第一話 メカヲタ 転生する
最後の記憶は畳の上だった。
24時間勤務の翌日に派遣の夜勤をこなして、そのまま帰宅して、靴も脱がずに倒れ込んだ。昨日配信されたロボットアニメの続きを見なきゃいけないのに、スマホを手に取ろうとした瞬間に意識が途切れた。
享年三十四歳。現フリーター。13カ国を旅してきた割に社会的立場は底辺寄り。死因はおそらく過労。
我ながらあっさりした最期だった。
アニメの続きが気になったまま死ぬとは思わなかったが、まあ仕方ない。
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気がつくと、周囲が妙に騒がしかった。
暗い。狭い。身体の感覚がおかしい。
手も足も上手く動かせない。なのに、なんか変なところが動く気がする。
(……え、なんか動いてるんだけど)
(どこだこれ)
恐る恐る意識を集中させてみる。背中の辺りから下、腰より後ろあたりが、ゆらゆらと独立して動いている気がする。
(いや待て、下ネタじゃないぞ、絶対違う)
手も足も上手く動かせないくせに、その「何か」だけはやけに自由に動いている。
身体の周囲を確認すると、固い殻状のものに囲まれていた。
(殻?)
恐る恐る手でそのゆらゆらする何かに触れてみる。
触れた手にも感触がある。触れられた方にも感触がある。
(……僕の身体の一部だ)
冷静に考えよう。殻の中にいる。何か生えている。手が短い。爪が鋭い。
(卵か。これ卵だな)
(じゃあ僕は今、卵の中にいる生き物で)
(転生、してるのか)
(で、爪が鋭くて手が短い生き物って……爬虫類か?)
次の瞬間、胸の奥から叫びが溢れた。
(僕がっ!生粋のメカヲタの僕が!爬虫類に転生とは何事だっ!!トリケラトプスとステゴサウルスはまあ多少メカっぽいけどぉ!!)
卵の中で思いっきり仰け反った。
そのまま本気で暴れた。
左足が何かを蹴破った。
バキッという音と共に殻が割れて、身体の周りにあった液体が一気に引いた。
光が差し込んできた。
そして臭いが来た。
(くっっっさ!!!何これ!?)
汚水か腐敗物か、とにかく生まれてこの方嗅いだことのないレベルの臭気が鼻を直撃した。
(これは早急に脱出しなくちゃいかん!)
殻を殴り割って外に這い出すと、周囲から一斉にどよめきが上がった。
「おお!産まれましたぞ!!」
どこかの爺さんがボケたことを言っている。
産まれたんじゃない今必死に脱出したんだと文句を言ったら、
「アギャアギャ!ウギャッ!」
という声しか出なかった。
(……え?)
ゆっくり周囲を見渡す。
大勢の人間がいる。みんな何かすごく仰々しい格好をしている。石造りの大きな建物。中世ヨーロッパっぽい雰囲気。
剣がある。槍がある。鎧がある。
(……嫌な予感しかしない)
銃が見当たらない。戦車も戦闘機も視界に入らない。まあ室内だから断言はできないけど、この雰囲気で近代兵器があるとは到底思えなかった。
(……終わった)
本気でそう思った。
メカヲタとして生きてきた三十四年間が走馬灯のように駆け抜けた。戦車のエンジン音、戦闘機のスラスター、ロボットアニメの変形シーン、兵器図鑑を穴が開くほど眺めた夜、プラモの筋掘りだけで過ぎ去って行った休日。
全部、ない。
この世界に全部ない。
(僕の人生の七割はもう存在しない世界に来てしまった)
絶望しながらも、とりあえず身体を拭くものが欲しかった。卵の中で浸かっていた液体が全身にべっとりくっついて不快この上ない。
キョロキョロと周囲を確認していると、一人の女性が大きな布を両手に持ってやってきた。
ありがとうと言ったつもりが「アギャア!」となった。
めちゃくちゃ威嚇したみたいな声が出た。
女性はびっくりして立ちすくんだ。
(ごめん本当にそういうつもりじゃなかった)
謝ろうとしたが全部「アギャアギャ」に変換される。何も伝わらない。
仕方ないので自分で布を取りに行くことにした。
とっとっとっと歩いて立ちすくんでいる女性に近づく。彼女の手からずり落ちていた布の端を掴もうとしたが、手が短くて届かない。
(……この手の短さ、生物設計として問題ないか?)
口で咥えに行こうと試みたが微妙に届かず、足元でぴょんぴょん跳ねることになった。
周囲からクスクスと笑い声が上がった。
(人の努力を笑うな)
立ちすくんでいた女性が膝を曲げて布を下ろしてくれた。
やっと届いた布に身体を擦り付けて拭こうとする僕を見て、彼女は近くの人にお湯を頼んでくれたらしく、小さな桶が運ばれてきた。
そっと持ち上げられてお湯の中へ。
(あー、いい)
ちょうどいい温度のお湯に浸かると、身体にまとわりついていた汚れが剥がれていく。
数人のメイドさんが身体を洗ってくれた。全身綺麗に洗われてタオルで拭かれた後、初めてちゃんと自分の身体を確認できた。
白い。フワフワしている。
羽毛が生えている。
手と足がある。しっかりある。
そして腰の後ろから伸びている細長い何かが——
(尻尾が生えてるうううう!!)
内心絶叫した瞬間、その尻尾がびったん!びったん!と床を叩き始めた。
感情が筒抜けだ。
(落ち着け、落ち着けって)
必死に自分を宥めるが尻尾は正直だった。びったんびったんが少し小さくなった程度で収まる気配がない。
(お前ちょっと黙れ)
尻尾を両手で抱き寄せて撫でてみた。
するとびったんびったんが少しずつ収まっていった。
(僕の尻尾のくせに僕より正直じゃないか)
自分の尻尾を宥めている自分という謎の状況に若干の虚しさを覚えながら、もう一度自分の身体を確認する。
白い羽毛、四枚の翼、短い手足、そして今は大人しくなった尻尾。
メイドさんたちが口元を押さえて肩を震わせている。
(笑うな)
(四枚翼で手もある。鳥でも爬虫類でもない。じゃあ何だ)
「綺麗になりましたね!」
メイドさんたちがそう声をかけてきた。
うんうんと頷いてみる。
「まあ、言葉がお分かりになるのですか?」
「アギャっ。」
頷く。
メイドさんたちがキャッキャと喜んでいる。
そこへさっき布を持ってきてくれた女性が戻ってきた。
「それでは…ご質問してもよろしいですか?」
「アギャっ。」
頷く。
彼女の表情がパッと明るくなった。
(……それにしても美人だな)
二十代前半くらいか。長い金髪。緑の瞳。姿勢がいい。凛としている。それでいてどこか年齢に不釣り合いな可愛らしさがある。
(いかんいかん。今は状況把握が先だ)
尻尾がゆらゆらし始めた。
(お前は黙ってろ)
「では、これより移動いたしますので、抱き抱えてもよろしいでしょうか?」
「アギャ。」
両手を上げてバンザイしてみた。
メイドさんたちが可愛いと喜んでいる。
(中身おっさんとしては恥ずかしいが、まあ仕方ない)
彼女に抱っこされて移動が始まった。
後ろには数名の騎士が真面目な顔でついてきている。
(騎士だ。本物の騎士だ。甲冑を着た騎士がいる)
思わず甲冑のデザインをよく見てしまう。
(……あのフランジの処理、悪くない。関節部分の可動域も考えられてる)
気がついたらメカヲタの目になっていた。
(いや待て。銃も戦車も戦闘機もないくせに甲冑のデザインを褒めてる場合じゃない)
また絶望が戻ってきた。
尻尾がしょんぼりと垂れた。
(珍しくお前と意見が合った)
思わず茶目っ気が出た。肩口から後ろの騎士たちに向けて、短い手をピコピコと振ってみる。
騎士たちの口元が緩んだ。後ろの方の一人が小さく手を振り返してきた。
(案外いい人たちが多そうで良かった)
尻尾がぶんぶんと揺れ始めた。
(現金なやつだ)
そこでふと気がついた。
僕、手があるじゃん。
羽もあるし手もある。爬虫類でも鳥でもない。じゃあ何だ。
(フワフワで四枚翼で手足があって尻尾がある生き物って……)
考えながら移動していると、大きな扉の前に着いた。
門番の騎士が声を上げる。
「第一王女メルフィーナ様、ドラゴンの幼生体を伴ってご到着です。」
……。
ドラゴン。
はい!正解はドラゴンの幼生体でした!
(ドラゴンか……)
しばらく考えた。
剣と鎧しか見えないこの世界で、メカヲタとして生きてきた僕に何ができるのか。
まだ何も分からない。
(でもとりあえず情報収集からだ。)
やることが山積みだ。
ふんす!っと鼻息を荒くする僕の後ろで
尻尾がゆらゆらと揺れていた。
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第一話・了
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(っ ॑꒳ ॑c)ワクワク




