第十六話 メカヲタ、地獄を見る
翌朝、僕は工房ではなく修練場に来ていた。
工房では、作業場として狭すぎる。これから作るものは、そういう規模のものだ。マルキウス王が許可を出してくれたおかげで、修練場を当面の作業場として使えるようになっていた。
修練場の隅では、最初に作ったサンドゴーレムが今もスクワットを続けている。
ご苦労なことだ。
僕は地面に魔法で巨大な作業卓を生やし、その上に鉱石を並べていった。インベントリから取り出した鉱石が、次々と積み上がっていく。
設計と素材の量的なコスパで考えると、全高15メートルが限界だろう。それ以上は、素材はともかく時間が足りない。
基本構造は、フレームとコアと魔導回路で素体を作り、その周りをダイラタンシー効果を狙ったジェル状の流体金属層と、幾つかの金属層でパーツごとに覆う。最終的に外装として炭化タングステンの装甲を付ければ、ラミネート装甲として機能するだろう。
サンドゴーレムの時のように鎧の中へ詰めるだけでは、長期的な活動が難しい。あれは「人型を成立させる」までの設計で、長時間運用には向かない。
ダイラタンシー効果は、通常時は柔らかく、衝撃を受けた瞬間に硬化する流体の性質だ。地球で言えば、片栗粉を水に溶いたものを強く叩くと一瞬固まる、あの現象を金属で再現する。
これを装甲の中間層に挟めば、打撃に対しては硬化し、関節の動きには柔軟に応じる二面性が得られる。理論上は、だが。
15メートル級で作るとなると、動力コアも複数必要になる。
ここで僕は一度、手を止めた。コアの数は、慎重に考えた方がいい。
1コアでも、ゴーレムは動く。化け物じみた出力を持つコアは、それだけで十分な動力源だ。
だが機体質量が増えれば、魔導回路は太く長くなる。回路を維持し、出力を末端まで届けるためのコストが、機体の規模に比例して増えていく。
単純に「コアを増やせば強くなる」のではない。増やしたコアの出力の多くが、増えた回路損失を吸収するために食われてしまう。
ただ「動く」だけなら、1コアでも15メートル級は動かせるだろう。だがそれは、ヨロヨロと立ち上がるだけの動き方だ。
軽快に、力強く、戦闘運用に耐える動き方を求めるなら、それでは足りない。頭部、胸部、丹田の3カ所に、コアを3つ。それでようやく、回路損失を吸収した上で、戦闘出力を末端まで届けられる。
加えて、武装にも独立コアを持たせる。
回転式大型メイスは刃を持たない打撃武器で、15メートル級の腕に持たせて振り回すには、メイス自体の重量に見合った動力が要る。回転式大型ラウンドシールドは、盾の表面を回転させて衝撃を逸らす機構で、これにも独立した動力が要る。
合計でコア5つ。今後の拡張実験用の試験機としては、妥当な数だろう。
僕は鉱石を見ながら、設計図を頭の中で展開した。フレーム素材はマルエージング鋼、中間層はダイラタンシー流体金属、外装は炭化タングステン装甲、魔導回路はミスリル粉末を内包させたミスリルプレート。
ふと、地球の記憶が蘇った。
戦時中の大和。大艦巨砲主義の集大成として作られた戦艦で、そこには技術と思想と浪漫の結晶が込められていた。時代に飲まれて沈んだ船だが、あれを作った人々の情熱は、今も語り継がれている。
僕が作るのは、沈むためのものじゃない。動かして、使って、勝つためのものだ。だが、根っこにある気持ちは、たぶん同じだった。
僕は尻尾を、ビシッと振った。
やってやる。
◇
製錬作業に入った。
マルエージング鋼は、非常に硬いにもかかわらず、折れにくく粘り強い。時効処理による寸法変化が小さく、加工もしやすい。
地球でもロケットの部品やゴルフクラブのヘッドに使われる高級鋼で、コバルト、ニッケル、モリブデンといった高価な素材を必要とする。それらを今回の採掘で見つけられたのは、重畳と言えた。遠い過去にこの辺りで大きな火山活動があったのだろうことが窺える。
地属性魔法と雷魔法に空間魔法を組み合わせれば、色々と錬金的なこともできそうな気はする。だが魔法の検証は畑違いでもあり、どうしても後回しになってしまっていた。
鉱石を原石から金属にするには、岩石を粉砕して有益な鉱物を集める「選鉱」と、そこから化学反応で純粋な金属を抽出する「精錬・製錬」の工程が要る。
ただ、インベントリに入れるとある程度の仕分けが利くことに、僕は気付いていた。とはいえ、その分別には僕自身がしっかりと知識を持ち、違いがはっきり分かっていなくてはならない。
どうも魔法というのは、魔力という未知のエネルギーを使っている割に、実に科学的な振る舞いをするらしい。
土魔法と雷魔法を使い、空間魔法で作ったインベントリ内で、電圧による鉱石の仕分けや、分解、変形を行えている。ここには道具という概念が要らない。知識と魔力、そして科学的根拠さえあれば、分解も構築も可能なのだ。
無論、匙加減の難しい所も多く、結局は大雑把になって製錬が手作業になることも多い。慣れてくれば、別空間で製錬から構築まで完結できるのかもしれない。
だが今それをやろうとすると頭が痛くなって、長くは続けられなかった。演算処理のような作業をこの小さな脳だけでこなすのは、生後数日の幼生体には厳しいのかもしれない。
そうして製錬したモリブデン、ニッケル、コバルトをベースに、マルエージング鋼を作ることはできた。
だが、ここでも問題が出る。15メートル級のフレームともなれば、その量は実に27トン。地球の工業規模からすれば微々たる量だが、手作業でこれを製錬するのは骨が折れた。
ニッケル18パーセント、コバルト9パーセント、モリブデン5パーセントを抽出するだけでも手間がかかる。専門知識を持った仲間が、現実問題として必要だった。
そこで僕は、土魔法で人形を複数体作り、製錬作業を並列化した。
人形は土の塊だが、僕の魔力で動き、僕の意志で動く。僕の手の代わりに鉱石を運び、僕の目の代わりに温度を見て、僕の手の代わりに鋼を打つ。
もくもくと作業を進め、マルエージング鋼と炭化タングステン、ミスリル粉末を使ったプレートを作り出していった。
ここからの作業は、正直、地獄だった。
夜が来た。工房の入口に夕食の盆が置かれていたので、人形を動かしながら片手間に食べた。
夜が深くなり、仮眠を取ろうとしたが、頭の中で設計図が回り続けて結局眠れなかった。朝が来て、昼が来て、また夜が来た。
◇
二日目。
入口に置かれる盆が、少しだけ豪華になっていた。温かいスープと、消化のいいパン。誰がそうしたかは、聞かなくても分かった。
ごめん、メルフィーナ。言われたことを守れていない。
それでも、止まれなかった。
◇
三日目。
本体フレーム用のマルエージング鋼が27トン、回転式大型メイスの素材が5トン、回転式大型ラウンドシールドの素材が3トン、中間層用のダイラタンシー流体金属が12トン、外装用の炭化タングステン装甲が8トン、そして魔導回路用のミスリルプレートが各部位に必要な分。
全ての素材が、修練場の隅に積み上がっていた。
僕はその山を見つめ、それから自分の前足を見た。
震えていた。
魔法があるとはいえ、個人でやることじゃないな、これは。
ゲッソリとした気分で、僕は人形を解いた。人形たちが、役目を終えて安堵したようにぱさりと土に戻る。
工房の入口に、もう一度盆が置かれていた。僕はそれを口に運んだ。
味は、よく分からなかったが、温かかった。それだけは、辛うじて分かった。
第十六話・了
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