《17》再会
バタバタバタ・・・
複数の足音が、廊下の先から聞こえてくる。
魔王城の廊下を、こんなにも音を立てて走っても良いのだろうか?
そんな事を思う余裕があったのは、その足音が遠くから聞こえて来ていた、数秒間だけだった。
鋭い眼光。
引き結ばれた唇。
眉間に刻まれた深い皺。
全員が見知った顔の者達、ヴィオレットの暮らしていた屋敷で働いていた者達なのだが・・・凄い勢いでこちらに向かって来ている。
いくら知り合いでも、これは怖い。
「えっ?あの、みんな??」
声をかけながらも、思わず一歩後ろに下がってしまう。すると、ヴィオレットを庇う様にミルビーが一歩前に出るが、それでも皆の勢いは止まらない。ぶつかると思った瞬間、ヴィオレットは目を閉じ、来るであろう衝撃に備えた。
しかし、予想していた衝撃が訪れる事無く、代わりにゴンという音が複数回聞こえ、少し遅れて複数の呻き声が聞こえてくる。
ヴィオレットが恐る恐るミルビーの背後から顔を出すと、そこには、大きな壁があった。
一瞬、ミルビーが魔法で壁でも作ったのだろうと思ってしまったが、大きな壁から低く、唸る様な声が聞こえてくる。
「お前達、何をやっている?」
威圧感のある声ではあるが、その声には聞き覚えがある、先程寝起きで聞いたばかりの声、魔王陛下だ。
部屋から出て行った時には、上半身裸で、両手に青年と少女を掴み、なんとも言えない格好というか、状況であったが、どこかで着替えたらしく、今は、黒いズボンにグレーのyシャツを着ている。勿論その両手には何も無い。
とにかく、この状況はまずい。声の感じから魔王陛下が相当お怒りの様だ。このままでは、せっかく皆と一緒に暮らせると思ったのに、追い出されてしまうかもしれない。どうにかして、この場を収めなければならないと思ったのだが・・・・
「「「「ッチ」」」」
魔王陛下が壁になっていて、皆の表情は見えないが、何故だか複数の舌打ちが聞こえた気がする。
気のせいだろうか?
「邪魔です。そこを退いて下さい。」
この声は、ナティシャだろう。
てっきり魔王陛下の声に怯え、恐縮していると思っていたのだが、聞こえて来た声は、恐縮するどころか、攻撃的だ。
「お前達が少し落ち着いたらな。」
「落ち着くとは、どういう意味でしょう。私達は何時も落ち着いておりますが?」
「何処がだ。お前達の勢いにヴィオレットが怯えているだろう。」
「怯える?フンッ・・・・。」
ヴィオレットは、ただでさえ白い顔を更に白くしていた。ナティシャが、この国の王たる魔王陛下を鼻で笑ったのだ、当然だろう。しかし、言った本人であるナティシャは気にしていないどころか、更に攻撃的になってゆく。
「それは、突然恐ろしい魔王に、攫われたからではありませんか?」
「攫ってはおらんだろう。それに、今回の事はヴィオレットも同意している。」
「どうだか。ヴィオレット様は、可愛らしい方ですからね、私達は何処ぞの変態に捕まってしまわないかと、ずっと心配していたのですよ。それが・・・こんな・・・。」
「 “こんな”とは、どういう意味だ。」
「そのままの意味ですよ。ヴィオレット様。コレが何かしてきたら、私達に言って下さい。魔王は凶悪ですが、私達が束となってお守りします。」
突然名を呼ばれ、唖然として固まっていたヴィオレットは、慌てて魔王陛下の背後から顔を出した。
そこには、ヴィオレットが産まれてからずっと、一緒に暮らしていた者達の顔があった。
ただ、今は、魔王陛下を睨み付けているが・・・・
何時も穏やかで、こんな険しい顔をしている皆を、見た事が無い。しかし、ここで怯む訳にはいかない。
「みっ・・・・みんな落ち着いて。」
精一杯大きな声を出しながら、魔王陛下の前に飛び出した。
かなり大きな声だったはずだ。しかも、皆の目の前で声を出したのだから、聞こえなかったとは思えない。
しかし、皆動かない。
「あの・・・みんな?」
動かない。
まるで石像になってしまったかの様に動かない。
一応、魔王陛下のおかげで魔素の枯渇は解消されたが、魔法を使った事は無いし、使い方も分からないので、多分石化の魔法では無いはずだ。
しかし、動かない。
どうして良いのか分からず、魔王陛下の方を振り返れば、思った以上に、上に魔王陛下の顔があった。
よく考えれば、互いに立った状態で会うのは初めてだ。ヴィオレットが立っている時は魔王陛下が座っているし、魔王陛下が立っている時には、ヴィオレットは座っていた。
こんなに大きかったのかと、一瞬思ってしまった。
「小さいな・・・」
魔王陛下も同じ事を思っていたらしいが、それよりも今は、動かなくなってしまった者達をどうにかしてほしい。
「魔王陛下どうしましょう。」
助けを求める様な声に、魔王陛下は何を思ったのか、ふわりとヴィオレットの身体を抱き上げ、すっぽりと自分の片手の中に収めた。
突然の浮遊感に、ヴィオレットは安定感を求め、魔王陛下の服を掴む・・・これは、不可抗力である。
抱き上げられ慣れている両親ならば、軽く手を添えるだけで、服を掴む様な事は無かった。しかし、魔王陛下は、初めての相手だ。しかも、何の予告も無しに抱き上げられたのだ、いくら力強い腕であっても、不安になって服を掴むのは仕方が無い事だと思う。
「え??」
仕方が無いとは思うのだが、そもそも何故 抱き上げられているのか分からない。
そして、ヴィオレットは自分の事を、見た目が少女であろうと、中身は立派な女性だと思っている。その為、両親以外の者に、しかも異性に抱き上げられるのは恥ずかしい。
「この方が、話やすいだろう。」
確かに顔の距離はかなり近くなって、話しやすくはなった。しかし、ヴィオレットは話しやすさよりも、中身が女性である事をを優先してほしかった。
「おっ下ろしてくれませんか?」
「下ろしたら、話にくいだろう?それに、ヴィオレットと俺の身長差では手を繋ぎ続けるのは難しい。この方が楽だ。」
手を繋ぐ・・・?
そういえば、魔素を貰う為に、常に肌を触れ合わせておく必要があると言っていた。
確かに魔王陛下とヴィオレットの身長差は、かなりあるが、手を繋ぐのが無理というほどでは無いはずだ。
それに・・・
「でも、この体勢では・・・はっ・・肌は・。」
今の体勢では、互いに服越しであり、肌が触れ合っている所は何処にも無い。その事を伝えたいのだが、その事を口にしてしまうと、まるで自分から望んでいる様に聞こえそうで、恥ずかしくて言えなかった。
そんなヴィオレットに、魔王陛下は優しく微笑む。
「大丈夫だ、ここまで密着していれば問題ない。」
密着・・・みっちゃく・・・・ミッチャク・・・・
ヴィオレットの頭の中で、何度も同じ言葉が繰り返され、顔が先程よりも真っ赤に染まる。
恥ずかしさから顔を隠したかったが、まだ慣れない魔王陛下の腕の中では、手を離して顔を覆う事は難しい。両手が使えない状態で顔を隠そうとすると・・・・
咄嗟にヴィオレットは、自分の顔を魔王陛下の胸元に押し付けてしまった。
ドサッ・・・ドサッドサッ・・・
重い物が絨毯の上に落ちる音がする。
そういえば、魔王陛下に抱き上げられた事が恥ずかしくて忘れていたが、皆が固まったままだった。
慌てて、皆の方を見れば・・・
全員が膝を付いて・・・号泣していた。
「ヴィオレット様が、ヴィオレット様が、大きくなっているううううぅぅぅぅぅ。このやろおおぉぉぉ」
「ヴィオレット様が懐いているううううっぅぅぅぅぅ。くそおおぉぉぉ」
「成長出来てああぁぁよがっだあああぁぁぁ。魔王めえええぇぇ」
どうやら、ヴィオレットが急に成長していて、驚いた為に、動きが止まっていただけらしい。
動くヴィオレットを見て
喋るヴィオレットを見て
恥ずかしがるヴィオレットを見て
ようやく本当に、ヴィオレットが成長したという事を理解し、歓喜するとともに、魔王陛下に突然ヴィオレットを奪われた恨みで、喜んでいるのか、怒っているのか複雑である。




