《20》魔族の婚約と結婚
「離婚・・・」
魔王陛下は、頬を染め、口元に手を当てて、ヴィオレットから視線を逸らしている。それは、まるで喜んでいる様に見えて、ヴィオレットの心を軋ませた。
予期せず結婚になってしまったとはいえ、そこまであからさまに離婚を喜ばれるのは辛い。しかし、それも仕方が無い事なのだろう。望んで結婚した訳では無いのだから。
「・・・そんなに離婚したいのでしたら・・・直ぐにでも・・。」
自分の感情を押し殺して、なんとか絞り出した言葉は、微かに震え、スカートを握る手には力が入る。
そんなヴィオレットを見て、魔王陛下は慌てる。
「いや、違う。すまない分かっている。ちゃんと分かっている。離婚は、結婚を解消する事だろう?」
他にどんな意味があるのだろう?
離婚は離婚だ。他の意味など無いはずだ。しかし、ヴィオレットは魔族の常識を知らない。もしかしたら魔族では他の意味があったのかもしれない。
「あの・・・魔族では、離婚は、結婚を解消する事では無いのですか?」
「そうだ。人族と変わらず、離婚は離婚なのだが・・・」
「そんなに、嫌だったのですね・・・。」
落ち込むヴィオレットに、魔王陛下は慌てる。
「違う、結婚は嫌では無い。全然、少しも嫌では無い。そうではなくて、離婚する為には、結婚していなくてならないだろう? だから、ヴィオレットから離婚と言われて、結婚したんだと実感していたんだ。」
結婚した相手に “離婚” と言われて結婚した事を実感する・・・
文字にするとかなり変な話ではあるが、会ったその日に婚約する事になり、それがうっかり結婚になってしまうと、そう感じるものなのかもしれない。
「あの・・・嫌ではないんですか?」
「まさか!俺は婚約では無く、結婚で良かったと思っている。コレで100年間は一緒に居られるからな。」
「100年間ですか?」
ヴィオレットの知る結婚とは、死ぬまでずっと一緒に居ようと誓う事だ。期限など無い。
「そうだ。結婚の誓いは、100年経てば効力を失う。だから100年ごとに更新する必要がある。」
効力・・・更新・・・・
あまりにも無機質な言葉に、自分の想像していた結婚と、魔族の結婚は違うのかもしれないと思う。
「婚約は、互いに対して誓いを立てる。つまり、互いの力で、互いの魂を縛るのだ。だから効力は、どちらかが破棄するまでなのだが、結婚は第三者である魔王が魂を縛るから、二人がどんだけ喧嘩しようが、憎しみ合おうが、100年は効力が切れないのだ。」
この話を、ヴィオレットはどう捉えて良いのか、分からなかった。
そもそも、魔族の婚約と結婚がどういうものなのか知らない。“魂を縛る” とか、“効力” と言うからには、婚約や結婚には、何かしらの拘束力があるのだろう。
聞くのが少し怖い気もするが、聞かなければ始まらないだろう。
「あの・・・効力って何ですか?」
魔王陛下は、一瞬驚いた様に目を見開いたが、直ぐに真剣な表情に変わり、ヴィオレットの手を強く掴んだ。
「そうだな、ヴィオレットは、知らないんだったな・・・・ショックを受けるかもしれないから、心して聞いてくれ。」
真剣に、強い視線と口調で話す魔王陛下に、ヴィオレットも身構える。
ショックを受けるほどの事とはどんな事だろう。
相手が傷付けば、自分も傷付くとかだろうか?
相手の居場所が、常に分かるとかだろうか?
相手の思考が・・・・っと、これはさっき否定された。
色々考えた所で、コレだと思えるモノは浮かんでこないし、後数年で死ぬ身だった事を考えれば、どれも大した事だとは思えなかった。
「はい。」
力強く答えると、魔王陛下は大きく深呼吸をしながら、ゆっくりと話はじめた。
「出会ってしまうんだ・・・。」
「え?出会う??」
何と出会うのか分からないが、魔王陛下の言い方から、それは、とても恐ろしいモノの様に感じられる。
「結婚相手と、出会ってしまうのだ・・。」
意味が分からなかった。
結婚したのに、結婚相手と会ってしまう?新たに、結婚したい相手と出会ってしまうという事だろうか?
混乱するヴィオレットに、魔王陛下は話続ける。
「週に5日も出会ってしまうのだ。」
更に意味が分からなくなってしまった。週に5日も結婚したい相手に出会ってしまったら、それはもう結婚どころでは無く、ただの優柔不断ではないだろうか?
「えっと、意味が全く分からないのですが?」
眉間にシワを寄せているヴィオレットに、魔王陛下はフッと表情を緩める。
「だから、結婚した相手と、週に5日必ず出会ってしまうんだ。」
「あぁ、結婚した相手とですね!・・・・・それだけですか?」
それなら、最初から “結婚相手” ではなく、“結婚した相手” と言ってほしい。
「まあ聞いただけだと、そういう反応になるだろうな。しかしよく考えてみろ。もしも最初の一年目で、二度と会いたくないと思うほどの喧嘩をしたらどうする?100年は魔族であっても、短いとはとても言えない時間だ。後の99年間会いたくも無いのに、週に5日も出会ってしまうのだぞ?」
「でも、出会うだけですよね?1日一緒に居なければいけない。とかでは無いんですよね?」
「1日・・・一緒・・・。そっそれは、恐ろしいな。」
魔王陛下の顔が、微かに引き攣っている気がする。
「あの・・・もしかして、魔王陛下は以前にも結婚を・・・?」
一応、確認程度に聞いてみたつもりだったのに、魔王陛下が食い気味で声を上げた。
「無い!!!それは無い!!」
「すっすみません。」
魔王陛下の気迫に押される様に、咄嗟に謝ると、魔王陛下の表情が暗くどんよりとした物に変わる。
「無いが・・・見た事はある・・・離婚させてくれと・・騒ぐ者達を・・・。」
「あぁ、なるほど・・。」
魔王陛下の元へ来てまで、離婚したい者達となると、相当別れたかった者達だろう。
「しかし、魔王であろうと、結婚を解消してやる事は出来ない。結婚してしまえば、100年間は結婚したままで、週に5日は、必ず出会ってしまう。だから、殆どの者は婚約止まりだな。婚約ならば互いで互いの魂を縛るから、互いの話し合いでいつでも解消出来るからな。」
魔王陛下の言いたい事は何となく分かった。確かに憎しみ合う者どうしが出会ってしまうのは、辛い事かもしれない。しかし、色々と想像していたヴィオレットにとっては、あまり深刻さを感じられなかった。
「浮気したら、罰が下るとかは無いんですか?」
「結婚の儀の時に、盛り込めば出来なくも無いが、何をもって浮気とみなすのか難しいし、魔族にとって100年もの間縛られるという事だけでも、充分重いからな。わざわざ盛り込む者はいないな。」
今回の事が無ければ、知識として頭に放り込まれただけで、深く考える事は無かっただろう。
しかし、今はそういうわけにはいかない。
魔王陛下の話では、自分は人族の様な生活をしたいらしい。だからだろうか、魔族の結婚や婚約について聞いても、あまり重くも無ければ、深刻な事だとも感じない。しかし、魔王陛下は違うだろう。『魔族にとって、100年間縛られるという事は充分重い』と言っていた。『重い』と。
そんな重荷をわざとでは無いにしろ、背負わせてしまった。
「そうなのですね・・・ごめんなさい。」
俯くヴィオレットの頭に、魔王陛下の大きな手が乗り、ゆっくりと髪を撫でる。
今まで肌が触れれば、触れた相手の魔素を強制的に吸収してしまう為、頭を撫でられる時も、手を繋ぐ時も、手袋ごしだった。魔素を貰う時は肌に触れたが、
魔素を取りすぎない様に、緊張していたし、いつも一瞬の事で、相手の温もりを、こんなにも直接感じる事は無かった。
その温もりに触れる事が出来る様になったのは、魔王陛下のおかげだ。




