第十二話 メカヲタ、地質調査に出る
王城を発ったのは、夜が明けて間もない頃だった。
中庭で、メルフィーナが膨れていた。旅装こそしていないが、目だけがしっかり責めてくる。吐く息が白い。マントの肩には、霜が薄く降りていた。
「お供致しますと申し上げたはずですが」
「あぎゃ」
僕は黒板に書いた。
[空から見る]
[地質調査]
[単独で済む]
メルフィーナは黒板を読み、それから僕を見て、もう一度黒板を読んだ。
「……理屈は分かりました」
「あぎゃ」
「分かりましたが、納得はしておりません」
そう言って彼女は両手で僕を持ち上げ、頬に押し付けた。冷えた頬に、僕の温度がじわりと移っていく。
「お早いお帰りを」
「あぎゃ」
会ってまだ数日だが、随分と懐かれたな。彼女は最後まで、膨れた頬を戻さなかった。
◇
4枚の翼を広げ、王都の北へ向かう。
ドラグロード王国は、地図の上から見れば、山脈に囲まれた高地の国だ。北と東に古い山並み、西南に丘陵、南に隘路。その北側、王都から馬車で山道を1日ほどの距離に、火山帯が連なっている。僕が向かうのは、その懐だった。
事前に王から渡された地図には、稼働中の鉱山が3箇所、休止中の坑道が2箇所、印が打たれていた。鉄や銅、銀が主の鉱山だが、僕が見たいのはそこじゃない。本格的にゴーレムを作るなら、複数の素材が欲しい。
高度を上げ、雲を抜け、視界を一気に広げる。山並みの全景が、眼下に広がった。頂には白い冠、中腹より下は黒い針葉樹の海。ただし、それは山によって違う。活火山の周辺だけは雪を薄く纏うか、ほとんど被らないか——地熱が、冬を押し戻していた。
僕は速度を落とし、ゆっくり滑空する。
地球の地質学が、ここでも通用するかどうか。それが、今日の最初の検証だった。結論から言えば——通用していた。火山の円錐、それを取り巻く溶岩台地、更にその外側に古い深成岩体。褶曲した堆積層、断層線に沿った変質帯、谷筋の色の違い。鉱床の有無は、地表に必ず痕跡を残す。基本は、地球と同じだ。
北の山塊の、中心部寄りに目を留めた。広い範囲で白っぽい岩体が露出し、浸食で削られてドーム状に頭を出している。花崗岩だな、多分。地下深くでゆっくり冷え固まったマグマの塊で、これがある場所には希少金属が集まる。
高度を落とし、岩体の縁を辿る。深成岩と周囲の堆積岩がぶつかる境界——接触変成帯。ここには、しばしば鉱脈が走る。南東斜面、谷の中腹に、白い縞が見えた。石英脈、それも太い。一本ではなく、何本もの脈が網目状に走る脈系だ。
更に下流、谷が大きく曲がる地点で、川面に目を凝らす。凍ってはいない。地熱のおかげで、本流は流れを保っていた。水量こそ少ないが、川底の砂が、低い冬の陽を受けて黒く沈んで見える。手付かず、といったところだな。
僕は、降下した。
◇
着地点は、川岸の砂利の上だった。人の手が入った形跡は無く、獣道すら無い。人類未発見の沢だ。空気は冷たいが、地面から微かな湯気が立ち上っている。火山の懐は、冬でも息をしていた。
前足で、砂を掬う。重い。体積の割に明らかに重く、比重が桁違いだ。黒い、ほぼ純粋な砂鉄。磁鉄鉱の漂砂が、川底に層を成して沈んでいる。雨と雪解け水が火山由来の鉄分を含む岩石を風化させ、川が運び、重い磁鉄鉱だけが下流の屈曲点で沈む。教科書通りの配置だ。ここは、鉄の沢でもある。
だが、本命はその上に重なっていた。黒い砂の中に、別の質感の粒。形は不揃いだが、表面に金属光沢がある。慎重に一粒を引き上げ、岩の上に置いて爪で擦る。擦過痕に、鈍い金属の輝き。条痕の色は、マンガン由来の黒褐色。
鉄マンガン重石——ウォルフラマイト。やっぱり、あったか。タングステンの主要鉱石だ。比重19.3、地球で最も融点の高い金属を含む。地球でも、1800年代に入るまでは使い道の無かった金属だ。炭と組み合わせれば炭化タングステン、実用される中で最高硬度の刃になる。鉄と組み合わせればタングステン鋼、高温でも硬度を失わない工具鋼だ。
作れる。工具が作れる。ドリルの先端材が作れる。採掘が始まって量が集まれば、ゴーレムを超硬くできる。
ウォルフラマイトの粒は、点々と、しかし確実に漂砂の中へ散らばっていた。源を遡れば、さっき上空で見た石英脈の網に行き着く。鉱脈は本物だ。川底の漂砂は、山が長い時間をかけて流し続けた残滓に過ぎない。本体は、まだ山の中に眠っている。
◇
僕はインベントリを開き、川底の堆積物を——砂鉄もウォルフラマイトも含めて、その一帯ごとごっそり持ち帰ることにした。本格採掘は後日、王の名で人員が派遣される。だが僕の手元には、今すぐ精錬実験に回せる素材が要る。少量で済ますなんて、勿体無い。
谷を歩きながら、川底をなぞるように漂砂を掬い続ける。重い黒い砂は、面白いように吸い込まれていった。
掻いている途中、見たことのない粒が一緒に上がってきた。青みがかった白、銀、僅かに虹を返す。他の漂砂より明らかに軽いのに、爪で擦っても傷一つ付かない。何だ、これは。しばらく、それを見ていた。地球の周期表に、この組み合わせは無い。比重が軽く、それでいて硬度が極端に高い。物理が、破綻している。
他にも幾つか、同じ粒が混じっている。ぽつぽつと漂砂の中に紛れていた。珍しいというほどではないが、確かに存在する金属だ。綺麗だな。土産にしよう。混じっていた粒を選り分け、その一握りもインベントリに仕舞う。名前は知らないが、怒ったメルフィーナに良い土産ができた。
岩に腰を下ろし、一つだけ引っ掛かりを片付けておくことにした。アルミニウムだ。花崗岩の主成分の一つ、長石はアルミを含む。含有率にして7、8パーセント。原料は確かにここにあるし、僕は雷属性で電気分解を再現できる。ホール・エルー法——融解した媒体にアルミの酸化物を溶かし、電流を流して還元する。原理だけなら、できる。
だが、それは長石の結晶格子からアルミを引き剥がした後の話だ。長石のケイ酸塩構造は固く、アルミは格子の中に組み込まれていて、簡単には離れてくれない。強アルカリで溶かすか、超高温で焼くか。いずれにせよ、前段階の処理に莫大なエネルギーが要る。ボーキサイト——既に風化でアルミだけが濃集した鉱石なら効率は桁違いだが、あれは熱帯の高温多湿で長い時間をかけて風化した土壌から出来る代物で、ここは寒冷の山岳。条件が揃わない。雷で剥がすことはできるが、割に合わない。やるなら、ボーキサイトを探した方が早いな。
前足で岩を一度叩いて、その思考を畳んだ。今後の課題として、頭の隅に置いておく。
◇
午後、山塊の周囲をもう一度回った。鉱床の延長、想定される規模、概算の埋蔵量、川と街道の位置関係、運搬経路。全て、簡易な地図に記録する。座標、地質、想定産物、優先度。発見と確認、それだけでいい。掘るのは、人の仕事だ。だが、掘る道具を作るのは、僕の仕事だ。
日が傾くのが早い。冬の太陽は低い角度から谷を斜めに照らし、すぐに尾根の向こうへ落ちようとしていた。最後にもう一度、谷を見下ろす。誰の目にも触れていない川面が、赤い夕日を返して光っている。谷底からは、変わらず微かな湯気。やがてここに、人の足が入る。道が開かれ、坑が穿たれ、炉が築かれる。それは、王国が前へ進む音でもあった。
僕は4枚の翼を広げ、尾根を蹴った。王都ドラグロードへの帰路は、追い風だった。
◇
謁見の間に通された時、王は既に地図を広げて待っていた。机の上の、王国全土を描いた大判の地図。北の山脈は淡い茶色で簡素に塗られ、鉱山の印は三つ、休止坑道は二つ、それ以外は白だった。
僕は黒板に書いた。
[未発見鉱床]
[北山塊 南東斜面]
[砂鉄 タングステン]
[規模 大]
王は、身を乗り出した。
「タングステン……?」
聞き慣れない響きだったのだろう。
「あぎゃ」
黒板を消し、続けて書く。
[鉄より重い金属]
[工具 武器 装甲]
[鉱石 確認 持ち帰り済み]
王は暫く黒板を見て、それから僕を見て、ゆっくり頷いた。
「マキナ殿の判断に任せる」
僕は前足で、地図上の位置を示した。谷の屈曲点、石英脈の網が走る斜面、川が大きく曲がる地点。王は羽根ペンを取り、その三点に新しい印を打つ。インクが乾く前に、王は静かに言った。
「……久々に、心躍る思いだ」
僕はマルキウス王と目を合わせ、ニヤリと笑った。
◇
謁見の間を出ると、廊下にメルフィーナが待っていた。吐く息を白くしながら、それでも入口まで出て。膨れた頬はもう戻っていて、代わりに少しだけ、眉が下がっていた。
「お帰りなさいませ、マキナ様」
「あぎゃ」
彼女は両手を広げて、僕を迎え入れた。互いの体温が、暖かい。僕は腕の中で尻尾を一度振り、それから前足を持ち上げて、彼女の手のひらに青白い粒を幾つか落とした。メルフィーナが目を瞬かせる。冬の夕暮れ、最後の赤い光が斜めに差し込んで、粒の表面で薄い虹が揺れた。
そして彼女は、迷わず言った。
「……あら、ミスリルの原石ですね」
僕は、固まった。
「希少魔法鉱石の中では、まだ数が見つかる方ですね」
彼女は粒を指の腹で転がし、驚いた僕の顔を見て、嬉しそうに微笑んだ。
「うふふ。マキナ様でも、ご存じないことがあるのですね」
これが、これがミスリルか。ファンタジー鉱石の代表じゃないか。そんなに普通に、出回ってる物なのか。
僕は腕の中で、尻尾だけを一度ゆっくり振る。頭の中で、別の音が鳴り始めていた。タングステン、砂鉄、そして——ミスリル。ミスリルも手に入るのか。軽くて硬い金属が、普通に流通しているのか。これは、色々と出来そうだ。
内心で、ニヤつく。これは、忙しくなるぞ。尻尾がやる気を感じ取って、ぶんぶん揺れていた。
第十二話・了
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