第十一話 メカヲタ、帰還する(改訂版)
夜が、明けていく。
ドラゴノートの上空で、僕は4枚の翼を緩めた。火柱はもう、ほとんど消えている。聖堂・兵舎・物見塔の三箇所、燃えるべき所だけが燃え尽きて、住宅街は無傷で残っていた。あの若い騎士の絵空事の、通りだった。
……上手くいった。
街の中央広場には、騎士団300、白騎士3体、そして住民たちが集まっている。僕はゆっくり降下した。
広場の中央に降り立つと、若い騎士が駆け寄ってきた。顔は煤と汗で黒く汚れている。だが、疲れの色は無い。目に、強い光があった。
「守護竜様」
彼は片膝をついた。僕はぴょんと、近くの白騎士の肩に飛び乗る。身の丈2.5メートル、深紅のマント、グレートアックスを地面に立てた白い巨人。その肩に、ちょこんと乗った黒いワンコ竜。……絵面が、なんだかおかしい。まあ、いいか。
僕は白騎士の頭を、ぺちぺち叩いた。ぺち、ぺち、ぺち。
これを持ち帰っても、僕は使わない。白騎士はこの街で人気だし、置いていった方がいいだろう。兵300だけでは反撃が来た時に厳しいし、ちょうどいい。黒板に書く。
[街任せる]
[ゴーレム譲渡]
[指揮 任せた]
若い騎士が固まった。
「……は?」
説明が足りなかったか。続けて書く。
[300 足りない]
[白騎士 英雄]
若い騎士は白騎士を見上げ、それから僕を見上げた。口が、ぽかんと開いている。やがて彼の目に、理解と覚悟と重みが追いついてきた。彼はザッと片膝をつき、剣を地に立てて、声を張り上げる。
「ドラグロード王国騎士団騎士、ティーガー・エルトート」
「守護竜様より賜りました騎士ゴーレム100機、必ず役立ててみせます!」
声が広場に響いた。集まっていた住民たちと騎士団300が、一斉に注目し、静まり返った。
そういえば僕は、この人の名前を知らなかった。ティーガー・エルトート、か。黒板に書く。
[ティーガー・エルトート]
[知ってるか?]
[絵空事の絵だって、描かなきゃ絵にならないんだぜ?]
ティーガーの目が、止まった。それから、喉が僅かに動く。何かを言おうとして、言葉が出てこない。僕は続けて書いた。
[街 頼んだ]
彼は深く、深く頭を下げた。今度は堪えきれず、地面に滴が落ちる。
「……は」
声に、確かに震えが混じっていた。
広場の隅に、見知った姿があった。草の男だ。腰に短剣を差したまま、娘の手を握って立っている。僕の視線に気付いて、彼は跪こうとした。僕は白騎士の肩から飛び立ち、彼の前まで飛ぶ。
男は跪きかけたまま、止まる。僕は黒板に書いた。
[ありがとう]
[王に伝える]
男の目にも、また涙が滲んだ。何かを言おうとして、結局何も言えず、頭を下げる。僕は前足を、男の手にちょんと置いた。夜明けの広場は、焼けた匂いがもう薄い。
娘が隣で、目を丸くしていた。ぐしゃぐしゃの髪、ぼろぼろの服、痩せた頬。だが、目だけは大きく輝いている。
「……わんちゃん」
僕は固まる。……まあ、いいや。わんちゃんで。
「あぎゃ」
娘がぱあっと笑った。
「お父さん! わんちゃんだよ!」
「……ああ」
「お父さんの、お友達?」
うっ。
友達かどうかは、僕の判定することじゃない。だが、父娘の前で否定するのも違う。尻尾が勝手に、ふりふり揺れてみせた。肯定でも否定でもない、曖昧な仕草。だが娘の中では、それは「うん」と解釈されたらしい。彼女は満面の笑みで、父の手を引っ張った。
……まあ、いいか。
僕は白騎士の肩に戻り、4枚の翼を広げた。最後に騎士ティーガーへ視線を送り、ゆっくりと飛び立つ。
王都ドラグロードへの飛行は、考え事をしていたせいで、半日近くかかった。空の高い所をゆっくり飛びながら、頭の中で整理を続ける。神聖国の動き、対抗策、これからの方針、必要な物資、主戦力となるゴーレムのイメージ。飛びながら考えるのは、悪くない時間だ。
王城の上空に着いたのは、夕方近くだった。中庭に降り立つと、メルフィーナが立っている。寝ていなかったらしい。目の下に、薄い隈。僕の姿を確認すると、彼女は両手を広げて迎え入れてくれた。
「マキナ様」
「あぎゃ」
「……お帰りなさいませ」
夕暮れの中庭に、いつもの静けさがあった。
メルフィーナの腕の中で、僕は尻尾を一度、軽く振る。彼女が小さく笑った。
「マルキウス様がお待ちです」
「あぎゃ」
謁見の間。マルキウス王は、玉座に座っていた。徹夜の疲れと、一つの予感をその目に湛えて。僕の姿を確認した瞬間、王の体が僅かに傾いだ。
「良く帰られた、マキナ殿」
声が、低かった。
僕は黒板に書いた。
[ドラゴノート奪還]
[住民 無傷]
[被害 軽微]
[敵半数 撤退]
王は暫く、動かなかった。それからゆっくりと玉座から立ち上がり、僕の前まで歩いてくる。そして、跪いた。
えっ、と僕は固まる。王が、跪く。やめてくれ、それは。
「……お父様」
メルフィーナが息を呑んだ。王は構わず、深く頭を下げる。
「……礼を、申し上げる」
声が、震えていた。
「13年、地図に書けなかった街の名を——今夜、書き戻せる」
ああ。——これは、僕への礼じゃない。王が13年抱えてきたものへの、区切りなんだ。
思えば、メルフィーナも13歳。彼女が生まれてすぐに妻に先立たれ、同時に、防衛拠点だったドラゴノートも失った。それから13年、彼は耐え続けてきた。
僕は黒板に書こうとして、やめた。謁見の間の空気が、重い。周囲の家臣たちも、涙を堪えきれなくなっている。僕は、王の頭をしばらく見ていた。
王が、ようやく顔を上げた。
13年、国を支えてきた背筋は、それでもまっすぐだった。
王が玉座に戻り、息を整えた頃。僕は黒板に、もう一つ書いた。
[あなたの放った矢は、確実に相手の心臓に届きました]
王の目が、止まった。
「……そうか」
少し、間。
「苦労を、かけたな……」
それだけだった。王はそれ以上、何も言わない。僕も、何も書かなかった。草の男のことは、王の中に確かに届いた。あの男への報酬と、名誉と、これからの暮らし。全ては王が、王自身の手で決めるだろう。それでよかった。
報告の最後に、僕は黒板に書いた。
[未知 不安]
[情報収集先]
[数ヶ月〜1年]
王は頷いた。
「だが、その間に我らも備える必要がある、ということだな」
僕は尻尾を一度振って、応える。
「具体的な方針は」
僕は書いた。
[主戦力作る]
王はまた、頷いた。今夜の戦果を見た上で、それでもマキナが「主戦力を作る」と言う。その意味を、王は正確に理解していた。
「……分かった。君の判断に任せる。必要な物があれば、何でも申せ」
僕は頭を下げた。
謁見の間を出ると、廊下にメルフィーナが待っていた。
「マキナ様」
「あぎゃ」
彼女は僕を抱き上げ、自分の部屋へ向かいながら、ぽつりと言った。
「次は、何をなさいますか?」
僕は彼女の腕の中で考える。次、か。まずは素材だ。ゴーレムの本格設計には、何が手に入るかを把握しないと始まらない。地球の鉱物学が通じるのか。魔法金属はファンタジー通りなのか。今のところ、からきし分からない。
鉱山に行こう。
僕は前足を、彼女の腕にちょんと当てた。そして黒板に、短く書く。
[鉱山]
メルフィーナは、笑った。
「お供致します」
第十一話・了
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(っ ॑꒳ ॑c)ワクワク




