第十四話 メカヲタ、出来る事を無理なく
翌朝、僕はまだ薄暗い内に工房へ向かった。霜の降りた中庭を四つ足で歩く。爪先が冷たい。吐く息が白い。
工房の入口に着くと、既にヴェルディが立っていた。姿勢を正し、背筋を伸ばし、革手袋を嵌めた手を体の脇に揃えている。昨日と同じ前掛けに、昨日より少しだけ砂と煤の染みが増えていた。
「お、おはようございます、守護竜様っ!」
「あぎゃ」
僕は黒板を出した。
[早いな]
ヴェルディは少しだけ嬉しそうにした。
「あ、その、ま、間に合わなくては、いけませんので」
昨日「明日もよろしく」と書いた時、ぐっとこぶしを突き出してウインクをしたのが効いたんだろうか。彼の中で、僕は「やる気を出して仕えるべき守護竜」になったらしい。それなら、こちらも応える方が筋だ。
僕は黒板に書いた。
[今日は、昨日とは違う方法でやる][タングステンを融かさない][粉のまま固める]
ヴェルディは黒板を一行ずつ読み、それから僕を見て、もう一度黒板を読んだ。
「……粉のまま、固める」
「あぎゃ」
「ど、どうやって……」
僕は黒板を消した。
[見ていれば分かる]
昨日と同じ台詞を、また書いた。ヴェルディは笑いそうになって、慌てて表情を引き締める。少し肩の力が抜けて来たかな。
今日は焦らない、と僕は自分に言い聞かせた。昨日の失敗は、技術の問題じゃなかった。順番の問題でも、温度の問題でもなく、焦りの問題だった。量を欲張り、一気にやろうとして、検証を飛ばした。今日は違う。今ある物で、今できる精一杯を丁寧に。それだけだ。
僕は工房の中央に、新しい作業卓を土魔法で起こした。低く平らな台で、表面に細かい目盛りを刻む。粉末の量を測る為だ。
インベントリーから、昨日作ったタングステン粉末を取り出す。灰色の重い粉だ。別の容器に、木炭を粉にして用意する。これは前夜の内に、メルフィーナのメイド達に頼んで臼で挽いてもらった物だった。指の腹で擦れば滑るくらいの微粒だ。
「ヴェルディ」
「は、はいっ」
「これを、こちらの皿に少しずつ移してくれ」
「は、はいっ」
僕は秤を取り出した。古い秤だが、王城の備品の中で一番精度が良いものを選んでもらってある。タングステン粉を規定量、炭素粉をその6パーセント。炭化タングステン、タングステンカーバイド※①の理論組成だ。
ヴェルディは両手で慎重に粉を移した。指先の震えが昨日より少ない。彼の中で「役割」が定着しつつあるんだろう。僕は粉を、ゆっくり均一になるまで混ぜた。
坩堝に粉を入れ、炉に置く。雷を絞り込み、坩堝に流す。ただし昨日と違って、温度の上げ方を変えた。一気に最大出力を出さず、ゆっくり段階的に上げる。タングステンと炭素が出会い、反応し、結合する。その時間を確保する為だ。炉の中が、赤から橙、橙から黄、黄から白に染まっていく。
僕は雷の出力を、ある所で止めた。反応させるだけでいい。
ヴェルディは僕の隣で、口を半分開けたまま炉を見ていた。
「……あの、守護竜様」
「あぎゃ」
「これは、何が、起きて……」
[炭素を、タングステンの中に押し込んでいる]
「は、は、はあ……」
[結晶構造の中に、炭素原子を噛み込ませる]
「は、は、はあ……」
明らかに理解はしていなかった。それでも、彼は次の指示を待った。
一刻ほど経った頃、僕は炉の温度を下げ、坩堝を取り出して中を覗き込んだ。灰色から黒に近い色合いに変わった粉末が、底に沈んでいる。爪で擦ると鈍く光った。昨日のタングステン金属より、もっと重く、もっと硬い手触りだ。炭化タングステン。
僕は尻尾を一度だけ振った。ここまでは来た。
◇
「守護竜様」
入口で声がした。振り返ると、メルフィーナが立っていた。手には湯気を立てる椀と、布で包んだパン。
「朝食でございます」
「あぎゃ」
彼女は溜息を一つ吐いた。
「……お一人で、出てこられましたね」
「あぎゃ」
「……朝ご飯も食べずに、ですか」
「あぎゃ」
彼女は二度目の溜息を吐き、それから僕の前にしゃがみ込んで椀を差し出した。温かいスープの匂いが鼻先に届く。
「お食べ下さいませ」
「あぎゃ」
スープには、細かく刻んだ肉と根菜が入っていた。僕はそれを少しずつ口に運ぶ。ヴェルディは壁際で姿勢を正したまま、こちらを見ないようにしていた。
「ヴェルディ殿」
メルフィーナがヴェルディの方に振り向いた。
「は、はいっ」
「あなたの朝食は」
「い、いえ、その、自分は、騎士団の食堂で、既に頂いておりますのでっ」
「そうですか」
彼女は微笑んだ。
「では、お昼にはまた、お持ち致しますね」
「あ、あ、ありがとうございますっ!」
ヴェルディが深く頭を下げた。メルフィーナは僕の方に視線を戻し、それから工房の中をゆっくり見渡した。作業卓の上の二つの粉の容器、炉の前の黒っぽい粉が入った坩堝、そして煤と粉まみれの僕。
「……上手く、いっていらっしゃいますか」
僕は黒板を出した。
[半分]
「半分?」
[もう半分、これから]
彼女は黒板を読み、それから僕の顔をじっと見た。
「……守護竜様」
「あぎゃ」
「今日は、必ず、お昼もお召し上がり下さい」
「あぎゃ」
「必ず、ですよ」
「あぎゃ」
彼女は最後に、もう一度だけ溜息を吐いた。だがその溜息は、昨日のものより少しだけ軽かった。口の端が、ほんの僅かに上がっていた気がする。彼女は立ち上がり、マントを翻して工房を出て行った。
◇
午後、ここからが本番だった。
僕は炭化タングステン粉と、別に用意した鉄粉を新しい皿に並べた。鉄粉の比率は10パーセント。本来は、コバルトを使うのが地球の超硬合金の定石だ。しかしコバルトはまだこの王国で見つけていない。ならば、今ある物で代用する。鉄でも超硬合金は作れる。性能はコバルト製に一歩譲るが、それでも普通の鋼の比ではない硬度になる。今ある物で、今できる精一杯。
僕は鉄粉と炭化タングステン粉を、焦らず均一に混合した。
「ヴェルディ」
「は、はいっ」
「ここから先は、危ない作業に入る」
「は、はいっ」
「離れていてくれ」
「は、はいっ」
彼は工房の壁際まで下がった。
僕は混合粉を円柱状の型に詰めた。型は、土魔法で作った耐火の鋳型だ。詰めた粉を土魔法で上からゆっくり押し固める。粉と粉の隙間が限界まで詰まる。これが圧縮成形だ。次に、これを炉に入れ、雷で温度を上げる。ただし、ここでも融点には届かせない。
炭化タングステンの融点は約2870度、鉄の融点は1538度。僕は温度を1400度程度に保った。鉄が融ける一歩手前だ。炭化タングステンの粒が、鉄にほんの少しだけ融解しながら互いを結びつける。これが液相焼結※②、融かさず固める技術の核心だった。炉の中で、白い粉がゆっくりと緻密な塊へ姿を変えていく。僕は雷の出力を細かく調整した。昨日のような、一気に上げて崩す出し方はしない。
時間が経ち、僕は炉の温度を下げて坩堝を取り出した。急に冷やすと内部に応力が残って割れるので、ゆっくり冷ます。冷めた塊を台に乗せた。灰色の緻密な円柱。重い。手触りが、鋼鉄よりももっと密度の高い物のそれだった。
僕は鋼塊の切れ端を取り出し、円柱を叩いてみた。カン、と乾いた音。鋼塊の方が削れ、円柱には傷一つ無い。
僕は尻尾を二度振った。超硬合金、完成だ。
「ヴェルディ」
「は、はいっ」
「来てくれ」
ヴェルディは恐る恐る近付いてきた。
「これに触れてみてくれ」
「は、はい?」
「冷たいから、大丈夫だ」
彼は手袋を嵌めた手で円柱に触れた。
「……重っ」
「あぎゃ」
「あ、こ、これ、何でしょう……」
[鋼より硬い合金]
ヴェルディは黒板を読み、それから円柱を見て、もう一度黒板を読んだ。
「……鋼、より、硬い」
「あぎゃ」
「そんな物が、あるんですか」
僕は黒板を消した。
[今、出来た]
彼は暫く言葉を失っていた。
◇
夕刻、僕は工房の隅に新しい作業卓を起こし、ゴーレムの設計図を黒板に書き出していった。
採掘用ゴーレム。小型で機動性重視、狭い坑道の中で動けるサイズにする。バランスを崩しにくい多脚式で、前腕に回転駆動軸を持ち、その先端に超硬合金製の掘削ドリルを取り付ける。回転はゴーレム自身の魔力で駆動する。魔力を運動エネルギーに変換する機構を内蔵させる。基本的には、ドリルが別なゴーレムのような物だ。
運搬用ゴーレムは更に簡易な構造で、両腕で鉱石を抱え、坑道内を一方通行で往復する。入口で僕か別の人員が回収し、空荷で奥へ戻す。リレー方式で複数体を並べる。
専用掘削ドリルは、軸を鋼鉄、先端に超硬合金チップを差し込んでロウ付けで固定する。先端形状はらせん状ではなく、岩盤に押し当てて回転させるロータリーパーカッション式を採用する。岩を叩きながら削る方式だ。これなら石英脈の岩盤でも、ゴーレムの腕力で十分掘削できる。
僕は試しに、小型の試作ドリルを一本、土魔法と空間収納の中の鋼材を使って作った。軸長30センチ、先端に超硬合金チップを埋め込む。ロウ付けの代わりに、雷魔法で原子レベルの結合を作った。完成だ。
僕はそれを、壁際で姿勢を正したままのヴェルディに突き出した。
「ヴェルディ」
「は、はいっ」
「これを、岩に当てて回してみてくれ」
彼は受け取ったドリルを、まじまじと見た。
「は、はい……あ、あの、岩、どこに……」
僕は土魔法で、工房の隅に岩塊を一つ呼び出した。石英脈の脇に転がっているのと同じ、固い珪質の岩だ。ヴェルディはドリルを手に、岩の前に立った。
「……これを、こうですか」
彼が両手でドリルを岩に押し当て、魔力を流す。ガリガリ、と軽い音。岩の表面が削れ、深くなっていく。ヴェルディの目が、徐々に大きくなっていった。
「……っ、け、削れて、ます」
「あぎゃ」
「岩が、削れて、ます!」
「あぎゃ」
彼は興奮して、もう少しドリルを押し込んだ。削り屑がぱらぱらと落ちる。
ゴーレムの腕力なら、人間の力の何倍も出る。回転速度も上げられる。これなら横坑※③、谷の中腹の露頭から水平に掘り込む方式で、十分な採掘速度が出るだろう。排水も換気も、自然に成立する坑道で。土魔法で支保を即時施工しながら、ゴーレムが脈を追う。運搬ゴーレムがリレーで鉱石を運び出し、入口で僕が空間収納に放り込めば、王城に直送できる。
◇
夜、工房の灯りが煤けた壁を橙色に照らしていた。僕は試作したドリルと、ゴーレムの設計図と、超硬合金の円柱を、作業卓の上に並べていた。
入口で軽い足音がした。
「守護竜様」
メルフィーナが、夕食の盆を持って立っていた。
「あぎゃ」
「お昼は、お召し上がりに?」
「……あぎゃ」
彼女は三度目の溜息を吐いた。だがその溜息の後で、彼女はゆっくり工房の中を見渡した。作業卓の上の試作ドリル、床に転がっている削られた岩塊、黒板に書かれたゴーレムの設計図、そして煤まみれの僕。
「……上手く、いったのですね」
「あぎゃ」
彼女は微笑んだ。昨日とは違う、晴れた朝のような微笑みだった。
「……守護竜様」
「あぎゃ」
「今日は完璧でしたか?」
僕は黒板を出した。
[今ある物で、できる精一杯]
彼女は黒板を読み、それから僕を見て、ゆっくり頷いた。
「……それで、十分でございます」
彼女は盆を作業台に置き、僕の前に屈み込んだ。そして、煤で黒ずんだ僕の頬を布で丁寧に拭った。昨日と同じ仕草で、だが今日は少しだけ嬉しそうに。
「ヴェルディ殿は、お帰りに?」
「あぎゃ」
「明日は」
「あぎゃ」
「……分かりました」
彼女は微笑みを崩さなかった。椀には、湯気の立つシチューと温かいパン。僕はメルフィーナの隣で、それを少しずつ口に運んだ。
明日、ヴェルディに、もう少し本格的な試運転を頼もう。
僕は尻尾をゆっくり一度だけ振った。炉の残った温もりが暖かい。煙突から、白い湯気が冬の夜空に細く立ち上っていた。
第十四話・了
【用語解説】
※① タングステンカーバイド 炭化タングステン(WC)。タングステンと炭素の化合物で、極めて硬度が高く、地球では切削工具・装甲・徹甲弾の芯材などに用いられる。
※② 液相焼結 粉末状の硬い物質(WC等)と、それより融点の低いバインダー金属(コバルト・鉄等)を混合・圧縮し、バインダーが液状化する温度で加熱して結合させる粉末冶金技術。融点が極端に高い物質を扱う際に用いる。
※③ 横坑 山の斜面の中腹などから水平に掘り進める坑道の形式。アディットとも呼ぶ。排水と換気が自然成立し、垂直坑に比べて施工・運用が容易。
読んで頂きありがとうございました!
「星評価」、「ブックマーク」、「いいね! 」
よろしくお願いします!!
感想やご意見有れば是非お聞かせくださいね!
(っ ॑꒳ ॑c)ワクワク




