32 ファーストコンタクト
粉塵爆発を利用して、今日一番の大爆発を引き起こした私は、別に普通のことですけど、という顔でケイトのところへ戻った。
こういう顔をしていた方が、周囲から見るとより強そうな感じが出るから。
様々な思惑が交錯する学園で、最強の悪女になるためにイメージ戦略は重要。
息を呑むクラスメイトたちの視線を受け流しつつ、余裕ある優雅な動きを意識する。
そんな風にここぞとばかり全力で強そうな悪女アピールをしていた私だけど、実際のところ頭の中にあったのはひとつの思いだった。
(お、思ったよりすごいことになっちゃってたわ)
粉塵爆発という現象は知っていた。
そんなことあるんだ、と感心したのが印象的な記憶として残っていて。
私の魔法でも再現できるかも、と思ってかっこよく使う方法を妄想したことがあったのだけど。
しかし、ここまで大変な爆発が起きるなんて。
(自然の力ってすごい……)
内心びっくりしつつ、強くてミステリアスな感じの演技を続ける。
地道な努力が実を結んで、授業が終わった後周囲の私に対する評価は『一級魔術師試験の設問を解いた編入生』から、『演習場を消し炭にする寸前までいったやばい子』に変わった様子。
思っていたのとちょっと違う気もするけど、これはこれでアウトローな悪い子感あっていいか、と前向きに捉えることにした。
生活魔法しか使えないこともバレずに済んだし。
こうして一歩、学園の華麗なる悪女に近づいた私だけど、やがて敵対することになる(という設定の)第三王子に比べるとまだ格下である感じが否めなかった。
想定以上に大爆発だった演習の成績でも勝てなかったし。
(でも、あれだけの爆発で測定球がひとつ限界値に到達してなかったのも不思議なんだけど)
思えば、私と同じ成績だったロイくんのときも同じ測定球が残ってたんだっけ。
一番端にあるから自然なことなのかもしれないけど、少し気になる一致であるようにも感じる。
そんなことを考えつつ、トイレの個室で座っていると、外から聞こえるのはクラスの女子たちの声。
「フェリクス殿下かっこよかったわね!」
「あのクールな横顔がたまんないのよね!」
「わかる! 私的には、ロイくんを見ているときの目が本当に好きで――」
(なんだかめちゃくちゃモテてるし……)
学園カーストの頂点に立つ王子様。
今はFクラスにいるという主人公ちゃんと並び立つ彼と、悪女として競い合うためには私ももっと周囲の評判を上げる必要がある。
(私もモテを意識してみるか)
私は大人の魅力あふれる悪女な動きでクラスの男子たちを誘惑した。
効果が表れたのは掃除の時間だった。
クラスの男子たちが、隅っこの方で集まって私の話をしていたのだ。
「俺、思うんだけどミーティア・リュミオールってさ」
いったい何を言っているのだろう。
さりげなく距離を詰め、全神経を集中して彼らの声を聞く。
「なんか、恋愛対象には絶対ならない感じあるよな」
「わかる。小さいもんな」
「うん。何もかもが小さい」
私は唇を噛みしめた。
どんな手を使っても、この邪知暴虐なクラスメイトどもを駆逐しなければならないと決意した。
「その点、フィルスレットさんはかわいいよな」
「わかる。大きいもんな」
「うん。何もかもが大きい」
ケイトはモテているみたいだった。
なぜ神は不平等に我々を作ったのか。
(まあ、友達が褒められてるのは悪い気しないけど)
問題は、ここからどのようにして華麗で悪女な学園生活を構築していくか。
(まずは王子殿下とのファーストコンタクトから)
事前準備として、私は彼の周辺情報を集めた。
公務が忙しく、週の三分の一は学園にいないこと。
学園にいる時間も頻繁に大人が声をかけにくる、かなり忙しそうな日々を送っていること。
家柄、顔、財力、地位など多くの理由で彼に近づきたいと狙っている肉食系女子たちがたくさんいて、毎週のように裏庭に呼びだされて告白されていること。
時々、人気の少ない研究棟の非常階段に座って、一人で黄昏れたり、小鳥にパンくずをあげたりしてること。
私は彼に対して、最も悪女感が出る出会い方を研究した。
ロマンス小説の悪役令嬢的には、近づこうとしてうまくいかない感じがよくある形だろうか。
(勇気を出して想い人に話しかけるけど報われない悪女様……ありだわ)
私が大好きな小説の悪女様も、ずっと想ってる人との恋愛は最後まで報われなかった。
そういう切ない内面を心に秘めているからこそ、それでも凜として生きようとする姿がさらにかっこよく見えるのだ。
(この手のイベントなら、簡単に形にできそうね)
王子殿下に近づこうとして袖にされた女子は学園内にたくさんいる。
靴箱や机の中には恋文が毎週のように届き、もはや殿下に告白されて振られるのが学園の女子たちにとってひとつの流行みたいになっている様子だった。
これなら、出会いイベントをこなすのは容易なこと。
流行に乗ってさくっと告白して振られちゃえばいい。
「こ、告白するの!?」
これからの作戦を伝えた私に、ケイトは目を見開いた。
「でも、ミーティアはフェリクス殿下と話したこともないんじゃ」
「話したことないし、正直名前も覚えてないわ」
「名前も覚えてないのに好きなの?」
「好きじゃないけど」
「好きじゃないの!?」
ケイトは困惑した顔で言った。
「好きじゃないのに、どうして告白するの?」
「私が私の道を進むためにここで振られておく必要があるのよ」
「振られておく必要……?」
怪訝な表情で首を傾けていたケイトは、何か思いついたような声で続けた。
「……なるほど。そんなこと言いつつ、本当は一目惚れしちゃったって感じか」
「全然まったくこれっぽっちも好きじゃないけど」
「大丈夫。わかってるよ。私、応援するから」
ケイトは姉のものだと言うアクセサリーとメイク道具を持ってきて、私にお化粧をしてくれた。
「お姉ちゃんの部屋からこっそり持ってきたの。任せて。最高にかわいくしてあげるから」
屋上に続く踊り場で、ケイトに身を委ねた。
やわらかい筆先がまぶたをくすぐる。
できあがった自分を手鏡で見て、私は息を呑んだ。
(どう見ても殴られた翌日の顔だわ……!)
「ごめん、もう一回! もう一回チャンスを頂戴!」
どうやら、他人にメイクをするのは初めてだったらしい。
加えて、使ったことのないお姉ちゃんのメイク道具を使った結果、加減がわからなくなってしまったとのこと。
「今度は、私が普段してる感じでするから」
失敗したメイクを落として、再挑戦。
できあがった鏡の中の姿に、私は胸の高鳴りを抑えられなかった。
(すごい……私もケイトみたいなおしゃれさんに!)
いつもより綺麗になった自分にうきうきしつつ、ばっちり準備を整えた私は、適当にそれっぽい恋文を書いて、時計塔の裏にある人気の少ないところに殿下を呼びだした。
「よく来たわね」
吹き抜ける風が髪をさらっていく。
現れた王子殿下の瞳には、一切の感情が無かった。
まるで、退屈な長話を聞いているときのように。
この人にとってこの邂逅は、何度も繰り返された日常の一コマにしか過ぎないのだろう。
最初は甘いドロップも、毎日舐めてるとすっかり飽きてしまう。
(これなら、予定通りイベントをこなすことができそうね)
私は心の中で安堵しつつ、フェリクス王子に言った。
「私は貴方のことなんて全然好きじゃない。でも、貴方が望むなら付き合ってあげてもいいわよ」
(よし、決まったわ!)
心の中で拳を握る。
上から目線でまったくかわいげのない、失敗率100パーセントの告白だった。
好きじゃないという言葉も照れ隠しではなくて、心からの本心から放たれた言葉。
もし仮に彼が私に気があったとしても、こんな告白をされたら「この子ないな」ってなること間違いなし。
(また一歩、理想とする悪女に近づいてしまったわね)
澄まし顔で返事を待つ私に、フェリクス王子は言った。
「わかった。よろしく頼む」
(……………………ん?)
聞き間違いだろうか。
なんか、絶対言われてはいけない言葉が聞こえた気がする。
「えっと、今なんて?」
戸惑いつつ聞き返す。
「望むなら付き合ってくれるのだろう」
フェリクス王子は言った。
「よろしく頼む」






