《47》お預け〈ガルシュダッド〉
「デルタアアアアアァァァ。」
けたたましい音と共に、木製の扉が勢いよく開く。
そこに立っているのは、ボロボロの服を着にボサボサの髪をしている、みすぼらしい姿の男。
ただ、その男の腕にはみすぼらしい姿とは対照的に、派手な金色の腕輪がはめられていた。
その男は魔族の王であり、魔族最強の男。
その名はガルシュダッド。
今は、魔法の使えない役立たずだが。
「意外と早かったですね。」
険しい表情で扉を開け放ち現れたはずなのに、デルタは動じる事なく、まるでお使いから帰って来たかの様に、軽い言葉で出迎えていた。
「何が意外と早かったですね、だあああぁぁぁぁぁぁぁ。死ぬかとおもったぞ!!本当に死ぬかと思ったぞ。」
「大丈夫です。生きてますよ、良かったですね。」
「大丈夫じゃない!!!途中で穴に落っこちても、魔法が使えないから抜け出せない、足が痛くなっても歩かないと前に進めない。おまけに、お腹が減ったから食糧を分けてほしいと、そこら辺を歩いている者に言ったら『アンタ誰?』と言われ、魔王だと言ったら『ッフ』ってすっごい冷たい視線を向けながら笑われる。すっごい大変だったのだぞ!!」
自分の苦労を一生懸命訴えるが、デルタの心には響かない。むしろ、少し冷めた目で真っ直ぐにガルシュダッドを見据えている。
「でも、大丈夫だったでしょう。穴に落ちた時は上からロープが降ってきたし、足が痛くない靴だって降ってきたし、食糧だって降ってきたんですから。」
「ああ・・・確かにな、降ってきた、ぜーんぶ降ってきた。頭の上にな!!なんで奴等は手渡さない、手渡しが無理なら俺の進行方向に置いておくとか、やり方は色々あっただろう。穴に落ちた時にロープが降ってきたのは、まあ助かった、あれは良い。足が痛くなって、楽な靴が欲しいと思った時に靴が降ってきたも、多少屈辱的だと感じはしたが、まあ良い。問題は飲み物と食べ物だ・・・・なんで蓋の開きやすい入れ物に入れて降らすのだ。せめて開かない蓋にしろ。取り方を失敗すると全部頭の上に落ちるのだぞ!!」
早口で、力強く、畳み掛ける様に言い放つが、デルタは動じない・・・どころか、デルタの心には全く響かない。
「で?」
デルタの冷たく鋭い視線に、ガルシュダッドは小さく『うっ』と漏らすと、静かにゆっくりと両膝を床につき、続いて頭も床へとつける。
それは、土下座・・・
「すみませんでしたあああぁぁぁ!!!」
「何がですか?」
「草原をボロボロにしてすまなかった!!獣界の水瓶に大穴を開けないといけないのに、魔力の無駄遣いばかりしてすまなかった。デルタが早く帰りたいと思っているのを知っていて、2、3日ならそんなに変わらない。なんて言ってすみませんでしたあああぁぁぁぁ」
それは心からの反省の言葉。
そして、ガルシュダッドは思っていた。
(魔王としてのプライド? そんな物無いぞ。だって悪いの俺だしな。俺はきちんと、ごめんなさいが出来る男だ。それに今優先すべきは、俺のプライドではない。)
「分かってもらえたみたいで良かったです。」
ガルシュダッドの心からの謝罪に、デルタの表情が少しだけ緩む。
だから当然、これらか言う願いも聞き入れてもらえるだろうと思っていた。
「それなら、ヴィオレットを返してくれ!!」
「駄目ですよ。」
駄目だったらしい・・・
「何故だ!!」
「念のためですよ!!獣界の水瓶に大穴が開かなかったら困るんですよ。帰れなかったら困るんですよ!!分かってますよね!!」
そんなに心配せずともガルシュダッドには、大穴くらい開けられる自信があった。
けれど、ヴィオレットから引き離された事で、デルタの思いを少しだけ理解出来た。
しかし、それと同時に自分の気持ちも理解してほしかった。
いや、理解しなくても良いから、ヴィオレットに会わせて欲しかった。
「俺の魔素がないと、ヴィオレットは・・・」
「大丈夫です。ヴィオレット様は少しですが成長されました。それによって、更なる成長には魔素が必要ですが、生命を維持するだけであれば、それほど魔素は必要ありませんと、ミルビーさんに言われたでしょう。」
「しかし俺がいない事で、ヴィオレットが寂しがって・・」
「いませんよ。」
デルタの鋭い言葉が、ガルシュダッドの胸に突き刺さる。
「いや、少しくらい寂しがって・・」
「いませんよ。」
更に突き刺さる。
「いや・・ちょっとくらい。」
「ヴィオレット様はどうやら、私の母をとても気に入られた様で、寂しそうどころか、とても楽しそうにしてらっしゃいますよ。」
「俺は・・・?」
「ヴィオレット様からは、ガルシュダッド様の話題が出された事はありませんよ。」
「少しも?」
「あぁ、一度だけこちらにお連れする時に『ガルシュダッド様大丈夫でしょうか?』と言われましたので、『死ぬ事はありませんのでご安心ください。』とお伝えしましたら、それ以降は何も。」
「何故だあああぁぁぁぁ。」
「ヴィオレット様は今、ドレイクと呼ばれるドラゴン種のぬいぐるみに夢中にですから。」
「ドラゴン・・・またか、またなのか!!しかもぬいぐるみって何だ!!俺は、ぬいぐるみ以下なのか!!」
思わず叫ぶガルシュダッドに、デルタは小さくため息を吐き出す。その顔が、何故か少し満足そうに変わっている。
「とまあ冗談はここまでとして、今夜の儀式とその後の宴会にさえ出れば帰れますから、それまで我慢・・・・」
「冗談??何処から何処までが冗談なのだ!!」
「半分誇張、冗談少々といったところです。」
「全然分からんぞ!!俺、ヴィオレットに嫌われて無いよな?大丈だよな??少しくらい心配してくれてたよな??な?な?なぁ??」
「さぁ・・・まあ、精々儀式が終わるまでヤキモキしていて下さい。」
「嫌だ、今すぐヴィオレットに確かめに行く!」
「良いんですか?その薄汚れた格好で行っても?」
「しかし、そろそろヴィオレットの顔を見ないと・・・」
「魔族の結婚の呪いですよね、大丈夫です。こちらの部屋には、こんな素敵な物があるのですよ。」
そう言って、デルタは部屋の壁に飾られた小さな絵を、手早く外した。そうして現れたのは小さな穴。
指が一本ギリギリ入りそうなくらいの小さな穴。
「・・・まさか、そこから覗けと?」
「はい、ここから出会って下さい。」
「それは、覗きだろう。」
「いえ、出会うですよ。それとも、その汚ったない格好で会いに行きますか?それとも、このまま我慢
して、壁に激突しますか?」
「いや、普通に風呂に入ってから会いに行けば・・・。」
「既にヴィオレット様に引き寄せられているのでしょう?さあさあ、遠慮せずに出会って下さい。」
「しかし・・・」
「儀式の準備もあるのですから、早く出会って下さい。」
結局、ガルシュダッドはデルタに言われるまま、穴からヴィオレットの姿を覗き・・・
「ヴィオレットだぁ・・・ヴィオレットぉぉ・・」
と、小声で呟きながら目に涙を浮かべていてた。
それを見たデルタが小声で
「少し気持ち悪いですね。」
と、漏らしていた。




