第一話 メカヲタ 転生する(改訂版)
※作風の調整の為、全体的に手を加えています。
※長い事メルフィーナの年齢が10年程違っていましたOrz
二十代前半X→十代前半〇
最後の記憶は畳の上だった。
泊まり込みの納期明けにそのまま帰り着いて、靴も脱がずに倒れ込んだ。配信されたばかりのロボットアニメの続きを見るつもりが、スマホへ手を伸ばした瞬間に意識が途切れた。
享年34歳。元自衛官、今はしがないエンジニア。海外派遣で13カ国を踏んだ経歴の割に、暮らし向きはこの国の景気そのままに苦しかった。死因は、おそらく過労。
我ながらあっさりした最期だった。アニメの続きが気になったまま死ぬとは思わなかったが、まあ仕方ない。
◇
気がつくと、周囲が妙に騒がしかった。音に膜が張ったようにくぐもっているが、人の声でざわついているのは分かった。天国か地獄かは知らないが、どちらにせよもう少し厳かであってほしい。
暗くて狭い。身体の感覚がどうにもおかしかった。そのうえ、何かが動いている。
意識を集中させると、腰より後ろのあたりが僕の意思と無関係にゆらゆら動いているのが分かった。断っておくが下ネタではない。手も足も満足に動かせないくせに、その「何か」だけがやけに自由だ。
周りを探ると、身体は固い殻のようなものに囲まれていた。ゆらゆらする何かに触れてみる。触れた手にも、触れられた側にも、同じだけ感触がある。なるほど、これは僕の身体の一部らしい。
冷静に考えよう。殻の中にいて、何かが生えていて、手が短く、爪が鋭い。——卵か。卵だな。つまり僕は今、卵の中の生き物で、どうやら転生したということになる。爪が鋭くて手が短い生き物。爬虫類あたりが妥当な線だろう。
そこで、静かに絶望した。生粋のメカヲタだった僕が、よりにもよって爬虫類か。トリケラトプスとステゴサウルスは多少メカっぽいので許すとしても、だ。
とりあえず、この殻から出ることにした。卵の中で仰け反り、本気で暴れる。左足が何かを蹴破り、卵が転がる感覚があった。殻が音を立てて割れ、まとわりついていた液体が一気に引いていく。光が差し込み、そして臭いが来た。
……臭い。控えめに言って、かなり臭い。とにかく早急に脱出する必要がある。
殻を殴り割って外へ這い出すと、周囲から一斉にどよめきが上がった。
「おお! 産まれましたぞ!」
どこかの爺さんがずれたことを言っている。産まれたのではなく、今この瞬間に脱出したのだ。そう訂正したつもりが、口から出たのは「アギャアギャ! ウギャッ!」という声だけだった。
……え。
ゆっくり周囲を見渡す。大勢の人間が、みな仰々しい格好で立っていた。石造りの大きな建物に、中世ヨーロッパめいた空気。剣も槍も鎧も、目に入る物がいちいち嫌な予感を裏付けてくる。
銃は見当たらない。戦車も戦闘機も、視界のどこにもない。室内だから断言はできないが、この雰囲気で近代兵器がある方が、むしろ驚きだ。
——終わった。それは、わりと本気の感想だった。
メカヲタとして生きた34年が、走馬灯になって流れていく。戦車のエンジン音、戦闘機のスラスター、ロボットアニメの変形シーン。兵器図鑑を穴が開くほど眺めた夜、プラモの筋彫りだけで溶けていった休日。
そのどれも、この世界には無い。僕の人生の7割ほどは、もう存在しない世界に置いてきてしまったらしい。
とはいえ、今いちばん切実なのは身体を拭くものだった。卵の中の液体が全身に膜のように張りついて、不快この上ない。ごま油を頭から被れば、きっとこんな感じだ。
見回していると、一人の女性が大きな布を抱えて近づいてきた。ありがとう、と言ったつもりが、出たのは「アギャア!」で、我ながら見事な威嚇だった。女性がびくりと立ちすくむ。違う、そういう意図ではない——謝ろうにも、何を言っても「アギャアギャ」に変換されて一切伝わらない。
仕方がないので、自分で取りに行くことにした。とっとっと歩いて近づき、ずり落ちかけた布の端を掴もうとする。手が短くて届かない。生物の設計として、この手の短さはどうなのか。口で咥えに行っても微妙に届かず、布の下で無為に飛び跳ねる羽目になった。周囲からくすくすと笑いが漏れる。人の努力を笑うものではない。
女性が膝を折り、布を下ろしてくれた。ようやく届いた布に身体を擦りつけていると、見かねた誰かが湯を頼んでくれたらしい。運ばれてきた小さな桶に、そっと入れられる。
——ああ、これはいい。
程よい湯に浸かると、まとわりついていた汚れが剥がれていく。数人のメイドが丁寧に洗ってくれ、拭かれて、ようやく自分の身体を落ち着いて確認できた。
白くて、ふわふわしている。羽毛か体毛か判然としないが、とにかく毛が生えている。手足があり、頭には短い角。翼は4枚。そして腰の後ろから、細長い何かが伸びていた。
——尻尾だ。僕に、尻尾が生えている。
尻尾。動物の胴体の後方、尻や肛門の後ろから伸びる細長い器官のことを指す。移動時のバランス取りや方向転換、あるいは感情表現、種によっては虫除けと、その役割は動物によって実に多様である。……いや、どうでもいい。
理解した瞬間、その尻尾がびったんびったんと床を叩き始めた。どうやら感情がそのまま筒抜けらしい。宥めようとしても正直な尻尾は止まらず、両手で抱き寄せて撫でてやると、ようやく大人しくなった。自分の尻尾を自分で宥めるというのも、なかなか妙な状況ではある。
メイドたちが口元を押さえて肩を震わせていた。笑うな。
「綺麗になりましたね!」
うんうん、と頷いてみせる。
「まあ、言葉がお分かりになるのですか?」
「アギャっ」
頷くと、メイドたちがきゃっきゃと喜ぶ。そこへ、さっき布を持ってきてくれた女性が戻ってきた。
「それでは……ご質問してもよろしいですか?」
「アギャっ」
頷くと、彼女の表情がぱっと明るくなった。それにしても整った顔立ちだ。可愛いと言った方が近い、10代前半くらいの年頃。長い金髪に緑の瞳。年の割に、どこか場慣れした落ち着きがある。——いや、今は見惚れている場合ではない。状況把握が先だ。それを察したように、尻尾がまたゆらゆらし始める。お前は静かにしていろ。
「では、これより移動いたします。抱き上げてもよろしいでしょうか?」
「アギャ」
両手を上げてばんざいしてみせた。メイドたちがまた可愛い可愛いと喜んでいる。中身がおっさんとしては据わりが悪いが、この身体では致し方ない。
彼女に抱えられて、移動が始まった。後ろには数名の騎士が、真面目な顔でついてくる。本物の騎士だ。甲冑を着た騎士が、すぐ目の前に立っている。フランジの処理も、関節の可動域も、悪くない。——見入っている自分に気づく。銃も戦車も無い世界で、真っ先に鎧の造りを見てしまうあたり、我ながら救えない。
そう思った途端、さっきの絶望がゆっくり戻ってきた。尻尾がしょんぼりと垂れる。今回ばかりは、お前と意見が合ったな。
つい茶目っ気が出て、彼女の肩越しに騎士たちへ短い手をぴこぴこ振ってみた。数名の口元が緩み、後ろの一人がそっと振り返してくる。存外、悪い人たちではなさそうだ。それだけで尻尾がぶんぶん揺れ始めるのだから、我ながら現金なものである。
そこで、ふと気づいた。僕には手がある。翼もあり、手足もある。爬虫類でも鳥でもない、この造り。心当たりは、一つだけあった。
考えているうちに、大きな扉の前に着いた。門番の騎士が声を張る。
「第一王女メルフィーナ様、ドラゴンの幼生体をお連れになりご到着です」
……先に答えを言わないでほしかった。
正解は、ドラゴンの幼生体でした。ドラゴンか。それなら、まあ、満更でもない。
しばらく考える。剣と鎧しか見当たらないこの世界で、メカヲタとして生きてきた僕に何ができるのか。今はまだ、何も分からない。ただ、やるべきことははっきりしている。まずは情報収集だ。課題は、どうやら山積みらしい。
ふんす、と鼻を鳴らす。その後ろで、尻尾がゆらゆらと機嫌よさそうに揺れていた。
第一話・了
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