31 実技演習
それから、ケイトは私たちがいるSクラスのことを教えてくれた。
ギスギスした小競り合いの多い学園だけど、本当に優秀な最上位層の子たちには余裕があって、下々の生徒とは違うオーラがあること。
中でも、入学以来常にSクラスで一位を記録している第三王子――フェリクス・フォン・エルミア殿下は、一般の生徒とはまったく違う世界の住人であること。
「第三王子の上、Sクラス首席だからね。一度も二位になったことがないんだから。公務があるから欠席している日も多いんだけど、まあいろいろと雲の上の人って感じ」
ケイトがそう話していた理由は、公務を終えて午後から学園に登校した彼の姿を見て一目でわかった。
金糸のような髪。
幾多の浮名を流す第二王子殿下に似た整った顔立ち。
私と同じ十一歳なのに、すらりと伸びた背筋と凜とした立ち姿は、大人以上に大人であるように見えた。
彼の周囲には常に人だかりができていた。
公務に関係する大人達や先生。
加えて、仲良くなりたいと近づく生徒達もたくさんいる様子。
(たしかに、雲の上って感じね)
彼の隣には、優雅な所作の男子生徒が常に付き添っていた。
エドウィルド公爵家嫡男ロイ・エドウィルド。
家族柄、主従的な関係にあるのかもしれない。
(彼もかなり頭が良さそうね)
クラスの順位的にはフェリクス王子が一番らしいけれど、本当はロイくんの方が頭が良いのではないか、となんとなくそんな風に感じた。
「あと、近頃話題になってるのはFクラスの編入生かな。平民出身らしいんだけど、他の人には使えない光属性の魔法が使えるんだって。先生や王子殿下も興味を持ってるって話で」
(すごい主人公っぽい子がいる……!)
私は身震いせずにはいられなかった。
幾多のロマンス小説を読んできた私の勘が言っている。
これ、絶対王子殿下に気に入られて「おもしれー女」ってなるやつだ。
そう考えてみてみると、ロイくんもかっこよくて人気のある攻略対象って感じがする。
(神が言っている……ここで華麗なる悪女になれ、と)
ロマンス小説的には悪役令嬢が求められていそうだけど、そんなありがちな話に収まるような私では無い。
大好きな小説の悪女様みたいに、メインキャラの影が薄くなっちゃうくらいに華麗でかっこいい悪女ぶりを見せていかなければ!
作戦を立てるため、私はケイトを屋上へと連れて行った。
鍵がかかっていて入れなかったので、屋上の扉の前にある踊り場のようなスペースで会議をすることにした。
「よく来たわね、ケイト」
「いや、あんたに連れられて来たんだけど」
「計画を始めるときが来たわ」
屋上の扉の前でくるりと反転して髪をかき上げる。
ワイングラスで学食のブドウジュースを飲んだ。
「そのワイングラス持ってきたの?」
「計画を成功させるためには入念な準備が必要なの」
私はワイングラスを揺らして香りを楽しんでから、予備の机に腰掛けて足を組む。
「近い将来、私は王子殿下と敵対することになる」
「敵対? どうして?」
「そういう運命なのよ。私と彼は世界に呪われてるの。決して同じ道を歩くことはできないのよ」
重要な秘密を明かすシーンのように物憂げな顔で深く息を吐く。
本当は、ただ悪女的に敵対してる方がかっこいいからなのだけど、もちろんそんな本音は言わない。
「複雑な事情があるんだね……」
ケイトは驚いた顔で言った。
「仲良くすることはできないの?」
「できないわ。残念だけど仕方の無いことなの。そして、Fクラスの編入生とも私は敵対することになる。あの子は、この国を揺るがすほどの才能を持っている。そして、私にとって生涯の宿敵になる」
「ミーティアは未来が見えるの?」
「……わかるのよ。どうしようもなくわかってしまう」
私は目を伏せてから視線を上げる。
「ケイトには私に協力してほしいの。こんなこと頼めるのケイトしかいないの」
「よくわからないけどいいよ。面白そうだし、協力する」
うなずいてくれるケイトに頬をゆるめる。
早速一人目の仲間ができて計画の滑り出しは順調。
(さあ、ここから始まるのよ! 私の華麗なる悪女な学園生活!)
ワイングラスを手にかっこいいポーズを取る私に、ケイトは少し笑ってから言った。
「でも、ほんと余裕あるよね。次の授業は来月のクラス替えにも関わる実技演習なのに」
「そういえば、なんか大事な授業なんだっけ」
いろいろあったからすっかり忘れていた。
大事だと噂の今週最後の授業。
「どういう授業なの?」
「『魔法の発動と制御についての実技演習』で、今回は一般攻撃魔法がテーマ。私、攻撃魔法苦手なんだよね。適性ある属性も土魔法でちょっと地味というか」
「私は土魔法すごくいいと思うけど」
良い作物を育てるために土はすごく大事だし。
「ありがと。四ヶ月前は七十位とかだったんだよね。SクラスどころかAクラスでも下の方っていう……今回はせめてもうちょっと良い順位取らないと」
苦々しげに言ってから、ケイトは私の顔を見る。
「ミーティアは攻撃魔法得意?」
「攻撃魔法ね。私は――」
そこまで言って気づいた。
『生活魔法以外の適性がまったくない。わかるか。お前は私の顔に泥を塗った。リュミオール伯爵家の名を汚したんだ』
……私、攻撃魔法使えないじゃん。
底辺校ならごまかせると思っていたけど、勘違いでうっかり入ってしまったのは最上級レベルの魔法学園。
生活魔法だけで乗り切れるレベルじゃないのは間違いない。
(い、いったいどうすれば……)
「み、ミーティア大丈夫!? 白目剥いてる上に汗が滝みたいに出てるけど」
「だ、大丈夫よ。何も問題ないわ」
「全然大丈夫に見えない……」
予鈴が鳴って、二人でSクラスの教室に戻った。
「今日は『魔法の発動と制御についての実技演習』を行います。まずは演習場に移動しましょう」
先生に連れられて演習場へ。
「今月の演習は、範囲攻撃魔法の発動と制御について。みなさんにはこれから、指定場所に置かれた二十八の魔力測定球に対して、範囲攻撃魔法を放ってください。補助魔法以外であれば、複数の魔法を使っても構いません。測定球すべてに与えたダメージ量と発動までにかかった時間によって点数が決まります」
(範囲攻撃魔法って攻撃魔法の中でも高難度のやつ……)
説明を聞きながら、心の中で頭を抱える。
(普通の攻撃魔法さえ使えないのに……私の学校生活終わったかもしれない)
後の展開は考えなくても予想できた。
『いけ! 攻撃魔法!』
『なんだね、その小さい火は』
『タバコの火を付ける魔法です』
『生活魔法ではなく攻撃魔法を使う課題だと伝えたはずだが』
『攻撃魔法使えなくて……』
『退学。絶望的な無能として魔法界出禁』
『学園生活終わった……!』
いけない。
そんなことになってしまったら、最後の思い出作りとして先生の顔面に『お世話になりましたパンチ』を助走付きでお見舞いしてしまうかもしれない。
(折角かっこいい悪女な学園生活が送れそうな感じが出てきてるのに……どんな手を使っても絶対にごまかしきらないと)
乗り切る方法を考えつつ、出席番号が早いクラスメイトが試験を受けるのを見守る。
テニスコートくらいの広さがある、石造りの壁に覆われた区画。均等に置かれた二十八の測定球に向け放たれた魔法の衝撃は、離れたところで見守る私たちの髪を揺らす。
最難関校のSクラス生というだけあって、その攻撃魔法は大人のそれさえ優に超えているように思える質と精度。
平均して二十の測定球が、測定限界の値を示していた。
レベルが高すぎる、とふるえる私だけど、他の生徒は当然のように見守っている。
「次、ケイト・フィルスレット」
ケイトは所定の位置に立つ。
始めの号令とともに、橙色に発光する魔法式を起動した。
放たれたのは土の礫を放つ範囲攻撃魔法。
範囲の広さは良かったけど、測定限界を示した測定球は七つだけだった。
「七つだって」
「Sクラスにいて恥ずかしくないのかしら」
ひそひそとした声が聞こえる。
近づいて出迎えると、ケイトはこめかみをおさえて言った。
「座学ならもっとできるんだけどね」
「気にしなくて良いって。ケイトにできるベストを尽くすのが大事だと思う」
攻撃魔法自体使えない私からすれば、範囲攻撃魔法が使える時点で大分すごいし。
続いて、定められた位置に立ったのはロイ・エドウィルドだった。
第三王子殿下の傍に控えるエドウィルド公爵家嫡男。
起動する黄金色の魔法式。
放たれた電撃魔法に、私は息を呑んだ。
視界を白く染める稲妻の光。
昼の光よりも明るいそれが閃いた刹那、轟音と地鳴りが鼓膜を叩く。
それは誰が見てもわかるくらい明らかに別格の魔法だった。
測定限界を示した測定球は二十六。
もちろん、ここまでの最高記録だった。
(でも、これよりもSクラス首席の第三王子はすごいのよね)
いったい、どんな魔法を使うのか。
幸い、第三王子の順番はすぐにやってきた。
輝く青の魔法式。
一瞬何かの気配がして、その光がさらに強くなる。
次の瞬間、演習場のすべてが凍り付いていた。
酸素が液状化した青い液体が氷の表面を濡らす。
二十七の測定球すべてが測定限界を示していた。
「す、すごい……」
誰もが息を呑む中、私は何かひっかかりのようなものを感じていた。
(一瞬何か、おかしな魔力の気配みたいなのを感じたような)
しかし、それは本当にかすかなものだったし、勘違いである可能性も十分にあるように思う。
クラスメイトと先生も気づいていないようだし、多分気にするほどのことでもないのだろう。
何より、私はこの演習を乗り切る方法を全力で考えないといけない。
「次、ミーティア・リュミオール」
名前を呼ばれて、顔をしかめる。
よりにもよって、最高記録が出た後なんて。
クラスメイトの魔法を見ながらヒントを探していたけれど、乗り切る方法は何も思いついていない。
このままいけば、『え? なにあのしょぼすぎる魔法』といたたまれない空気になってしまうことは必至。
そのまま退学になって、魔法界出禁なんてことも十分にあり得てしまう状況。
「あの子、棒立ちよ」
「自信なくしちゃったのかしら」
くすくすと笑う声が聞こえる。
(何か……何か方法は……)
一般攻撃魔法よりも出力が低い生活魔法で、広範囲に大きなダメージを与えるにはどうすればいいか。
不意に頭をよぎったのは、昔そんなことあるんだ、と感心したある現象だった。
(あれを使えば――)
はっとする。
小さなアイデアの種を脳内で育て、形にする方法を組み上げていく。
冷たい声で教師が言う。
「ミーティア・リュミオール。早く始めなさい」
せかしてくる先生を受け流して、時間を稼ぎつつ定められた位置に立った。
(可能性はあるはず。あとは、私にできる最高のものをぶつけるだけ)
目を閉じる。
呼吸を整える。
意識を集中する。
(行け! 私の退学回避魔法!)
瞬間、起動した魔法式が鮮やかな光で周囲を染め上げた。
◇ ◇ ◇
その日、ミーティア・リュミオールに注がれる周囲の視線には好奇の色が強く含まれていた。
一級魔術師試験の設問を解いたと話題の編入生。
いったいどういう魔法を使うのか。
クラスメイトたちはもちろん、教師の間でも関心は強く、中には空き時間を利用して見学に来ている教師も数名いる。
(お手並み拝見ってところかな)
測るような目で見つめるクラスメイトがいた。
(大したことないに決まってる)
敵を見るような目で見つめるクラスメイトがいた。
(独学って話だけど、果たしてどこまでできるのか)
興味深く見つめる教師がいる。
他の生徒のときとは違う独特の緊張感が周囲を包む。
砂礫が転がる音さえ聞こえそうなくらい静まりかえった演習場で、ミーティアが起動した魔法式は自分たちが知る魔法とはまるで違っていた。
範囲攻撃魔法のそれとはまったく違う簡素な魔法式は生活魔法に似ていて、しかし一般に知られているそれとも違う精巧な工夫と仕掛けが随所に施されている。
何より、異常だったのはそこに込められる規格外の魔力量。
破砕寸前の魔法式をギリギリのバランスで制御する小柄な少女。
次の瞬間、測定球を包むように広がったのは白く小さな何かの群れだった。
雪のようなそれは、どんどんとその勢いを増していく。
群れからはぐれたひとひらを手ですくった教師は、その粉の正体を理解して困惑した。
(砂糖? どうして砂糖なんて……)
少量の砂糖を作り出す生活魔法は存在する。
彼女の魔法はそれの応用。
魔法式を効率化し、出力と発生させる量を異常なまでに強化させたもの。
しかし、砂糖を発生させたところで測定球には何の効力も示すことはできない。
(いったい何を……)
困惑しつつ見つめていた教師は、彼女が掃除に使う風魔法を使って、砂糖を巻き上げていることに気づいてはっとした。
(まさか――)
どこにでもある粉砂糖。
しかし、ある特定の条件下でそれが大事故をもたらす現象がある。
巻き上げられた粉塵が、空気の接する面が増えることによって爆発的に発火する自然現象――粉塵爆発。
次の瞬間、閃いたのは視界を覆う強い光。
爆発を伴う熱風と衝撃波。
地鳴りと鼓膜を叩く轟音。
殴りつけるような熱風に後ずさる。
空まで届くほどの赤黒い炎の柱が演習場を包んでいる。
何が起きたのかわからなかった。
間違いなく今日の最高記録に匹敵する火力。
最も端に位置するひとつを除く、二十六の測定球が測定限界を計測していた。
他のSクラス生が放った炎魔法を超える爆轟を披露した小柄な少女は、なんでもないことのように長い髪を翻した。






