《41》可愛い娘さん
人族、獣族、魔族は、それぞれ寿命が違う。
勿論、同じ種族だからといって、寿命が同じな訳では無いが、それでも、だいたいの寿命は決まっている。
人族は100年
獣族は500年
魔族は1000年
つまり・・・ガルシュダッドとヴィオレットの前に立っているワイバーンは・・・
間違いなく、老婆である。しかも、かなり長寿の・・
「ワシの、美しさが分からんなど、ガキじゃのう。」
「ガッ・・・ガキ!? 」
余裕な笑みを浮かべるワイバーンに、ガルシュダッドは、一瞬 頬を引きつらせたが、その表情は直ぐにニヤリとした不敵な笑みへと変わる。
「うむ・・確かに老婆からしたらガキだな。悪かった。そうだよな、生きている年月が違い過ぎたな。」
「なっ・・・また老婆と!」
「獣族の一般的な寿命を23年も超えてるのだから、どう考えても老婆だろう。」
「何を言うか、レディーは何歳になってもレディーなんじゃ!可愛い娘なんじゃ!!」
「百歩譲って、レディー・・・女性なのは認めよう。しかし、可愛い娘は、どう考えても無理だろう。シワシワではないか!」
「シワシワは関係無いんじゃ、女性はいくつになっても、可愛い娘っ子なんじゃ!」
「『いくつになっても』にも、限度があるだろう、老婆!」
「また、老婆と言ったなガキ!!」
話・・・言い合いは終わらない。むしろ、何も進んでいない。
ガルシュダッドは、魔族の中ではかなり若いとはいえ、100年は生きているし、ワイバーンは500年以上は生きている。生まれてから20年のヴィオレットにしてみれば、どちらもかなりの歳上なのだが・・・
何だろう、子供の喧嘩にしか見えない。
「あの・・・ワイバーンさん、ガルシュダッド様。落ち着いて下さい。」
なんとか言い合い宥めようと、声をかけるが、ガルシュダッドとワイバーンの勢いに押され、出てきた声は、思った以上に小声だった。それでもガルシュダッドとワイバーン勢いは、ピタリと止まる。
いや、ガルシュダッドとワイバーンでは無く、ガルシュダッドの勢いが止まっただけだ。
「ああ、すまないヴィオレット、つい取り乱してしまった。」
先程までとは違い、優しい表情をヴィオレットに向けるガルシュダッド。
「何が取り乱したじゃ、ワシに向かって失礼な事を言っとただけじゃろう。」
怒鳴るワイバーン。
「まあ、これがワイバーンの正体だ。まあ、ワイバーンに限らず大型の生物になるのは、基本的に老獣が多い。若い獣族達は仕事も家庭もあるからな、町の中の方が暮らしやすく、郊外で暮らさなければならない大型の生物には、なりずらいのだ。」
説明してくれるガルシュダッド。
「何故魔王が説明しておる。本物の獣族であり、強く気高いワイバーンであるワシがここにおるのだ、ワシに説明させろ。」
怒鳴るワイバーン。
「それでは、そろそろ町へ戻ろうか。そうだ、ヴィオレットに似合う服でも買いに行こう。」
完全にワイバーンを無視して、話を続けるガルシュダッド。
「分かっておる。分かっておるんじゃ魔族は自分勝手奴らじゃ。しかし、それでも腹立つわ!!」
年齢的からくる震えで無ければ、多分怒りに震えているワイバーンに、このままガルシュダッドに任せていては駄目だと、ようやく気付いたヴィオレットは、ガルシュダッドの腕からスルリと降りると、ワイバーンの前に立ち、小さな身体をペコリと折り曲げた。
「あの、私、ヴィオレットと申します。私の為にわざわざ元の姿に戻っていただいて、ありがとうございます。あと、ガルシュダッド様がごめんなさい。」
今まで大人しく黙っていたヴィオレットの突然の行動に、ワイバーンは怒っていた顔をフッと緩める。
「ワシは、ワイバーンをやっておるモドゴロムじゃ。おぬしは良い子じゃのぉ。」
そう言ってモドゴロムは、シワシワの手をヴィオレットの頭に乗せ、優しく撫でてくれる。
その表情は、人族の物語の中に出てきた、孫を愛でるお婆ちゃんの挿絵に、とてもよく似ていて、つい口から『お婆ちゃん』と溢れてしまいそうになるのを、ヴィオレットは必死に飲み込んだ。
「ところで、ヌシはワシに何か用は無かったのか?話の感じから、そこの大きなガキよりも、ヌシの方がワシに会いたかった様に感じたんじゃが?」
会いたかった。会いたかったのだが・・・目の前に居るのは、会いたかったワイバーンでは無く、老婆である。
「はい・・・あの・・私、あまり外に出た事が無くて、人族の本を沢山読んでいて、ワイバーンさんに憧れていて、近くで見てみたいと思っていたんです。そしていつか、その背中に乗って空を飛んでみたいと・・・。」
思っていたが、ワイバーンの本当の姿が、杖をついて立っている老婆だと分かった今、色んな意味でその背に乗るのが恐ろしい。
ヴィオレットは、『近くで見たい』辺りでやめておけば良かったのに、勢いでつい『乗りたい』まで言ってしまった事を、早くも後悔していた。
「なんと、ワシの背に乗って飛びたいと!良いぞ良いぞ、一緒に空を駆けよう。」
慌てて訂正しようとしたが、モドゴロムは嬉しそうに目をキラキラと輝かせていて、とても訂正できる雰囲気ではなく・・・
「でも、せっかく元の姿に戻ってもらったのに、またワイバーンの姿になってもらうのも申し訳ないので・・。」
ワイバーンの姿から老婆の姿になるのに、あんなにも苦しんでいたのだから、ヴィオレットの都合でもう一度などさせられない。という建前の元、嬉しそうにしている老婆には申し訳無いが、ワイバーンの背に乗るのを、お断りしたかった。
「気にする事は無い、ワシはヌシの事が気に入ったのじゃ、乗せてやるぞ、少し待っておれ。」
嬉々として、遠のいて行くモドゴロム。
その歩みは遅く、フラフラとしており今にも転びそうだ。
その姿に不安を感じていると、背後に立っていたガルシュダッドがふわりとヴィオレットを抱き上げた。
「ヴィオレット、知っているか?ワイバーンに限らず、ドラゴン種の多くは、走る事が苦手だ。」
何故そんな事を突然言い出したのか分からないが、確かに物語の中のドラゴン達が、全力疾走している場面は無かったと思う。だいたいが、待ち伏せているか、空を飛んでいるかだ。
「・・はい。」
「それは、中身が老獣だからだ。」
「え? 」
「しかし、ワイバーンとなる老獣達は、足腰が弱い分、腕の力や背中の筋肉を鍛えている。空を飛ぶには、腕や背中の筋肉が、とても重要だからな。だから多分モドゴロムも、ああやって走るより逆立ちした方が・・・・ほらな。」
そう言われ、フラフラと歩いていたはずのモドゴロムの方を見れば、『ホッ』と言いながら逆立ちして、全力で走って・・・この場合走ってと言って良いのか分からないが、とにかく遠ざかっている。しかも身体に巻いている布がずれない様に、足で器用に抑えながら・・・・
「だから、途中で墜落する事は心配しなくて良いぞ。」
多分、ヴィオレットが不安そうにしているのを感じ、話してくれたのだとは思う。思うが・・・
墜落よりも、モドゴロムが、ウッカリ空ではなく天国へ行ってしまいそうな事の方が、不安なのだが・・・




