《22》ドウ・・・・
「ガルシュダッド・・・ヴィオレット様にそんな事を言ったの?」
先ほどまでの激昂は、何故だか静かな怒りへと変わり、冷たく鋭く、痛みに頭を抱えている魔王陛下を見下ろしていた。
「もしかして、私が部屋に入る前に “湯たんぽ” って言ったの?」
「傍に居る事が心地良いと伝えたくてだな。」
「言ったの?」
「ハイ、イイマシタ。」
魔族の王たる魔王陛下。
滴る様な男の色気と、何者をも服従させる威圧感、そして惹きつけられる様な魅力を持ち合わせた魔族の王。
それが今は、母に怒られる息子の様に見える。
「まさか、褒め言葉のつもりだったとか言わないわよね?」
「ホメコトバ ノ ツモリデシタ。」
それを聞いて、ナティシャは何故か大きな溜息を吐き出した。
「はぁ? 湯たんぽが褒め言葉?あり得ないでしょ、女心の分からない・ ・・・ドウ・・・でも、あるまいし。」
「わあああぁぁぁぁナティシャああぁぁぁ!!!」
魔王陛下の叫び声で、途中が聞こえ無かったが、そんな事より、ヴィオレットは、魔王陛下が叫んでる事に驚いていた。
魔王陛下に対するイメージでは、落ち着きがあり、騒ぎ立てる事など無く、いつも冷静な方なのだろうと思っていたのだが、目の前でナティシャと話している魔王陛下は、まるで正反対だ。
ナティシャと魔王陛下は、驚くヴィオレットには気付かないまま、ヴィオレットには、分からない話を続けていく。
「え?本当に?ドウ・・・」
「わあああぁぁぁぁ。そこは関係無いだろう。」
「え??だって、魔王よね? 魔王なのよね?? だって歴代の魔王と言えば・・・」
「歴代は歴代。俺は俺だ!俺は沢山欲しい訳では無い。」
「なら、付き合った相手は?」
「・・・・いない・・・。」
「わよね・・・。湯たんぽを褒め言葉にするようじゃあ・・・そうなるわよね・・。」
「よく考えても見ろ!!俺の側に居た女性は、ミルビーとカロンだぞ!!!ミルビーは無理だし、カロンは婚約している。それに、二人とも俺の好みでは無い。」
「それは、そうかもしれないけれど・・・他にも居たでしょう。」
「確かに居たが・・・魔素の力が強い者となると・・・・。」
「ああ、そうね・・・そうよね・・・。」
ナティシャの怒りは、何処へやら、話の途中から哀れむ様な表情に変わり。
魔王陛下も少しションボリしている。
それでも、魔王陛下とナティシャのやりとりが、ヴィオレットの目にはとても仲が良いものに見えていた。
言いたい事を、こんなにもハッキリとぶつけ合える、それが出来るのは、気心の知れた間柄だからだろう。しかも、相手は魔王陛下だ。ヴィオレット以外の者が居ないからと言って、そんな振る舞いをして良い相手では無いはずだ。
「やはり・・お付き合いを・・・。」
「「違う!!」」
息の合った返答に、否定されているのに、肯定されている気分になり、思わず二人から目をそらすと、ヴィオレットの肩が力強く掴まれた。
「ヴィオレット様よーく聞いて下さい。」
見上げれば、ナティシャが真剣な顔・・・必死な形相をしていた。
「ガルシュダッドは、私の息子です。」
息子・・・?
ナティシャはどう見ても、20代半ば。対して魔王陛下は、30歳ほど。かなり無理がある気がする。
育ての親・・・も無理だろうし、産みの親は、考えるまでも無く無理だろう。
養子という事だろうか?しかし、ナティシャの方がどう見ても年下、自分よりも年上の男性を、わざわざ養子に迎える意味が分からない。
「ヴィオレット様、成魔族となった魔族は、見た目と年齢が比例しない事をお忘れですか?」
そう言えば、そんな話を聞いた事があったが、屋敷では一々年齢を聞く事も無かった為に、すっかり忘れていた。
「ガルシュダッドは、私が100年ほど前に産んだ息子です。」
100年・・・?
聞き間違いだろうか?言い間違いだろうか?
「え?・・・でも・・・。」
戸惑うヴィオレットに、ナティシャは苦笑いを浮かべた。
「私、こう見えても200歳は超えているんですよ。」
とても、そうは見えない。目の前のナティシャは、若々しく美しい女性だ。子供が居る事にも驚かされるが、それが明らかに見た目の年齢が上の魔王陛下・・・
魔族は、成魔族になれば、成長が止まる。
話には聞いていて、何となく知っているつもりだったが、目の前で目の当たりにすると、にわかに信じがたい。だが、そう思ってしまう事さえきっと、魔族としての常識が足りていないせいなのだろう。
「そう・・・なのですね。」
「はい。こう見えて一応子供を産んだ経験があるんです。一応ですが。」
何故、一応を強調しているのか分からない。もしかして何か、事情があって、不本意な・・・
「ヴィオレット様!違いますよ。何か良くない事が起きてとかでは、ありませんからね。妊娠と出産自体は、とっても嬉しかったんですよ!ただ・・・3日で成魔族となってしまったので・・・。」
「3日?」
「はい、ガルシュダッドは産まれて3日で、成魔族となり・・・それと同時に魔王となったのです。」
成魔族になるまでには、1年〜20年かかるはずだ。それを、たった3日・・・
ヴィオレットは2歳ほどになるまでに20年の時を必要とした。2歳ほどから、今の6歳ほどの姿になるまでは一瞬だったが、それは、魔力の枯渇により止まっていた成長が、魔王陛下に魔素を頂いた事で、一気に解放されたからだ。これからは、またゆっくり成長していく事になる。そう思うと、目眩がしそうなほどの早さだ。
ナティシャは、ヴィオレットから手を離すと、いまだにソファーに腰を下ろしている魔王陛下を、鋭く睨む。
「そう、たったの3日!!!あんなに苦労して産んだのに、可愛かったのはほんの一瞬!!!比喩でなく、本当に一瞬!!!しかも、成魔族になったら、とっとと私の元を去っちゃうし・・。」
ナティシャは、最初は怒りながら。最後には泣きながら叫んでいた。
ヴィオレットには、親であるナティシャの気持ちを、想像する事しか出来ないが、産まれて来る事を楽しみにしていた子が、一瞬で成魔族となり、自分の元を去って行くのはとても悲しかったと思う。
「それは、悪かったとは思うが、成長中で、魔素を成長に使っていたにも関わらず、ナティシャは俺の魔素で、魔素酔いをしていたじゃないか。そんな状態で、成魔族になった俺の側に居られるはずがないだろう。」
「分かってるわよ!!どうしようも無かった事くらい分かってるわよ!!でもね、もっとあったでしょ。別れを惜しむとか、手紙を書くとか!!それに、私が城に来てせっかく再会できたというのに、何も言ってくれなかったじゃない!!」
魔王陛下は、ハッとした顔をした後、本当に申し訳無さそうに顔を歪めた。
「・・・すまなかった。どう接して良いのか分からなくて・・・」
ションボリしながら謝罪する魔王陛下に、ナティシャは数度深呼吸をすると、涙を拭い、大きな溜息を吐き出した。
「もういいわ、言いたい事が言えたし、息子が色々残念だと分かったし、何だかもう、怒る気も失せたわ。」
先ほどまで、あれほど怒っていたにも関わらず、あっさりと怒るのを止めたナティシャは、小さく笑い、ヴィオレットの方に向き直ると、深々と頭を下げた。
「ヴィオレット様。ヴィオレット様のおかげで、やっとコノアホに言いたい事が言えました。ありがとうございました。」
「えっ?私は、何も・・・」
戸惑うヴィオレットに、ナティシャは晴れやかな笑顔を向けた。
「いいえ、ヴィオレット様が、ガルシュダッドの魔素を吸収してくださったおかげで、私はもう一度ガルシュダッドに会い、怒りをぶつける事ができたのです。」
怒りをぶつける・・・
話を聞いた限りでは、100年ぶりの親子の再会のはずだ。それがこんな形で良かったのだろうか?と、不安になったが・・・
「グウウゥゥゥ。」
「あら、ヴィオレット様の食事を持って来たんだったわ!!大変、直ぐにご用意いたしますね。」
空腹に、叫び声を上げる自分のお腹の音で、全て吹き飛んでしまった。




