第十三話 メカヲタ、作り始める(大幅に変更しました)
改訂版です。書き直しました。
冬の朝陽が、まだ斜めに差し込む時刻。僕は中庭の片隅、使われていない一角に立っていた。
前日のうちに、王には断りを入れておいた。中庭の一角を貸してほしいことと、もう一つ。力仕事の助手を一人、騎士団から借り受けること。
自分の前足を、じっと見つめる。小さい。鱗に覆われた、6本指の手。これで持てる物は、せいぜい砂礫一握り。指が一本多いのは奇形ではなく、古竜とはそういうものらしい。しかし指は多くても、このサイズに見合った筋力しかない。
雷で物質を組み替えることはできる。土魔法で工房も建てられるし、人形を呼び出して槌を握らせることもできる。だが人形は、魔力を流し続けないと維持できない。炉に砂を注ぐ、薪を補充する、灰を掻き出す、赤熱した坩堝を運ぶ——そういう、ただ重い物を動かし続ける作業に魔力を割き続けるのは、効率が悪い。
だから、人の手が要る。
四肢を踏ん張り、翼を広げて魔力を迸らせる。
凍った土が低く唸って盛り上がった。霜の薄膜が割れ、細い土埃が湯気のように立ち上る。背の高い煙突が、地中から押し出されるように伸びていく。内壁は焼き締まった陶質に。外壁は厚く、骨組みに石材を挿し込んだ。
煙突の脇に、丸い炉本体。炉口、灰受け、送風口。作業台、収納棚、坩堝架。工具掛け、水盤、研磨用の砥石板。
僕は4枚の翼を、満足げに一度畳んだ。
「……守護竜様」
背後で、メルフィーナの声がした。振り返ると、彼女は両手で口元を押さえて立ち尽くしている。湯気を立てる紅茶のカップが、片手から逃げそうになっていた。
「な、何ですか、これは」
「あぎゃ」
僕は黒板を出して書いた。
[作業場。使用許可は頂いた]
メルフィーナは、出来たばかりの煙突付きの工房を、上から下までゆっくり眺めた。
「……お一人で、ですか」
「あぎゃ」
「……朝ご飯も食べずに、ですか」
「あぎゃ……」
僕は耳を、ぺたりと寝かせた。彼女は溜息を一つだけ吐いて、紅茶のカップを作業台に置く。
「お茶です。冷めないうちに」
「あぎゃ」
「本日は、お手伝いの方が一人いらっしゃると伺っております。お夕食には、お戻りに?」
「あぎゃ」
「必ず、ですよ」
僕は思わず、遠い目をした。彼女はマントの裾を翻し、霜の上を軽い足音で去っていった。
それから半刻ほど経って、中庭の正門の方から急いだ足音が聞こえてきた。若い、軽い足音だ。やがて工房の入口に、一人の青年が現れた。
歳の頃は16、7か。少年と青年の境目。短く刈った金髪の下に、まだ少し赤みの残る頬。革の手袋と作業用の前掛けを身に付けて、走ってきた。
彼は僕を見るなり、弾かれたように立ち直った。
「お、お初にお目に掛かり、ますっ、守護竜様!」
声が裏返っていた。
「ヴェルディ・カーリスと申しますっ! 王立騎士団、従士、配属1年目でありますっ! 本日の助手を仰せつかり、参りましたっ!」
彼は深く深く頭を下げ、前掛けが床に落ちかけた。僕は黒板を出す。
[楽にしていい]
ヴェルディは黒板を読み、それから僕を見て、もう一度黒板を読んだ。かなり緊張しているのが見て取れる。
「は、はいっ」
……全然、楽にしていなかった。
[やってもらうことを説明する。砂を炉に注ぐ、灰を掻き出す、薪と炭を運ぶ、赤熱した物は火箸でこちらの台に移す]
ヴェルディは食い入るように読み、頷いた。
「は、はいっ。承知しましたっ」
[炉に近付き過ぎない。指示があるまで火に触らない。鱗が舞っている時は息を吸わない]
「は、はいっ」
彼は前掛けを締め直し、手袋を嵌め直した。指が少し、震えている。僕は最後に書いた。
[危なかったら、すぐ離れていい。分からないことがあったら、手を止めて聞けばいい。分からないまま手を動かすのが、一番危ないからね]
ヴェルディは黒板を読み、表情を緩めた。少しだけ、肩の力が抜けたのが分かる。
「は、はい」
僕はインベントリから砂鉄を取り出した。作業場の床に、黒い砂を山にする。
「うわっ、何ですかこれ……重っ」
ヴェルディが近寄って、驚いた。前足で一粒掬い、簡易な磁石を近付けて見せると、砂が一斉に吸い付く。
[砂鉄だ]
ヴェルディは目を丸くした。
「砂、鉄……鉄を、ここから、作る、と」
「あぎゃ」
「ど、どうやって……」
[見ていれば、分かる]
僕は炉に、砂鉄と木炭の小山を作るよう指示した。彼は両手で慎重に砂を運び、木炭を交互に積んでいく。動きは丁寧で、力もある。革手袋が、砂と煤で汚れていった。
山が出来たところで、僕は炉口の前に立つ。雷を絞り込み、炉内へ流す。
砂鉄が、震えた。
赤から橙、橙から白へ、炉の中が染まっていく。本来なら木炭が何時間もかけてじわじわ進める仕事を、雷で無理矢理に短縮する。僕は出力を、細かく刻んだ。
ヴェルディは僕の隣で、口を開けたまま炉を見ていた。
「……あの、守護竜様。これは、何が、起きて……」
今、忙しいんだよな。手が離せないから、黒板も書けない。彼の目を見て、首を横に振る。
彼はゆっくり頷いた。頷いたが、明らかに理解はしていない。それでも、次の指示を待つ。砂を運ぶ手は止めず、薪が減れば足し、灰が溜まれば掻き出す。役割は、理解している。そういう種類の真面目さだった。
一刻ほど経った頃。僕は炉の脇を、土魔法で薄く開いた。暗い赤の中に、黒く沈む塊が見える。鉧——海綿状の塊鉄だ。
[ヴェルディ。この台に移してほしい]
「は、はいっ……、う、うわっ、熱っ、熱っ」
彼は火箸を使い、革手袋越しに慎重に鉧を引き出した。赤熱した塊を、作業台の脇の火床に乗せる。額に、汗が一気に滲んでいた。
「で、出来ました」
「あぎゃ」
僕は鉧の前に立ち、土魔法を発動させた。土から人形を呼び出す。簡易なヒトガタが地面から生え、それぞれ槌を握る。
ヴェルディが、声を失った。
「ええ……」
人形が、槌を振り下ろした。カン、カン、と規則的な槌音が始まる。鉧の表面で、火花が散った。叩いては折り、折っては叩く。土の人形が、黙々とそれを繰り返す。
ヴェルディは暫く呆然と見ていた。やがて自分の役割を思い出したのか、薪の補充に戻る。だが時々、ちらりと人形を見た。
陽が天頂を少し過ぎた頃。人形が、最後の一打を振り下ろす。鋼塊が、銀色の光を返して台の上にあった。
僕は人形を解いた。土が崩れ、ただの土に戻って地面へ吸い込まれていく。ヴェルディが、息を呑んだ。
「……」
[ヴェルディ。昼食、行ってきていい]
「で、では、お言葉に甘えさせて頂きますっ」
彼は深く頭を下げ、工房を出ていった。
午後、僕は自分の作業台に移った。
インベントリから、ウォルフラマイトの粒を取り出す。黒く、表面に金属光沢を残す重い鉱石。この中から、タングステンを取り出す。
砂鉄と同じやり方では駄目だ。ウォルフラマイトは組成が複雑で、鉄やマンガンを先に追い出してやらないと、目当ての金属には辿り着けない。地球でも何段にもなる手順を、僕は雷で強引に短縮する。
ヴェルディが昼食から戻ってきた。
「戻りましたっ」
[これからは違う作業だ。危ないので距離を取って。指示があったら、坩堝の入れ替えだけ頼む]
「は、はいっ」
彼は工房の壁際まで下がり、きちんと立って待った。
坩堝の中で、物質が紫がかった青に発光する。結晶の崩れる、微かな音。洗い、酸を加え、焼成する。坩堝の底に、鮮やかな黄色い粉末が残った。地球の教科書通りの色だ。
最後の還元。坩堝に黄色い粉末と炭を入れ、雷を流す。
火花が散る。青白い閃光が坩堝の中で踊り、煙が立ち上る。煙突を見上げると、白い湯気が冬の空へ細く伸びていった。
冷ました坩堝の底に、灰色の粉末が残っていた。重い。爪で擦ると、鈍く光る。純度の高そうな、タングステンの金属粉。
僕は尻尾を、ぴんと立てた。
[ヴェルディ。次が、今日の本番だ]
「は、はいっ」
僕は新しい坩堝に、午前中の鋼塊を割って入れた。その上にタングステン粉末をぱらりと撒き、炉の温度を上げる。
鉄が赤く染まり、黄色に変わり、白に近づく。融け始めた。タングステン粉末は、融けた鉄の中に沈んだ。
僕は、瞬きをした。
均一に混ざる気配が、無い。
鉄はとうに融けている。だが底のタングステン粉は、塊のまま沈み、溶け残っていた。
温度の問題じゃない。純粋なタングステンは、融けた鉄に溶け込む速さが違いすぎる。無理に鉄ごと沸かそうとしたところで、先に坩堝が音を上げるだけだ。
出力を絞る。炉の中が静まっていく。鉄が、冷えていく。底に沈んだ粉末は、固まりかけた鉄の中で、不規則な黒い斑点となって閉じ込められた。均一な合金ではない。タングステンの粒が、鉄の海に取り残された島のように浮かんでいる。これでは、合金鋼として機能しない。
なるほど。拡散は、速度だ。竜の脳で手順は畳めても、金属が混ざるのにかかる時間までは畳めない。
僕は歪んだ塊を、掌の上で転がした。入口を一つ、間違えただけの話だ。純度の出来に気を取られて、その先の"どう溶かすか"を後回しにした。先に鉄と混ぜた合金にしておけば湯にすっと馴染んだし、いっそ融かさず、粉のまま圧し固めて繋ぐ道もあった。どちらも、明日やればいい。
潰れた仮説が一つ増えただけで、道は減っていない。
「……あ、あの、守護竜様。だ、大丈夫、でしょうか」
炉を検分している僕の背後で、ヴェルディの声がした。振り返ると、彼は壁際で心配そうに、こちらを見ている。潰れた金属塊を、まずいことが起きたと見て気を揉んでいるらしい。
そういう顔をされるほどのことじゃないんだがな。僕は黒板に書いた。
[今日はここまで。原因は分かった。片付けを頼む]
「は、はいっ」
ヴェルディは僕の表情を窺いながら、それでも何も聞かず、灰を掻き出し、炉の火を落とし、坩堝を整理し始めた。彼が動く間、僕は歪んだ塊を眺めながら、明日の手順を組み直していた。陽は、いつの間にか低く傾いていた。
「……守護竜様。で、では、本日はこれで失礼致します」
片付けを終えたヴェルディが、入口で居住まいを正した。
「あぎゃ」
「あ、あの」
彼は少し迷ってから、続けた。
「明日も、お、お役に立てれば、と」
僕は黒板に [明日もよろしく] と書いて、ぐっと拳を突き出し、ウインクをしてみせた。ヴェルディは勢いよく頭を下げ、工房を出ていく。入口の外で、彼の足音が少し弾んで遠ざかっていくのが聞こえた。
工房に、静寂が戻った。
入口の方で、軽い足音がした。顔を上げる前に、声が来る。
「守護竜様」
振り返ると、メルフィーナが立っていた。手には湯気を立てる椀を二つ、盆に乗せている。
「お夕食、と申し上げたはずですが」
彼女の目が、僕の前の歪んだ金属塊と、煤だらけの僕を、交互に見た。
「あぎゃ……」
てっきり気落ちしていると思ったのだろう。彼女は盆を作業台に置き、僕の前に屈み込むと、煤で黒ずんだ僕の頬を布で丁寧に拭った。別に落ち込んではいないんだが、まあ、拭かれるのは悪くない。
「……上手く、いきませんでしたか?」
[溶け残った。混ぜ方を間違えただけだ]
彼女は不思議そうに、炉を見た。
[タングステンは、鉄に溶け込むのが遅すぎる。先に馴染ませてやればいい。明日で片付く]
メルフィーナは黒板を読み、それから僕を見て、ふっと肩の力を抜いた。
「……守護竜様でも、一度では上手くいかないのですね」
からかうような、それでいて少し嬉しそうな声だった。否定する気もない。事実だ。
「あぎゃ」
彼女は微笑んで、両手で僕を持ち上げ、頬に押し付けた。
「さあ、お夕食です。冷めないうちに」
「あぎゃ」
椀には、湯気の立つ肉入りスープと、固いパン。僕はメルフィーナの隣で、それを少しずつ口に運ぶ。炉はまだ温かい。煙突から、白い煙が冬の空へ細く立ち上っていた。
——拡散は速度、か。竜の脳でも、そこは飛ばせない。悪くない発見だ。明日は、混ざるように混ぜてやる。
僕は尻尾を、ゆっくり一揺らしした。
第十三話・了
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(っ ॑꒳ ॑c)ワクワク




