《14》 魔王のゴン
スルリとしたシーツの感触と、温かな温もり。
心地良い香りに、安心感を感じると共に、眠気を誘われる。
微かに浮上しかけた意識が、心地良い香りのせいで、もう一度眠りに沈みかけていた。
自分が何処に居るかとか、どういう状況なのかを考える気さえ起きない。
ただこのまま、眠りという名の、暖かな暗闇に沈みたかった。
たかった・・・・・
「ん?」
そうして、より温かく、より心地良い香りのする方へと移動したのだが、何故だか、その温もりが、微かに動いている気がする。
温もりは、規則正しく動き、耳をすませば、スースーと小さな音を立てている気がする。
「んん??」
少し手を動かせば、さらりとした表面に、柔らかな弾力と、適度な硬さを感じる・・・気がする。
「んんん???」
それが何なのか分からず・・・・いや、分かっているが、分かりたく無くて。
もしかしたら、自分の思っているモノとは違う何かかもしれないと、微かな期待を込めて、目を開かずにいた。
「起きているのだろう?」
頭の上から、低く耳障りの良い声が降ってくる。
しかし、気のせいかもしれない。
「聞いているのか?」
しかし、聞き違いかもしれない。
「おい、ヴィオレット。」
しかし、人違いかもしれない。
目を閉じ、意識が完全に浮上しない様に抑え込んでいると、少しゴツゴツとした、温かな感触が頬に触れる。それは、そっと頬を包み込み・・・
ゆっくりと口元を覆い・・・密閉し・・・・
同時に鼻が摘つままれた・・・
「ムゴムゴムゴ!!!!!。」
絶妙に息を吐き出した瞬間に、口と鼻を塞がれ、目を見開けば、魔王陛下の呆れた顔が目に飛び込んできた。
それと同時に口と鼻を塞いていた手が離され、大きく息を吸い込んだヴィオレットは、叫んだ。
「苦しいですか!」
思いがけない魔王陛下の行動と、急激な息苦しさと、それから解放された開放感で、言い間違えてしまった。
「いや、俺は苦しく無いが?」
それはそうだろう、口と鼻を塞がれていたのは、ヴィオレットであり魔王陛下では無い。
ヴィオレットは、勢い良く起き上がると、息を整えながら更に叫んだ。
「知ってます!!」
「知ってるなら聞くな。」
「言い間違えただけです。」
「知っている。」
楽しそうな声で言う魔王陛下を、ヴィオレットはイラッとしながら睨もうとして・・・・・赤面した。
頭の先から足の先まで、一瞬にして熱くなり、元々白かった肌は、ピンク色になっている。
顔から湯気が出るとは、こういう事なのだと実感した。
「なっ!なっ!!なんて格好してるんですか!!!。」
部屋にヴィオレットの声がこだます。
ヴィオレットの視線の先には、下半身にアッパーシーツをかけ、筋肉質でありながらも、スラリとした上半身を露出させ、くつろぐ魔王陛下が居た。
産まれてこの方、異性の裸など見た事は無い。父とは仲が良いが、お風呂に一緒に入る事も無ければ、何時もキッチリとしている父が、服を着崩す所も見た事が無かった。邸で働く者達は多少着崩す事もあったが、こんなにも堂々と上半身を晒している者を見た事は無い。
「問題無いだろう、夫婦なのだから。」
気にするそぶりも見せない魔王陛下に、ヴィオレットは顔を真っ赤にしながらも、声を上げる。
「何を言っているんです。婚約者でしょう?それも便宜上の!!」
「熱烈に受け入れていただろう?」
「熱・・・・烈・・・・???」
何の事を言っているのだろう。
確かに婚約の儀はした。それは、ヴィオレットに危険が及ばない為に、魔王陛下が申し入れてくれた事だ。その事は、感謝しきれないほど感謝しているし、もし魔王陛下に、好きな人ができたなら、喜んで婚約を破棄するつもりだ。
人界の物語の中では、婚約したものの、一方に他に好きな相手が出来てしまい、別れてしまうなんて場面は良くあった。裏切られたと嘆く者、絶対に許さないと怒る者、私も他に好きな人が居るのと、円満に解消する者。婚約は、その名の通り結婚の約束ではあるが、結婚の前段階である為、多少の慰謝料を払わなければならないが、きちんと手順さえ踏めば、結婚よりは、スムーズに解消される事が多い。
そして、偽装婚約の場合は、期間を過ぎれば争う事なく婚約を解消する。
そこにあるのは、利害関係であり、 他の要素など何も・・・なにも・・・・ナニモ・・・・・無い!!!
「本当は、長ったらしい言葉を唱えて婚約する所なのだが、ヴィオレットが婚約の言葉を知らないと言うから、結婚の儀に変えただろう?」
そこで何故か魔王陛下は言葉を切り、再びニヤニヤと笑い出す。
ニヤニヤ?ニマニマ??
ヴィオレットの事を見て、楽しんでいる様に見えると同時に、どこか嬉しそうにも見える。
「それなのに、儀式の最後にトリュシュレッドなどと言うから・・・。」
トリュシュレッドそれは、魔王陛下が呪文を唱えている時、ヴィオレットの口から自然に漏れた言葉で、意味なんて知らなかった。
しかし、魔王陛下の言い方から、何か意味がある言葉だったらしい。
「トリュ・・・トリュフ・・ブレンド??」
「トリュフを混ぜ合わせてどうする?料理にでも使う気か?」
陛下は、クスクスと笑いながらも、言葉の意味を説明をしてくれる。
「トリュシュレッド、古代の言葉で “強く、共に” という意味だろう?」
ヴィオレットは、それを聞いても、そんな意味があったんだなと、思うだけだった。
次の話を聞くまでは・・・
「婚約の儀は、互いに古代語で決められた誓いの言葉を発して、互いに対して誓いを立てる。結婚の儀は、魔王により、互いの魂を縛ってもらい、神々に対して誓いをたてる。しかし、結婚の儀を中途半端な状態で止めてしまうと、神々への誓いが無効となり、互いに対しての誓いとなる為、結婚では無く婚約になる。俺は魔王だからな、自分で儀式をして、途中で止めてしまえは、あの長ったらしい言葉を言わずに済むし、丁度良いと思ったのだが・・ヴィオレットが『トリュシュレッド』と言うから・・・。まさか、結婚の儀で、“愛してる” と、言われるとは思わなかったぞ。」
照れ臭そうに僅かに頬を染める魔王陛下・・・
しかし、ヴィオレットにとっては、それどころでは無い。
「はぃ?? “強く、共に” という意味なんですよね??」
「そうだが??」
ヴィオレットには、何がどうなっているのか、全く分からなかった。
「どういうことですか?」
「だから、俺が『ファヴィオファエウヴィア・・・』間は長いので端折るが、『モアイルアエイアヲガオギアポサイ、アペオロビソ。ガラオエ、ヴィオレット モフェフィロエテオイ。』と言ったとき。ヴィオレットが『トリュシュレッド』と言ったのだろう?」
「えっと・・・・どういう事ですか?」
「だから、結婚が成立したという事だろう?」
キョトンとした顔で首を傾げる魔王陛下に、ヴィオレットも、つられる様に首を傾げる。
「すいません。最初の『だから、俺が』と『間は、長いので端折るが』と、『と言ったとき。ヴィオレットが『トリュシュレッド』と言ったのだろう』って言葉しか、分からないのですが?」
魔王陛下が固まった。
青い顔をして固まった。
瞬きもせずに固まった。
ヴィオレットは、何故魔王陛下固まっているのか分からず、魔王陛下が動き出すのを、魔王陛下の黒い瞳を眺めながら待ってた。
しばらくの沈黙を挟んだ後、魔王陛下が重々しく、それでいて、縋る様な口調で口を開いた。
「婚約の言葉が言えなかったのは、言葉を知らなかったからだよな??意味は、分かっていたんだよな??」
「あの言葉に、意味があったのですか??」
「古代語・・・知っているよな?」
頼む様に、願う様に言う魔王陛下に、はっきりと言うべきなのか、知ったかぶりをするべきなのか、一瞬迷うが、全く知らないものを知ったかぶりなど、出来るはずも無い。
「古代語がある事さえ知りませんでした・・けど?」
途端に、魔王陛下はバサリと音を立て、ベットから飛び降りる。
どうやら、裸だったのは、上半身だけで、下半身にはゆったりとしたズボンが履かれていた。
魔王陛下は、そのまま廊下へと続く扉を勢い良く開け放つと、扉の外へ手を向け、何かを掴んで部屋の中へ戻ってきた。
それは、青いメイド服を着た女性と、青い燕尾服を着た男性・・・・
男性は、紫の瞳と髪をした、人間年齢20歳ほどの青年。
女性は、紫の髪に赤い瞳をした、人間年齢16歳ほどの少女。
どこか雰囲気が両親に似ている気がしたが・・・・
二人は、半裸の魔王陛下とベットに座っているヴィオレットの姿を見ると、途端に顔を青くして叫んだ
「「私達の可愛いヴィオレットになんて事を!!!」」
「馬鹿ども、変な想像をするな!!魔素の受け渡しのためだろう。そもそも見てみろ、ヴィオレットはキッチリ服を着ている!!」
「服なんて後からいくらでも・・・。」
「私の可愛いヴィオレットが、変態に・・・・ヘンタイニイイイィィィィ。」
ゴン
ゴン
という小気味の良い音が、部屋の中に響いた。
「落ち着け、馬鹿共。俺は、いくら妻であろうと、未成魔族に手を出す様な趣味は無い!!魔素を渡すのに、効率の良い格好をしていただけだ。」
怒る魔王陛下に、二人は頭をさすりながら、更に叫んだ。
「私達のヴィオレットが可愛く無いと言うの!!その目は節穴ですか!」
「こんなに可愛い子は他にはいないと言うのに、その目は飾りですか?むしろ腐ってますね!」
ゴン
ゴン
もう一度小気味の良い音が、部屋の中に響いた。
「お前達、俺を悪者にしたいだけだろう。」
「「ハイ!」」
お手本の様な、清々しい返事が部屋の中に響き、再度、ゴンという音が2回響いたのは、言うまでも無い。
ヴィオレットは、二人が両親に似ていると思った事を訂正した。
ヴィオレットの両親は、落ち着きがあり、もっと大人の雰囲気の者達だったはずだ・・・




