《28》散歩って・・・
お散歩・・・・それは、気晴らしや健康の為に歩く事。
そして、ヴィオレットの考えていたお散歩は、お城の周りを、少しの時間歩く程度のつもりだった。
ヴィオレットは、産まれてからほとんど外に出た事がない。それが、ヴィオレットを守る為だと、ずっと聞かされていた。実際に危険な目に合った事が無いので、ただの過保護だと思っていたが、それでも皆の言う事を聞き、外に出ようとはしなかったのは、自身の体質のせいで皆に迷惑をかけている事に、負い目を感じていたからだ。
だが、いつかは外を歩いてみたいと思っていた。
屋敷の窓ごしに眺めるのでは無く、馬車の窓ごしに眺めるでも無く、分厚い外套がいとうごしではなく、普通の格好で、風を感じ、日の暖かさを感じ、草木の感触を肌で感じたい。
魔王陛下なら、もしかしたら、そんな願いを叶えてくれるかもしれないと思っての願いだったのだが・・・・
「何故こんな事に・・・・。」
ヴィオレットの小さな声は、ヴィオレットを片手に抱いている魔王陛下には届かなかったが、側に立っていたデルタの耳には届いていた。
「本当に・・・何故こんな事に・・・」
デルタの声が微かに耳に届き、ヴィオレットとデルタは、ほぼ同時に溜息を吐き出した。
現在、ヴィオレットと魔王陛下とデルタの前には、身長が2m以上はある、筋肉の塊の様な男性が立っていた。
一応、首元からお腹までを覆う、黒い服らしき物を着てはいるが、肌にピッタリと張り付いている為、着ている意味があるのだろうかと思うほど、はっきりと彫刻の様な筋肉が見てとれる。下は細やかな刺繍の入った、ゆったりとしたズボンに、腰辺りには、動物の毛皮が巻かれ、魔王陛下の滴る様な色気とは違う、雄々しく力強い、男臭さのある男性だ。しかし、その存在感と何者をも服従させる威圧感は、初めて魔王陛下と会った時に感じたものと同じ・・・・間違い無く目の前に居る者が、獣王様なのだと一目で理解できた。
そして、その後ろには、獣王様の部下達とおぼしき者達が、跪き、こうべを垂れている。
「魔族の王、魔王よ、約束通り来ていただき感謝する。」
そう言いながら、獣王様がゆっくりと左手を差し出すと、魔王陛下もヴィオレットを抱いていない方の手で、その手を握り返す。
「いや、待たせて悪かった。」
「何を言う。こちらの都合で、態々獣界まで来てもらっているのだ。本来であれば、何年だろうと待つべき所を、こんなに早く来てもらい、我らには感謝の気持ちしかない。」
「感謝するには早すぎる。俺はまだ何もしておらんだろう。」
「それでは全てが終わったら、改めてお礼をさせてもらおう。」
穏やかに話す、獣王様と、ヴィオレットを片手に抱いている魔王陛下・・・
そして、その様子を、ヴィオレットはただ呆然と・・・・デルタは諦めた様な目で見ていた・・・
事は一週間前、ヴィオレットが『散歩がしてみたい』と言った直後の事。
魔王陛下は『そうか、ミルビーが3ヶ月後にするよう言っていたのは、そういう事か。』と、何かに納得した様に数回頷き。部屋の外で正座をしているデルタに『約束まで後何日だ?』とたずね、『10日後の予定です。』と、デルタの返事を聞くと、また数回頷いて、『分かった。丁度良いな。直ぐに仕事を終わらそう。ヴィオレット必ず散歩に連れて行くから、暫く待ておいてくれ。』
と言い、反射的に頷いてしまったヴィオレットを残し、デルタと共に去って行った。
ミルビーにどういう事なのかと、聞いてみても、楽しそうな笑顔を浮かべ、『時が来れば分かりますよ。』と言うばかりでどういう事なのか、説明してくれず。
7日後の現在・・・・
魔王陛下、ヴィオレット、デルタは、獣界へと来ていた。
何の説明も無いままに・・・
魔王城でのヴィオレットは、毎日特にやる事も無かった為、屋敷で過ごしていた日々と同じ様な生活をしていた。朝、朝食を食べた後、城で働く者達全員に会う為、城の中を歩いて回り、一息入れて本を読み、夕方になると、また城で働く者達全員に会いに、城の中を歩いて回る。
しかし今日は、朝、城を回り終え、一息入れようとした途端、魔王陛下に抱き上げられ、『散歩に行くぞ』と言われ、行くとも行かないとも言わないうちに、獣界へと連れて来られていた。
そして今現在も、何の説明も受けていない。ヴィオレットが、獣界であると認識していた理由は、目の前のフサフサの耳の持ち主達と、その中に真っ白な耳の持ち主がいた事、そして、部屋のまどから見える木に、真っ白な花が咲いていた事からであり、けしてデルタや魔王陛下が説明してくれたからでは無い。
「ところで魔王よ、儀式の日まで後3日あるが、何か予定はあるのか?無ければ、我が城に部屋を用意するが?」
「いや、妻が散歩をしたいと言うのでな、儀式の日まで獣界を歩いて回りたい。今日はその了解を取りに来たのだ。」
そう言って魔王陛下は、ヴィオレットを抱いている腕に少し力を込めた、バランスを崩したヴィオレットが慌てて、魔王陛下の胸元にすがりつくと、魔王陛下は満足そうに笑う。
「妻??結婚したのか!!」
獣王様の大きな声が部屋の中に響き、ヴィオレットは思わず、魔王陛下の服を掴んだ。
目の前の獣王様は、威嚇しているわけではなく、ただ驚いているだけだと分かってはいても、見るからに強靭な肉体の男性が、声を荒げれば、驚いてしまうの無理ないだろう。
「いつだ!我は聞いておらんぞ!!」
「少し前にな。」
何でも無い事の様に言っているが、魔王陛下の顔は微かに緩み、自慢している様に見えた。
「少し前?何故知らせてくれんのだ、知っていれば祝いを送ったというのに。」
「どうせなら、直接顔を見て伝えるべきだと思ってな。」
「フンそんな事を言って、我に伝えるのを忘れていただけだろう?現に、嫁を連れて来てはいなではないか。」
ムッとしている獣王の顔は、怒っているというより、拗ねている様に見え、魔王陛下と獣王様が互いに心を許している間柄だという事が分かる。
「何を言っている。ここに居るだろう。」
そう言って、魔王陛下は大事そうに腕の中のヴィオレットをそっと包み込む。
その様子を、獣王様はポカンとした顔で見ていた。
「俺の妻のヴィオレットだ。」
「は?」
魔王陛下に、妻として紹介されたヴィオレットの頬が淡く染まっていたが、そんな事よりも、ヴィオレットは、獣王様を前にして、魔王陛下に抱きしめられたままで、挨拶もしていない事に焦っていた。魔王陛下は、魔族の頂点というわけではないと聞いたが、獣王様は獣族の頂点に君臨する方で間違いないはずだ、そんな方に挨拶もせずにいていいわけが無い。ましてや、魔王陛下の妻として紹介されたのだ。ヴィオレットが不始末を起こせば、魔王陛下に迷惑がかかってしまう。
どうにか床に降りて、きちんと挨拶をしようともがくが、魔王陛下の腕が緩む事は無く、そのまま話は続いていく。
「子供にしか見えんのだが・・・・魔王の趣味なのか?」
「いや、ヴィオレットは未成魔族だから、自分で姿を変えられん。これが本来の姿だ。」
「未成魔族・・・子供を妻にしたのか?」
「色々と事情があってだな。」
「それに白いぞ?魔族に白は存在しないはずだろう? 」
「その辺も色々と事情があってだな。」
「事情だらけだな・・。しかし、白い子供・・・人族か!!本当は人族なのだな!!人族の子供を攫って来たのか!! 変態か!変態なのだな!!」
声を荒げる獣王様は、細かな事を説明するのが面倒で、『事情がある』と言ったせいで、色々と誤解をしている様だ。
「親子揃って、俺を変態扱いするな。」
「変態に変態と言う。何の問題があると言うのだ!」
真顔で言う獣王様に、今度は魔王陛下が声を荒げた。
「言い方までそっくりだな!!だが、俺を変態と言うのなら、デルタは更に変態ではないか!!」
「何を言う。デルタはまだ番を妻にしていない。ギリギリ変態では無い!!」
「いや、変態だろう・・・。」
ボソリと言う魔王陛下の言葉に、今度は獣王様でも無く、魔王陛下でも無く、デルタが答えた。
「私は変態です!!」
胸を張り、堂々と言い切るデルタの姿に、誰も何も言えなかった。




