ゆっくりと撫でた。
その夜、二人はそれ以上、多くを語らなかった。僕は皿の酒をもう一度舐め、王は星空を見上げ続けていた。
◇
明けて、命名の儀の日。
王都ドラグロードの王城前広場には、夜明けの頃から人が集まり始めていた。公開の儀式だ。ドラグロード王国の民が、自分達の守護竜の銘を、その耳で聞くための式だった。
広場の中央には白い石を組んだ祭壇が築かれ、その周囲を王宮神官達が白の祭服で囲んでいる。
僕はメルフィーナの腕の中にいた。純白の神官服に身を包んだ彼女は、僕を両腕で抱きかかえて祭壇の中央に立っている。ブロンドの髪が、朝の光に金色に輝いていた。彼女の腕は、いつも通り温かくて柔らかい。
民衆が広場を埋め尽くし、皆、息を呑むように僕とメルフィーナを見つめていた。
そろそろ、儀式が始まる。
僕は横目で、祭壇の脇の玉座に座るマルキウス王を見上げた。王はこちらを見ていた。その目に、悪戯っぽい光が浮かんでいる。昨夜、中庭で酒の杯を傾けていた男の目だった。
王様、合図、頼みますよ。
僕は尻尾を、メルフィーナの腕の中でピシッと一度振った。マルキウス王が、軽く頷く。広場の民には分からないほど僅かな頷きだったが、僕には十分だった。
いっくよ。
僕はメルフィーナの腕の中で、4枚の翼をばっと広げた。
「え——」
メルフィーナの驚いた声が、上の方で聞こえた。だが僕はもう、空に飛び立っていた。祭壇の中央から、一気に広場の上空へ。
よし、ここからが本番だ。
民衆がざわめいた。4枚翼の小さな白い竜が、朝の空に舞い上がる。夜明けの光が、僕の白い鱗を照らした。
さあ、メカヲタの本気を見せてやる。
僕は空中で、雷魔法を大きく放った。ピシャアアン——! 雷の閃光が空中を疾る。だが、それは破壊の雷ではない。形を作る雷だ。
僕は4枚の翼を広げたまま、空中に巨大な雷の魔法陣を描いた。直径数十メートル、青白く輝く幾何学模様が、ゆっくり回転しながら空中に浮かぶ。まあ、この魔法陣は演出であって、デザイン重視なんだけどね。
民衆が、声を失った。息を呑む音が、広場全体から聞こえた。よし、いい反応だ。
ここで——召喚。
僕は空間魔法のインベントリを開いた。魔法陣の中心が、ぐにゃり、と歪む。そしてその歪みの中から、巨大な影が現れた。足が出てくる。4本の脚が、広場の石畳に降り立った。
ズシイイイイイイン——!!
全高15メートル、人馬一体の機械の騎士。タイタンが、雷の魔法陣から降臨した。胸部の赤いコアが、朝の光の中で燃えるように明滅する。頭部のスリットから漏れる青白い光が、亡霊のような気配を感じさせた。背中のマントが、ふわり、と風に揺れる。両手には、回転式大型メイスと回転式大型ラウンドシールド。
その威容、まさに降臨だった。
「うわああああッ!」
「逃げろッ! 逃げろッ——!」
「敵襲だッ!」
「魔王の使いだッ!」
広場のあちこちで悲鳴が上がった。民衆の一部が後ろを向いて逃げ始め、祭壇の神官達も白の祭服のまま後退りする。広場の前列が押し合いへし合いになって、転倒する者まで出た。
……あれ?
僕は空中で固まった。あれ? あれ? あれれれれ?
「あぎゃぁあぁ——!」
声が口から漏れた。尻尾がアワアワアワっと左右に行ったり来たり、4枚の翼が空中でバタバタとリズムを失う。まずい。まずいまずいまずい。これは、やってしまったか。
「あぎゃぁあぁあぁ——!」
僕は空中でぐるぐると小さく回った。タイタンは降り立ったまま、静かに立っている。威風堂々、どんっ、という感じでそびえ立つタイタンに、民衆は怯えまくっていた。
——その時。
ハハハ、と低い笑い声が響き渡った。マルキウス王が拡声の魔法を使い、逃げ惑う民衆にも聞こえるように笑い飛ばしたのだ。
玉座から立ち上がり、まず祭壇の上のメルフィーナの方を向く。
「メルフィーナよ」
「は、はい、お父様」
「やってくれるな、我が友はっ」
王はにこやかに、そう言った。メルフィーナは、抱きかかえていた僕がいなくなった腕を、まだ前で組んだままだった。そこに王のセリフが届く。彼女の頬が、ぷっくりと膨らんだ。
「……お父様」
「ん?」
「守護竜様は、私の契約相手ですのよ!」
「ハハハ」
「お父様だけの『我が友』ではございません」
「ハハハハハ、それは失礼した」
メルフィーナは頬を膨らませたまま、空中の僕を見上げた。ヤキモチを焼いた可愛い顔のまま、僕を睨んでいる。僕の尻尾が、しゅんとなった。
マルキウス王はハハハと笑いながら、玉座から数歩前に出た。そして両手を広げ、広場の民衆に向かって大きな声で言った。
「民よ、恐れることは無い!」
逃げ出していた民衆の足が、止まった。
「あの巨大な姿は——我らが守護竜が、自ら遣わした守護神なり! 全高15メートルの、人馬一体の機械の騎士! 我らの王国を、これより護りし、新たなる守護神! その名を、タイタンと呼ぶ!」
王は玉座の前に立ったまま、空中の僕と広場のタイタンを両手で示した。
「古代竜が、守護神を遣わせた! 我がドラグロード王国の、新たなる時代の到来である!」
——その瞬間、広場の空気が変わった。
「お、おおおッ……」
「おおおおッ……!」
「おおおおおおおおおッ——!!」
民衆の歓声が爆発した。さっきまでの恐怖が、一瞬で歓喜に変わる。
「守護神タイタンッ!」
「ドラグロードに勝利をッ!」
「守護竜様、万歳ッ!」
「タイタン、万歳ッ——!」
広場全体が、歓喜の渦に包まれた。拳を突き上げる者、泣き出す者、家族を抱きしめる者。
……良かったぁ。
僕は空中でほっと息を吐き、それから改めて、タイタンの肩の上にゆっくり降り立った。タイタンの肩は僕の体には大きすぎたが、僕は4脚でしっかりとそこに立った。
胸の中で、何かがぐっと込み上げてくる。これが僕の作った機体だ。これがドラグロード王国の新しい力で、これが僕とこの国の、共に立つ姿だ。
僕は尻尾をピシッと一度振った。
メルフィーナが祭壇の上から、僕を見上げていた。頬の膨らみはもう消えていて、代わりに、彼女の目には誇らしげな光があった。
私の守護竜様。
そう言いたげな、優しい目だった。
うん、僕、ちゃんとカッコ良かったよね。僕、ドラグロードの守護竜だよね。僕はタイタンの肩の上で、もう一度尻尾を振った。
◇
「では——」
王の声が、再び広場に響いた。歓喜の渦が、徐々に静まっていく。民衆が、再び祭壇に向き直った。
「これより、命名の儀を執り行う。我らが守護竜に銘を贈る、最も神聖な瞬間である」
メルフィーナが祭壇の中央に進み出た。神官達が、彼女の周囲に半円を描いて並ぶ。彼女の手には、白い絹布で包まれた小さな水晶の杯。命名の儀の道具で、銘を込めて僕に授ける、古い儀式の品だ。
僕はタイタンの肩の上から、ゆっくり舞い降りた。祭壇の中央、彼女の前の白い敷布の上に着地し、4枚の翼を畳み、尻尾を体に巻きつけ、居住まいを正して座る。
メルフィーナが僕の前で膝を折った。そして、僕の目をまっすぐに見た。その目の中に、僕は何かを見た。長い時間をかけて彼女が育んできた何かを、感じた気がした。
「守護竜様」
彼女の声は、震えていなかった。強くて、優しくて、揺るぎない声だった。
「貴方様に、お贈りしたい銘がございます」
彼女は息を深く吸った。胸の中のその名前を、世界に呼び出すために。
「貴方様の銘は——」
——その瞬間だった。
広場の空気が、ぞわり、と変わった。僕の鱗が、一斉に逆立った。何か、巨大な気配。世界の奥から這い上がってくるような、重い気配。
何だ、これ。魔力の、流れが——。
僕は上を見上げた。空が暗くなっていた。だが、雲が出ていた訳ではない。空そのものに、もう一つの空が重なっていた。
巨大な影。王都の空一面を薄く透かして覆う、巨大な竜の幻影。鱗一枚一枚が、家と同じ程に大きい。翼が広がり、王都全体を薄い幻影の中に沈める。四肢が空の四方に届き、そしてその巨大な頭が、ゆっくりとこちらを見下ろした。
古代竜? いや、違う。これは、そんな規模の存在値じゃない。
民衆が空を見上げた。誰もがその幻影を見ていた。透けている。だが、確かにそこに居る。
「ひ……」
「ひぁあ……」
民衆の声が、徐々に消えていった。誰もが空を見上げたまま固まり、瞬きすら出来ない。何人かは、瞬きの代わりに涙を流していた。
マルキウス王も玉座の前に立ったまま空を見上げ、その手が僅かに震えていた。だが王は、その場から動かなかった。
メルフィーナだけが、空を見ていなかった。彼女はまだ、僕の目を見ていた。膝を折って、僕の前で、僕の目をまっすぐ見ていた。
「貴方様の銘は——」
彼女の口が、また動こうとしていた。
——だが。
空から、声が降ってきた。
『——娘よ』
民衆が、いっせいに息を呑んだ。それは肉体の耳ではなく、もっと奥の、存在の根元に届く声だった。
『その竜の銘を、決めるは、貴様か』
メルフィーナの目が、その時、初めてぐらりと揺れた。肩が震え、目の焦点が合っていない。彼女の体の中に何かが流れ込んでいったように感じたが、それが何かは理解出来なかった。
僕の体が、それを感知した。膨大な、暴力的な、重い魔力。彼女の高魔力を上から押し潰すように、外側から別の魔力が注ぎ込まれていた。
「……ぁ」
メルフィーナの口から、小さな声が漏れた。彼女は抵抗していた。全身の高魔力を、内側から押し返していた。だが——。
僕は立ち上がろうとした。だが、足が動かなかった。空気が重い。広場全体が、その巨大な竜の幻影の支配下にあった。僕は何かを感じていたが、何が起きているか理解できなかった。
僕は——魔法の検証を、まだ十分にしていない。空間魔法も、雷魔法も、土魔法も、表面しか触って来なかった。……ツケが、来た。
メルフィーナの目が虚空を彷徨い始め、目から光が失われていく。彼女の頬を、つうっと、片目だけから涙が流れた。
「待って……」
彼女の唇が震えた。
「……待って」
僕はその涙の意味を、理解出来なかった。何が彼女の中で起きているのか、分からなかった。ただ、彼女が苦しんでいることだけが分かった。そして、僕に何も出来ないことも、分かった。
『この娘の高魔力に、更に我の魔力を上乗せして与えん』
空からの声が続いた。
『メルフィーナよ、彼の竜の銘を、呼ぶが良い』
メルフィーナの目は、未だ虚ろだった。だが彼女は、僕の目から視線を逸らさなかった。そして、震える唇で、ゆっくり言った。
「彼の竜……古代竜の銘は……機械仕掛けの守護竜……ドラゴ・エクス・マキナ……也……」
——その瞬間。
彼女の体から、爆発するような魔力が、僕に向かって注ぎ込まれた。同時に空から、巨大な竜の幻影から、もう一筋の桁違いに重い魔力が、僕に注ぎ込まれる。二つの魔力が、僕の存在の根元でぶつかって、混ざって、形になった。
銘が、付いた。僕の存在に、刻まれた。ドラゴ・エクス・マキナ。機械仕掛けの守護竜。
空から、低い笑い声が降ってきた。
『期待しているぞ、守護竜マキナよ』
その声と共に、巨大な竜の幻影が、ゆっくり薄れていった。空が元の空に戻り、重い気配が消える。何事も無かったかのように、朝の光が王都を再び照らした。
広場が、しん、と静まり返っていた。誰も動かず、誰も声を出さない。メルフィーナは僕の前で膝を折ったまま固まり、片目から涙がまだ流れていた。
——その時。
「あぎゃう——!」
僕の口から、声が漏れた。
機械仕掛け。機械仕掛けの守護竜。ドラゴ・エクス・マキナ、機械仕掛けの守護竜。なんて、厨二病心をくすぐる名前なんだ。
僕は尻尾をぶんぶんと振り回し、興奮していた。4枚の翼が、嬉しさで震える。
「あぎゃ! あぎゃ、あぎゃ——!」
僕はメルフィーナの膝に、前足を2本ちょこんと乗せた。そして彼女を見上げて、尻尾を振り続ける。
「あぎゃ——!」
「あぎゃあぎゃ——!」
「あぎゃっ、あぎゃっ——!」
ははは。この娘め、僕のことを機械と名付けるか。素晴らしい。僕に相応しい。機械仕掛けの守護竜、最高の銘だ。
僕の尻尾は、止まることを知らなかった。4枚の翼は嬉しさで震え続け、鱗の一枚一枚まで、テンションがぶち上がっていた。
……あれ? でもメルフィーナ、何で泣いてるんだろう?
僕はメルフィーナの顔を見上げた。彼女の片目から、まだ涙が流れていた。彼女は虚空を見つめ、何かを探していた。心の中を、探していた。そして僕を見て、無理矢理、微笑んだ。
「……マキナ様」
「あぎゃ?」
「……銘が、定まりましたね」
「あぎゃ! あぎゃ!」
「……ええ、立派な、お名前でございます」
彼女は微笑んでいた。だが、その微笑みの奥が、ぐらりと揺れていた。
あれ? メルフィーナ? 何で、嬉しくないの? 僕、こんなに嬉しいのに?
僕は首を傾げた。メルフィーナは僕の頭をそっと撫で、もう一度微笑んだ。
「貴方様が、お喜びでしたら……それで、宜しいのです」
「あぎゃ?」
「……ええ、本当に、宜しいのです」
彼女の声は震えていた。だが、その声には確かに優しさがあった。
まあ、メルフィーナがいいって言うなら、いいか。どこか引っかかりはあったが、個人的には趣味全開で好きなタイプの名前だった。
◇
「——民よ!」
マルキウス王の声が、広場に響いた。呆然と立ち尽くしていた民衆が、ハッと王の方を向く。
「今、皆も見たな! かつてない、始祖竜の祝福である! 我らが守護竜は、神話の存在から、メルフィーナを通して銘と魔力を授かったのだ」
王の声には、確信があった。何かが起きたことは、王にも分かっていた。だが、何が起きたかは王には分からなかった。ただ、神話の存在が自分達の守護竜に祝福を授けた——その事実だけが、王の心を強く捉えていた。
「ドラゴ・エクス・マキナ! 機械仕掛けの守護竜! これより、我らが王国の、新たなる守護竜なり!」
民衆が、王の声に応えた。
「ドラゴ・エクス・マキナ!」
歓声が広場を満たし、民衆の声が王都の朝の空に響き渡った。さっきまでの畏怖は、神話的な感動へと変わっていた。誰もあの幻影を呪いだとは思わず、誰もがそれを祝福として受け止めていた。
マルキウス王は玉座の前に立ったまま、空中の僕と広場のタイタンを、誇らしげに見つめていた。昨夜、夜の中庭で酒を傾けたあの友の目だった。始祖竜の祝福をこれ程受けた守護竜など、この国の歴史にも伝説にも無いだろう。お前はどこまで行くのだ——王の目は、そう問いかけているように見えた。そして王は、低く微笑んだ。
僕はメルフィーナの腕の中に戻った。彼女の腕は、いつも通り温かくて柔らかい。だが、彼女の胸の中の何かが、いつもより空っぽに感じた。
メルフィーナ、何で、こんなに静かなんだろう。
僕は彼女の顔を見上げた。彼女はもう涙を流していなかった。だが、彼女の目は、まだ何かを探していた。そして彼女は僕に気付くと、いつもの優しい微笑みを取り戻した。
「ドラゴ・エクス・マキナ様」
「あぎゃ」
「素敵な、お名前でございますね」
「あぎゃ! あぎゃ!」
彼女は僕の頭をそっと撫で、それから小さく、誰にも聞こえないほどの声で囁いた。
「……何か、私、忘れている気がするのです」
「あぎゃ?」
「……いえ、何でもございません」
彼女はもう一度微笑み、そして僕を強く抱きしめた。その腕の中で、僕は尻尾をぱたんと振った。
最高の銘をもらった日。僕の銘が、定まった日。
——だが、僕はまだ気付いていなかった。彼女が何を失ったかを。そして、僕の銘の本当の意味を。
第十九話・了
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(っ ॑꒳ ॑c)ワクワク




