《12》魔王の望む対価
一頻り泣いた後、目を真っ赤に腫らしたヴィオレットと両親は、ようやくソファーに腰を下ろした。
「魔王陛下・・この度は、本当に、本当にありがとうございました。」
向かいに座る魔王陛下に、両親共々頭を下げて御礼を言うと、魔王陛下は小さく笑う。
「気にするな。お礼は、きっちりと貰う事だしな。」
そういえば、その話があった。
確か魔王陛下は『ラルグランの持っているもので、丁度俺の欲しいものがあったので、それを借りる 事にしただけだ。』と、今回の報酬について話していた。
しかし、それが具体的に何なのか、聞いてはいない。
三人は、固唾を飲んで、次の言葉を待った。
「さて、今回の報酬の話だが。ヴィオレットが成魔族になるまでの時間を貰いたい。」
「え?」
隣に座る父の口から、間の抜けた声が漏れ聞こえて来きた。
見上げれば、父の顔も母の顔も困惑している。
「簡単に言えば、ヴィオレットは1歳になるまで、俺の婚約者としたい。」
「は?」
父の口から、もう一度間の抜けた声が漏れ出した。
「ヴィオレットは、おそらく世界でただ一人の白い魔族だ。もちろん俺が、全力で守るつもりではあるが、城には、依頼を頼みに来る者や、獣族、人族の者達も訪れる。中には、良からぬ事を考える者も居るやもしれん。だが、流石に俺の婚約者に手を出そうとする無謀な者は、そうそういないはずだ。」
「しかし・・・・。」
「それに、お前達も分かっているだろうが、魔素を取り込ませる為には、肌と肌の触れ合いが最適だ。ヴィオレットが必要とする魔素は、並の量では無い。」
父の顔が、一瞬にして真っ青に染まり、膝の上で強く握られている手はプルプルと震えている。
「そっそ・・・それは・・・・どういう意味でしょう?」
「常にどこかしら、肌を触れ合わせておく必要があるという事だ。」
「常に!!肌の触れ合い!!!」
初めて聞く、父の甲高い声が部屋の中に響いた。
「ラルグラン・・・言い方に問題があると思うんだが・・・。肌を触れ合わせると言っても、手を繋ぐ程度だからな。」
そう言って、ガルシュダッドは大きな溜息を吐き出すと、視線を父からヴィオレットに移した。
「ヴィオレット、君の身体は未成熟だが、産まれてからの年月で言えば、成魔族になっていてもおかしくない。だから、君の考えを尊重しよう。君が抵抗があると言うなら、かなり効率が悪いが、他の方法を考えるが?」
優しく、それでいて真っ直ぐな眼差しに、ガルシュダッドが真剣に話してくれている事は、分かる。分かるのだが・・・
「・・・・えっと、意味が良く分からないのですが?」
「君の成長の為には、俺の魔素が必要で・・・。」
「いえ、そこではありません。私が魔素を貰うのに、魔王陛下の側に居なくてはならず、ご迷惑をかけるにも関わらず、婚約が報酬とは、どう言う事なのでしょう?」
魔素を貰うだけでも、かなり負担をかけている状態のはずだ。それなのに、魔王陛下は何故かヴィオレットの事を守ろうとしてくれている。しかも、婚約者のフリをしてまで・・・。
どう考えても魔王陛下に、利があるとは思えない。
「俺の魔素は、通常の魔族に比べて格段に強く、量が多い事を知っているか?」
先程ミルビーに聞いたばかりだ。
「はい、魔力の弱い魔族だと、魔素酔いをするほどだと・・・。」
「だが、ヴィオレットが俺の魔素を常に吸収していてくれれば、魔素力が弱い魔族もこの城で働けるほどには、魔素を抑える事ができる。」
それが本当なら、とても良い事・・・のはずだ。
荒れ放題の城に人手が増えれば、城は綺麗になるだろう。
しかし・・・言い方を変えれば、魔王を弱体化させているだけだ。
「それは、大丈夫なのですか?」
魔王は、魔素力が強いこそ魔王なのだ。城の為には良くても、ガルシュダッド自身に問題は無いのだろうか。
「大丈夫だ。残念な事に、それでも俺が、魔界で一番、魔素力が強い事には変わりない。むしろ、今までは強過ぎて、困っていた。」
強過ぎて困るという意味がよく分からないが。
しかし、互いに側に居る事が、互いの利がある事なら、お願いしても良いのでは、無いだろうか。
婚約の事は少し気にはなるが、結婚では無いから、大した問題では無いだろうと、事の時は思っていた。
「でしたら・・・・よろしくお願いします。」
「俺の婚約者となる、という事で良いか?」
「はい、私を婚約者にしてください。」
キッパリと言い切ると、隣から父の悲痛な声が聞こえてきた。
「ヴィオレット・・・ヴィオレット・・待ってくれ、こういう事はよく考えて・・・。」
縋るような目で言われるが、ヴィオレットの意思は固い。
「お父様、私が持っている物は全て、お父様やお母様、屋敷の者達から与えられたもので、私自身の力で手に入れた物は何もありません。私自身が魔王陛下に渡せる物は何も無いのです。ですが、魔王陛下は、私の必要以上に魔力を必要とする体質が、役に立つと。それを対価に成魔族にしてくださると、言ってくださっているのです。むしろこちらから、頭を下げてお願いするべき所です。」
「しかしだな・・・婚約まではしなくとも・・・。」
渋る父に、母がそっと言葉をかける。
「あなた、ヴィオレットは身体こそ未成魔族とはいえ、心は充分大人です。そのヴィオレットが自分自身で決めたのですよ。それに婚約は、ヴィオレットを守る為でもあると、分かっているでしょう。」
「分かっている・・・・分かっているのだが・・・。」
父はシュンとなって俯いてしまったが、今は父を慰めている時では無い。
ヴィオレットは、自分の意思がしっかり伝わる様に、ガルシュダッドをしっかり見つめ
「よろしくお願いします。」
と、小さな体で、深々とお辞儀した。
「こちらこそ、よろしくな。」
顔を上げると、ガルシュダッドは真剣な表情を緩め、優しく微笑みながら大きく頷いてくれていた。
だから、これで婚約は成立したのだと思っていた。
しかし、ガルシュダッドは、座っていたソファーからゆっくりと立ち上がると、ヴィオレットの前まで来て、片膝を付いて腰を落とし、そっと左手をヴィオレットの前に差し出した。
「それでは、私の手に君の手を乗せて、私の言葉を繰り返してくれ。」
「え?」
「婚約の儀を行う。」
「婚約の儀・・ですか?」
てっきり婚約したふりをするだけだと思っていた。
「口約束だけの婚約では、直ぐに見破られてしまうだろう?」
「そうなのですね・・・。」
何故か、魔王陛下はヴィオレットの言葉に首を傾げていたが、ヴィオレットが小さな手を魔王陛下の大きな手の上に置くと、気をとりなおした様に、真剣な眼差しになった。
「ゆっくりで良いから、一緒に言おう。」
ヴィオレットがしっかりと頷くと、魔王陛下の口から、ゆっくりと言葉が発せられた
「フレゴッジフェアルゴドルバレウイソウイミネアウコグオイレスミセオアオ・・・・」
「・・・・」
ヴィオレットは、何も言わなかった・・・
「何故言わん?やはり婚約は嫌なのか?」
心配そうにヴィオレットを覗き込む陛下・・・・無表情のヴィオレット・・
「無理です。」
部屋の中が静まりかえった。
父は、 驚いた顔をしながらも、微かに口元ほころばせ、喜んでいる様に見える。
魔王陛下は驚きながらも、少し傷付いた様に悲しそうに見える。
母は、全員の顔を見て、苦笑いを浮かべている様に見えた。




