《32》魔王の妻 ①〈ガルシュダッド〉
・・・ヴィオレット達が獣界を訪れる直前・・・
ガルシュダッドは、目の前に立ちはだかる魔族達を睨みつけていた。
「お前達いい加減にしろ。ヴィオレットが望んだ事だと言っているだろう。」
魔族達も、ガルシュダッドを睨みつけていた。
「だから、行くなとは言っていないでしょう。行くなら、私達も連れて行って下さいと言っているのです。」
「私達がヴィオレット様を守ります。」
「そもそも何故、獣界なのですか!!魔界で良いではありませんか。」
敵意むき出しの魔族達に、ガルシュダッドは出来るだけ自分の感情を押し殺し、穏やかに、諭す様に話しかけていた。
「魔界では、まだヴィオレットが俺の妻だと知らん者も多い、うっかり拐われたり、傷つけられたら困ると言っただろう。その点、白が存在する獣界であれば、獣族のふりをしていれば大した危険も無いだろう。それに、ヴィオレット夫であり、最も魔力の強い俺が常に一緒に居るのだ、何の心配は無い。」
「「「アンタの側が一番危険だ!!」」」
魔族達の声が、息を合わせたかの様にピッタリと重なり。
「何故だ!!」
ガルシュダッドの大声が響き渡った・・・
魔王の城では、こんなやりとりが一週間近く続いている。
勿論、ヴィオレットはそんな事は全く知らない。
知れば、自分の考えた罰のせいで・・・と、心を痛めるに違いないと、魔族達もガルシュダッドも分かっているのだ。その為、ヴィオレットの居ないところで、ガルシュダッドは、なんとか皆を説き伏せようとしていたのだ。
していたのだが・・・そろそろガルシュダッドも限界にきていた。元々獣界に行く予定があり、その前に観光がてら散歩をしようと思っていたのだが、このままでは、散歩の時間がほとんど無くなってしまう。
だから、なんとか今日中には、出発したいと思っていたのだが、魔族達が納得する気配が無い。
加えて・・・
「そもそも、ヴィオレット様は未成魔族なのです。無理に散歩をしなくとも、城の周りをぐるりと一周歩く程度で良いと思いますよ。」
当事者であるはずのデルタが、非協力的どころか、むしろ散歩を反対しているのも問題だ。
「何故お前がそちら側に居る?」
「ヴィオレット様は、今すぐに行きたいと言ったわけでは無いのですから、成魔族になってから連れて行ってあげれば良いでは無いですか。」
デルタは、ガルシュダッドと共に皆を説得しなければならないはずなのに、どうにか、“散歩” を “少し外を歩く” 程度で済ませようとしている。
ヴィオレットは、『お散歩がしてみたい』と言ったのだ。少し外を歩くでは無く、『お散歩』だ。城の周りを歩く程度では、散歩とは言えない。きちんと、『散歩』させてあげたい。その為には、獣族であるデルタの協力も必要だというのに・・・
「だから、何故お前はそちら側に居るのだ。」
睨み合う、魔族とガルシュダッド・・・・
そして、デルタの立ち位置は、ガルシュダッドを睨みつけている魔族達の中にある。
「私は、ヴィオレット様を心配して・・・。」
「嘘を言うな!番いだろう!!お前、番いと離れたく無いだけだろう。」
ヴィオレットを心配していると言うのは、全くの嘘とは言えないだろうが、割合としては
番いと離れたく無い9割。
ヴィオレットを心配0.7割。
残りの0.3割は、獣界に戻るのが面倒だといったところだろう。
「そーですよ。番いと離れたく無いんですよ。ガルシュダッド様は良いですよね。ヴィオレット様との散歩が罰だなんて!罰と言う名の、ご褒美じゃないですか!!ズルイです。私も番いと共に散歩がしたい。膝に乗せたい。片腕に乗せて歩きたい!!」
徐々に語気を強めながら言うデルタに、ガルシュダッドは小さな溜息を吐き出した。
実際、ヴィオレットとの散歩を楽しみにしているし、今のガルシュダッドには、デルタの番いと離れたく無いという気持ちが、痛いほどよく分かる。しかし・・・
「ヴィオレットが望んだ罰なのだから仕方が無いだろう。それにデルタ、丁度良い機会だから一度家に帰って自分の口から事情を説明するべきでは無いのか?」
デルタは、次の獣王となるはずだった男だ。番いを見つけたから獣界へは帰らないと、決めたのだとしても、今までデルタが次の獣王になると思い、デルタの為に動いてくれていた者達がいる。その者達にきちんと説明もせず、全てを放棄して良いはずが無い。
「それは・・・そうですが・・・今でなくとも・・」
「そう言っていると、いつまで経っても行けんだろう。」
「ですが、今は・・・」
「ミルビーが、デルタが魔界に戻るまでは、大丈夫だと言っていたぞ。ならば今のうちに行っておいた方がいいのでは無いか?」
「ですが・・・もし・・・」
普段のデルタとは違い、決断力の無い姿に。
魔族達の全く納得しない姿に。
ガルシュダッドは苛立っていた。
まあ、ほぼ一週間もこんな状態が続いているのだ、ここまで苛立ちながらも、説得を続けていただけ、頑張った方だろう。しかしそれも・・・・
「あぁぁぁぁあ、もういい。お前達が納得するのを待っていては、ヴィオレットが成魔族になるわ!!」
限界だったらしい。ガルシュダッドは、デルタの首根っこを掴むと、自分とデルタの周りに結界を張る。
「結界とは、卑怯な!!」
「成魔族、良いでは無いですか!!成魔族になるまで待ちましょう。」
「ガルシュダッド様、分かりました、代表者を!せめて代表となる者を連れて行ってください!!」
罵る声、引き止める声、宥めようとする声が聞こえるが、ガルシュダッドは限界だった。
ヴィオレットが皆の事を家族の様に慕い、大切にしていたし、皆もヴィオレットの事をとても大切にしている。それが分かっているから、どうにか納得してもらってから行きたかったのだが、限界だった。
本当ならば、ヴィオレットに魔素を与える為に、常に側にいる必要がある。事を盾に、ずっと膝の上に置いて、ずっと手を繋いで、ずっと一緒に居るはずだったのだ。それを我慢して、仕事を片付けたのは、ヴィオレットとの散歩のためだ。
反対する者達を説得するためでも、デルタを説得するためでも無い。
ガルシュダッドは、結界を張ったままデルタを引き連れ・・・引きずり、ヴィオレットの元へ向かい、ヴィオレットを抱えると、強引に獣界へと転移したのだった。




