《30》呼び方
内容は変わってませんが、サブタイトルを変えました。
小さく優しい笑い声が、微かに耳に届き、獣王様の顔を見れば、優しい笑顔がこちらを向いていた。
「我ら親子の事を気にかけてくれ、ありがとう。しかし獣族とは、成獣族となるのこそ10歳前後ではあるが、本来ならば産まれて1年で親元を離れ、一人で暮らすのだ。それを考えれば、デルタは長く共に居てくれた方なのだよ。少し、遠く離れてしまうが、仕方がない・・。それに、デルタを止められる者は、獣界にはおらんからなぁ・・・仕方がないのだ。」
寂しそうに言う獣王様に、デルタが呆れた様な声を出した。
「獣王ともあろうお方が、ウジウジと言わないで下さい。今生の別れでもあるまいし、年に一度くらいは、様子を見に帰って来ますよ。」
その言葉に、獣王はヴィオレットの頭から手を離すと、嬉しそうにデルタの顔を見上げた。
「約束だぞ!!言ったからな!!」
まるで、子供の様に喜ぶ獣王様に、デルタは小さな声で
「どちらが親なのか分かりませんね。」
と、呆れながらも、穏やかな笑みを浮かべていた。
そんなデルタに、獣王様は満面の笑みを浮かべ、ヴィオレットの方に向き直り、もう一度大きな手でヴィオレットの頭を撫でる。
「魔王の妻よ、そなたは良い娘だな。そなたのお陰でデルタから言質を取る事が出来た。感謝するぞ。」
感謝されても、ヴィオレットは何もしていない。デルタの城での生活を少し話しただけだ。
「私は何も・・・。」
「いや、魔王の妻よ、いや、ヴィオレットよ、そなたのお陰だ。それに、我はそなたが気に入った。我の事はゾイアドス・・・ふむ・・ゾイと呼ぶが良い。」
「ゾイ様?」
獣王様・・・・ゾイアドスの優しい笑顔に、思わず普通に略称で呼んでしまった。失敗してしまったと思ったものの、ゾイアドスが嬉しそうに笑っている姿に、ホッとしていると、ヴィオレットの身体がふわりと宙を舞い、先程まで感じていた暖かな温もりの中へと戻されてしまった。
「うぎゃ」
急に抱き上げられ、見上げれば、なぜだかムッとした魔王陛下の顔が、ヴィオレットを見下ろしていた。
「何故、獣王を略称で呼ぶ。」
何を言われているのか分からなかった。ゾイと呼べと言われたからそう呼んだだけだ。しかし、魔王陛下の表情から察するに、ゾイアドスが言った事は建前で、本当は、呼んではいけなかったのかもしれない。
「も・・申し訳ございません。」
花が萎れる様に、シュンとするヴィオレットに、魔王陛下は困った顔をする。
「違う・・・ヴィオレットを、落ち込ませたかったわけでは無いのだ。ただ、魔王とは、職業名だと言っただろう?だからその・・・・俺もだな・・・魔王陛下では無く・・・。」
戸惑う様に視線を泳がす魔王陛下に、ヴィオレットはふと思う。
もしかして、ずっと『魔王陛下』と呼んでいたが、もしかして、違う呼び方の方が良いのではないかと。
魔王城では、魔王陛下の事を皆『ガルシュダッド様』と呼んでいた。ヴィオレットの父であるラルグランも、魔王城へ来る前は、魔王陛下と呼んでいたものの、魔王城へ移り住んでからは、『ガルシュダッド様』と呼ぶようになっている。
他の呼び方・・・・ヴィオレットは考えた・・・
ヴィオレットは、考えて一つの名を口にした。
「魔王様・・・?」
「「「ブッフゥ」」」
どこからとも無く、吹き出すような笑い声が広がった・・・
ヴィオレットは考えたのだ。
最初に思いついたのは、魔王城で皆が呼んでいた様に、『ガルシュダッド様』と呼ぶ事。しかし、自分が魔王陛下をそう呼ぶ所を想像すると、何故だかとても気恥ずかしくなってしまう。ならば、獣王様であるゾイアドスを呼んだ時の様に、略称であれば・・・とも思ったのだが、『ガル様』『 シュダ様』『ダット様』どう呼んで良いか分からず。結局『陛下』と外して、『魔王様』となってしまった。
周りを見回せば、部屋の中の者達は、笑いを堪えプルプルと震える者が半分と、哀れみの目をして魔王様を見ている者が半分となっている。そっと、魔王陛下の顔を見上げれば、その顔は悲しそうに歪んでいた。
「・・・駄目・・・ですか?」
「・・・・何故、名で呼んでくれんのだ・・・」
寂しそうに、悲しそうに、呟く魔王陛下に、ヴィオレットは自分の選択が間違っていた事に気付く。
多分・・・ほぼ間違い無く、名で呼ぶべき所だったのだろう。
それは、分かっているが、言おうとして口を開けば、顔に熱が集中し、口が上手く回らなくなってしまう。
「あの・・えっと・・・ガ・・・・ガ・・・るシュ・・・ダッと・・様・・・」
しどろもどろになりながら、何とか言い切り、ホッとしながら魔王陛下・・・ガルシュダッドの顔を見上げれば、そこには自分以上に真っ赤な顔をしたガルシュダッド様があり、目が合った瞬間、何故だか全力で顔を背けられそれと同時に
「・・・ふっ・・・ふぬぅ・・。」
と、奇妙な声が漏れ聞こえてきた。
多分、ヴィオレットの勘違いで無ければ、照れているのだと思うのだが、表情が見えない状態では、分からない。どうすれば良いのかと困っていると、ガルシュダッドに
「ヴィオレット・・・名を呼ぶのが難しければ、旦那様でも良いぞ。」
顔を背けたまま、そんな事を言われ。ヴィオレットは首を傾げていた。
旦那様・・・人族の本の中で、お屋敷で働いている者達が、のそ屋敷の主人の事をそう呼んでいた。それを何故、ヴィオレットに求めるのか分からなかったが、ヴィオレットにしてみれば、名で呼ぶよりも簡単だ。
「旦那様?」
一応呼んでみたが、これで合っているのか分からず、ジッーと見ていると、ガルシュダッドはチラリとヴィオレットの方を向き、また顔を背けてしまう。何か言い方が違ったのだろうかと、不安になりながら、どうすればガルシュダッド様がこちらを向いてくれるのか考えていると、少し離れた所に立っているデルタがボソリと・・・それでいてハッキリとした言葉で呟いた。
「ど変態・・。」
ヴィオレットは、一瞬自分に言われたのだろうかと、慌ててデルタを見たが、その目は真っ直ぐにガルシュダッドの方を向いていた。




