第十七話 決シテ 倒レヌモノ(挿絵追加しました)
4日目の朝、僕は修練場の中央に浮いていた。
4枚の翼でゆっくり旋回しながら、地面に並べた素材を見下ろしている。マルキウス王とメルフィーナが、入口から入って来るのが見えた。僕が修練場へ飛んでいくのを見て、自然と惹かれるように姿を見せたらしい。
「……だいぶ大きいな」
誰にともなく、不安の入り混じった声が聞こえた。
僕は素材の山を見渡し、それから一度目を閉じて、組み上がる前のタイタンの姿を頭の中で再構成する。人型に両手両足、胸部・頭部・丹田に3コア、回転式大型メイスと回転式大型ラウンドシールド。
立つだろう。立つだけなら。
そこで僕は、止まった。
宙に浮いたまま、メイスを振り上げた瞬間のタイタンを想像する。メイスの全長は機体身長の半分以上、頭部の重量だけで数トン。これを片腕で振り上げれば、重心線が振り上げた腕の側にぐっと寄り、胸部コアを中心に上半身が回転モーメントを受ける。反作用として、機体は反対側に踏ん張ろうとする。
シールドの重さである程度は相殺するとしても、2本足では支え切れない。
回転式メイスを振り抜く瞬間、機体の重心は前方かつ振り抜き方向に大きくシフトする。片足で全質量と回転モーメントと前傾慣性を受け止める必要があり、それは2本足では物理的に不可能だ。
シールドで受け止める時は、もっと悪い。直径数メートルの回転式ラウンドシールドに大型モンスター級の打撃を受ければ、衝撃は機体の前面から後方へ抜ける。2本足では前後方向に踏ん張れる支持基底面が足の裏サイズしか無く、確実に転ぶ。
僕は宙で、ふっと尻尾を一度振った。
発想を変えるか。2本足を前提に重心制御を頑張るのではなく、そもそも2本足を選ぶ必要が無い。
頭の中で人型の上半身が浮き、その下に、2本足の代わりに4本の足を持つ馬体を配置した。
ケンタウロス。人の上半身に馬の下半身を持つ、ギリシャ神話の半人半獣だ。
騎士は、馬に乗ってこそ騎士だ。
僕の脳内で、何かがカチリとはまった。歴史的に、騎士という存在は徒歩じゃない。甲冑を着込み、ランスを構え、馬に跨って戦場を駆ける——それが騎士だ。
徒歩騎士は重装歩兵であって、騎士の本質ではない。ならば、機械で再構築される騎士もまた馬上にあるべきで、跨るのではなく人馬を最初から一体として設計する。それが僕の作るタイタンの完成形だ。
2本足では支えきれない物理問題が、ケンタウロス型で同時に解決する。4本足なら支持基底面が圧倒的に広く、前後左右に踏ん張れて、重心も低く安定する。そしてシルエットとしては、騎乗した騎士そのものだ。
——完璧だった。
僕は宙で尻尾をビシッと振った。
「あぎゃ」
設計を変更する。修練場の入口で、マルキウス王とメルフィーナが顔を見合わせるのが視界の隅に映った。
◇
設計を頭の中で組み直す。
馬体フレームはマルエージング鋼で4脚と胴体、その内部に丹田コアを馬体重心位置へ配置する。これで機体全体の重心が、馬体の前後脚の中間、地面に近い高さに落ちる。
ただし、ここで一つ思考を止める必要があった。
戦場では、何が起きるか分からない。無傷で戦い続けられる兵器など存在しない。脚を一本失うかもしれない。腕を一本失うかもしれない。装甲が割れ、マントが裂け、機体の半分が機能不全に陥るかもしれない。
その時に機体が即座に倒れるのでは、話にならない。象徴として作られた騎士が最初の被弾で崩れ落ちる様では、象徴の意味を成さない。
残った四肢で新しい重心バランスを自律的に取り直し、戦闘を継続できなければならない。それも即時に。人間が考えて指示する暇など、戦場には無い。
そのためには、機体の姿勢を常時検知し、重心の再計算を自律的に行う中枢が要る。ジャイロが適切だろうな。
丹田コアを固定ではなくジャイロ式浮遊機構で支持すれば、コア自体が水平を保とうとする慣性で、機体の傾きをリアルタイムに検知できる。検知された姿勢情報は、魔導回路経由で全身に分配される。
通常時には姿勢検知と微細な揺れの吸収を担い、激しい戦闘時にはメイスの振りやシールド衝撃の反作用を一部吸収する受動ダンパーとして働く。そして部分損傷時、脚や腕を失った瞬間にも、新しい重心位置を即座に計算し、残った四肢で立ち続けるための中枢として機能する。
これが機体の心臓だ。胸部コアでも頭部コアでもない、機体の中心、丹田に据えられた姿勢制御の中枢。
僕は尻尾を、ビシッと一度振った。
◇
上半身は人型騎士。胸部コアと頭部コア、両肩から両腕。胸部装甲は重厚にして、構造材として上半身全体の捻れ剛性を担保する。
ここで一つ、計算が必要になる。
メイスを右に大きく振り抜いた瞬間、上半身の質量と腕とメイスの質量が、右方向に約120度のアークを描く。発生する回転モーメントは、胸部コアを軸とした場合、機体全長と質量比から、ピーク時で機体全質量の3割相当の横方向慣性力になる。
これを馬体だけで受け止めるのは、まだ厳しい。
対策を、二つ重ねる。
一つは、後脚屈曲モード。メイスを振る瞬間、後脚の関節を曲げて重心を更に下げる。人間で言えば、力士が腰を落とした構えだ。重心降下に伴って転倒モーメントが減衰し、4脚であれば前後左右どの方向にも、屈曲による低重心化が可能になる。
二つは、マント型アクティブマスダンパー。
僕の脳内に、地球の超高層ビルの記憶が蘇った。六本木の某ビルでは、最上階近くに数百トンの錘が吊られていて、地震や強風で建物が揺れた時、錘が逆方向に動いて揺れを打ち消す。あれを機械の制振装置として再現する。ただし形状は箱型の錘ではなく、マントだ。
タイタンの背中から、全長5メートル級のマントを垂らす。布地に見えるが、内部構造は2層になっている。
表層は、重金属繊維編込み層。高密度の金属繊維を布のように編み込み、マント全体に質量を分布させる。これだけで通常時の機体動作に対する慣性ダンパーとして働き、受動的だが常に安定性に寄与する。
内層は、スライド錘システム。マント内側の上下に伸びるレール上を、小型の重金属錘が複数移動する。コアの制御で、必要な方向に錘を瞬時に寄せる能動制御だ。メイスを右に振る瞬間、マント内部の錘が左へスライドすれば、反対方向の慣性質量が増し、機体の右方向への転倒モーメントを打ち消す。微調整は、重金属繊維層の受動慣性が担当する。
能動補正と受動慣性のハイブリッドで、二重制振系が完成する。外側のマントが大きな揺れを能動補正し、内側のジャイロ丹田コアが姿勢検知と微細補正を担う。役割分担が明確で、互いに干渉しない。
そして、都合がいいことに——マントは、もともと騎士の象徴的な装備だ。動的バランス補正装置を、そのまま騎士のマントとして着せられる。見た目を裏切らずに、中身を仕込める。
色々言ったが、要は力を確実に、安定した姿勢で相手に伝えられるということだ。
僕は尻尾を、ぶんっと一度振った。
◇
組み立てに入った。
土魔法と空間魔法で素材を浮かせ、馬体フレームから順に組み上げていく。4脚それぞれにマルエージング鋼の骨格を通し、関節部にはダイラタンシー流体金属を仕込んで、衝撃吸収と硬化応答を両立させる。馬体胴体のフレームを組み上げ、内部空間を確保した。
そして、ジャイロ式丹田コアを納める。
僕は両手で、青白く光る丹田コアを抱えた。馬体胴体内部の支持機構へゆっくりと運び、ジャイロ式浮遊機構の中心にコアを置く。支持機構が起動すると、コアが内部空間で静かに浮遊を始め、機体の中心で青白い光が、鼓動するように明滅し始めた。
僕は、その光を見つめた。
マントが破れようと、四肢を捥がれようと、象徴たる騎士は倒れてはならない。このジャイロ丹田コアは、騎士の魂そのものだ。死しても尚、立ち続ける騎士となれ。
僕は尻尾を、ビシッと一度振った。
胴体上面に、人型の上半身を接続する。腰部の接続強度は、上半身全体の重量と、武装を振り回した時の捩じれモーメントの両方に耐える設計で、ここはマルエージング鋼の塊で固める。
胸部コア、頭部コア、両肩、両腕、両手。胸部装甲の表面に、ミスリルプレートで魔導回路を配線していくと、細い銀の線が機体表面を網目状に走った。コア3つから末端まで、出力を均等に届けるためのパターンだ。
外装には、炭化タングステンの装甲板を貼り付けていく。鈍く光る黒灰色で、重い。背中にマントの基部を取り付け、内部のスライドレールに銀色の小型錘を装填する。
最後に、武装だ。
回転式大型メイスは、柄が両手で握る長さ、頭部は機体身長の3分の1ほどの円筒で、頭部内部に独立コアを一つ、回転機構として組み込む。振った時に頭部が回転して打撃面を絶えず変え、当たり所を一点に集中させないための機構だ。
回転式大型ラウンドシールドは、直径が機体身長の半分、表面には星座を模した装飾を施す。中央に独立コアを配置し、シールド表面が低速で回転して、飛来する飛び道具を着弾時には高速回転で受け流す。
両手に、持たせた。
修練場の中央に、タイタンが立っていた。全高15メートル、人馬一体の機械の騎士。胸部に赤い発光が灯り、頭部のスリットから僅かに青白い光が漏れる。
マルキウス王が声を失い、メルフィーナが両手で口元を覆っていた。
僕は最後の魔力を、コアに流し込んだ。
◇
ヴーン、と低い唸りが修練場いっぱいに響いた。
胸部・頭部・丹田の3コアが同期し、武装の2コアが立ち上がって赤く発光する。合計5コアが、機体全身に描いた魔導回路へ出力を流し始めた。馬体内部で丹田コアが微かに角度を変え、ジャイロが水平を取って、機体の現在姿勢を全身に伝達する。
タイタンがまず、右の前脚を一歩前に出した。
ズシン、と修練場の床が軽く振動する。左の前脚、右の後脚、左の後脚と続いて、4脚でゆっくりと修練場の中央を歩いた。バランスを崩す気配は無い。重心は馬体の中央、地面に近い高さで安定している。
「あ……」
マルキウス王の口から、声にならない声が漏れた。
タイタンが修練場の中央で止まり、右腕をゆっくり上げる。メイスがぐんと空に向かって振り上げられた、その瞬間——後脚が僅かに屈曲して重心が下がり、同時に背中のマントがふわりと左に展開した。内部のスライド錘が左へ移動し、馬体内部の丹田コアが、機体の傾きに合わせて微妙に角度を変える。
メイスが回転を始め、右に振り抜かれた。
ヒュン——と、メイス頭部が回転しながら巨大なアークを描く。機体全質量の3割相当の横方向慣性。
だが、機体は微動だにしない。
後脚屈曲、マント能動補正、丹田ジャイロ微細補正。三重の制御が、その慣性を完全に吸収していた。メイスが振り抜かれ、惰性で背後に流れて止まる。周囲には激しい風が巻き起こり、修練場の砂を巻き上げた。
タイタンはメイスを構えた姿勢のまま静止した。4脚はしっかりと地面を捉え、マントは元の位置にゆっくりと戻り、丹田コアが再び水平を取り戻して機体の中央で静止する。
修練場が、しんと静まり返った。
僕は宙で、尻尾をぶんぶんっと振った。成功だ。
「お、おおおっ……」
マルキウス王の口から、最初は呻き声が漏れた。それから声が大きくなる。
「おおおおおッ——!」
王が修練場の中に駆け込んできた。タイタンを真下から見上げ、ぐるりと一周し、また見上げる。
「守護竜殿! 守護竜殿、これは——!」
「あぎゃ」
「これは、これは……!」
王は言葉を探していたが、追いつかないようで、結局、両手をぐっと握り締めて天井を仰いだ。
「我が王国に、こんなものが——!」
メルフィーナは、修練場の入口に立ったままだった。両手は口元を覆ったまま、その目から涙が一筋、頬を伝っていた。彼女はただ、タイタンを見上げていた。
タイタンがゆっくりとメイスを地面に下ろした。ズン、と低い音。そして騎士が片膝をつくように後脚を僅かに屈め、頭部が僕の方を向いた。主人への、待機の姿勢。
「あぎゃ」
僕は宙で、尻尾をこれ以上ないほどにぶんぶんっと振った。
これが、ドラグロード王国の象徴だ。でかくて、強くて、やばい。やっぱメカはこうじゃなくちゃ。
修練場の天窓から、夕方の光が差し込んでいた。タイタンの装甲がその光を鈍く反射し、胸部の赤いコアが鼓動するように明滅している。
「守護竜殿……これに、名は」
マルキウス王が、興奮を抑えきれない声で聞いてきた。
僕は黒板を出した。
[タイタン]
「タイタン……タイタン!」
王はその名を噛み締めるように何度か繰り返し、それから満面の笑みでタイタンを見上げ、もう一度声を上げた。
「ドラグロードの、守護神! タイタン!」
修練場の空気が震えた。たぶん、王が叫んだ声で。たぶん、僕の中の思いで。
第十七話・了
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