30 登校初日
アルカディア魔法学園は、魔法国屈指の広大な敷地を持つ学校だった。
通常の授業が行われる二つの大きな建物に加えて、三つの実験棟と七つの演習用施設。
水魔法の練習をするためのプールに、一万を超える蔵書が貯蔵された図書館。
あらゆる施設においてその水準はすべて、魔法国最高のものだと自負していると案内してくれた先生が話してくれた。
(さすが天才揃いな魔法国最高難度学園)
優秀な人たちが卒業してる分、寄付金も国一番の額を誇っているとヴィンセントが話していたことを思いだす。
「ミーティアさんのような優秀な生徒を迎えられてすごくうれしいです。我が校は魔法国随一の歴史と伝統があり、活躍している卒業生も多い。第一王子殿下と第二王子殿下もこの学園を卒業されたのですよ」
優しげな眼鏡の先生が言う。
「完全実力主義の校風と競争が生徒の自主性を育み、その能力を余すところなく引き出しているがゆえのことでしょう。他にも、大臣や国の要職のほとんどがこの国の出身者で占められています」
(ヴィンセントが言っていた通りね)
アルカディア魔法学園は、十歳(十一歳)で入学し、十七歳(十八歳)で卒業する八年制の学校だ。
この学園の特徴は徹底した実力主義。
成績によってすべての生徒が順位付けされ、その結果によって二ヶ月ごとに所属するクラスも変更になる。
Sクラスは魔法国最高学府に匹敵する設備と環境が与えられている一方で、最下位のFクラスは設備の劣る環境で授業を受けないといけない。
この露骨な実力主義は生徒の競争意識を促し、社会で戦える人材を育んでいる一方で、生徒の精神的負担は大きくなり、不登校や中途退学者も魔法国で一番多いのだとか。
「ミーティアさんにはSクラスに編入していただきます。順位は便宜上Sクラス最下位になっていますが、ミーティアさんの実力なら上に上がれる可能性は十分にありますので」
(最高難度学園の最上位層……テンション上がってくるわね)
たくさん悪女してやるぞ、と胸を高ぶらせながら先生の後に続く。
案内されたSクラスの教室は、学園の中心にある時計塔の中心にあった。
他のクラスが北棟と南棟に置かれているのに対して、各学年Sクラスの教室はそのすべてが特別待遇。
各学年のSクラスが並ぶ一画は、まるで王侯貴族の居室のように豪華絢爛だった。
「こちらです」
ウォールナットの扉が開く。
私が編入する一年生のSクラスは、独特の空気が漂っていた。
みんな背筋を伸ばし、教卓に立つ先生を真っ直ぐに見つめている。
その表情からは、厳しい競争を勝ち抜いてきた自信と自負が感じられた。
(いいわね。相手にとって不足なし)
口角を上げる私の隣で先生が言う。
「新しい編入生を紹介します」
うながされて、黒板に名前を書く。
「ミーティア・リュミオールです。よろしくお願いします」
華麗な所作で一礼して顔を上げる。
冷たい瞳の群れに親しみの気配は少しも無かった。
まるで敵を見るような視線。
(想像以上の敵意……)
完全実力主義の学園ならではの光景。
ひりついた空気。
しかし、だからこそ私の胸は弾んでいた。
(これ、悪女様が貴族社会で警戒されてるのと同じ状況だわ!)
強者として実力を認められているからこその反応。
(みんな私の圧倒的オーラに怯えているようね)
澄まし顔で用意されていた席につく。
こうして迎えた学園生活初日。
その授業内容は、私が想像していたレベルを超えていた。
先生は当然のように説明を省略するから、ついていくのが精一杯。
休み時間も残しておきたい情報をノートにまとめているうちに終わってしまう。
(さすが最高難度学園のSクラス。なかなか歯ごたえあるじゃない)
練習してきた悪女らしい不敵な笑みを浮かべつつ、黒板の内容をノートに書き写す。
「ごめん消さないで。ノートまだ取ってる途中だから」
黒板を消そうとする日直の女の子に、前の席に座った男の子が言った。
(ありがたい。私もまだ書き終わってないから)
心の中で感謝していると、日直の女の子が男の子に言った。
「悪いけど時間無いから」
日直の女の子は容赦なく黒板を消してしまった。
(ふむ。世知辛いわね)
クラスにはギスギスした空気が漂っていた。
仲の良いグループもあるようだけど、競争相手として隙あらば蹴落とそうとしている子たちも多くいる様子。
(競争に囚われて人として大切なことを見失っている。ぶっ飛ばし甲斐がありすぎて興奮してきたわ)
にやりと笑みを浮かべつつ、悪女としてどう行動するべきかを考える。
(とりあえず、話しかけられたときのために悪女っぽい返しを用意しておきましょう)
万全の準備を整えて、クラスメイトが話しかけてくるのを待つ。
しかし、予想外なことに休み時間になっても誰も私に話しかけてこなかった。
みんな次の授業の準備に追われている様子。
(人を気遣う余裕とか全然なさそうな感じね)
加えて、二ヶ月ごとにクラス替えがあるから知らない生徒がクラスにいるのも彼らにとっては特別なことではないのだろう。
仲良くなっても二ヶ月で別のクラスになったら意味が無い、という思いもあるのかもしれない。
午前中の授業はあっという間に過ぎていった。
迎えたお昼休み。
時計塔にはSクラス専用の学食があって、多くの生徒たちがここで食事をする。
(一人で食べるのも味気ないわね。誰か、一緒に食べられそうな子は)
行き交う上級生たちの中で、同じクラスにいた子の姿を探す。
目に留まったのはクラスで斜め前の席にいる女の子だった。
背が高く大人びた印象の彼女は、都会的でおしゃれな空気感を纏っている。
ふわりと弧を描く巻き髪に、首元に覗くネックレス。
不良っぽくて少し話しかけづらい空気を纏った彼女を、私は心の中でクールビューティと呼んでいた。
(悪い子感があるのは悪女になりたい私的に好印象。一人でいるみたいだし、これは大チャンス)
『Sクラス専用豪華ランチ』が載ったトレイを手に、近寄って彼女に話しかける。
「一緒に食べてもいいかしら」
クールビューティは顔を上げた。
やっぱり美人さんね、と感心する私に、冷ややかな声で言った。
「なんであんたと食べないといけないの」
刺すような視線。普通の子なら怖くて怯んでしまうだろう強烈な敵意。
しかし、私は胸の高鳴りを感じずにいられなかった。
(この子、悪女力が高いわ!)
もしかしたら同じ趣味の持ち主だろうか。
あるいは、学園における悪役令嬢的ポジションの子なのかもしれない。
興奮を押し隠しつつ、冷静に言葉を選ぶ。
「私が貴方と食べたいからだけど」
「なんで?」
「貴方が一番私にふさわしいと思ったから」
クールビューティはいぶかしげに私を見つめた。
私の背後にある何かを見通そうとしているみたいだった。
それから、深く息を吐いて言った。
「やめた方が良いよ、編入生。私、クラスで浮いてるから」
意外な言葉だった。
私はクラスで一番おしゃれで良いセンスをしてると思うのだけど。
「なんで浮いてるの?」
「父親が問題起こして捕まったの」
「問題?」
「裏でお金を配ってたとかそういう感じ。まあ、私は一人が好きだし友達とかそういうのいらないんだけど」
うんざりした声で言ってから続ける。
「話しかけるなら窓際のテーブルに居るあの子にしときな。Sクラスには珍しい、人間ができた優しい子だから」
視線で示した先に居る女の子を見つめる。
優しそうな垂れ目が印象的な子だった。
友達も多そうだし、たしかにあの子に話しかければ仲良しグループの輪の中に入れてもらえるのだろう。
私は少し考えてから言った。
「わかった。私、貴方と食べることにするわ」
「……は?」
クールビューティは怪訝な顔を私に向けた。
「話聞いてた? 私はあんたと食べたくないって言ってるんだけど」
突き放すような口調。
でも、だからこそ私は彼女に好感を持った。
クラスで浮いていてつらい状況であるにもかかわらず、編入してきた私のために一番良い選択をさせようとしてくれる。
あえて嫌われようとしていたその裏には、優しさと芯の強さが感じられた。
何より華麗な悪女の友達なら、人気者より嫌われ者の方がずっと良い。
「貴方がどう言おうと、誰にどう思われようと関係ない。私は貴方が気に入ったの」
私は彼女の向かいの席に座りながら言った。
「私はミーティア・リュミオール。貴方は?」
クールビューティはケイト・フィルスレットという名前だった。
「いや、意味わかんないし。絶対やめた方が良いから」
ツンツンしていて愛想なんて欠片もない反応のケイトだったけど。
「私は貴方が気に入ったの」と言ってしつこく話しかけていると、最後には一緒に食べることを許してくれた。
「あんた、ほんと変わってるわ」
私はケイトから学園についていろいろなことを教えてもらった。
学歴と魔法適性を何よりも重要視する貴族社会の考え方は、その子供たちの人格形成にも強く影響し、誰もが学校内での順位を上げるために血眼になって勉強していること。
AクラスからCクラスが並ぶ北棟は別名上層と呼ばれ、DクラスからFクラスが並ぶ南棟は、下層と呼ばれていること。
「特に今週末は魔法の発動と制御の実技演習があるからね。この演習の結果は来月末のクラス替えにも影響する」
「なんか大変そうね」
「それはもう」
ケイトはため息をついてから言う。
「ミーティアは余裕ありそうだね」
「別に成績悪くても、人間としての価値はそんなところじゃ測れないし」
私の言葉に、ケイトは目を丸くした。
「でも、クラス順位最下位ならなおさら結果を出さないとやばい状況だと思うけど」
「そうなの?」
「Aクラスに落ちたら都落ちとか陰口叩かれるし」
「なにそれ陰湿……」
「そんな子ばっかりだよ。親たちは学歴大好きだし、学校の成績が子供の価値だと思ってる。子供がこの学園のSクラスにいることを自分の手柄みたいに周囲に自慢しながら、子供には絶対に落ちるなよって圧力をかけるの。そんな親の子供として育ってる子たちだからね。そりゃ性格だって悪くなる」
ケイトは肩をすくめて続ける。
「私たちがいるのは最難関校で最も優秀な生徒達が集まっているSクラス。在籍してるだけでみんなに自慢できる名誉と栄誉がここにはあって、だから親たちは子供をこのクラスに入れるために必死なの」
にっこり細められた綺麗な目がやけに印象に残った。
「そういう最高にくだらないところにいるんだよ、私たちは」






