《48》儀式
暗闇の中で光る無数の目、目、目・・・目目目目目目目目目目
それは、対岸が見えないほど大きな湖の周りを埋め尽くしている。
そこは獣界の中心にある、水瓶と呼ばれる湖。
獣界の水は全てここから行き渡る。
「皆の者、よく集まってくれた。今日は100年に一度、魔王を獣界へと招き、獣界の水瓶に大穴を開けてもらう日だ。」
湖の一角、木で作られた物見台の上に立つ獣王の大声が、ヴィオレットの耳を劈きながら響いている。
それに応える様に獣族達のけたたましい騒ぎ声とも、唸り声ともつかない声が、地面を揺るがす勢いで響いてくる。
ごおぉぉぉぉ とも
おおぉぉぉぉ とも
ぎゃぁぁぁぁ とも
聞こえる声に、ヴィオレットは耳を塞がずに立っているのが精一杯で、思わず抱えていた真っ黒いドレイクのぬいぐるみをギュッと抱き寄せた。
ヴィオレットが居るのは、物見台の上ではあるけれど、獣王であるゾイアドスのずっと後ろで、多分湖の周りに立っている獣族達からは見えないだろう場所。それでも、獣族達の迫力に思わず後退りしてしまった。
「皆んなの声にびっくりしたのね。」
ヴィオレットが物見台に登る前から、隣に寄り添ってくれているレインが、毛で覆われた頬をヴィオレットの頬に擦り寄せながらクスクスと笑っている。
「すみません・・」
「良いのよ、獣族は嬉しい事、悲しい事、悔しい事。兎に角何でも大声で表現するから、びっくりするわよね。しかも今日は、殆どの獣族がここに集まっているから、何時もより皆興奮状態なのよ。私もこんなに大声を聞いたのは100年ぶりよ。」
そう言って毛で覆われた頬を擦り寄せてくれる。おかげで、少し落ち着いた。
ちなみに、ガルシュダッドは獣王の隣に立ち、チラチラとヴィオレットの方を振り返っている・・・のだと思う。
ヴィオレットからガルシュダッドの姿は見えない。
いや、姿形はみえているけれど、表情が見えない・・・というか、顔が見えない。
それは、暗闇だからではない。ヴィオレットとガルシュダッドの間、絶妙な場所にデルタが立ってるから。
しかも、ガルシュダッドが動けば、デルタもそれに合わせて絶妙な動きをしている。
「そうそう、ヴィオレットにコレを渡しておこうと思って。」
そう言ってレインは、ヴィオレットの身体と同じくらいはありそうな、大きな黒い袋をヴィオレットの前に差し出した。
「これね、色々入ってるんだけど、良かったら魔王城の人達にお土産として渡してあげて。あと、コレはデルタに後から渡してね。多分渡せば分かると思うから。」
何故今、巨大な袋を渡されるの分からず、ヴィオレットは首を傾げる。
それはそうだろう。まだゾイアドスが声を張り上げ、獣族達が叫んでいただけだ。まだ儀式らしい事など何一つ始まっていない。それに、儀式の後には宴会があると言われている。
今こんな大荷物を持たされても困る。
「ありがとうございます。それでは、誰かに預けて・・・」
「ヴィオレット、これだけは忘れないで、嫌な事をされたら拳を叩き込むのよ。手加減なんてしたら駄目だからね。」
「え??あの、突然どうしたんですか??」
「また遊びに来て頂戴ね、私 ヴィオレットの事を、とーっても気に入っているんだから。」
「ありがとうございます・・・」
「あと、デルタの番ちゃんに会ったらで良いから、この手紙渡しておいて欲しいの。もしも会えたらでいいから。」
「分かりました・・・」
ヴィオレットの戸惑いをよそに、目に涙を浮かべながら、スリスリと頬を寄せ別れの挨拶を始めるレイン。
「元気でね、魔王からバンバン魔素を吸い取って大きくなるのよ。」
それに対して、どう反応して良いのか分からず、困っていると突然
ドッ
と短く重たい、押しつぶされる様な音が響き、続いて
ゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォ
という爆音が響いた・・・・はずだった。
・・・
「・・・・何で?」
「ヴィオレットオオォォォォォォ。」
先程まで感じていたはずの、柔らかな毛で覆われた暖かな頬では無く、つるりとした頬が、高速で頬擦りしている。
しかも、景色は何処までも続く草原。
そして、側には小さな丸太小屋。
「ここどこ?」
呟きにも似たヴィオレットの声は、直ぐ側から聞こえてくる
「ヴィオレットおおおぉぉぉ。」
と言う、涙混じりの声と、小屋の中から聞こえて来る
「ぎゃああああぁぁぁ、デルタぁぁ」
と言う叫び声にかき消されていた。
ちなみに、そんな状況でも、ヴィオレットの手にはキッチリと、レインに渡された大きな袋の端が握られていた。
一方、獣界では・・・
ぎゅーぎゅる ぎゅる ぎゅる ぎゅる ぎゅる
ゴオオォォォォォォ
ゴオオォォォォ
という音お共に、獣界の水瓶から水が抜けていた。
「魔王よ感謝するぞ、これで100年・・・・あれ?」
「魔王なら穴を開けた直後にデルタの首根っこを掴み、ヴィオレットを掻っ攫う様に抱き込んで転移したましたよ。」
「へ?」
「ずっとヴィオレットの方をチラチラチラチラチラチラもう本当にうざったいくらいに見たから、きっとこうなると思っていたのよね。」
「我・・・別れの挨拶してない・・・」
「大丈夫よ、色々持たせておいたから。」
「我・・・挨拶・・・」
「次は100年後かしら。それよりも前にデルタの番も一緒に、皆んなで来てくれたら嬉しいのだけれど、無理かしらねぇ?」
「我は・・・」
再開を夢見て笑うレインとは対照的に、ゾイアドスはしばらくブツブツと言いながらいじけていた。




