《46》獣王の妻
暖かな日差しの差し込む部屋の中。
金色の雌の獅子が、薄く開いた目で自身のお腹辺りを愛おしそうに眺めている。そこに居るのは、真っ白い髪に真っ白な尾と耳の真っ白い猫の獣族。その腕にはドレイクと呼ばれるドラゴン種を模して作られた黒いぬいぐるみが、大事そうに抱き込まれている。
金色の獅子はその猫の獣族を気に入っているのだろう、時折甘える様に鼻先を柔らかな頬に押し付け、それを白猫の獣族が少し困った表情で受け入れていた。
それはとても微笑ましく、見ている者達を和ませる光景・・・
見ているだけなら・・・
「ヴィオレット、魔王が貴女の嫌がる様な事をしてきたら、奴の股の間を狙って蹴りを入れるのよ!」
話の内容が全く微笑ましく無い。
「えっと・・・そもそも、私の身長が小さすぎて届かないと思うのですが・・。」
「それなら、少しバッチイけれど拳を叩き込むのよ。それが無理なら噛み付くか、指を逆方向へ曲げてやるのも効果的よ。」
「 ですが、そもそも私はこんな身体ですし・・・」
「何を言っているの。ヴィオレットはとっても可愛いんだもの、魔王がうっかり襲うかもしれないわ。それに、ヴィオレットはこれからどんどん成長していくのよ、そうなったら更に危険になるわ、今から撃退方法を覚えておかなくちゃ。」
「危険・・・」
「そうよ、男はみんな野生動物なのよ。か弱いヴィオレットなんて油断をしていれば、あっという間にペロリと一飲みにされてしまうわ。」
「一飲み・・・」
「だから攻撃する時は、手加減なんてしたら絶対に駄目よ。全力よ全力で叩きのめすのよ。」
「全力・・・一気飲み・・・危険?」
力強く言うレインに、白猫は困った様な顔をしている。
その様子を少し離れた場所から見ていた、巨体の男がクスクスと笑いを含んだ声で、口を挟んだ。
「全力で一気飲みは危険。うむ、宴会の注意事項みただのう。」
「ゾイ、笑い事では無いのよ、とっても大切な事なのだから。」
そう言って、金色の獅子はぷくぅと頬を膨らませ怒ってみせた。
金色の獅子、彼女の名前はレイン。デルタの母であり、獣王ゾイアドスの妻。
巨体の男が獣王ゾイアドス。
白猫が一応魔王の妻ヴィオレットである。
そして、そんな三人に鋭い視線を向け、部屋の入り口で毛を逆立て怒っているのが、デルタがである。
「貴方達は、何をやっているのですか。 儀式は今晩だと知っていますよね?」
暖かな光景をデルタだけで搔き消そうとしているかの様に、その背後に黒いオーラを纏い、怒りの気配を漂わせている。そんなデルタから吐き出される、地を這う様な低い声に、ヴィオレットは驚き一瞬身体を硬直させた。しかし、レインとゾイアドスはまるで気にする様子も無く、今だにのんびりと寛いだまま、動く気配はない。
「知っているけれど疲れたんだもの、少しくらい休憩してもいいじゃない。」
「いい訳がないでしょう、全部終わってから寛いでください。そもそも私はここを出て行った身なんですよ、本当は手伝ってはいけないのですよ、それを貴方達がちゃんと働かないから、私がその尻拭いを・・・」
その言葉に、レイラとゾイアドスの表情が悲しそうに歪む。
「そうよね・・・自分達の仕事は自分達でやるべきよね・・・」
「自分の仕事・・・確かにな。次期獣王となるはずの者が居なくなって、我の仕事が増えたとしても、それも我の仕事だものな。自分でやるべきだよなぁ。」
「うっ・・・」
「子供の尻拭いは親の役目だけれど、親の尻拭いは子供の役目ではないものね。」
「そうだな、突然出て行った息子に手伝いを頼んでは駄目だよなぁ。」
「・・・すいませんでした。」
「あら、何の事かしら。」
「デルタの言葉を聞き、我らは、自分の仕事は自分でするべきだと、納得していただけだぞ。」
「本当にすいませんでした。喜んで手伝わせていただきます!」
そう言ってデルタは素晴らしいお辞儀をしてみせた。
そんなデルタの頭頂部に、ゾイアドスとレインは楽しそうな笑みを浮かべている。
「ふう、冗談はこの辺にしておいてと。」
「冗談だったのですか・・」
「そう、冗談よ。獣族にとって番が大切な事は分かっているもの。まあ、貴方が突然居なくなって、とっても仕事が増えちゃったのは本当だけれど、それも仕方がないと思ってはいるわ。」
レインの言葉にデルタは、はにかんだ笑顔をうかべていた。
獣族にとって番は命だ。とはいえ、突然全てを投げ出した事に多少なりと申し訳ないと思っていたのだろう。少し硬かったデルタの表情が柔らかく変わる。それを見て、この話はこれで終わりとばかりに、レインは話題を変えた。
「ところで、儀式の準備はこれからするとしても、魔王が居なければ結局中止になってしまうと思うけれど、どうするの?」
「それなら、大丈夫ですよ。もうすぐこちらに到着すると連絡がありましたし、そろそろ魔族の結婚の呪いが発動し始めますからね。」
ガルシュダッドとヴィオレットは結婚している。
事実はどうであれ、現在夫婦だ。
そして、デルタが『魔族の結婚の呪い。』と言うのなら、当てはまるのは、ガルシュダッドとヴィオレットの事だろう。
「呪いが発動とは、どういう意味ですか?」
「ガルシュダッド様から聞いているでしょう?『魔族は結婚すると、週に5日も出会ってしまう。』と。」
「はい。」
「だから出会ってしまうのですよ、強制的に。強い力でビュンと。」
「ビュン・・・ですか?」
「はい、ビュンです。壁とか物とか生物とかにぶつかりながら、ビュン ゴン ビュンです。」
擬音を用いたデルタの説明は、とても分かりやすかった。
そして、分かりやすいが為に、ヴィオレットの表情は引き攣った。
「えっと・・・それって、かなり悲惨な事になりませんか?」
「なりますね。なのでガルシュダッド様は必死でこちらに向かって来ると思いますよ。痛いのは嫌ですからね。ああ、ヴィオレット様は大丈ですよ。この呪いは魔素量が多い方に、より強く現れますからね。ガルシュダッド様は現在、体外からの魔素を抽出出来ないとはいえ魔素量はかなり多いですからね。ヴィオレット様に影響が出る前に、否が応でもこちらに到着するはずですよ。」
そう言ったデルタの顔は、とても楽しそうだった・・・




